#274
何と言うべきか。
「本当によく生きて来れたわね…」
スフェーンは呆れながらキャビンの中で料理を作る。
今回のオーバーホールを依頼した工場を一人で切り盛りする少女は、何と言うか生活能力がほぼ皆無だった。
『ええ、彼女が魔女と言われる所以も分かりましたしね…』
「あそこまで繊細に異能を支えるのは中々すごいわよね」
電源を繋げたキャビンの中、スフェーンは彼女の為に昼食を作っていた。
現在、彼女は一個目のエーテル機関のオーバーホールを終え、先頭車両を釣り上げて車両の方のオーバーホールを行っていた。
「ふむふむ…」
そこで運転室を分解しているみくりは言う。
「この運転台は、新しいものだね…」
反対がどうなっているかは定かでは無いが、おそらく事故によって新しいものに交換されたのだろう。その形跡があった。
「でも凄いなぁ…」
彼女が驚いたのはエーテル機関だった。
「流石は、大災害以前に作られたエーテル機関、こんな頑丈なものは初めて見るよ」
少なくとも、昨日のオーバーホールで部品を全部分解して確認したにも関わらず、使われていた部品はどれもまだまだ余力があった。ほぼ新品同然に近い状態であり、交換された形跡もない。
「きっと、前にオーバーホールをしたと言うのは、メールをして来た人かな」
そこでみくりは『面白いエーテル機関を積んだ列車が、オーバーホールの依頼をしに来る』と言う文と共にいきなり送られて来たメールを思い出す。
「…ふふっ。確かに、これは私の興味を引いたよ」
ある運び屋が持ち込んで来たこのエーテル機関。
これほど走っていて摩耗の一つすら感じさせない頑丈な部品。一〇〇年以上昔に作られたとは思えないほど綺麗だった。
「大災害以前の技術力は確かに凄い…科学が今の私たちよりも数段上の段階を進んでいたんだね」
そこでまざまざと見せつけられた大災害以前の製錬技術。
少なくとも、この時代では再現が不可能であることは確実だ。一体どんな部品を使っているのやら…。
「…そっか、」
そしてエーテル機関をオーバーホールをしていると、みくりは小さく相槌を打ってエーテル機関に話しかける。
「嬉しいんだね…覚えてもらえて」
そしてエーテル機関と会話をしていると、そこでスフェーンが声をかけて来た。
「昼よ〜」
そこでみくりもスフェーンの声に反応すると、搭載れていたエーテル機関を見て、
「良い人に出会えたんだね」
そこで軽くポンポンとエーテル機関を撫でると、昼を食べるためにスフェーンの元に向かう。
列車から下ろしたスフェーンの旅客キャビンは中身が家のように改装されており、カタログ落ちしかけていたものを割安で手に入れたと言う。
オーバーホールで先頭車を吊り上げて台車点検と共に運転室の分解も行っており、今日はこれだけで作業が終わりそうだった。
「調子は?」
「大丈夫」
スフェーンの問いにみくりは頷くと、彼女は分解している運転台を見る。
「お姉さんの列車、運転台が見たことがあるものだね」
「ん?ああ、昔に事故って顔が潰れたことがあるのよ」
スフェーンはそこでその時の事故を思い出す。たしか、学園都市での事故だったはずだ。
「大変…」
「まぁ、長いこと運び屋なんてやってたらそう言うこともあるわね」
そこで彼女は素麺を麺つゆにつけて口に運ぶ。一口サイズに分けているので食べやすくしていた。
彼女の好みで、テーブルには刻みネギや卵そぼろ、ミョウガや生姜、乾燥海苔といった薬味を大量に準備していた。
「美味しい?」
「うん…」
みくりは頷くと、氷でよく冷えた素麺を啜る。冷水できゅっと冷やされていたので、歯応えある食感が麺を食っていると言うのを強く認識する。
「さて、」
そしてスフェーンは食べている途中でみくりに言う。
「今日のオーバーホールが終わったら、少し出かけるわよ」
「…?」
この後出かけると言ったスフェーン。だがなぜそこに自分が含まれている前提なのか首を傾げた。
「風呂、入りなさい。臭いは簡単に人を不快にさせるわよ」
ぶっちゃけ臭いぞとスフェーンに言われたみくりはいつもかぶっているフードの袖を軽く嗅ぐ。…分からない。
「首を傾げるくらい嗅覚が終わっていると言うのは理解したわ」
スフェーンはみくりにやや引き気味なジト目を向ける。
正直、彼女の着ている服を含めて薬品と人間の皮脂の香りが凄まじいのだ。思わず嗅覚を全部封鎖するレベルにはすごいと言っておこう。
そして匂いが凄まじいので、スフェーンは彼女を食事に誘うときにキャビンの中に入れなかった。
「着替えの服は?」
「…ここ」
そこで小さなケースを指さすと、スフェーンはため息をつきながらその衣装ケースを開ける。
工場の中にある小さな事務所は、みくりにとっての唯一の生活空間。昔から使ってきた古いソファやテーブルは自分で中古屋から持ってきたものだった。
「全然服もないじゃん…」
それで使い古されて汚い。本当によく生活できたなと感心するレベルだ。
彼女の修理工としての腕は確かなので、せめて仕事服くらいはちゃんとしておきなさいよ。
「みくり、お金はある?」
