#240
「怪我人ですか?」
多くの怪我人が包帯を巻かれて看病をしている中、スフェーンは話しかけられると、そこで頷いた。
「えぇ、彼が殴られたので…」
そこでスフェーンは横にいた運び屋だと言う男を見ると、そこで運輸ギルドの看護師は軽く診た後に聞いた。
「私の声が分かりますか?」
「あぁ…」
「会員証は?」
「財布の…中…」
幸いにも意識のあった彼はそう答えると、看護師な軽く頷いた。
「分かりました。すみません、打撲の方はあちらに向かってください」
「運べば?」
「お願いします」
看護師に言われてスフェーンはこの男を運ぶと、そこで近くにいた多くの怪我人の様子を見た。
頭や腕に包帯を巻き、血の滲んだガーゼが押し当てられ、遠くからは頭で悲鳴が上がっていた。
「すいません!こっちに怪我人がいます!!」
スフェーンは打撲患者様の臨時診察室に到着して声を張り上げると、直ぐに看護師がやってきて隣の男の容態を確認した。
「身体中の打撲、頭はちょっと切ってる。骨は折れていないですが…頭がちょっといってるかも…」
「分かりました。直ぐにこちらで治療をしておきます」
ざっくりとした症状を伝えると、男は看護師に連れられて直ぐに医者の診察を受けていた。
「しかしなんだこの状況は…」
一人の患者を送り届けた後、スフェーンは野戦病院のようになっている運輸ギルドを見て思わず呟いた。
『どうやら市街地で移民排斥派によるリンチが行われているようです』
すると直ぐに状況を把握できたルシエルがスフェーンに言った。
どうやら数日前に一部暴徒化した市民の中で移民擁護派に対する攻撃が行われているという。
「マジか…」
『ええマジです。市内の救急搬送、暴力沙汰での逮捕の件数が跳ね上がっています』
ルシエルは今の市政の状況をほぼ完璧に把握していた。
『そしてスフェーン、貴方も後頭部を殴られた事による痣ができていますよ』
「げっ、マジか…」
そこでスフェーンは先ほど殴られた場所を触ると、軽く痛んだ。
「アダッ」
『そして先ほどの三人ですが、こちらが通報をさせていただきました』
「おっ、助かる〜」
相変わらず機転が効くなぁと思っていると、ルシエルは軽くため息を吐く。
『まぁこの状況で逮捕されるかどうかは微妙なところですが…』
「気絶させたから暫くは大丈夫でしょう」
そう言ってスフェーンは他の患者の様子を俯瞰する。
多くの軽傷者は外に運び出されているが、一部の重症患者や手術が必要な怪我人は臨時の治療室が外に建てられていた。
他に到着した運び屋や運送業者の人達がこの状況を前に絶句しており、職員は対応に追われて業務がストップしかかっていた。
「うわっ、アンドロイドも被害に遭ってるわ…」
『無差別に被害にあっていますね』
そこで壊された足を引きずってやってきた新しい患者を見て軽く絶句する。
「そっちの状況はどうだ?」
「大半が軽傷者ですが…」
「重症患者は病院の方に。こっちは軽傷者を担当するぞ」
運輸ギルドの診療所勤務の医者は全員が呼び出しを受けており、対応に追われていた。
「先生!病院列車があと五分で到着します!」
「重症患者を担架に!直ぐに運び込めるようにしろ!」
トリアージを使い、病状毎に患者の仕分けを行なっていく医師達。半ば戦場のようになっていた。
運輸ギルドのカフェも休業し、今は怪我人を寝かす臨時のベッドとなっていた。
『あのデモから二日…どうして今頃になって無差別にリンチを行うのはなぜでしょうか…』
「市民感情の爆発じゃない?」
今日の運輸ギルドは業務がまともに行えるのかと疑問が起こる。
そう言った矢先、運輸ギルドの受付カウンターが閉まった。
「あっ」
『今日の業務を中断する事が発表されましたね』
運輸ギルドも店じまいとなり、これにより多大な経済的損失が起こる事となるが、現情勢下においては仕方のない話でもあるだろう。
きっとこの後に運輸ギルドか、鉄道管理局名義で政府に苦情が送られるに違いない。
「…やれやれ、酷いものだね」
『帰りますか?』
「そうね…今日は仕方ないわね」
軽くため息を吐いて彼女は運輸ギルドを出ると、遠くから白煙派手に吐き出して貨物ターミナルに進入してくる一般の列車を見た。
先頭の機関車に引かれた客車列車型の列車は側面に白下地に赤十字のマーキングが施され、到着する否やほぼすべての車両の扉が開いて中から看護師や医師が降りてきた。
「おー、病院列車だ」
『あれは軍警察の病院列車ですね』
動く病院として中に入院施設や治療設備、診察設備を整えた病院列車。
大半は医療法人が行なっている場合が多く、アンジョラの病院でも一時考えられたほどであった。
「単線用なんだね」
『えぇ、軍警察の病院列車はオール二階建てで充実した設備…って、貴方は知っているのでは?』
「だって、ほぼ使った事ないし…」
少なくとも傭兵になって病院に罹ったのは足をサイボーグ化させた時だ。あの時の医師はあの後直ぐに心疾患で亡くなってしまったので、自分の素顔を知っている人は手に数える程度で終わっていた。
