#434
すぐに機関車に爆薬が仕掛けられかけた話で従者達は大騒ぎになる。
「爆弾を設置するのを見つけて、自力で対処したんでしょ?」
「どうするんだ?思ったより向こうは好戦的じゃないか」
「全部当主と警察に任せるしかないわよ」
部屋でベッドメイキングをしていた彼らは口々にそう言い合う。先ほど警察が駆けつけ、射殺した遺体の回収と事情聴取を行った。
「うわ…」
「滅多撃ちじゃねえか」
後進を入れた機関車の下から出てきた死体を見た警察官はやや引いていた。至近距離で短機関銃の固め撃ちを喰らった死体は血と循環液を垂れ流しており、軌道は赤黒く染まっていた。
「頭は残しました。インプラントチップがあれが問題ないかと」
その警察官の隣ではスリングを通した短機関銃を背負ったサダミが淡々と語った。少々彼女から煙草の香りがしたので、恐らく直前まで彼女は吸っていたに違いない。淡々と彼女は死体を前にそんなことを言ったので、警察官は再度口元が引き攣る。
「(肝が据わり過ぎている)」
駆けつけた紺色の制服に王国の国章の黒いピッケルハウベを被った警察官は人を射殺したにもかかわらず、動揺を見せないこの獣人の運転士に苦笑する。
家紋付きのシャコー帽を被る彼女はオッペンハイマー伯爵に雇われた運転士だと言う。
「分かりました。遺体の方はこちらで回収させてもらいます」
「よろしくお願いします」
到着した警察官に彼女はそれだけを言うと、その後ろで所有者以上の長さを誇る対戦車ライフルを背負った同じ制服を着た女性が呼ぶ。
「サダミ〜、手伝って」
「すぐ行く」
黒曜石のような美しさとを持った大きな黒い猫耳と、ふわふわとしていて思わず触りたくなるほどに豊富な白い耳毛がその声のしたほうを向く。
「…綺麗な髪だったなぁ…」
おそらく誰かの手によって丁寧に整えられているのだろう、髪の毛も乱れがなく綺麗で、何処かの良い香りのシャンプーまで使っていた。
「なんだ一目惚れか?」
「馬鹿、妻子持ちだぞ?言ったら蹴飛ばされる」
「ははっ、お前ん家は恐妻家だもんな」
ゲラゲラと他人事で同僚は笑うと、少し表情をムッとさせて豚の獣人の男は軽く睨んだ。
そしてスフェーンに呼ばれたサダミは軽く話していた。
「で、爆薬はどうした?」
「一応、警察に預けた」
一号車のドアを開けっぱなしにして列車のアクティブ防護システムに必要な127mmキャニスター弾の装填を行う。
「起爆装置も含めてどこから仕入れたかくらいは分かるでしょ」
「まあ、対応しているのはおそらく公安でしょうしね」
列車の車体に備え付けられたAPS発射装置は、電磁加速砲のAPFSDSすら迎撃する優れもの。システムをジョンと交友のあったとあるシステムエンジニアが手を加えたのだ。少なくともワンオフ品で、既存のAPSに使われている迎撃用のキャニスター弾が使えた。
全くもって不本意な話であるが、この機関車はエンジン以外はあのジョンが手がけたがために、色々と知らないシステムが混ざり込んでいた。
「蛙の子は蛙…かねぇ」
「少なくとも師弟で同じことをしている時点でだいぶ毒されていると思われ」
『不必要と判断したシステムはこちらで削除を行ったので問題ありません』
するとルシエルが胸を張って自信を持って答えた。少なくともこの機関車に自爆機構なんて必要ないので即刻怒鳴り付けて取り外しをさせた。当時彼は『なぜわかった!?』と驚愕の顔を浮かべた後に、奴は堂々と言いやがった。
『こんな貴重なエンジンを他人に渡せるわけないだろう?だから付けたのだ!』
直後、思い切り顔面にグーパンであった。少なくとも歴史的著名人にする行為ではないと周囲からは言われるかもしれないが、スフェーンの脳内では死んだアイツと同類であるため、『ヤバい奴には殴って理解させるに限る』部類の人間に入っていた。
「まだ変なシステムとかないよね?」
『ご心配なく。オーバーホールの度に二人でシステムの防護と監視を行なっていますので』
そのサダミの疑念にシエロが自信と余裕を持った様子で答えた。
この機関車は車体とボディは大災害以降のものであるため経年劣化をする。その為、定期的にジョンが間接的に保有する車両整備工場にて点検を行っている。少なくとも彼なりの主義というべきか、火力高めな思想というべきか、持っている工場は異能を使いながらエーテル機関を点検できる熟練工が常駐しており、スフェーンは顔馴染みであった。
「まあ、それ以外は優秀すぎるから良いんだけど…」
「そうとは到底思えない」
横でサダミは断言をすると、彼女は短機関銃に巻きつけられていた分厚い牛革の蓋を開けた。中からは少々焦げ臭い香りが漂って中に真鍮製の空薬莢が収められていた。
「はぁ、また装填するかな」
「弾倉一個使っちゃったの?」
此処で腰に巻きつけていたダンプポーチに空の弾倉を放り込み、肋骨服に隠れて装備されていた弾倉入れに手を入れて新品の弾倉を装填する。三〇発入りの箱型弾倉は薬室に拳銃弾を装填する。
