#251
映像というものは、はるか昔から存在している。
それはまだサイボーグもインターネットも無いようなはるか昔の時代、映像というのは歴史を記録した重要な資料のうちの一つだった。
今は時代が大きく流れたが、映像という媒体は今も昔も、その撮り方は変われど、その役目が大きく変わることはなかった。
「…」
エンジンの轟音を鳴らしながらスロットルを回してスフェーンは山間の曲がる道路を走る。
灰色の長髪が、隙間を通った風によって靡いている。
クリーム色の丸いヘルメットからは一対の立派な鹿角が伸びている。
『〜♪』
今流しているのは『中央フリーウェイ』、心地よい音楽と共にバイクを走らせていた。
スフェーンの視界にはロードマップが視界端に映し出され、この先の道路状況が記されていた。ただこんな場所まで車を走らせる人はほぼいないので道路は渋滞知らずである。
「いい状態だね〜」
『ええ、心地よいツーリングですね』
ルシエルも頷くと、スフェーンはスロットルを回してさらにエンジンの回転数を上げていく。
ッーーー!!
そして唸るエンジン。リッターエンジンの咆哮はもはや暴力的なまでの力を発揮してバイクを加速させる。
それに今の彼女の姿であれば、この大きさのバイクも簡単に乗ることができる。
「流石に今回の仕事は疲れたな〜」
『そうですね。特に今回は運んでいたのが特に軍需品でしたからね』
スフェーン達の直前の仕事は某国の国軍が発注した牽引式榴弾砲を輸送していた。
だが運んでいたのは軍需兵器と付随する弾薬。共同で仕事を受けていた同業者とともに長い貨物列車を引いていたのだが、まあこれがひどいもので何度も野盗の襲撃を受けてしまうこととなった。
共同で仕事に当たった運び屋も運び屋で、野盗の襲撃と同時に列車の速度を落とそうとしたのでとりあえず一発ぶっ飛ばした後に列車の操縦権を奪った後に全速力で逃げ出した。
「全く、あんなビビリでどうやって生きてきたのかね…」
『むしろスフェーンは好戦的すぎるだけなのでは…?』
自分が言うのもアレだが、と言う前提でルシエルは言う。
今回の一件では車載武器の大半を使用することとなり、出費が手痛いことになってしまった。故に到着後は節約をした生活をせざるを得ず。こうしてお金がないので街の郊外にツーリングに出てストレス発散をしていた。
「はぁ〜、いい風だ」
列車を預け、街から離れるように山間の道を進むこと数時間。休憩所もないような道端にバイクを停めて柵に軽く腰掛けて持っていた煙草に火をつけて柵の外側を見る。
煙草にライターで火をつけ、道半ばの路肩で休憩をする。
「ヒュ〜♪」
そこには美しく地平線に落ちていく太陽が一面の荒野を赤く照らしていた。
視界の下には街のビルディングがわずかに堆く聳え、都市が広がっていた。その街は徐々に明かりがつき始めており、夜の始まりを告げていた。
街灯と車の灯りは夜の都市を照らしていた。
『綺麗な景色ですね…』
ルシエルに頷きながらヘルメットを取り、その雄大な景色を見ていたスフェーンはふと口に歌う。
それは自分が傭兵をしていた時に聞いていた、好きなバンドメンバーの歌だった。
「FIND ME NOW
宇宙の果ての惑星で悩むボクを
笑えよ 途絶えることない命を震わせ
赤い河よ」
自分がまだ傭兵として名を馳せる前の頃、ある仕事で派手にやらかして肩を落としていた自分に、プエスタがお勧めしてくれた歌だった。
それからと言うもの、このバントメンバーの歌を時間があるときは聞くほどにハマった。
『いい歌ですね』
「でしょう?昔から好きなの」
『歌ですか…』
「人の感情を言い表すのに最適なやり方よね…」
『昔は物語を語るように歌うものもあったとかで』
「へぇ〜…吟遊詩人って言うのかー」
同じ景色を見ているスフェーンとルシエル。この体を二人で共有しているという不思議な感覚。しかしそこに違和感はなく、ルシエルとスフェーンは慣れた様子で体の入れ替わりを行なっていた。
思考も統一され、考えている事も簡単に理解ができる。
「ふぅ…」
そこで煙草を一本吸い終え、携帯灰皿に吸い殻を押し込んでそのままバイクに跨ってエンジンをかけようとしたとき。
ブォンッ……
「…あれ?」
何度かキーを差し込んで回したが、軽く音を立てるだけで動かなかった。
「どうして?」
『スパークの故障でしょうか?』
「…マズイなぁ」
うんともすんとも言わなくなったバイクを前にどうしたものかと思っていると、地図を見ていたルシエルが言った。
『スフェーン、この先に一件家があるようです』
「おっ、マジ?」
じゃあそこで修理をしてみようかとスフェーンは言った。
高いのでレッカーという選択肢は本当の最終手段だった。だがレッカーを呼ぶとなると、必然的に借金することになってしまう。厄介な企業の借金と言うのを。
基本的に企業の借金をすると、後々が面倒で借金を返済したとしても歩合が嵩ましされているので何かといちゃもんをつけられて永遠と借金を支払わされる地獄が続くので、基本的に企業からは借金をしないと言うのが常識だった。
