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「さて、終わったみたいだ」
「結果は?どうなった?」
「分かりきってるだろうに…」
随分と姉ベルトも随分と良い性格をしている。
どうなるも決死の戦いしか無い訳だし…
逃げるに逃げられない状況に追い込んだからな。
俺としては、その決死の戦いでどれだけ魔物達に損害を与えたのかを知りたい。
どうせ、この後…
「あまり近づきすぎるな、気づかれるぞ」
「あいよ」
…と、距離を詰めすぎたか。
アルベルトに止められたので、流石にこれ以上詰めるのはやめておく。
それに、そこそこ距離はあるが視認できない程じゃない。
とにかく、ここから様子を見るか…
「…中々斬新なやられ方の奴がいるな」
三人ともやられているのだが、細剣持ち以外はちょっとユニークだ。
まず弓持ちは、土下座しつつ頭を庇う姿勢でやられていた。
弓を引く素振りもない辺り、早々に諦めたみたいだな。
だからと言っても、その姿勢と身体が針達磨なのはシュール過ぎるが…
で…両手斧持ちはクロウベアに抱きつかれる形だった。
いわゆるベアハッグって奴か?
本当に熊がやるとはなぁ…
とまぁそれは良いとしても…威力はシャレにならないだろう。
なにせ、毛皮には掠るだけでダメージだ。
それに密着し爪も追加し、更に締め上げられるとなると…とんでもない継続ダメージになろうだろうな。
それに抵抗して、もがけばもがくほど更にHPを持っていかれるって戦法…
セルフおろし金みたいな状態だ。
とにかくあれだけは喰らったらマズイ、覚えておこう。
「森荒らしには相応しい末路だな!ふふふ!」
とまぁご機嫌な姉ベルトは置いておいて…
さて、こいつらをどうやって片付けるか…?
まさかこのまま放置しておくわけにはいかない。
なんて言ったって貴重な経験値だ。
この森には…半分は戦いに来てるんだし、狩らねばならないのだ。
という訳で戦力を再度確認する。
「あいつらの戦果はどの程度だ?」
「クロウベア三匹の内2匹を手負いに、他は2匹のモビングモンキーを倒しただけだ」
あまり戦果は宜しくなさそうだな。
てっきりもう少し削ってくれるかと思っていたのだが…
「ファルマ、どうする?」
「クロウベアの足止めは任せる、他は俺がやる」
「別に倒してしまっても構わんのだろう?」
「手負いの奴はな」
折角苦労して倒しても、元々が手負いじゃあ貰える経験値も少ない。
という訳で、手負いの二匹は遠慮なく狩って貰う事にした。
そしてついスルーしたが…なんか死亡フラグっぽかったな、姉ベルトのセリフ。
「先制は俺がやる、合図の後に仕掛けてくれ」
「あぁ、頼むぞ」
見れば、魔物たちは時間経過で消えた奴らのまわりに集まっている。
これなら、効率よく魔物に不意打ちが可能だ。
という訳で早速仕掛けていく。
集中、集中、集中、風魔法、呪化、放出…
「病魔の風…!」
取り敢えず効果が高くなる事を期待しつつ、基本コマンドを重ねた。
そして吹いた風が体を這う感触が気持ち悪かったのか、魔物達は警戒を強める。
だが、まだ飛び出してはいかない。
クールタイムを待って…もう一度…
「病魔の風!今だ!」
二度目の病魔の風を当ててから合図を出す。
…どうにも今までの経験から、分かった事がある。
それは攻撃性が低い…特に直接HPを削らないコマンドに関しては不意打ちで重ねがけが可能って事だ。
まあ、二度使えばほぼ確実にバレるんだけどな。
それでも状態異常の発生率を考えればそれで十分でもある。
「任せろ!」
エルフの誰かが言うや否や、風を切って飛んでいった矢がクロウベアの両手を地面に縫い付ける。
確か武技の…バインドアローだったか?
動きを止めたい対象をその場所に縫い付けておく効果がある。
同時に対象と場所を射抜かなければならないとか、縫い付けた箇所以外は動かせるとか…色々と条件や弱点はあるが…
そんなの弓の名手たるエルフには造作もないとの事。
ま、これで暫くクロウベアの強力な前足は封印出来るって事だ。
『『『グルオォォォォ!!』』』
苦し紛れに咆哮を上げているが…
今更誰が怯むかよ、ばーかばーか。
腕が使えなきゃ、お前なんて丸まれないハリネズミみたいなもんだ!
