#424
今回の旅行の最終目的地にスフェーンが選んだのはサンセットが綺麗なことで有名な海岸だった。
「カップルばっかりじゃないのよ」
「まあ、それはある程度仕方あるまい」
到着して早々にサラから飛び出た一言にスフェーンは苦笑気味に返す。少なくともこうしたサンセットにカップルはつきものであることは重々承知しており、実際目の前には絶対カップルだろという雰囲気の男女やアンドロイドが色々と生息していた。
「よいしょっと」
サラはバイクを降りて持ってきた鞄から一枚の薄い板を取り出して地面に置いて指を当てる。すると指紋認証でロックが解除されてその薄い一枚の板が変形を開始し、あっという間に車椅子に変わった。
「うわぁ、それ最新式の携帯式車椅子じゃないの」
「ええ、軽量化で荷物に混ぜても運べる便利な代物よ」
サラはそう言うと展開された車椅子に座り込む。クッションは外気を吸引しているバルーンだが、本人の体格に合わせて最適な形状に変更できる優れものである。
「さあ、押してちょうだい?」
「…それ思考操作可能な電動車椅子じゃないのよ」
スフェーンは以前に購入を検討して諦めたことがあったので、その車椅子のことをよく知っていた。手動操作が可能な取手こそ付いているものの、サラの座る車椅子は使用者の思考にあわせて自動で動く電動車椅子であることは知っていた。
「あら、やってくれないの?」
「…はぁ、仕方ないわね」
期待するサラの視線にスフェーンはため息をつきながら車椅子の取手を掴む。
「ふふっ、流石は親友ね」
「こんな僕みたいな扱いをして親友呼びとはね」
スフェーンは手慣れた様子で返しながら海岸ぞいのコンクリートで整地された道をゆっくりと歩く。
「流石に良い景色ね」
「まあ、海ってアバウトだけど良い気分になれるからね」
そう言い、絶賛沈みかけている太陽を見る。少し休憩を多めに撮りながら移動をしたので、時間はだいぶ夕方になってしまっていた。
「このまま日の入りまでここにいるから」
「ええ、じゃないとサンセットじゃないわよ」
そう言って水平線を見つめるサラ。スフェーンも良い時間帯に来れたと内心で安堵と満足をしながら海を見る。
「あら、ちゃんと海の家もあるのね」
「レンタカーも多かったし、完全に観光地ね」
スフェーンはそこで視線の先にあった海の家を見ながらそんなことを言うと、車椅子を回して海がよく見えるようにする。
「良いわね。こう言うサンセットも」
「静かでしょ?」
「間違いないわ」
サラは大いに頷くと、スフェーンは彼女が今まで経験してきたサンセットのイメージがついてしまった。
「仕事熱心なことで」
「おかげで来世の分まで働いた気がするわ」
膝の上で手を置いて彼女は言うと、横でスフェーンは苦笑する。
「来世ね…まあ確かにサラなら言えそう」
「ふふっ、伊達に下から上まで経験してないわよ」
「おお、流石はカジノ街の母」
隣でその未だに老いを見せない眼差しは、知っている人間からすれば昔から変わらなかった。
「仍孫でも見れるかしら」
「まあ昆孫で限界じゃない?流石に」
サラの呟きにスフェーンはそう答えた。今の世界の常識として『人間は一四〇歳を超えられない』と言われている。
この前、その寿命の枷を外すことの可能な論文が発表されたがまだ理論の段階。サイボーグ化を行ったとしても超えられないその壁に、次第に人は『神が作った限界』ではないかと考えていた。
「まあ昆孫は二八人いるわね」
「流石ね」
「伊達に二〇人以上産んでないわよ」
得意げに彼女は言うと、次にスフェーンを見ながら聞いた。
「でも貴女は子供を作らなかったのね」
「いやぁ、流石に興味なかったし。結婚とかもねぇ?」
「…」
そう答えたスフェーンにサラは、ゆっくりとした口調で聞くように口を開く。
「貴女は一体、何歳まで生きるのかしらねえ」
「…」
