カドラス家の兄妹
会議が終わってから、カドラス家当主とシオンは並んで退出する。屋敷へ戻る道中は静かだった。兄妹仲良く再会を喜び団欒する、そんな状況でもない。
「……猊下は、落ち着いていらっしゃいましたね」
本当に、見事なまでに冷静だったとシオンは想起する。非常事態に次ぐ非常事態、そんな状況で全く普段の調子を崩さないというのは、中々できるものではない。素晴らしいことだと感じ入り、一層献身しようと決意を固めるシオンだった。
「不届き者どもに襲われ聖者様が負傷なさったというのは、本当だったのか……あまりにも畏れ多いことだ」
ため息を付く兄に、シオンも複雑そうに笑う。
「とは言え、あの方の体現する奇蹟が我らを照らして下さることは確かです。復活した聖者様を見た教徒は、自らが神の光に浴していることを自覚するでしょう」
あの時に聖者が負ったのは、常人ならば致命傷だった。だが、聖者はあの程度の傷で身罷ったりはしない。美しさだけでなく、あの聖者は根本から人と異なる。特別なのだ。過去の一件からそれは分かっていた。だからシオンも、あのような出来事の後でも冷静でいられたのだ。
「ですが、気がかりは……ベウガンに兵を向かわせることで、教団領の南東側をほぼ空にすることになる、ということです。戦力が足りない以上そうするしかないでしょうが、どうしても後方が手薄になりましょう」
「それは分かっている。だが、この状況で騎士団が動いて我らを潰しに来るか?教団が食われれば次は我が身だろう。だからこそあのような低姿勢で同盟を乞うてきたはずだ」
「まあ、そうなのでしょうが……」
騎士団とは一応同盟関係にあるし、人質も預かっているほどだ。大っぴらに教団の味方をするとは考えづらいが、ここから敵対する可能性も低いだろう。
けれど、どうしても何かが引っかかる。だが、シオンはそれを言語化できなかった。
「支度ができ次第ベウガンに向かう。既に準備も、各都市への連絡も済んである」
「くれぐれもお気をつけて。シアレットの件で示されたことですが、教徒のような顔をしたものが真実無害とは限りませんので」
「そうだな。戦って死ぬのならともかく、騙し討ちは避けたいものだ」
終わりは見えず、どれほど攻め込まれるかも定かでない。この状況下で、戦時に突入した中で、ユミルが呼び戻された。その意味するところを、お互いに分かっている。
「私に何かあった時は、妻子のことを頼む」
「――承りました、兄上」
胸に手を当て、シオンは静かに頭を下げた。