今どき、薬莢式の銃を使うことはケースレス弾の技術が進歩した事で競技用でも見かけなくなって久しい。遊戯用で使われることは多く、いわゆる趣味の範囲であった。
「まあ、新しい弾は幸いにも用意している。心配ない」
彼女はそう答えると、装填を終えたAPSを見る。
「少なくとも、三回目は無いと願いたいね」
「それは空からエーテルが消えます様にって願うのと同じくらい無理では?」
「タチの悪い例え方ね」
スフェーンの比喩にサダミは苦笑気味に返した。
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そして列車に爆薬が仕掛けられていたという話は、また別の場所にも届いていた。
「分かりました。回収した遺体は所持品を含めて送ってください」
古い受話器の付いた固定電話を使用して話すのはアニータ・パレスその人である。王宮省外部協力企業の社長を三代目の国王の時代から務める傑物である。主な仕事は王宮省から委託された王室御用達品の監査である。
そしてこの会社で社長とは名ばかりの役職で、実質的には副社長や役員がこの会社の業務を担っていた。
「全く、進人類主義者の連中も飽きないわね」
電話を切った彼女はそう言ってため息を漏らした。
彼女はこの会社の創設後に引退を決め込んでいたところを、当時はまだ立憲君主制に移行したばかりでまだ発言権の強かった当時の国王…彼女からしてみれば曾孫から内務省・外務省・軍務省の情報機関の人員を寄越されたのだ。
表向きは王宮省から委託された王室御用達品の監査を行い、裏では各省庁から派遣された諜報員を取り仕切る様に言われたのだ。
「酷い扱い用。今少し先祖を大事にしてくれないのかしらね」
「それは難しいかと」
そこで直接的な表現を使って返したのは彼女の元侍従長であった男である。
不老者が王となったこの国には、実に多くの不老者が流れ着いた。大陸を統一させる為の戦争も行われ、彼女の元には不老者ならではの豊富な経験を持った優秀な人材が集まった。そしてこの大陸を統一し、建国を宣言した。現状、世界唯一の大陸国家である。同時に経済規模は世界第二位を誇り、国連や傭兵ギルド、鉄道管理局などの多様な国際機関を内包した立憲君主制国家であった。
「今はもう、その時の人もほぼ居ないわね」
「ええ、見た目は変わらずとも、我々の中身は人であります。大半は病死をしております」
よく勘違いされる事ではあるが、不老者は死ぬ。むしろ一般的な人よりも死にやすいだろう。
なまじ細胞の更新は変わらず施術を受けた時の姿のまま固定される。事実アニータも不老者となって久しいが、その姿は二〇代の姿を保ち続けている。
この姿であるがために多くの民衆、特に不老者の事を詳しく知らない人物は『不老不死になれる魔法』と表し、多くの権力者がこの施術を行った。
そして恐ろしいまでによく独裁体制と結びついて多数が革命や謀略で死んでいった。
死なないと勘違いしてあっという間に病気や事故で死んだ。
『死なないのでは無いのか』という勘違いは長い歴史の経過とともに消え去った。特に病気ともなれば、長い間生きていた事で違和感を感じてもそのまま放置してしまうケースが多発して、手遅れになるパターンばかりである。大抵の場合、不老者は若き姿で施術を受ける。そして若い姿のまま細胞の更新がされる事で病魔に侵された時の進行速度が速いのである。
ジョンが此処まで長く生きられるのは長年の勘もそうだが、日々の健康管理を徹底しているからだ。彼はほぼ毎日決まった時間に決まった食事を摂っており、自らを検体として実験している意味合いも込めてずっと同じ調子で健康を維持していた。
「それで、ほかの状況はどうなの?」
「内務省より、国内の地下組織に動きがあるとのことで」
「…まあ、狙いは先生でしょうね」
「間も無く建国記念日。その日に間に合わせようとしていると?」
「じゃなきゃ説明がつかないわ」
彼女はかつての執事に向かって正直に話す。
「先生は彼らにとって教祖同然でありながら、最も恨みを買っている不倶戴天の敵よ?」
彼女はそう言う内心『どうしてこうなった』と天を仰ぎたくなる。
「おまけに今の政権はこの前の税法改正で色々と反発があるしね」
「なるほど…」
今の政権は軍事費に充てると言う理由で議会で増税を決議した。過半数越えの与党による強行採決であったことや、昨今の国際平和維持活動による出費増額や軍拡に不満を持つ者は多い。そして今まで中立を示していた他国の領土問題に対し、中立から傾き始めていることも国民感情を悪化させていた。
「如何いたしますか?」
「流石に戦時議会じゃ無いから王族が政治に口出しできないわよ」
彼女はそう言って用意された紅茶を注いだ白磁のカップを傾ける。彼女の好みであるアールグレイをしっかりと用意しており、そのいつもの香りに次第に彼女の脳も整理がつく。
「ただそうね、このまま政治家が動かないなら衆議院で不信任案の提出も考える必要があるかも知れないわね」
彼女は呟くと、今まで幾度となく行われてきた行動に男はこの後の予定を目算した。