その疑問は、スフェーンにとっても予想はついていたが、意外な呟きであった。
まあ流石にこれだけの付き合いをしていれば察するのかと内心で感じながら少し考えてから返した。
「…さあね。私にも分からんよ」
少なくとも彼女の脳裏には、頭が半分ほど吹き飛んだ状態でも行動し、反撃をした時のあの廃都市での光景が過る。あれは確実にこの体の異常性を認知した瞬間だった。
「そうね…結局貴女の前歴も、運び屋になる前の経歴は一切分からなかったわけだしね」
「あら、調べていたの?」
「当然。私に近づく人間はあらかじめ洗いざらい調べ上げられるわ」
スフェーンの反応にサラは予想通りだと内心で思いながら話続ける。
「そうね。まあメアリと同じことを言っていたけど、まるであなたは『突然この世界に現れた存在』のように思えたわ」
「…」
「だって、貴女の記録はウエルズ大陸の極東の運輸ギルドから始まっているもの。インプラントチップの情報で探っても、スラム街にあなたがいたと言う証言もなかったわけだし」
「おお、流石ね」
当主直系の娘ともなれば、いくらスラム街育ちでも徹底的に調べるんだなぁと内心で感心しながら話を聞くスフェーン。
「結局、何十年とかけて調べたけど結果は同じ。貴女の生まれも両親も。この一族総出で調べても分からず仕舞いよ」
「…ふふっ、流石にやりすぎなんじゃない?」
「いやぁ、正直コンコルド効果ってのは薄々感じていたわ」
彼女はそう言うと、スフェーンに言う。
「スフェーンはどうやって生まれたのかしら?次第に調べていくとそう思うようになったわ」
「…」
サラはそう言うと、スフェーンに頼む。
「押して。砂浜まで移動しましょう?」
「了解ですよ」
スフェーンは頷いえ車椅子を押して砂浜に降りる。折り畳みの車椅子とはいえ、砂浜に入っても埋まらない程度にはタイヤもしっかりとしていた。
「砂浜もここら辺は硬いのね」
「多分、海水がここまで来ると思われ」
スフェーンは車椅子を押しながら答えると、サラはガタガタと揺れる車椅子に座りながら聞いてきた。
「じゃあこの砂が波打っているのも波の影響?」
「そうじゃないかしらね」
所々に水溜まりが残されており、その前で写真撮影をしているカップルや観光客。その先では夕陽がだんだんと水平線に近づいている。
「あぁ〜…煙草吸いたい」
「ここは分煙よ。喫煙所行ってきなさい」
「でもそうしたらここに置いてきぼりにするからまずいでしょ」
スフェーンは前を向いたままそう言ってサラに聞いた。
「逆になんでそんな怪しい人間をそばに置いたんですか?」
「あら。『友は近くに置け、敵はもっと近くに置け』と言う言葉を知らない?」
「…その場合、私はは用心すべき相手ですか?」
その疑問にサラは首を横に振る。
「いいえ。出生以外に怪しい点は無いし、私を探るために誰かが接触した経歴もなかったしね」
「なるほどね。要は一番重要な部分が抜けていると…」
「今時、出生が分からない人なんてごまんといるわ」
「上手く言う…」
彼女はそう言うと、スフェーンは察した様子でサラに聞いた。
「サラ。貴女は何かしたいことは?」
「もう十分だわ。悔いのないように生きてきたつもりだから」
「…私似の妹のことは?」
「…」
その時、一瞬サラは表情を曇らせた。まさか彼女からその事を聞かれるとは…まあ予想外ほどではなかったが、それでも少し思うところはあった。
「会えると言ったら、どうする?」
その問いにサラは少し沈黙する。スフェーンの言う意味は、長年の経験を持ってしてもいまいち理解が及ばなかったが、彼女の言葉からどう言うことを言っているのかを察した。
そして察した彼女は目を閉じ、再び開いて答えた。
「…ご生憎様だけど、お断りさせてもらうわ」
「なぜ?」
「それをやると後悔した人生を迎えてしまうから」
彼女はそう答え、悔いのない人生で終わりを迎えることを求めた。その返答を聞いた彼女はゆっくりと口をひらく。
