令嬢の声
シノレがこっぴどく叱られた後、ひとり廊下を歩いていると
先日の令嬢の声が聞こえてきました…
(久しぶりに、完全に怒ってたなあ……これはちょっとまずいかも……)
その後一人廊下を歩きながら、シノレは「これからどうしたものか」と考えていた。
ザーリアー家の初代使徒についても、タイミングを見て聞くべきなのだろうが……今はそんなことができそうな雰囲気ではない。
まだ日は落ちきっておらず、晩餐と就寝までには時間がある。
明日から激増するだろう課題に備えて、今ある課題を片付けておきたい。
そのために書庫へ行こうとしていた時だった。
城館の中に、縦横無尽に走る廊下に連なる扉の一つ。
何だかそこから、呻くような声が聞こえてくる。
一度扉を通り過ぎて、戻ってきても変化はなかった。
戸の向こうに意識を集中すると、中にいる人間は何か、痛がっているようだ。
「……あいたたたたた…………」
このまま通り過ぎるのも何だろう。
扉に向けて、「何かお困りですか」と声を掛けた。
声を覚えていたのは、すぐに反応があった。
「お、お前……っ先月の?」
「はい、多分そうです。……また何かありましたか?」
「…………く、靴擦れしたのよ……ああもう、可愛いけど履き心地は最悪だわこれ……!」
相手は逡巡した様子だったが、観念したように事情を明かした。
それほど痛いのだろうか、声もやや涙まじりになっている。
「ああ、靴擦れですか……では、医務室で薬を貰ってきましょうか?」
紳士が飲みすぎたり、食べ過ぎで体調を崩したり。
逆に令嬢が靴擦れや立ち眩みを起こしたり。
そういうことは、良くあることだそうだ。
だから胃薬を始め、宴の場で必要とされやすい簡単な薬は常備されている。
幸い、ここから医務室はそう遠くない。
「え、医務室?そんなのあるの……?
……じゃあ、薬をお願いするわ。
そこまで歩くのは辛いし」
「はい。じゃあ、ちょっと取ってくるので。動かずに待っていて下さい」
今日は医務室が空いていたようで、薬はすぐにもらうことができた。
足早に道を戻り、戸を叩いて声を掛ける。
中から少し慌てたような物音がして、そして声が響いた。
「……いいわ。入りなさい」
「……では、失礼致します」
室内には大きめの几帳が立ててある。
「失礼します」と再度断ってから、そこに回り込んで薬壺を差し出す。
一連を通して、なるべく見ないよう気をつけていたが、一瞬だけ相手の姿が映った。
相手はドレスをまとい、長椅子に浅く座って、扇を前に掲げ、顔を隠すようにしていた。
シノレはそれを見て、首を傾げた。声は、確かに何度か会ったセシルという令嬢と似ている。
姿は……セシルに似ていた気がするし、でも若干違うような気もするし……
(……………まあ、気の所為かな)




