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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
9/92

持たざる者

アンジェに倒された街道警備隊の面々は

二時間ほどで目を覚まし、結局全員無傷だった。

皆、痛む所もなければ意識の混濁などもないようである。

「面目丸潰れどころの話じゃないな。

 娘一人に二十人がやられた上に、

 討ち死にすらさせてもらえないとは」

首を押さえて左右に動かしながら起き上がったヒルトが、

きまりが悪そうに言った。

ウォルケンには、彼の気持ちがよくわかる。

自分も、少女相手に何もできなかった一人だ。

戦場では男も女もないが、そうは言っても

あれほど若い娘に手も足も出ず、意図はどうあれ

情けをかけられた格好になった。

騎士や戦士であれば、討たれた方がまだマシと考えても

無理はない。

「不殺の天使とか呼ばれているって話だったよな。

 しかし、見た限りではばっさりやられてたようだったが…

 峰打ちじゃあなかっただろ?」

ウォルケンに、ヒルトは首を振った。

「恐ろしい剣速だったもんでまともには見えなかったが、

 部下の一人がやられた時に一瞬刀身が目に映った。

 峰は返していなかった」

片刃の剣の峰であっても、金属の塊なのだから

当たれば相当の傷を負うだろうが、

頭でも殴らなければそうそう気絶するわけはない。

峰打ちで気を失わせるとなれば斬る瞬間にだけ

峰を返すことになるが、それもしていなかったというのだ。

ウォルケンは、目を空に向けて顎をさすった。

「すると、不殺の理由っていうのが別にあるってことか…」

「お前を狙って来たようだったが、

 いきなり帰って行っちまったんだったな?」

「そうだ。

 隠れていた連れの三人が加勢しようとしてくれたが、

 相手は二十人を斬り伏せる腕利きだからな。

 それが理由とは思えんな」

ウォルケンが示した三人、グレイ、ヴァッセ、ジャカに

ちらりと目をやって、ヒルトは肩をすくめた。

「わからんことばかりだ。

 しかし、レッドハンドとは厄介な話だな…

 一応は軍所属となっているが、どこの命令で動いているのか

 はっきりしない」

「そのレッドハンドってのは何なんだ?

 シュネールにまでは届いていないぞ」

「名が知られ始めたのは最近のことだ。

 数自体は十人前後らしいが、相当の猛者ぞろいだって話だぜ…

 軍屈指の遣い手、“剣狼”ゼゼーリン・ミューラーって男は

 さすがに知っているだろう。

 あれが十人いるようなもんじゃないか」

「…だとすれば、そりゃ恐ろしいもんだが…

 そんなのに目を付けられる覚えが耳クソほどもねえな。

 自慢じゃねえがシュネールに流されて

 遁世者みてえな生活をしてた身だぞ」

「…あれだけ酒場に通う遁世者がいますかね」

後ろからグレイが口を挟んできたが、

ウォルケンは聞こえないふりをした。

「さて…

 あの場面で帰っちまったくらいだし、

 また現れるとは考えにくいな。

 俺らはマイラルへ向かいたいが構わねえか、ヒルト」

「俺たちも仕事に戻らなきゃならん。

 不殺の天使の動きについては王都に行った折に聞いてみよう…

 標的はお前だったんだ、気をつけろよ」

「おう、街道警備隊さんにはとんだとばっちりだったな。

 次に会ったら奢るぜ、当然全員にな!」

「お前の記憶力じゃ当てにならんが、期待させてもらうよ」

ジャカたちはヒルトたち警備隊と別れ、再びマイラルを目指す。

それは、謎の追手に加えて不殺の天使をも

警戒しなければならない旅となった。





マイラルに到着した。

しかし、金はない。

食事もできなければ、宿にも泊まれない。

行き交う人々は、大通りに立つ五人の男が

文無しで途方に暮れているなどとは思いもしないだろう。

五人の男もまた、自分たちが食堂で一度食事をするだけの金も持たず

マイラルの街に来ることになるとは思いもしなかった。

「…グレイ、残った金はいくらだ」

「…パンなら三つ。

 …水なら五本ってとこですかね」

「水は公園で飲めるッ!

 オレは肉を食いたいッ!」

「バカかお前は!

 分をわきまえろ!

 俺たちはそんな御大尽様じゃないんだよ!」

「やめろやめろ、愚か者ども。

 金持ち喧嘩せずって言うだろ」

「だから俺たちは金持ちじゃないんですよ!」

言い合う大人三人を眺めながら、

ヴァッセは悟りを開いたような表情をジャカに向けた。

「こういう状況になってみて改めてわかってきたが、

 何て言うか…

 この人たち、色々ダメだな…」

「…グレイさんまで入れちゃうのは、ちょっと気の毒な気が…」

とはいえ、争っている場合ではない。

この街にとどまるにしても、さらに逃げるにしても、

先立つ物がなければどうしようもないのだ。

「金がなければ、稼げばいいんだ!

 大の男が五人もいるんだ、宿代くらい

 あっという間に作れるはずだ!」

拳を握りしめるウォルケン。

なぜだかあまり魂には響いてこないが、

言っていることはそのとおりだ。

「ジャカとヴァッセはここで待ってろ、

 俺たちは仕事を探して来る。

 戦士を探してる人間は多いから、その手の仕事ならすぐに見つかる」

路地裏の物陰になっている所にジャカとヴァッセを残し、

ウォルケンたちは散って行った。

待っている間に、ジャカは建物の間に広がる狭い空を見上げる。

見知らぬ土地の空だ。

シュネールの空ともつながっているはずだが、

どこか違って見える。

シュネールに着いたばかりの頃も、ルフィカの空との違いを

毎日感じていた。

それが薄れていくにつれて、ここが自分の居場所なのだと

思えるようになっていった気がする。

次にそう思うのはいつで、どこになるのか。

どんな地でもいい。

皆で、安らかにいられる所であれば。

「オレたちにお誂え向きのがありましたよ」

戻って来た三人が成果を報告し合う中で、

ゼップが得意気に言った。

「ジェルミまでの護衛任務です。

 他に五人雇っているそうですが、もう少し守りを厚くしたいそうで…

 ジャカとヴァッセの同行も許可してくれました。

 オレたちは仕事をしながら移動ができる、

 一石二鳥でしょ、まさに」

「でかした!

 ゼップ、本当にお前は要領がいいな」

「確かにね。

 頭と素行は悪いですけどね」

「ハッハッハッ、何だとグレイ!

 どさくさに紛れて何言ってくれてんだ、

 ブッ飛ばすぞマジで」

五人にとって都合のいいその仕事、出発は明朝。

ゼップが頼み込んで受け取ってきた前金で宿に泊まり、

一行は明日に備えた。

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