…さて、集中、集中、風魔法、風魔法、放出…っと。
「プッシュエアロ!」
前と比べて性能を上げたプッシュエアロを放つ。
折角不意打ちして、まだ向こうは投石の準備中だったからな。
ここはガッツリとアドバンテージを活かす。
プッシュエアロで指定した場所は魔物を挟んだ向こう側やや上方から、向きはこちら側の足元に向けて…
背後から斜め下に打ち下ろす感じだな。
どちらもすぐに距離を取られる事と距離を取られている状況で戦う事が面倒なだけだし。
体勢を崩し、あわよくばこちらに吹っ飛ばすのが目的だ。
「…チッ!」
フォレストワスプは地面スレスレまで落ちてくる程度に効果があったのだが…
モビングモンキーはよろけて動きを止めた程度だ。
フォレストワスプにはこのまま接近して攻撃出来そうだが…
モビングモンキーの立て直しは早いか…?
多分、近接攻撃の出来る距離としてはもう数歩は足りない。
全く、こうなったら…
集中、集中、溜める、土魔法、土魔法、振動…
「トレンブルピー!」
徹底的に足止めをする為に、魔法を使っていく。
元々動きを止めていた分と合わせて、モビングモンキーだけならこれで十数秒…
十分に長い事足止めが可能だろう。
だが既にこの時点で既にMPが3割しか残っていない状況だ。
これ以上魔法は乱射が出来ない、だったら!
集中、構える、踏み込む、払う…
「天閃!」
バネの様な瞬発力で飛び出して、打ち出した短剣がフォレストワスプを貫く。
単純に距離が近い方を狙っただけでもあるが、今回の狙いはこっちだ。
今まで、散々モビングモンキーを狙うべきだと言ってはいたが…それは通常の話だ。
正確にはこいつよりが強い奴と一緒にいた場合と、呪術が無い場合だ。
と言う事を言い訳気味に脳内で考えながら、オーバーキルされたフォレストワスプから視線を外す。
HPはこれで無くなったんだ、次だ。
「だりゃあ!」
残りのフォレストワスプ達は急所を狙って短剣で切り抜いていく。
なにせスタミナも無限じゃないからな。
MPみたいに可視化されてる訳でもないし、節約していかないと。
まだ戦いは始まったばかりだしな。
それで、主に頭と胴の間を切り裂かれたフォレストワスプ達は一撃でHPの殆どを吹き飛ばし、中には全て吹き飛んだのもいる。
流石に1・2ランクは上の武器だよな、苦戦しねぇや。
お次は集中、土魔法、土魔法、拡散、拡散、拡散…
これで、どうだ!
「ストーンショット!」
名称こそ変わっていないが、拡散範囲が段違いだ。
拡散が一つだと前方30度くらいまでしか広がらなかったが…
三つも重ねがけした影響か、ほぼ真横にまで届く程に拡散している。
その分威力も下がってそうだけどな。
念の為に土魔法も重ねておいて良かった。
「よし、次!」
今の石礫で残っていたフォレストワスプの、残り少ないHPも全て吹き飛んだ。
これでモビングモンキーの相手に集中出来るって訳だ。
そうなりゃ、後はかなり楽だ。
もう足止めの効果も切れるが…こいつらだけを相手にして接近しているなら追加は要らないだろう。
という訳で早速、まだ動きを止めているモビングモンキーに…
構える、溜める、殴る…
「力突き!」
尚、蜂から得た教訓は忘れてはいない。
今度は狼犬バイト&クロウをしっかり装備しての攻撃だ。
肩が外れるんじゃないか?なんてパワーで打ち出される拳がモビングモンキーの顔面と捉え…
打ち砕き、吹き飛ばす…
「やっぱ痛てぇけど、すげぇな…」
やっぱHPの減少は僅かだけど発生するんだな。
だけどここまで被ダメを抑えられたのはナックルを付けたおかげだ。
しかも威力は前よりもえげつなく感じる。
モビングモンキーのHPを一撃で8割持っていったからな。
ちなみに今のスペードを使って、威力の高いパワーバッシュを当てれば苦労なく倒せるのだが。
こいつら相手に1ランク程度下のナックル+低い体術レベルでこれだ。
おまけに、気絶の追加効果まで発動したっぽい。
やっぱこれ必殺技になりそうな気がするな。
…と、余裕をこいてる訳にもいかない。
まだ、もう一体くらいなら仕掛けられそうな状況だ。
という訳で…構える、踏み込む、殴る、殴る、払う…
