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不和の種

 地境に近いウィラントの街は、戦火に焼き尽くされようとしていた。


 楽団の教団領への侵攻。それ自体は問題ない。以前から予見されていたことだ。しかし、攻め寄せてきた兵が想定されていたより多かった。


 街の長や主要人物は既に逃げていた。サレフは突如始まった防衛戦で、刻々と移り変わる戦況の中指示を下していた。


「西区の壁がもう保ちません!あちらが救援を求めています!」

「それをしては他が崩れる。西区を…………」


 最善手は分かっている。西区を捨て、急造した防衛陣地まで下がるべきだ。逃げ遅れた者たちは悲惨な目に遭うだろう。掠奪も起こるだろう。だが、全体としては些細なことだ。敵への僅かな足止めともなる。だが、そこで彼の言葉は止まった。

 ずっと抱えていた違和感が、最も重要なところで破裂しようとしていた。


「…………」

「サレフ様……?」


 彼はかつて、想い人が犠牲になるのを止められなかった。ユリアは家を守るために従容としてその定めを受け入れた。そんな彼女に、自分は何もできなかった。地境に出向させられてからも、彼の葛藤は深まる一方だった。


 そんな時、彼に話しかけてきた者たちがいた。彼らはするりとサレフの心に入り込み、囁きかけた。誰かが誰かのために犠牲になるのは間違っていると、そのようなあり方は変えなければいけないのだと。


 人間は弱っている時、欲しい言葉を与えてくれる者に抗えないものだ。特にそれまで、周囲の価値観に疑問を持ったことのない人間の場合、それは劇薬となりうる。


 一度おかしいと思ってしまえば、罅は急速に広がっていった。ウィラントの人々をあっさりと見捨てて逃げたオードリックたち官僚の態度も、それを増進させた。


 窮地に陥った場合、率先して街を守るべき人間が真っ先に逃げ出そうとし、それを前提に会話していた光景。楽団に攻め落とされた街の住民がどのような目に遭うかは、分かっているだろうに。その様は否応なく、家のために犠牲を強いられた想い人を連想させた。そして、自分はまたしても何もできず、同じことを繰り返すのかと懊悩した。


 全てがじわじわと、確実に彼の精神を苛み、打撃を与えていた。


 彼は決して愚者でも弱者でもなかった。しかしこのような局面の将としてあまりに甘く、迷いを持ちすぎていた。


 総じて、魔が差したと言って良い。結果、最悪の結果を招いた。


「……いや、西区の救援に向かう。後方の第三部隊、第十一部隊を出陣させろ」

 それと時を前後して、各地に撒かれていた不和の種が一斉に芽吹いていった。



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