危険と責任
シアレットへの襲撃と地境への襲来から数日が立ち、月も残すところわずかとなった。警戒態勢への移行に伴い、使徒家の拠点は夏用の城館から、麓の城へと移っていた。その方が指揮や連絡がしやすいからだ。
長い夏の日も沈み、城内の人間も半分ほどが寝静まったであろう頃。眠れなかったシノレは、寝台から起き上がった。
数日が経ったが、聖者の葬儀がされる気配もない。争いや後始末に追われてそれどころではないのだろう。色々不可解な点も残っている。が、シノレとしては「もう良いか」という気分だった。
(まあ、死んだものは仕方ないし)
シノレは一度は、聖者とともにいようと決めた。それは事実だ。でも相手が死んだのなら、それ以上打つ手はない。今更聖者に、シノレが何をしてやれるわけでもない。全てが終わる。無くなる。死とはそういうものだ。
だからもう、シノレが教団にいる意味はなくなったのだ。教団にとってもシノレにとっても、二重の意味でだ。
(……そのうち、頃合いを見て教団からは出ないとな。これ以上ここにいても意味ないし、却って危険だろうし)
幸い、と言うのも何だが、楽団との戦端が開かれたばかりだ。地境に戦力が吐き出されればここも手薄になる。慎重に窺っていれば、近い内に機会はあるだろう。
だからシノレは数日ぶりに長櫃に向き合い、うーんと頭を悩ませた。
教団を出る。それは良い。だが、この明らかに危険そうな謎の代物はどうするか?そういう話である。
(安全策という意味なら、元通りにするのが一番だろうけど、僕にできるのかって言うと……)
元通りとはつまり、再び長櫃ごと封印を施し、海に沈めて葬り去るということである。聖者の言によれば、それをしたのは使徒ザーリアーらしいが、その謎も結局解明されなかった。
分からないのなら仕方ないし、それ以上考える意味もない。これ以上探求する意味もない。シノレは聖者の死とともに、剣の謎について割り切っていた。
かといってこのまま置いていくのも無責任な気がする。何かのはずみで誤作動でもしたらどうなることか。白竜を焼き尽くした力を思い出し、眉をひそめた。流石にそのくらいの後始末はすべきだろう。
だが、海は遠い。かなり遠い。正直シノレの足で行ける気がしない。海辺は辺境で、交通事情も整っていないし、海に向かえば追跡されやすくなるし、流石にそこまで危険を負うのは……。
(僕が逃げて、追手がつくかは分からない。今の教団の状況的に、捨て置かれる可能性の方が高い……とは、思う。でももし来たら、ほぼ間違いなく終わる)
危険と責任。その二つが天秤にかけられ、シノレの悩みを加速させていた。




