教主への報告
教団では、組織を維持するために犠牲を出すことは日常茶飯事だ。全体の繁栄の一方で、割りを食って犠牲となる者もいる。そうした者たちが恨みを燻らせ、襲撃を企てる。それ自体は何ら珍しいことではない。だが、実現するかは別の話だ。
正装した報告者が城の広間で、緊張の面持ちで声を張り上げた。
「……被害状況をご報告致します。死者五十三名、うち十一名が位階持ちです。衛兵の犠牲者は三十四名、一般市民が八名。加えて、負傷者七十八名――うち二十三名は重体。未だ意識が戻らない者も含まれます」
小さなどよめきが走る。と言っても、ここで言う負傷者には直接害された以外にも、混乱によって傷ついた者も含まれていた。
「……襲撃者の遺体は三十六体。急ぎ身元を照合させておりますが、何名かについては居合わせた者の証言が取れました。特に最初に声を上げた男ですが、エレラフにいた者だと複数人の見解が一致しています。このことから、今回の事件の中心となったのは、かつて猊下の御名によって誅伐されたエレラフの残党と見て良いでしょう」
「……………」
重い沈黙が落ちる。レイグは薄い笑みを浮かべたまま黙している。代わりに、長老のルダクが口を開いた。
「襲撃者どもは、どうやって身体検査を掻い潜ったのでしょうか。あの場への武器の持ち込みは許されていなかったはずです」
「小型の術具を使ったものと思われます。最初に使われた爆弾らしきものは形を留めていませんが、周囲に魔晶石の破片らしきものが散らばっていました」
それではますます、ただの復讐戦などではない。使用可能な術具は、たとえ最底辺のものでも、ちょっとした家屋が買えるくらいの値段はつくのだ。燃料として必要な魔晶石に至っては言うまでもない。実用できる術具など、色々な意味で、そんじょそこらの人間が用意できるものではなかった。
「……辺境のガール村と入れ替わるとは、意表を突かれましたね。あそこは元々、中央との交流が薄い土地柄です。本物の村人たちは、恐らく既に生きてはいないでしょう」
「はい。しかし一応、確認を向かわせております。詳細が判明次第、改めてご報告致します」
「ご苦労。しかし、これだけの出来事……まさか怨恨だけで起こせるものではありません。何者かが糸を引いたと考えるのが妥当でしょうな」
情報や物資、その他様々な意味で。裏から手を回し、今回の襲撃が成立するよう仕向けた者がいる。反逆者として奴隷に落とされた者が多少寄り集まっただけで、達成できるようなことではない。
「誰かしらの指図を受けていたことは、間違いないでしょう。遺体の検分は丹念に行いなされ」
「承知致しました。そして、聖者様は……」
報告者は何か言おうとしたが、目線で遮られる。今それを話題に出すべきではないと、空気が鋭く制止した。
「……あのような者がここまで来られた……それ自体が、教団南部の秩序が乱れていることを意味します。……現在は総動員で秩序の回復に努めております。これで民衆が狂乱状態になっては、それこそ取り返しがつきません。暫くは彼らを落ち着かせることに注力致します」
「…………その通り。今回のことで、我らに対する教徒の信頼は著しく損なわれた。けじめをつけさせねば」
そこでやっと、レイグが言葉を発した。不機嫌そうではない。ごく穏やかで、善良とすら言えそうな笑顔だ。全ての怒気を絞り出すような声とは到底結びつかない。
「我々の、シアレットの大聖堂が。初代使徒の遺産が。あのような、者共に」
初代使徒が教祖ワーレンを讃えて竣工し、代々父祖が受け継いできたあの大聖堂が、下劣な者共によってああも醜悪に汚された。レイグにとっては何よりも許し難く、耐え難いことだ。
更に追い打ちのように、伝令が部屋に駆け込んでくる。
「ご報告致します!本日昼にワリアンドからの侵攻が始まったと、ベウガン地方より早馬が参りました!ベルガルムの、教団領への襲来でございます!」




