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Ex 夜、酒場にて

 最近、何やら仕事以外でも忙しいらしい生意気な後輩を、街の酒場へ連れていった。

 急に酒を飲みたくなったのだが、日暮れ後に砦をこっそり抜け出して、後で怒られるのが自分だけではおもしろくないからだ。警備の隙を見計らい、素早く抜け出す。後輩はやたらと慣れた様子でついてきた。

 狭くて汚い酒場の隅の席について、最近どうなんだと話を向けたところ、真面目だが無愛想な後輩は、「別に」と可愛げのない返事をしてきた。別に、というほど退屈をしてそうではないのだが。

 来た料理を無言で食べはじめた後輩に、奢りだ飲めよと先輩風を吹かせまくって、適当な雑談の合間に四杯五杯と飲ませてみた。訝しそうな様子の割に簡単だった。

「で、最近どうなんだ」

「さっきもそれ聞きませんでしたか」

 後輩は相変わらずの調子で返してきた。

「気のせいだろ。いろいろあるだろ。ほら……例の、“王子様”だとか」

「ああ」

 後輩は今思い当たったというような様子で頷いた。

 素面だったら間髪入れず「別に何も」と言い返されるところだが、ようやく酔ってきたらしい。

 顔色自体は一切変わらねえ。本当、意外と強いな。それとも強く見えるだけか。

「迷惑してるんですよ」

「へえ」

「まったく王子様は我が儘で。俺のことを召し使いか何かだと勘違いしているんじゃないかって思うくらいです。俺の都合なんて丸っきり無視して呼びつけて、だいたいろくでもない用事に付き合わせようとする。いい迷惑だ。困った人だ」

 何やら熱心に語り出した。

 そうなのかと相槌を打ってやると、後輩は「そうですよ」と頷いた。

「だいたい、あの人には駄目なところが多すぎる。危ないことをしたがるくせに恐がりだし、責任を取りたがるくせに何もわかってない。しかも、嘘つきのくせに嘘が下手だ。駄目すぎる。最悪だ。いいところが見つからない」

「…………」

 なかなかの言い草だ。飲ませすぎたか? おもしろいからもう少し飲ませてみよう。

 後輩の頭越し、店の姉ちゃんに手振りでもう一杯と伝える。姉ちゃんは愛想よく頷いた。商売とはいえ、美人の笑顔は嬉しいものだ。

 酔うと多弁になるらしく、愚痴を言い続ける後輩を、ふとからかってみたくなり、言ってみる。

「嫌なら、付き合うのやめたらどうだ?」

「え」

 後輩は言葉に詰まった。

「……貴族様に逆らったら、どんなことになるかわかりませんよ」

 まだ理性が残っているらしい。

「庇ってやるよ。疲れて寝てるとか、休憩で出かけてるとか言って。そのうち諦めるだろ」

「でも」

「可愛い後輩を横暴な貴族様から守ってやんのも先輩の仕事だ」

「横暴……」

「無理やり連れ回されて嫌なんだろ」

 姉ちゃんが酒持ってきた。まあ飲んで落ち着けよと、まずは、今持ってる杯を空にさせる。

 後輩の目がぼんやりしてきた。

 ……待てよ、こいつ潰れたら俺が連れて帰るのか?

 放置はまずいよな、さすがに。でも男を担いで帰るのも嫌だな。吐かれでもしたら最悪だ。どうするか。考えていなかった。ただ、面白そうだと思っただけで。まあなんとかなるだろう。人を潰すのなんていつものことだ。大抵、どうにかなっている。

「それとも、好きでついて回ってるのか? あの“王子様”が」

「すっ……!? 好きなわけありません! あんなじゃじゃ馬!」

 急に大声出すな。座れ。

 じゃあ会わなくてすむようにしてやるよ、と更にからかってやるつもりだったが、急に面倒になった。

 予想以上の慌てようで、予想通りの慌てようだ。おもしろいのかおもしろくないのか、よくわからない。

 しかし、じゃじゃ馬とは言い得て妙だ。男装の麗人という響きはそそるが、言葉と実物とでは雲泥の差だ。

 しかも、実物は、残念なことに正体がばればれだ。しかし本人がそのことに気づいてなさそうなので、誰も何も言えない。

 少年に見えるほどの美形、ではなく、可愛いといえば可愛いが、正直いって容姿は普通だ。

 もしかしたら、化粧すると化けるのかも知れないが。

 でも、逆玉の輿狙いにしても、もっと大人しい女がいい。

「じゃあ嫌いなのか。顔も見たくないか」

「そんなことは……」

「口説いてみようかな」

「やめてください!」

 だから座れって。お前そういうおもしろい反応できるのかよ。いつもの仏頂面は何なんだよ。

 まあ、趣味はそれぞれだ。大変そうだが他人ごとだ。おもしろおかしく見学していることにしよう。

「……まあ、がんばれよ」

「知りません」

 後輩は誤魔化すように大杯をあおり、途中でいきなり真っ青になった。

「う……」

「待て! ここで吐くな!」

 慌てて立ち上がる。急に吐く人種かよ。勘弁してくれよ。

 店から追い出して、路地の影でげーげーやらせてる間に、姉ちゃんに貨を払う。

 連れの子、平気なの? だって。酔っぱらいなんか慣れてるくせに、さも心配そうに言う。

 商売上手だ。大好きだ。こういう、気遣いがあって面の皮が厚い女が好きなんだ。わかるだろ。

「まあ大丈夫だろ。じゃあな、またくるよ」

「あまり若い子をいじめちゃだめよ」

「わかってるさ」

 店を出る。

 酔っぱらいを引きずって帰ると、案の定、見張りにばれて説教食らった。

 遊びはいいが非番に行けったって、それじゃあ飲みたい時にすぐ飲めないだろ。わかんねえ奴らだな。


.


 翌朝、後輩は、さすがに顔色が悪かった。

 昨日のことは内緒にしといてやるよ、と言うと、心底疑わしげな顔をされた。

「何のことですか?」

「だから昨日の夜のことだよ」

「知りませんよ。なんか、今日、調子悪いので、大した用事じゃないなら後にしてください」


 奢ってやったことも忘れてやがった。

 ふざけんな。



[終]

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