『そこまで押していきましょうか』
「オッケ〜」
そこでスフェーンは重たいバイクのハンドルを持って山道を押していく。
重量三百キロ越えの、しかも自衛用として後部にロケットランチャーとその弾薬を積載したバイクを押して山の坂道を平気で歩く様は少し異質だった。
「あれか…」
バイクを押して、太陽もすっかり沈んでしまった頃。スフェーンは山道沿いにある二階建ての灯りのついた建物を見た。
灯りのある家ということでスフェーンは軽く安堵した。
『人はいるようですね』
「よかった…」
人がいるならなんとかなると思ってスフェーンは早速バイクに鍵をかけて路肩に停めると、その家にはインターホンがなかったので家の玄関らしきドアを軽くノックした。
「すみませーん!誰かいませんかー?」
三回ノックして声を上げて聞くと、少しの間を開けてドアが開いた。
「…」
ドアが開くと、そこには初老の馬の獣人の男が少し不愛想な表情で顔を覗かせた。
鹿毛の髪の毛に白メッシュの前髪の綺麗な流星、馬の獣人特有の頭の上の細長い耳。腿上げと一体となった立派な髭を持つ彼はスフェーンを見て聞いた。
「何の用だ?」
「あっ、すみません。近くでバイクが壊れてしまって…その、できれば修理をしたく思っていまして…ガレージをお貸し願えませんか?」
「…」
男はスフェーンが鹿の獣人で、尚且つ彼女の後ろに停まっているバイクを見ると、事情を把握して軽くため息をついた。
「レッカーを呼べ。それで済むだろう」
「うっ、その…」
レッカーという言葉にピクっと反応をしたスフェーンに、彼は聞いた。
「金がないのか?」
「…はい……」
スフェーンは申し訳なく答えると、男はしばらく固まった。
「全く…」
そして呆れた表情で彼はスフェーンを見ると、そこで彼女に言う。
「そばにガレージがある。修理をするなら勝手にやってくれ」
「あっ、ありがとうございます!」
スフェーンはそこでガレージを貸してくれる人に頭を下げると、彼は家の横にあった小さなガレージの戸を開けた。
ガレージには埃を被った赤い高級車が停まっていた。
「わぁ…」
「修理をしたら帰ってくれ」
男はそう言うとガレージを後にする。振り返った時の彼の耳は若干後ろに伏せており、不満だと言うのが理解できた。
基本的に獣人というのは、本心を隠していても尻尾や耳で感情が理解されるわかりやすい生き物なのだ。
『早速修理しましょうか』
「そうね、どこが壊れたか見ないと…」
先ほどの無愛想な老人に一瞬緊張こそしてしまったが、スフェーンは気を取り直して目の前の壊れたバイクを見る。
『しかし珍しい車ですね』
「V12エンジンを積んだ車だよ。すごい珍しいやつ」
スフェーンはそう言い、隣に停まった埃まみれの車を見る。
長いこと使われていない様子のこの車は、高級車なのでちょっと勿体無い感じがした。
「どこが壊れたんだろう…」
スフェーンは手始めに燃料タンクに手を入れて中のエーテルに触れると、そこに入っていたエーテルを全て体内に回収する。
そして空になったタンクを確信して、そこでバイクの分解を始めてミッションやエンジンといった場所の確認をする。
『プラグが壊れた可能性が今のところ一番高いですね』
「そうだね〜…」
丁寧に分解を始め、純正品との差異を確認しながら一つずつ見ていると、
「おい」
「っ!!」
重い声がかけられ、一瞬スフェーンはピクッと耳があったら立てるような驚き方をしていた。
「な、何でしょうか?」
スフェーンは声をかけてきた老人を見ると、彼は言う。
「修理は出来そうか」
「あぁ…えっと、少し時間が掛かっちゃうかもです…」
「そうか…」
そこでその老人はバイクを分解中のスフェーンに言う。
「どのくらいだ?」
「そうですね…下手をすると夜を超えちゃうかもしれないです…」
スフェーンは未だ見つからない故障箇所に、最悪全部バラす必要があると言った。すると老人はスフェーンに言う。
「なら泊まっていけ」
「え?」
「此処の夜は冷える。修理なんてまともに出来ん」
「??」
老人の話に一瞬ついていけなくなったスフェーン。この人、気性難○だろ。
「大丈夫ですよ!少し寒いくらいなら…」
「マイナス一〇度になるぞ?」
「…」(・Д・)
予想外の寒さに絶句するスフェーン。確かにそんな場所でガレージ全開で作業なんてやったら凍死案件だわ。
ってか、昼はバイクを走らせるのにちょうど良いくらいの気温なのに、夜寒すぎやしません?
「家は開けてある。入ってこい」
「あっ、ど、どうも…ありがとうございます」
スフェーンは老人の好意を受け取ると、そのまま布で手についた機械油を拭き取ってから家に上がらせてもらう事となった。
『なんか…無愛想なんだか、優しいのかよく分かりませんね』
「(うんまあ…否定はしない)」
ルシエルの呟きにスフェーンは頷くと、男の家に上がらせてもらった。




