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取引

バルタザールの行動は早かった。数日もしない内に根回しを終え、そこに乗り込んだ。


 グランバルドの州都近辺。血生臭い闘技場の貴賓席に、尋常でなく大きな人影があった。バルタザールはそこへ、やや遅れてたどり着いた。


「フロろー!」


 呼びかけると、人影が振り返る。


「……おお、ザールか。久しいな。そこに座るがいい」


 凄まじいほどの肥満体である。分厚い脂肪で年齢も骨格も不鮮明で、どのような顔をしているかも良く分からない。何か変種の生き物にも見える。


 太った男はフロイエンといった。楽団の富豪の一人だ。何を隠そう、氷玉庫の発明者、フロイエンの直系子孫である。フロイエンが築いた莫大な財を元に、代を下るごと資産を膨らませ続けてきた。


「座るがいいと言われてもなあ。貴下の体が大きすぎて、座れる場所がほぼないぞ?」

「…………」


 フロイエンは、美しい女を傍に侍らせていた。空気を察してか、優雅に裾をさばいて立ち上がり、声の聞こえない壁際まで下がった。


「……貴下、また愛人を変えたのか?今度は一体どこの誰だ」

「鳩の園の一人だ。エルヴェミアの紹介に間違いはない」

「貴下…………いや、良い」


 内心苦々しいものがこみ上げたが、バルタザールは隠した。本題はそこではないし、時間もない。これから礼を言うというのに、空気を悪くする意味はない。


「急な話だったのに、願いを聞いてくれて感謝する」

「いや、何のことはない。だが貴様がガルディアに会いたがるとは意外だったな」

「まあ、少しな」


 眼下では、殺し合いが既に始まっていた。


「ん?見覚えのある顔だな」

「それもそうだろう。ベルザークの家長だ。つい先日儂が打ち負かした」

「あーなるほど!そうか、こういう結末を与えるか……せっかくだし、審議の塔送りにしても良かったのでは?こんな趣向で処刑とは、贅沢なことだ」

「いやそれ、貴様があれを好きなだけだろう?」


 フロイエンとベルザークの権益争いとその結果は、バルタザールも噂に聞いていた。見知った相手が叩き落され、残酷な舞台で見世物にされる。楽団ではよくあることだ。それを笑って見物できる者が生き残り、勝ち上がるのだ。


 けれど、段々飽きてきた。バルタザールは隣に目線を送った。


「ところでフロろー、最近どうだ?」

「ふむ。特に面白いことはなかったな。それこそあれのことくらいか」


 眼下では、ベルザークが血を噴いて倒れたところだった。それを見つめる二人の目に温度はない。


「そうか。まあ継承戦の最中だからな。だが貴下のところ、そろそろ世代交代の時期だろう?貴下にその気がなくとも、貴下の子らは違うだろうよ」

「まあなあ。各々勝手に動き出しているようだ。継承戦に噛むつもりだろうな」

「ああ、それはいい。候補者にとっては良い手見せになるな。間引きにもなる」

「そちらはどうなのだ。他所のことにかまけてばかりで良いのか?」

「ふふふ。まあ、まだまだだなあ」

「……遊びも程々にしておけ」


 楽団の富豪の後継争いというのは、往々にして熾烈を極める。有する財産が大きければ大きいほど、流される血も増える。


 だが、流石に楽団全土を巻き込んで争うのは総帥一族くらいだ。他はそれほど大がかりなことをするわけにもいかない。


 多くの場合は前哨戦を行う。この場合で言えば、総帥の息子の誰につき、どう勝たせるかでその後の盤面が大きく変わる。フロイエンの息子たちは来るべき跡目争いを見据え、準備を始めている。


 そしてフロイエンは、それに介入する気はない。己の天下を保持するため、手ずから子を間引くつもりもない。ただ、継承戦という動乱を乗りこなせないようでは、跡継ぎたる資格はない。そんな人間が、この楽団で家と資産を守るなど土台不可能だ。


「まあ、俺としてはまだまだ貴下に君臨していてほしいが。何かの時に、こうして協力も頼めるわけだし」

「無償と思われては困る。この貸しは返してもらうぞ」

「いやいや、六年前には俺が助けただろう」


 そんな雑談をしている内に、待ち人がやってきた。バルタザールは、初めて見るその顔を見上げる。フロイエンはぐつぐつと笑う。


「来たぞ。これがガルディアだ。話したかったのだろう?」

「ああ、礼を言う」


 バルタザールは座ったまま相手を観察した。現れた人間は、普通の男に見えた。美形が多い総帥一族には珍しい。端正な方ではあるが、印象に残らない。無機質で、見ようによっては凡庸に見えるほどの顔立ちだ。その声も言葉も、無機質なほど型通りで凪いでいた。


 フロイエンは愉快そうに笑っている。一通り挨拶代わりの探り合いを終えて、話したかったことを切り出した。


「聞くところによれば、貴下は総帥の兄の子だそうだな?まあその手の輩はどこにでも溢れかえっているが、実際に結果を出せる者は多くない」


 彼の実際の出自などどうでもいいのだ。楽団には、自称偉人の遺児や末裔など溢れかえっている。


「貴下の状況は、今更確認しあうまでもないだろう。東も西も、貴下の首を狙っている」


 現在ガルディアは、総帥の指令によりギルベルトとヴェスピウスの双方に命を狙われている状況だ。競争を制した方が、総帥から褒美を与えられる。


「……だからな、俺と取引してほしい」


 北にいる弟も、そろそろ動くだろう。南部が混迷すればするほど、彼らにとって都合がいい。



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