#264
地下道の空間は暮らしていた気配のある場所だった。
バラックよりも酷いダンボールとブルーシートで作られた狭い小屋には多くのゴミが散乱しており、多くは食料品だった。
「(匂いもすごいな…)」
ヨークを見て思ってはいたが、不衛生さが垣間見える生活環境だった。
「ヤク…ミーレ…」
足元では先ほどの光景を前に呆然と立ち尽くしていたヨークが、無惨にも破壊されて残骸となった家を見ていた。
「おい、大丈夫か?」
フラフラとした足取りで立ち尽くすヨークにジェロームが気にかけると、ヨークはジェロームを見上げた。
その顔は泣きかけのものをグッと堪えている子供の顔だった。
「…」
ジェロームはヨークの顔を見て少しどう言うべきかを悩んだ。
ヨーク以外の孤児たちは全員が連れて行かれた。企業の連中に誘拐された孤児の運命というのは大半が相場で決まっている。
おまけに敵は12.7mmの機関銃を発射可能な外骨格装甲服か、重量級サイボーグ。今のジェロームの武器では勝ち目はなかった。
「…オッサン」
「?」
するとヨークはグッとジェロームのズボンを握る。
「オッサンって…有名人なんだろ?」
「?…そうだな」
言われ、ジェロームは頷く。自分は良い意味でも悪い意味でも有名人であるという自覚はあった。
「市場の傭兵がアンタのことを言ってたんだ。昔は凄腕の傭兵だったんだろう?」
「…そうだな」
一瞬歪みそうになったジェロームは、縋る様な声を前に平然とした表情のまま膝を曲げてヨークと視線を合わせる。
「なら、アイツらを取り返してくれ!」
ヨークはジェロームに言う。その顔は必死だった。
「…見返りは、企業を相手にするんだぞ?」
「…俺が、オッサンの言うことを聞く」
「…」
「頼む…意味がわからないんだ。なんで、アイツらは連れて行かれたんだ?!」
ヨークは錯乱気味に叫びまくる。
「俺たちはただ…生きたいだけなのに。どうしてだよ!!」
「…」
ヨークはそのまま無意味な力でジェロームの服を握る。ジェロームもその気持ちは十分に理解できた。
はるか昔、まだ治安官になる前の時代。自分も同じ様な経験をして育っていた。
「オッサン、ヤク達を連れ返してきてくれよ…鞄奪った事とか、全部謝るから…」
「…」
ヨークの依頼にジェロームは少し間を置く。
そもそもこの依頼、事前情報が明らかに少ない上に利益も無い。
まず初めに、この子供達を誘拐した組織がどこの誰なのか全く想像すらついていない。
そもそもこのヨークという少年が狙われる理由も定かではない。
そしてその誘拐した子供達の生存率は絶望的に近い。
企業に誘拐される子供達は、大半が人体実験のために程の良い実験体として使われる。
また三日という期間の短さも、問題を解決する上では時間が圧倒的に足りなかった。
「…分かった。良いだろう」
「っ!!」
だがそれでも、ジェロームは首を縦に振った。
今の自分の生活を成し得た以上、手の届く範囲の小さな命は握る。
それが傭兵を辞した自分なりのけじめだった。
「ただし、私の言うことをしっかり聞く。良いね?」
「…」コクリ
ジェロームはこの数時間で舞い込んできた多くの出来事に軽く頭を悩ませながらも、子供を不安にさせないように平静を装ってヨークを見た。
依頼を受け、これを正式な契約としたジェロームは早速、荒らされたヨーク達の住んでいた家を見回しながら聞いた。
「それで、いつ頃から狙われ始めた?」
「…多分、二週間くらい前」
そこでジェロームはヨークと話しながら残骸を調べていく。
「その直前に何か盗んだか?」
「…」
「正直に言いなさい」
呆れた声でジェロームはヨークに言うと、彼は渋々答える。
「…財布」
ヨークはそこで盗んだものを言った。嘘は付いていない様子だ。
「誰から?」
「分かんない。太ってノロマそうなオッサンだった」
「…その財布は?」
「こっち」
そこでヨークは隅にある古びたダンボールを指差した。その中には大量の古びた財布が転がっており、どうやら彼らは財布ばかりを狙うスリ集団だったようだ。
「財布ばかり狙ってて、どうして俺の鞄なんかを取った?」
ジェロームはそこで、細部ばかりを狙っていたヨークに首を傾げた。
「ここ数日は上手く行ってたんだよ」
「なるほど…」
よくある初手から上手く行っての油断かと納得すると、そこでジェロームはヨーク達の生活の残骸の中からある物を見つけた。
「?」
片付けられていないゴミの中、ジェロームはそのカードを手に取った。
「これは…」
それは孤児院のカードだった。写真には不服そうな顔のヨークが写っていた。
「返せよ」
「ああ、悪い…」
するとそれを手に取ったジェロームにヨークが今までで一番強く反応すると、奪うようにカードを持っていった。
ジェロームはそこで、ヨークにその時に盗んだ物を見せる様に言うと、彼はそこでダンボールの山の中から数個の財布を手に取った。
「多分、これ」
「…」
カード類が入った古い革製の財布。無論、現金の類は一切ない。
カードには名前が印字されており、その名前を見たジェロームはその持ち主に首を傾げた。
「バーナード・ジェイン…弁護士か」
検索をかけると確かに小太りなオッサンだった。彼は大きな事務所を構える企業弁護士で、それ以上の事は分からなかった。
