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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
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ランディアク家

「あっ、すいません」

重い足取りで自宅へとうつむき加減に歩いていたジャカは、

何かにぶつかってしまった。

それはふわりとした感触で、女の子の服だということに

すぐに気づいた。

謝って顔を上げると、視界に入って来たのは

フリルがたっぷり施されたシルクの白いドレスに

身を包んだ少女の姿だった。

ジャカよりは三つ四つ年上に見えるが、

一つにまとめたワイン色の髪と左目の下の泣きぼくろが

彼女をもう少し大人っぽく見せているような気がした。

「ここはぶつかってしまうほど暗くはないと思うけれど。

 ぼんやりと歩いていると危ないですよ」

小さく首をかしげるようにして、少女は微笑みながら言った。

その言葉どおり、今いる場所は手芸用品店の前で、

店内から漏れる照明もあって明るくなっている。

ぼんやりしていたことも確かだが、

やわらかく品のある少女の口調にジャカは少し反発を覚えた。

「…(お姉さんぶってるんだ…)」

そんな心情を見透かしたように、少女はなおも笑顔のまま

話しかけてくる。

「あなた、一人?」

「そうです」

「もう六時過ぎよ。

 危なくないかしら」

「あなたも一人ですか?」

「いいえ」

にっこりとして、少女は背後の店内を振り返るようにした。

「お母様と一緒よ。

 このお店の人とは仲が良くてね。

 すっかり話し込んでしまっているから、

 わたしは先に出て来てしまったの。

 そうすればすぐにお話が終わるかと思ったのだけど、

 もうしばらくは駄目みたい」

「そうですか…」

「お母様を呼んで来て、わたしたちで

 お家まで送りましょうか?」

「大丈夫です。

 ぼくの家、すぐそばですから」

「そう?

 まだ人通りも多いし、平気かしら。

 ところであなた、元気がないみたい。

 それでぼーっとしてしまったのね、

 何か悩み事?」

お節介な人だな、と思いつつも、

自分の寂しさを誰かに聞いてほしいという想いもあって、

彼にしては珍しくジャカは初対面の彼女に話すことにした。

両親は幾度となく慰めてくれている。

それ以外の人がどう答えるのかも、興味があった。

「…一番仲の良かった友達が、明日引っ越しちゃうんです」

「それは悲しいことだわ」

伏し目がちになるジャカをいたわるように、

少女は心底悲しそうな表情をした。

しかし、すぐに凛とした顔になって大きくうなずいた。

「でも、悲しむ必要のないことでもあるわ」

「え?」

「あなたとお友達は離れてしまうだけ…

 友情が途切れてしまうわけではないのよ。

 そう、寂しいけれど悲しむことなんてない。

 辛い時には、目を閉じて思い出して。

 お友達は、いつでもそこにいるわ」

「…はあ…」

「人生には、いくつもの悲しみや苦しみがある…

 でも、どんなに絶望してしまったとしても

 人はいつまでも落ち込み続けてはいられないものよ。

 あなたも、必ずまた前に進める時が来るわ。

 誰もが一人であって、一人ではない…

 関係ないと思っていた相手にも、勇気を出して声をかけてみて。

 あなたの周りには、たくさんの人々がいるのだから」

「先生?

 おねえさん先生なの?」

「強く生きるのよ。

 この世にある越えられない試練なんて死くらいのもの。

 ほとんどが越えられる試練ばかりなのだから!

 わたしたちは打ち勝っていけるわ!」

「何の話でしたっけ!?」

もはやジャカ自身も忘れかけていた。

大切に記憶にとどめておこうとしたレゼルクの手の熱さを

打ち消さんばかりに力強く両手を取った少女を後に、

ジャカは帰宅を急いだ。





ルフィカの町の中心からはやや離れた所に、

あまり裕福でない住民が集まっている地区がある。

その地区を貫く通りからも外れた場所に、ジャカの家はあった。

ルフィカは北をインフォア、南をガーラントという大都市に挟まれた

街道沿いの町であり、その規模の割に人々の出入りが多い。

ランディアク家のある地区も住民の入れ代わりが激しく、

似た境遇の者同士の濃密な交流といったものは存在しない。

隣り合っていても名も顔も知らないということも珍しくなく、

ジャカも自宅の右隣には中年夫婦、左隣には壮年の男性が

住んでいるという程度しか把握していなかった。

「ただいま」

錆が大分広がった扉を開いてジャカが言うと、

奥からドタドタという音がして幼い女の子が駆けて来た。

「おそいー!」

頬をふくらませて言ったのは、妹のミリウ。

まだ四歳の彼女は、兄に比べると活発である。

髪の色はジャカと同じだが、なぜだか髪質はさらさらとしている。

その内うねうねしてくるから今に見ていろと

ジャカは密かに思っていた。

「ごめんごめん」

「帰ったか、ジャカ」

ミリウの頭にぽんぽんと手を乗せていると、

居間から父が顔を覗かせた。

彼、ランディアク・トレスは近くの食品工場に勤務している。

実直な人柄だが要領が悪く、今も職場では下っ端であった。

「レゼルク君が町を出るのは明日の朝だったな。

 見送りに行くのか?」

「そうしようと思っていたんだけど、

 出発の時間がすごく早いしバタバタするだろうから

 来なくていいって」

「そうか…」

「ジャカ、早く準備していらっしゃい!

 ミリウがパンを食べようとしちゃって大変なのよ」

台所の方から、険のある声が飛んで来た。

町の中心部にある雑貨店に勤める母、ランディアク・ネリアのものだ。

普段は穏やかだが、やや短気なのでよく今のような声を出す。

彼女を怒らせる事態は避けねばならないので、

ジャカは早足で二階へと上がって行った。

二階とは言ってもジャカの部屋と物置があるだけで、

一階も広いわけではない。

だから、自分の部屋にいても下にいる家族の話し声や物音は

聞こえることが多かった。

今も、バタンという何かが倒れるような音が聞こえてきた。

それを耳にして、ジャカは外食用に着る

自分の物の中ではいくらかおしゃれな服を引っ張り出す手を速めた。

いくら帰りが遅くなったからといって、

あんな物音がするほどに慌てなくてもいいだろうに…

「おかあさん!」

今度は、ミリウの声だ。

いよいよ待ちきれなくなったのか。

もうパンでも何でも多少つまませておいた方がいいのではないか。

ジャカは、そう思った。

ミリウが、続けて大声を出したからだった。

「おとうさんが…

 おとうさんが、しんだ!」


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