「…じゃあ、私の独断の善行に付き合ってちょうだいな」
彼女はそう言うと、サラは彼女の直球な言葉に苦笑する。
「どうして?」
「今まで散々貴女に迷惑を被ったから…とでもしておきましょうか」
「その言い方だと、善行がまるで復讐のように聞こえるわよ?」
「実際、似たようなものですよ。復讐と善行なんて」
彼女はそう言い、サングラスを外してサラを見る。
「ふふっ、貴女は悪魔ね…」
「ええ、別に私は善人じゃあ無いので。誰かが幸せになると思うのであれば、それを善とみなすだけです」
彼女はそう言うと、常につけていたグローブを外す。彼女はいつも人と触れる時は必ずグローブや手袋をはめているなとサラは前々から思っており、手に怪我の痕でもあるのかと推察をしていたが、彼女の手は綺麗な白磁のように透明感のある手をしていた。
「その善が、誰かにとっての悪意にもなり得るわよ?」
「ええ、でも自己満足のためです」
「…正直ね。いっそ清々しいくらいに」
サラはスフェーンの言い分に苦笑すると、ずっと慣れ親しんできた彼女は言う。
「貴女なら別に傷つかないでしょう?」
「酷いわね。これでも私は女なのよ?」
「んな毛の生えた心臓で言われたところで…」
スフェーンは苦笑をしながらサラの手を取る。
「貴女はこれからもこう言うことをするの?」
「かも知れませんね。気に入った花は押し花にして飾りたいものでしょう?」
彼女はそう答えると、包み込まれるように触れた手を見ながら聞いた。
「じゃあ、これは差し詰め悪魔の契約かしら?」
「さあ?或いは福音かもね」
そう言い彼女は手を離すと、次に携帯を取り出す。
「さて、そろそろいいサンセットだから。また撮るわよ」
「ええ、写真写りには気をつけることね」
撮影用の小型ドローンを展開し、美しい夕陽を背景に映しながらスフェーンは再びでシャッターを切る。
「3、2、1…」
カシャ
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サラ・アンデルセンが死去したのはその半年後のことであった。
原因は老衰。
丁度、一二二歳の誕生日を迎えたばかりであった。
「…」
葬式の参列者もカジノ街の母と言われただけあり、それはそれは大量に訪れていた。
「お久しぶりです」
そんな中、葬式の最中にスフェーンはある人物と顔を合わせていた。その人物は現在のアンデルセン・グループの名誉会長にしてジャック・アンデルセンの息子であった。
「今回は、お悔やみ申し上げます」
「いえいえ、叔母も満足していたと思います」
彼はそう言い、喪主を務めたサラの第一子を横目に軽く話す。
「良かったらこれ」
「?何でしょうか」
スフェーンはそこで彼にある物を渡した。それは古いガラパゴスケータイであった。
「何か、相談に乗って欲しいことがあったら使ってもらおうかなって」
「…なるほど。不老者ですか」
すると察した様子で彼はスフェーンを見た。そして携帯を受け取りながら返す。
「個人的な貴女との繋がりなら大歓迎です」
彼はそう言ってスフェーンを見た。
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突如、視界が妙に明るいことに気がついた。
「…」
ゆっくりと瞼を開けた彼女は、そこでその明かりが太陽の光によるものだと察した。
耳に聞こえる木の葉の擦れる音と鳥の囀り。
「お姉ちゃん」
どう言うことだと困惑気味に見上げていると、聞き覚えのある声が耳に響いた。
そしてその後に覗き込んできた姿を見た時、サラは驚いた後に身体を起こそうとして、そこで自分の両腕がないことに気がついた。
「…なるほど」
そして同時にサラは色々と納得した後に苦笑して灰髪の少女に支えられながら身体を起こした。