『…強すぎる事は時に考えものですね』
「そーだよー。傭兵もギスギスしてっからねー」
今でこそだいぶ収まっていたが、自分の二つ名が知られた頃は何度も襲撃され、決闘を申し込まれたものだ。
「出た杭は打たれる…だからその杭が打ち込めないくらい高くしてやったよ」
『今はそんなことないのでは?と言うより、だから貴女は変な尊敬を集める事となったのでは?』
「まぁそこは諦めるしかなかったよね」
スフェーンは淡々とその時のことを言うと、そこで購入した煙草の箱を抱えたまま一本口に咥えて火をつける。
「ふぅ…まぁ、どちらにしろ傭兵には二度と戻るつもりはないし。このまま気楽に旅を続けるつもりですよ〜」
『時折ネクィラム氏からの郵便物も届きますしね…』
そこで自分の列車に戻ったスフェーンは、そこで部屋の金庫を開ける。
部屋の金庫には幾らかの運営資金となるウィール紙幣と小さなブリキ缶が仕舞われていた。
「…」
タブレットの動画サイトではリアルタイムでニュースが報道されている。
『現在、国会議事堂で行われています、戦時難民救済法の是非を問う審議会に於いて、野党側の質疑応答は以前苛烈さを増しておりーー』
ニュースは緊急国会の乱闘寸前にまで発展している様子の議事堂の映像を流す。
「この状態で保管しているのが、この世で最も危ない代物っていうね…」
『ですがどこかの貸金庫に入れるとしても面倒ですから。ここが一番安全ですよ』
中に入っている臨界エーテル、その総量はスフェーンとルシエルの核を完全に分割するには計算上では足りている量であった。
「これを全部回収かぁ…」
『臨界エーテルを不用意に起爆させるわけにもいきませんからね。これは大事な仕事の一つですよ』
元々考えていたことの延長線上の仕事ではあるが、範囲が広すぎるものだ。射程約一万キロの弾道ミサイルはトラオムの海を容易に超えて着弾しており、四〇〇発の弾頭はエーテルの雨を降らせた。
「まぁ、こっちとしては楽なんだけどね…」
そしてその爆心地に顕著した臨界エーテル。あれほどの爆発でありながらパチンコ玉程度の大きさしか現れなかったその物質は、それを数多の証拠品の中から見たネクィラムはこれを集めてスフェーンに押し付けていた。
目が見えない代わりにエーテルから溢れる波を感じ取って視界とする彼の特殊な目は、臨界エーテルを直ぐに見抜いた。
「今頃は研究所でヒャッハーしてるんだろうなぁ…」
『その分ユウナ氏以外の犠牲者が増える事となりそうですが…』
今は軍警察の研究所で助手を得て、エーテルの神秘に興奮しているあの変態はエーテル学会で再評価を受けていた。
「もう手遅れじゃない?」
スフェーンはそこでやや疎な臨界エーテルの小球の入った箱の蓋を閉じる。
「あの変態に捕まったら大体悲惨な目にあうよ」
『…まるで呪いみたいな言い方をしなくても』
「いやあれは呪いの類だよ」
そこでスフェーンは自分が下げているエーテルの検測機器を手に取る。
「こんな機械渡されるんだからさ」
『でも渡されたそれを付け続けるのは、スフェーンの人の良さが出ていますね』
「やぁ〜、付けなかったら絶対鬼電してくるじゃん?だったらもうこっちが折れるしかないでしょ…」
諦めのため息を吐いてスフェーンは金庫に鍵をかけると、そこでレコードプレーヤーをかけて台所に立つ。
『〜♪』
ジャズの音楽を掛けながら台所に立った彼女は冷蔵庫を開けて中からビール瓶を取り出すと、蓋を開けて一気飲みをしながらベッドに座る。
「あぁ〜っ」
ビールを飲み、そこでスフェーンは軽く息を吐くとそこでタブレットでニュースを見た。
『なお、今回の戦時難民救済法は戦時中に組閣された臨時内閣によって可決された法案でありーー』
そこでニュースでは連日難民に関する法律の激論がされていた。
主な争点は『難民の国外退去』か『不法難民の国外退去』か。もはや難民排斥は時間の問題であり、確実にこの国会が終わったら難民は国から追い出される。
「皮肉なものだ…」
『この国では、戦争難民を安い労働力として政府に働きかけを行なっていましたが、その分人件費の掛かる市民…いや、国民が溢れた訳ですか…』
「んで、そこで国からの保護費の支給よ。政府の用意した貧民層用のコンテナハウスも、元々は住人がいたところを追い出したんだ。いまじゃあ、追い出された人々は今の政権の首班の名からとって青木山村と揶揄される始末…」
そこでビールを片手にクラッカーを手に取ってクリームチーズを塗って口に運ぶ。
「まぁ、今の政権も不信任案を出されて解散されたら政治運営と法整備に問題が生じるから、難民を追放する事前提で話を進めなきゃならないと…」
『はっきり言って地獄のような展開ですね』
クラッカーのサクッとした食感にクリームチーズの少しの酸味。スフェーンはこの食い合わせが好みだった。
「まぁ所詮難民なんてそんなもんでしょ」
冷淡に答えた彼女はそう言って再びクラッカーを食べる。
もう殴られた時の傷は修復し終えていた。