「ワンツースラッシュ!」
短剣を強制的に逆手に持ち変えさせられ、力強いワン・ツーのパンチを放つ。
更に殴り際に刃を相手に滑らせつつ、最後は逆手逆向きに構えた短剣で相手を斬りつける武技みたいだ。
連撃とあって威力はそこそこ高く、でもってこの武技では俺のHPが減らない。
これはいい事ずくめだな。
「これで、一匹目だ!」
そこから、逆手に持ったままの短剣で更に追撃。
突き立った刃でHPが無くなった猿を確認して…
不意に体に一発、衝撃が走る。
立ち直ったモビングモンキーからの、投石だ。
「上等だ!掛かってこい…ってな!」
防具の更新もあってか、ダメージはやはり微々たるものだ。
毒の追加効果も考えたら、一撃だけならフォレストワスプの方が脅威度が高いまである。
まぁ、ここまで分かればもう焦る必要も無いのだ。
なにせモビングモンキーもクロウベアも、既に病気の状態異常なんだから。
これ自体は恐らくスタミナ的なステータスの減少量を増やして、回復量を大幅に減らすバッドステータスだ。
…面倒だから、今度からはスタミナと呼ぶことにしよう。
で、そのスタミナを枯渇させる事が、長期戦なればこれほど有効な手段も無いのだ。
現に五匹が投擲しても、現状でも既に一匹しか当てて来られない。
病気による疲れの影響で、既に狙いさえ碌につけられない状況だ。
だから後は、相手が動けなくなるのを待てば良いだけだったりする。
このまま投石させるもよし、わざと走らせる為に距離を取るを待つのもよし…
コマンドを放つふりをすれば勝手に投石してくれるから、それが早いか…?
ま、このままジリジリと追い詰めて、結果的に一度の回復で収まる程度のダメージに抑えれば良い。
ついでに倒す過程で体術のレベルを上げるのに使えれば尚良し、だ。
ちなみにフォレストワスプを優先して倒したのは、あいつらは病気の影響が薄いからだ。
まず病気になろうと、平常運転とばかりにブンブンと飛び回る。
それから攻撃を誘発させても高度が落ちてくるのに1分は掛かる。
まぁ、普通は落ちてこないのを一分で…と考えたら破格だと思うけどさ…
でも他が30秒もあれば目に見えて弱る状況だし…
ほら、今こうやって突撃してくるクロウベアだってこんなに緩慢な動きで…
ってなんでこっちに来てるんだ!?
「おい!何やってんだ!?」
「あぁ悪い~!拘束出来なかったんだ~!」
すこしばかり間延びした声の、姉ベルトの声が返ってくる。
ついでに姿を見せたのだが…
その顔が、悪意のあるにけや顔に見えてしょうがない。
口角がややつり上がり、細めた目は見下す様な目だ。
なんとも嫌らしい笑みを浮かべてやがる。
「ふざけんな!てめぇわざとやったろ!」
「そんな事言うな~!真剣にやったんだ~!」
拘束は朝飯前だとほざいていたのは主にお前だろうが!
それに前の狩りの時は一度だってそんな事無かったくせに!
「姉さん!何をしてるんだ!」
「責めるなアルベルト!私だって真剣だったのだ!」
「どの口が言うんだ!全く!」
アルベルトの責める口調も、何時にも増して強いものだ。
ま、普通に信頼の問題になるからな。
お互いに、無駄に信頼を裏切る事をするのは避けてきていたが…
調子に乗った姉ベルトはそんな事もお構いなしらしい。
「ファルマ!援護するぞ!」
「いや、要らない!」
「しかし…!」
「あいつは真剣にやったんだろ?」
まさかこんな状況で、あれが嘘じゃないとは思ってない。
だが、今突撃してきたのはHP殆ど減っていないクロウベアだ。
ついでに、見れば既に他のクロウベアは倒されている。
つまりこれ以上はクロウベアの追加は無い。
病気状態の6匹…いや実質5匹のモビングモンキーと、1匹のクロウベアだけなのだ。
この状態なら勝率は非常に高い。
更に言えば…時間をかければもっと上がるはずだ。
まぁ、何よりこれ以上経験値を減らすのはもったいないからな。
多少厳しくても、やってやるしかない!
「尻拭いをしてやる、貸し一つだ!」
この貸しはめちゃくちゃ大きいものにしてやるけどな!
具体的には、そうだな…
この間は話してくれなかった、樹魔法について洗いざらい話して貰おうかな!




