医博
「そら、受け渡しをするぞ。当然今も持ってるんだろうな?」
彼らがわざわざトワドラを出て何をしているかというと、あるものの運搬役であった。何分運ぶものがものだから、トワドラから遥々出てきたのだ。使者はその責任を担える者でなければならず、誰でもいいというわけではない。
この二人は見かけこそ幼いが、知性は医師団でも有数のものだ。突出した才を認められ、自身の研究室を持ち、知の探求に身を捧げることを許されている。専用の研究室を持ち、派閥を従え、頂点たる老師に続く権威と知を持つ。外界の争いや歴史の流れを見下ろし、思案し、時に介入する。
それが医博と呼ばれる、医師団の特権階級である。
「当たり前ー」
「まえー」
くすくすと笑い声が響く。向かい合った黒頭巾たちは、お互いの服に手を伸ばす。それぞれの懐から小袋を引き出し、その手を合わせて何度か入れ替えてから、
「さあ、どっちでしょう?」
声と動作をぴたりと揃え、手のひらを突き出した。
「君たちなあ……」
それにゼファイは呆れ果てた声でぼやいた。そして、二つともむしり取るように取り上げて懐に突っ込んだ。
「あー」
「あー」
「ほら、確かに受け取ったからな!!次は証文だ!!」
ただでさえ忙しない毎日だというのに、こんなガキたちのお遊びに付き合っていられるか――そんな心情がありありと滲む対応だった。
手早く証書を出させ、印章を記す。淡く光る紙に掌を押し付けると、数秒で独特の模様が浮かび上がる。
医博がそれぞれ有する印章だった。これは門外不出の技術であり、外部の者が偽造することは不可能だ。
印章を交わして、恙無く受け渡しは終了した。ここから、品の管理はゼファイの責任となる。
しかし流石にこれだけで終了、解散というのも何だと思ったので、軽く雑談を振ってみた。
「……にしても君らがトワドラから出てくるなんざ、珍しいこともあるもんだな」
それに返ってきたのは、くすくすという笑い声だった。
「おばあちゃんに言われたし」
「いい子としては?しないわけにもー」
「ラウにいさんの頼みだもんねー」
「ねー」
向かい合い、片手を絡めあって手遊びをしながら、子どもたちは嗤う。滲み出すのは底知れない純粋さで、それがどこか不気味だった。
「あ、そーだゼファイ。ニアちゃんに会った?元気してた?」
「ニアちゃんニアちゃん、ぜひぜひ研究室に来て欲しい。お世話するするのにねー」
「トワドラだって猫がほしい!」
「なろうことならもうひとり!」
勝手気儘に盛り上がる黒頭巾たちにゼファイはこめかみを押さえ、不承不承答える。声と目つきに、ありありと不本意さが滲んでいた。
「別に良いが……君等が会うのは無理だと思うぞ。ヴェルメニウスはヴィラ―ゼルんとこ行くそうだから。最近はゴタゴタしてたし、あっちも休憩したいんだろ」
「そう?」
「そうそう」
「ね」
「ねー」
二人は相談し合うように声を掛け合い、首を傾げてやや黙ったが、それ以上は言わずにゼファイに向き直る。全く同時に、同じ動きでひらひらと手を振った。
「それじゃ、がんばってねー」
「言われなくても頑張ってるわクソガキども!!!」
そんな応酬をしてから、医師団の使者たちは別れた。しかし幼い黒頭巾たちは、暫しそこから動こうとしなかった。
「このまま帰るのも味気ない」
「そう思っていた」
「仕掛けちゃおっか」
「そうしようか」
「だってだって?ね、」
「面白いことは面白くなくては」
未だに日差しは強く、影は濃い。二人分重なって、それは得体の知れない獣のように見える。幼い笑い声が、重なった影に木霊した。




