勉強漬けの日々
失言を咎められたシノレは、師範ジレスから勉強漬けの日々を言い渡されます。
そこに聖者がやってきます。
それから数日間、シノレはろくに外出もできず勉強漬けの日々だった。
「……このくらいで良いだろう。明日は歴史の授業をするから、これを読んで予習をしておくように」
「は、はい。今日もありがとうございました、師範……」
流石に声に疲労が滲んだ。教育係は不服そうな顔で腕を組む。
「……まあ、本日はこれで良しとしよう。午後は休みだ、知っての通り」
「はい」
「カドラス家から直接頼まれては是非もない。ユミル様が何故そこまでお前をお気に召したのかは不可解だが……」
……あれは気に入られているというのだろうか。良く分からないが、午後からはまたユミルと街に出ることになっていた。といってもお気楽な観光などではない。またオルシーラが街見物に出かけることになったので、その警備員として駆り出されるのだ。
「良いか、くれぐれも!決して気を緩めるなよ!!この上失言などしてみろ、更に課題を三倍に増やすからな!!」
「はい、師範」
そして宿題は中々終わりそうにない。午後は外だし、明日も授業があるし、レーテ語宮廷語の課題は終わらせておきたい。
机に向かって黙々と解いている内に頭がくらくらしてきて、流石に小休止を挟もうかと思い始めた。
「……シノレ?」
聖者がやって来たのは、そんな頃だった。聖者は書物や紙が山積みになった机、そこに倒れるシノレを見て、驚きと戸惑いの声を出した。
「……こちらは、ジレス様の?いつもこれほどの課題を……?」
「ああいや、いつもはここまでじゃないよ。前に失言したから、その反省ってことで最近増やされてるだけ」
一旦手を止めて聖者を見上げる。何かしながらの応対は非礼だと教育係に言われたことを思い出したのだ。
「……………」
聖者はそれに、憂いを含んだ目を注いでいた。とりあえず「座ったら?」と声を掛けると、聖者は大人しく向かい側、つまり先程まで教育係が座っていた椅子に腰を下ろした。やがて、気遣わしげにシノレに話しかける。
「……大丈夫ですか?辛いのであれば、私からジレス様にお願いすることもできますので、どうか抱え込みすぎずに……」
「別に。毎日食事も睡眠もこれだけ取らせてもらってるんだし、辛い内には入らないよ。知識がなきゃ、もっと酷い目に遭うんだし」
それは本心だ。でも疲労し過ぎて机に突っ伏したままなので、説得力のない構図だったかもしれない。
「……お疲れのところ、すみませんでした。出直しますね」
「いや、良いから。話あるんじゃないの。今これ終わらせるから、ちょっと待ってて」
そして、何とか明日提出の課題を終える。これで明日は乗り切れる。シノレは限界に達して机に突っ伏した。
「シノレ……」
「こんな格好で何だけど。それで、話って何」
それでも聖者は戸惑っていたようだが、シノレが目線だけ上げて促すと、そろりと聞いてきた。
「……使徒ザーリアーのことです。あれから何か、分かったことはないかと思ったのですが……」
「ああそれね。一応聞いてみたよ。でも、一般的な情報でしかないんじゃないかな」
忘れていたわけではない。授業の合間や流れで聞けそうだと思ったら聞いていた。だが、一般的に知れ渡っている域を出た情報ではないと思う。
「そうですか、ありがとうございます。念の為聞かせてくれますか?無理のない範囲で」
「うん、ちょっと待って……」
今のシノレにはちょうどいい。程よい頭の体操になりそうだと思い、シノレは記憶を掘り返した。




