#277
スフェーンにも嫌いなもの・苦手なものはこの世にはある。
代表的なところで言えばお化けと言った幽霊の類。
食べ物なら辛すぎるもの、酸っぱすぎるものなどの味付けの濃い食べ物。あと脂っこい食べ物。
あぁ、昔はピーマンや貝類なんかもダメだった。
前者は苦味、後者はコリッとした食感がどうも好きになれなかった。
そんな苦手なものの中でも特に苦手としているのは馬鹿の相手である。
馬鹿というのは恐ろしいもので、特に『出来る馬鹿』はスフェーンが最も忌み嫌う類の人間だ。
アホな馬鹿というのは逆に好きなタイプの人間なのだ。話していても大体ゲラゲラ笑って終わらせられるからだ。
頭がいい馬鹿というのは、判断がとても難しいのだが、変におしゃべりで、小難しい事を言って来るので『もっと分かりやすく説明せんかい!』と思ってしまう。また馬鹿というのはこっちの思いもよらない発言をして来るので本当に困る。
「あぁ…疲れた」
夜、警察署を出たスフェーンは大きなため息と共にどっと疲れが溢れて肩を落とす。
「大丈夫?」
「え?あぁ、うん…大丈夫」
横で手を繋いで歩くみくりにスフェーンは少し背筋を伸ばして頷く。当事者に心配されるとは情けない話だ。
「…」
事故直後、いきなり出て来てはメンチを切ってきたチンピラを蔑んだ目で見下ししながら話しかけた。
「あの…大丈夫ですか?」
壁を突き破るほどのスピードで突っ込んだ車はエンジン部分が潰れており、見事にクラッシャブルゾーンが機能していた。
「いだだだ…」
そしてスフェーンはメンチを切ってきた馬鹿を放っておいて、救助をする。
「おい!何無視してやがる」
「黙っとれチンピラ」
「っ!!」
うるさいので軽く睨んだところ、そのチンピラは一瞬身震いをして固まってしまった。アホかコイツ。
「うがぁ…腕痛ぇ…」
「折ってるな…」
頭から血を流し、右腕が逆への字になっている状態を見てスフェーンは判断すると、遠くからサイレンの音が聞こえた。まあ、いくら郊外とは言え、あれだけの振動と音を出していれば誰か通報するわな。
「っ!やべぇ、サツだ!!」
「は?」
するとそのサイレンを聞いてさっきビビってたやつが血相を変えて逃げ出してしまった。
「あっおい!」
二人の怪我人を残したまま逃げたあのチンピラ。止めるために石を投げても良かったが、
『相手は生身ですよ』
「チッ…」
ルシエルの忠告でその手を止めざるを得なかった。
流石にサイボーグ化をしていない人間相手に投石は危険すぎた。力の調整はできるが、うっかり変な場所に当たって下半身不在になろうものなら逆にこっちが訴訟されてしまう。
するとサイレンが近くなって止まると、そこから治安官が降りてきた。
「うわっ」
「こりゃすげぇ」
到着早々に思わず漏れたその言葉にスフェーンも同情する。
「通報者ですか?」
「はい!でもあっちに一人逃げ出して…!」
そこで先ほど逃げたチンピラの方に指を差す。
「一人ですか?」
「ええ」
「分かりました。おい、すぐに応援だ」
「はいっ!」
確認をして治安官が無線で連絡を行うと、一人の治安官がその方に走り出す。
一応自分も通報をしていたので、治安官はその事実確認を行うとそこで派手に立った事故車を見る。
そして同時に車から救出した二人を病院に運ぶための救急車も手配された。
「取り敢えず状況を聞かせてもらえますか?」
「分かりました」
するとそこで家主のみくりも出てきて驚いた表情を見せていたので、あれこれと説明をしている途中、逃げ出したチンピラが捕まったという報告を受けた。
『だいぶ喚いていますけど…』
「…そのままあっちに放り込んでおいてくれる?」
『了解しました』
捕まったチンピラは自分は悪くないとほざいていた様で、それを聞いてみかねた治安官はチンピラを警察署の方に放り込んでいた。
そして周りにエーテルがない影響で耳が遠くなったみくりと共に説明と事故車の回収や実況見分と、色々とやるべきことが多く、みくりの心労は溜まっていった。
なお、お釈迦になった乗用車の方は盗難車であり、法定速度の約二倍の速度を出してカーブを曲がりきれずに壁に追突。そして乗っていた馬鹿どもは全員が未成年だった。
この怒涛のトリプルコンボで事故った三人は無事に治安官から罰則が与えられることとなった。
向こうが百悪いので壁の修復費用も全部向こう持ちとなるだろうということで一安心しながら警察署を出てきていた。
「すごい音してた」
「そりゃあ、二倍の速度出して突っ込んだらね…」
むしろよく死ななかったなと思うほどの話だ。あれだけ壁を貫通して、操車場に瓦礫を飛散させていた。
またアホかと思ったのは、捕まったチンピラは治安官ですら呆れる様に自分は乗ってただけで悪くねぇ!と言って聞かないそうで、インプラントチップでスキャニングして得た個人情報を頼りに色々と連絡をとってくれるそうだ。
「治安官様々やで…」
「大変そう」
「あのー、君一応当事者なのよ?」