「うーん…あると思う」
そこで彼女は部屋の中の荷物を確認する。
「あった」
そしてそこで、ケースの中に入っていたウィール通貨を確認する。
「…」
そして雑多に放り込まれた通貨を見てため息をつく。
「せめて財布の整理くらいしなさい」
「うん…」
小言を言うスフェーンはその後に素麺を食べ終えると、そこで皿の片付けやら何やらを終わらせる。
「はぁ、全く…」
ため息をつく彼女の横でみくりは満足げな顔をして分解していた運転室周りのオーバーホールの続きを行う。
その間、スフェーンは気になるので部屋のゴミを袋に詰めてまとめて回収業者に連絡する。
『汚れと匂いは人を簡単に不快にさせる…ですか』
「そう、昨日はちょっと忙しかったからできなかったけどね…」
オーバーホールの依頼をしたスフェーンであったが、そこでみくりの生活環境を前に呆れるばかり。
『しかし、これほどの匂いともなると…ちょっと凄まじいですね』
「まぁ、誰か倒れて搬送される前にやるしかないわよね」
スフェーンはそこでみくりに聞いて車両工場の外の操車場を歩く。
「ふぅ…」
そこで外の香りを嗅ぐ。
操車場は雑草が生え散らかすバラスト軌道という古い施設だった。
線路上には古い貨車や機関車が留め置かれており、ハッチが開いたりと半分残骸とかしていた。
「あぁ〜…息吸えるわ〜」
そして大きく腕を広げて息を吸い、呼吸ができる素晴らしさを感じていた。
「はぁぁ…」
そして操車場の中に放置されているのは鉄道車両だけではなかった。
「わっ、オートマトンまである…」
『多脚戦車も放置されていますよ』
部品取り用なのか、オートマトンや多脚戦車などの鉄道車両以外の機械が放置されていた。
「なんでも直すのかね?」
みくりの儲け方を勝手に想像しながら煙草に火をつける吸い始める。
傭兵の頃から吸ってきた銘柄、初めて吸ったのなんて遥か昔の話だ。
世の中禁煙だ嫌煙だなどと言うが、戦争に身を投じていれば毎日命の危機を感じ、その上で欲を抑え込まれるとなったら、簡単に快感を得られる煙草というのが必要不可欠となる。
これでもし煙草が禁止されたら、割と冗談抜きで塹壕内の兵士達がヤリ会うことになりかねない。
「スフェーンさん?」
すると煙草を吸っていると、工場からみくりが出てきて煙草を吸うスフェーンにやや驚いた仕草をしていた。
「煙草、吸うんだ…」
「酒とタバコなんて十八からやるものでしょ」
そこで一本吸い終えて、吸い殻を地面に捨てた彼女はみくりに聞く。
「出かける準備はできた?」
「うん、いけるよ」
みくりは頷くと、スフェーンはそのままキャビンのガレージに移動して中のバイクを確認する。
「…よしっ」
そこでエンジンの確認を終え、そこで必要な荷物を後ろに乗っけた後にみくりに予備のヘルメットを被せる。
「乗るの?」
「そりゃ銭湯に行くんだから、歩いて行くわけにもいかないでしょ?」
スフェーンはみくりにそう返すと、彼女はこの状況でローブの上からヘルメットを被ろうとしていたのでそれに思わず口を挟んでしまう。
「ちょいちょい」
「?」
「ヘルメット被るなら、そのローブを外しなさい」
「…分かった」
みくりは少し頷くと、かぶっていたローブを外した。
「…」
そしてその下から現れた無造作に生え散らかした黒い髪。自分で切っているのか、その髪の毛はダートみたいになっていた。
「(あぁ…)」
そして同時に納得した。彼女がローブを目深くかぶっていたのは、この整えられていない芝生のようになってしまった彼女の髪を隠すためなのだろう。
「銭湯の次は美容院かね…」
「何か言った?」
そんなスフェーンのぼやきにみくりは首を傾げると、そこでスロットルを回す。
「いや、何でもない」
そしてクラッチを操作すると、バイクがゆっくりと走り出して工場を走り抜ける。
工場の中は比較的広く、十二両編成の列車が一本入ってもなお余裕があり、みくりの家を含めても余裕がある大きさがあった。
「しっかり捕まってなよ?」
「うん」
短く頷くと、みくりはスフェーンを後ろから抱きつく形で、タンデムでバイクに乗る。
その時、彼女からは煙草の香りと、エーテルの声がした。
「?」
どうしてだと彼女は首を傾げたが、サイボーグでも体内に小型のエーテル機関を装備した人もいるので、彼女はサイボーグなのかと補完していた。
「…」
彼女の着ている革ジャケットにはいくつかのワッペンが縫い付けられ、何度も着ていることからかその皮は柔らかいものであった。
不思議な人だと、みくりは思っていた。
今まで依頼を受けてきた客と違って、彼女は自分の家である工場の掃除をしていったのだ。おまけに、いつもなら依頼主は列車を預けただけで、終わったと連絡するまでは一切顔を見せたりとかはしなかった。
そして今日、スフェーンに言われたことでその理由が分かった。自分、臭いんだと。
同時に、そんな自分を気にかけてくれるスフェーンという人に興味が湧いた。
「さぁ、綺麗になって匂いとおさらばしましょうや」
どこか力の入った様子でスフェーンは呟くと、バイクの速度を上げた。




