使徒家の序列
教団の頂点とされる使徒家と言えど、その内部では微妙な序列や力関係がある。ワーレンが頂点なのは当然として、その他の勢力や位はそれなりの速度で入れ替わっている。
そして、シュデースはその中では下位に位置していた。もう数十年もの間、ずっとだ。楽団との陰惨な闘争に明け暮れるヴェンリル家と同様に、場合によってはそれ以上に、シュデース家は使徒家の中では低く見られやすい。
その正体がこれだ。正統が滅びた不名誉に、異教徒の呪いに屈した家という烙印。率直に言ってしまえば、七十年前、シュデースという家自体にケチがついたのだ。
「変わらないものはない。無傷でいられるものもない」
ディアは目を開き、そう呟いた。騒ぎがひとまず沈静化したシアレットの城の一室、ジレスに与えられた客室で。ぱちぱちと数度瞬きをし、宿主の意識が眠っていることを確認してから立ち上がった。
「ジレス様、どうかなさいましたか」
部屋を出た途端そう聞いてくる侍従に、「何でもない、少し歩いてくる」と答える。まだ怒りが冷めていないと思われたのか、それ以上追及はされなかった。
ディアは本来のものより遥かに大きな身体を動かし、目的地へ向かっていく。周囲に誰もいないことを確認して、本音を零した。
「本当、気持ち悪い」
現実としてそこにあるものは美しい列柱廊なのだろう。けれど今のディアの目は、その像を結ばない。あちこちに流れ、滞る瘴気の渦に遮られるからだ。まともに物が見えず、代わりに歪みに歪んだ様相が見える。
知るということは、不可逆の事象なのだ。世界の醜さ、淀み、歪み。それに気づいてしまった以上、知らなかった頃には決して戻れない。
(……不可逆。世の中にはそんなものがある。権威もそう。シュデースも、きっとセヴレイルも、元には戻らない)
名誉、地位。そういうものは、後から立て直すことができる。覚悟と時間さえかければ、挽回の道は必ずある。
けれど権威はたった一度、少しでも傷ついたらもう駄目なのだ。無謬でなければ意味がない。傷つけばそれはもう権威ではない。
そんなことを考えている間にも、足は進んでいく。本来よりも大柄の体だから歩幅も大きく、歩みも比例して早かった。
それにしても、随分と視点が高い。他人の体を動かすというのは、魔力どうこうを抜きにしても消耗するものだ。
ディアはジレスの体を動かしながら、徐々に魔力を練り上げ、纏わせて、目的地へ進んでいく。向けられる視線も、声も次第に減っていき、そして誰もその存在に気づかなくなった。
着いた先は聖者の部屋だ。見張りの前をそのまま素通りして、ディアは扉を開けた。