車両工場を経営しているみくりは、事故を受けた被害者として赴く必要があり、彼女の耳のことを知っていたので通訳として自分も出る必要があったのだ。
「車の人、死んだの?」
「死んでないけど…ぶっちゃけ死んでた方がまだマシだったかもしれない…」
割と真面目にそう思うほどには酷い状況だった。
何せ向こう側は盗難車を全損させた挙句、壁を突き破って崩壊、二人は重傷を負って入院。
一体どれだけの損害賠償となるのか、見当もつかなかった。
「帰ったら、穴の空いた壁直しますか」
「…直すの、面倒」
「いや、穴あきっぱも不味いでしょう」
その前に色々やることもあるし、とスフェーンはみくりをバイクの後ろに乗せると走り出していく。
「外にある車両とかを移動させないと…」
「あれを盗まれるのは、ちょっと困る」
「オッケー、直ぐにやっておこうか」
道路を走るバイクでタンデムをするスフェーン。その腰をがっしりとみくりが抱き付く。
「でも、スフェーンさんのオーバーホールもやる」
「両立できるの?」
「スフェーンさんは、オートマトンも動かせるから大丈夫」
車両工場にあるオートマトンを動かせばいいと彼女は言い、スフェーンは操車場に放置されていたオートマトンのことを思います。
「あれか〜。状態は良いけど、動かせられるかな…」
操車場には多くの貨車や機関車、オートマトンなどの機械が部品取りの目的で置いてあり、状態は決して良いとは言えなかった。
「多分、動かせられるよ」
「ははは…流石だね」
魔女と噂される腕利き整備士は自身ありな様子でスフェーンに言うと、彼女も少し期待をしていた。
翌日、空間エーテル濃度も回復したのでみくりは一気に列車のオーバーホールを行う。
なにせ十二両もある今の列車。台車や車体だけでも一人でオーバーホールをするとなると、大変な苦労になるわけで…。
「うん…よし、全部いい感じ」
朝からコンテナ貨車の整備を始めており、あっという間に四両分のオーバーホールを終えていた。
「スフェーンさん、大丈夫?」
そして作業中にみくりは台車を見ながら話しかけると、操車場にいるはずのスフェーンの返事が聞こえる。
「ええ、こっちも問題なさそうよ」
操車場では、壁に大穴の空いた場所にブルーシートを被せている隣でオートマトンの状態を確認するスフェーンの姿があった。
「最悪バッテリーを積んだら動かせるかもね」
「なるほど、思っていたよりも部品は残っているんですね」
昨日とは違って、饒舌な舌でスフェーンと話すみくり。
エーテルの声を聞く彼女は、外にいるスフェーンの声も注意すれば距離が離れていても鮮明に聞くことが可能で、スフェーンも聞き耳を立ててみくりの声を聞いていた。
「わかりました。こっちも五両目が終わりそうだから、そっちに向かう」
「もう五両目?早いわね」
「慣れてるから」
ふんすと言う擬音が聞こえてきそうな様子でみくりは答えると、オートマトンの整備を進めるスフェーンは工具箱を持ってオートマトンのコックピットに乗り込む。
「チンカラホイ」
そしてコックピットの操作版のボタンやスイッチを入れると、背中のエーテル機関が動く音が聞こえ、エーテル機関の音と共にコックピットのコンソールが点灯する。
「よしっ、動いた動いた」
ハッチを開けたままスフェーンはオートマトンの操縦桿を握ると、ゆっくりと立ち上がってオートマトンは動き出した。
『バランサーに異常あり』
「カウンターウェイト移動。システム調整はーー」
そこで出てきた諸問題はOSの書き換えで対応すると、少々ぎこちない動きではあるが、そのオートマトンは動き始めて、先ほどまでスフェーンの使っていた工具などをまとめて片付けると、車両工場の方に移動する。
「おぉ…」
そして器用に工場の扉を開いて入ってきたオートマトンを見てみくりは驚く。
「スフェーンさん、すごく上手」
「これくらい慣れればできるわよ」
コックピットを開けたままスフェーンは答えると、工具箱をキャビンに入れる。
「よし、じゃあ早速運び入れて良い?」
「うん…あっ、ちょっと待ってて」
そこで彼女は工場の操車場の転轍機を指差す。
「一番奥から適当に入れて行って」
「オッケー、他に注文は?」
「操車場のスクラップは別で入り口の近くに置いて。あとは大丈夫」
「承知〜」
みくりは首を横に振ると、早速スフェーンはオートマトンを操縦して操車場に残っている貨車や機関車を移動させる。
重い機関車を最初にオートマトンで静かに動かすと、操車場の転轍機をマニピュレーターで器用に操作して進行方向を変えると、機関車を押して車両を工場に押し込む。
『…やっぱり、スフェーンはオートマトンを動かすのが好きなんですね』
「ん?どしたのいきなり」
話しかけてきたルシエルにスフェーンは少し首を傾げた。
『いえ、少し貴女とオートマトンの関係について少し気になりましたので…』
「はははっ、なるほどね…」
スフェーンはルシエルに少し笑うと、次々とオートマトンで押して操車場の車両を片付け始めた。