「しかし弁護士か…」
それも企業弁護士の代表ともなれば、それなりの額の金が入ってくる。
「…」
大体悪どい人間というのは、財布の中に大事な物を普通なら隠さない。
だが、もし財布以外に隠す場所がないのなら…。
「…やるか」
そこでジェロームはその財布を十分に見回し、中身も全部確認すると、鞄を手元に持ってきて蓋をあける。
「?」
ヨークは開けるのに散々苦労したのに、ジェロームだと一発で開いたその鞄に首を傾げながらそばで見ていた。
鞄を開いたジェロームは裁縫セットを取り出すと、あっという間に財布の法面や紐を切って分解をした。
「…あった」
そして財布をキレイに分解すると、小銭入れに縫い付けられた黒布を切ると、中から古臭いチップが出てきた。
「なるほど、大当たりだ」
「これ何?」
出てきたチップに首を傾げるヨーク。そのチップは敢えて古い形式のチップであり、少なくとも今持っている機材でこの中身を見る事はできなかった。
「さあ?だがこれが、君の仲間達が誘拐され、君が狙われた原因だろう」
「っ!じゃあこれがあれば…!!」
途端に目を輝かせてチップを手に取ろうとしたヨークに、ジェロームはヒョイっとそれを避けてから言う。
「待て、慌てるな」
「っ!どうして!?」
興奮気味に詰め寄ったヨークに、落ち着いた様子でジェロームは言う。
「相手は企業だ。このチップさえ手に入ればあとはどうだって構わない。おそらくこのまま正直に行けば、君は撃ち殺されるか実験体だろう」
「っ…」
ヨークはまだ子供であり、大人であれは簡単に取り押さえることができる。
そして頭の回るヨークはその意味を理解して一瞬息が止まった。
「だからこちらも何かしらの手を打つ必要がある。死にたくないならな」
「…」
ジェロームは言うと、ヨークはすっかり黙り込んでしまった。
「…仕方ない、ヘルプを入れるか」
ジェロームはそこで呟くと、誰かを呼ぶ気なのかとヨークは首を傾げていた。
「あの…だからって俺呼びます?」
アイロニーの駅で少し顔を引き攣らせながらジェロームと相対するのはロト・フランツェだった。彼はジェロームから個人的な連絡を受けてこの駅に駆けつけていた。
まあ通報を受けて釣られた自分も自分かもしれないが…。
「悪いな、他に役に立ちそうな人材を知らないんだ」
「うわぁ、なんかすごく情けなく聞こえるんですけど」
これでも傭兵ギルドを創設し、傭兵の依頼受注システムの確立を行った偉人なはずだ。
なんなら傭兵ギルドの本部のあるヴァイナハルテ誓約同盟を作ったとして、遠回しに国を作った男でもあった。
そんな偉人漫画でも作られても良いような御仁を前に、ロトはそこでジェロームの足元にいて、なおかつ彼の後ろに隠れて様子を窺っている子供を見る。
「それで、この子が?」
「ああ、それでコレが言ってたものだ」
そこでジェロームはチップをロトに手渡す。
「はぁ…相変わらず、子供を懐柔するのは得意ですね」
昔、まだジェロームも若く、自分もスラム街の孤児だった時を思い出す。
あの時、自分はジェロームの持っていた鞄を盗もうとして失敗したのが出会いだったかと思い出す。
「人聞きが悪いぞ。お前だって同じだろうに」
「だって事実でしょう?」
ロトは呆れた様子で後ろに隠れていたヨークに腰を低くして顔を近づける。するとそれに合わせてヨークはさらに後ろに隠れてしまう。
「安心していい。この人は信用できる」
「…うん」
ジェロームの言葉にヨークは頷いて返した。
あれから一夜明け、アイロニーのモーテルで一夜を過ごしたジェロームとヨークは、早朝に駆けつけたロトと話していた。
ロトは治安官ではあるが、情報部所属の諜報員ということで一般的には私服を羽織っていた。
彼らは滅多に戦闘服や制服に着替える事はなく、今では出世して多くの部下を従える階級だった。
「他に数人の子供が連れて行かれた」
「見ましたか?」
「いや、詳しい状況はわからない」
そこでジェロームはロトに詳しい状況を伝えると、そこで事情を把握した彼は軽く数回頷いてからロトに言った。
「状況はわかりました」
そこで聞いた情報を全てまとめ上げると、ロトは苦笑する。
「しかし…貴方も相当呪われていますね」
「ああ、全く散々な旅行だよ」
前に列車強盗に遭った際、それが少々ネットニュースになったこともあり、ジェロームの名は勇敢な市民として知られていた。
少なくとも軍警察から表彰状と謝礼金、文民勲章が授けられる活躍をしていた。
「まあ良いです。バーナード・ジェインは、こちらでも目をつけていた人物です。逮捕に手間が省けそうですよ」
「そうなのか?」
やや驚いてジェロームはロトに聞くと、彼は小さく頷いた。そしてジェロームに耳打ちをする。
「まだ公表前ですけど、企業同士の裁判で裁判官に賄賂が渡されていた可能性が今浮上して、調査をしていた頃なんです」
「…なるほど、じゃあコイツは」
「ええ、結構可能性がデカいですね」
まるで棚から牡丹餅です。と言いロトはヨークを見ると、そこで彼の頭を軽く撫でた。
「よく我慢した。後は俺たちが解決してみせるぞ」
余裕すら見せる表情で彼は言うと、ヨークはそこでロトに言った。
「…俺も、連れてってくれよ」




