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具申

「――――……」


 その頃、部屋でまだ起きていたリゼルドは、ふと書き物をしていた手を止めた。


 長く真っ直ぐな黒髪を揺らして顔を上げた彼は、窓の辺りを見つめる。遥か先を見透かすように、形の良い青い瞳を開き。そして小さく、微笑した。


「……僕が聖都に行ったら。さて、ここはどうなるかなあ」


 やがて戸が叩かれる。それに声だけで入室許可を出し、リゼルドは珍しい客を迎え入れた。


「お時間を頂きありがとうございます、当主様」

「構わないよ、ベルナー。それで話したいことって?」


 もう夜も深いというのに、その軍装に緩んだところはない。姿勢良く佇む初老の男は、ヴェンリルの分家筋出身の将であり、父の代からの配下だ。


面白みのある人間とは言い難いが、歴戦の将だけあって手腕は確かなもので、余計な口を叩かないというのも美点だった。日頃は黙々と命令に従い、世辞や忠言はおろかリゼルドに話しかけてくることさえ殆どない。だからこそ、彼の方から来たなら相手をすることにしていた。


「……恐れ入ります。当主様におかれましては、奥方様の件をどのように思し召しでしょうか?恐れながら、庶子を徹底的に排斥しようという奥方様のなさりようについて、分家筋にも動揺と困惑が広がっているのです。それについて、当主様は如何お考えでしょうか」


「そう……でも母上は何でもしたいようにする人だからね。僕もそんなに時間を割けるわけじゃないし。

 ……にしても、はは、そっか。ワーレンの血と威光をもってしても、誤魔化せないものはあるわけか」

「……ワーレン家の聖性は絶対なる神聖不可侵のもの。何かを誤魔化すなど、そのようなものであろうはずがございません。それは全ての教徒が心得る自明の理でございます。しかしそれは尊き方々が代々築き上げた遺産。無為に消費するようなことは、賢明とは言い難いのではないかと……」

「……へえ」


 リゼルドは眉を上げた。ここまで強く言ってくるとは思わなかった。教徒は大体、ワーレンの名を出せば黙る。それが通じないということはそれだけ強く具申したがっているということ――畢竟、それほど分家が危うい状況にあるのだろう。察したリゼルドは、早々に折れてやることにした。


「分かった。その点は留意して対処しておくよ。……で、話はそれだけ?」

「いえ……暫しこちらの戦線を預かる者として、具申致したく参りました。ここまでのサダンの応手、地形を活かした奇襲。確かに防戦は守る側が有利ですが、それをおいても相手方の読みが良すぎると感じます。情報が漏洩しているのではと愚考します。当主様ご出立の前に、対処すべしとの命令を頂戴したく……」

「必要はないよ。このままでいい」


 そこは譲る気がないので、さっさと断言する。ベルナーは顔を曇らせたが、それでも控えめに食い下がってきた。


「しかし……ここから更に、戦闘を続行するのであれば。憂いは少しでも失くしておくべきではないかと。ルドガー様たちをこちらに残して行かれるのなら尚更、憂いを排しておくことが双方の安全のためかと」

「そうだね。でも、僕には僕の考えがあるから。お前が考えるべきなのは、その上でどうこの地を平定するかだよ。

 取り敢えず、今月の留守をちゃんと守ってね。この先僕がワリアンドに行くことになった場合、こっちの指揮はお前任せになるだろうし。今のうちに采配に慣れておいて」


 それだけ言いつける。それが終わったらもう用はなかった。まだ物言いたげなベルナーを下がらせ、一人になる。呼べば誰かしら来るだろうが、そうする気分でもない。ただ一人、視線を彷徨わせて思考する。



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