第19話 欲張りで頑張り屋の無気力ぼっち
すずりん杯終了まで残すところ二日。
昨夜からずっと配信のことを考え続けている。一ノ瀬さんの助言を得てアイデアが浮かぶようになったのはいいけど、次はそれらを取捨選択する忙しさに追われている。
休みなく思考をフル回転させているからか、今日の授業は居眠りしてばかりだった。
とまぁそんな生徒にあるまじき態度を取り続けたら教師の目に悪い意味で留まるわけで。
「音無、来週の前期末テストで赤点だったらいよいよ進級が危うくなるって自覚はあるか?」
放課後、わたしは担任の先生に呼び出されてお説教されていた。理由はここ二日、あまりに居眠りが目立ちすぎるから。うん、相手側が正論すぎてぐうの音も出ないや。
「はい、あります」
「ほんとにそう思ってるのか?」
「はい、思っています」
先生の目が鷹のように鋭く細められる。
うぅ、ふつうに怖くて泣きそう。わたし、この人は更生して教師になった類だと思うんだ。
「ならいいんだけど。あまりに素行の悪さが目立つようなら親御さんに連絡するから覚悟しろ」
「やめてください!」
柄にもなく張りのある声が出た。
「……すいません、急に大声出して。もう居眠りしないので母親に連絡するのはやめていただけませんか?」
「へぇ音無は親が弱点か。くく、いいこと知っちまったな。いっちょ前に思春期しやがって」
肘で脇腹を突いてくる。
思春期か。……どうなんだろうな。現在進行形なのか、過ぎ去ったのか、まだ訪れていないのか。考えてもよくわかんないや。
「まだ若い今はムカつくこともあるかもしんねぇが親は絶対に子どもの味方だ。だからそう嫌ってやんなよ」
「……そうですか」
内心は反発しつつも肯定の言葉を返す。この人になにがわかるんだろう。わたしが両親にどんなことを強いられてきたか、なにもわかっていないくせに。
説教はいつの間にか先生の思い出話に変わり、適当に相槌を打っているうちに話が終わる。
職員室をあとにし、荷物を取りに教室に戻ると、茜色に沈んだ教室にひとりの生徒がいた。
「おかえりほたる」
響香ちゃんだった。
そよと吹く夕風に黒髪が靡いている。響香ちゃんは美人だから、夕暮れとか月夜とか、儚さが漂う時間だとよりいっそうその美しさが際立つ。あまりに綺麗で神聖さすらも感じてしまうほどだから、わたしみたいな凡人が近づくのはどうかと思って足を止めてしまう。
「土屋先生から呼び出されてなにを話してたの?」
「前期末テストで赤点獲ったら親に連絡するぞって脅されてた」
「それはこうかばつぐんの一手だね」
その通り。だから前期末テストでは絶対に赤点を獲るわけにはいかない。
大丈夫、配信に精を出し、恋に現を抜かす日々の中でも、毎日しっかり響香ちゃんから出される課題をこなしているのだ。知識はきっと身についている。そう信じている。
「しばらく動画配信やめようか」
不意に響香ちゃんはそうつぶやいた。柔らかくも芯のある表情をしている。久しぶりに目にする委員長の顔つきだった。
「神経を研ぎ澄まして配信して、夜な夜な編集とかVのアバター制作の作業をして、その合間に勉強に集中して。そんなに頑張り続けてたら授業中に寝ちゃっても仕方ないよ」
まさか無気力を自認するわたしが頑張り過ぎていることを注意される日が来ようとは。響香ちゃんとの出会いがわたしの人間性を真逆に転じさせていたんだなって、嬉しくなる。
だってそれは、それだけ響香ちゃんを想っているという証左だから。
「すずりん杯にはもう充分動画投稿できたし、後はなるようになることを祈っていよう」
「やだ」
まさか否定されるとは思っていなかったのだろう。響香ちゃんは目を見開いて驚きを露わにしている。
「今のままじゃすずりん杯でコラボ権を勝ち取れたとしても納得できない。ひびきちゃんとすずりんをもっと輝かせることのできる企画がきっとある。わたしはそれを諦めたくない」
いいや、この言い方はちょっと違うな。
「わたしは、大好きな子と大好きな推しを、最後まで本気でプロデュースしたい」
基本無気力なわたしがこうも全力で打ち込めるなにかというのは、きっとこの瞬間を逃してしまったら当面は訪れないだろう。
わたしは、報われず、結実しないことの方が多い人生を歩んでいる。
だけど、響香ちゃんと配信を初めてからはたくさんの成功を体験できて。誰かの期待に答えたり、必要とされる心地良さを感じられて。
大切なみんなに恩返しをしたい。いつの間にか、恩返しをしたい対象はひとりから何千倍も膨らんでいた。
その気持ちを自覚したら、挑戦を冷笑する気持ちは消え失せた。失敗した時のことは考えずに頑張ろうって思えるようになった。
響香ちゃんの頬がやわらいだ。
「わかった。その代わり、すずりん杯が終わったら勉強に全集中だからね?」
「約束する。……わたしのわがままに巻き込んじゃってごめんね」
「むしろ大歓迎」
ニッと微笑みかけてくる。
同じようなやりとりを、前に響香ちゃんとした記憶がある。
不思議なもんだ。あのときは頑張る響香ちゃんをわたしが応援する側だったのに、今は頑張るわたしを響香ちゃんが応援している。いや、ふたりで頑張っている。
……いいな、誰かと頑張るのって。疲れはするけど、それ以上の充足感がある。
わたしは響香ちゃんにぎゅっと抱きついた。
「ありがと。すずりん杯が終わって、前期末テストも終わったら、響香ちゃんのしたいことになんでも付き合ってあげる」
「え、ほんとになんでもいいの?」
弾んだ声にハッとし、わたしはむくっと顔を上げて補足する。
「えっちなのは無しで」
「し、しないよそんなこと!? これまでしたことないよ!?」
「ふふ、嘘ばっかり」
安心して。わたしはむっつりな響香ちゃんも大好きだよ。
声に出したら響香ちゃんが暴走してしまいそうなので、思うだけに留め、わたしは大好きな胸に頬を擦りつける。
「……その気にさせてるのはそっちなんだけどなぁ」
響香ちゃんが頭を撫でてくれる。たったそれだけでわたしの疲労は癒え、やってやろうって気持ちに満ちあふれる。
実はわたしって、自分が思っている以上に欲張りで頑張り屋なのかもな。




