第1話 ほたるの恩返し
頑張るのって疲れる。
そのくせ、身を粉にすれば必ず欲してるものが手に入るってわけでもないし。
なんとしても人生の中でやり遂げたいことがある子は、理不尽に阻まれてもなんのその! って立ち上がらなきゃならんだろうさ。
だけど、わたしみたいにやりたいことがな~んもない子は、無気力にだらだら過ごすのが賢い生き方と言えるだろう。
こういうモチベーションの低い考え方が令和のZ世代の典型だってテレビで頭良さそうな人も言ってたし、間違ったことは言っちゃいないはずだ。
さよなら努力を美徳とする昭和思考。
「ほたるちゃん、話聞いてる?」
微かに不満を孕んだ声に顔をあげる。
キリっと引き締まった顔。パチッと開かれた瞳。
教室を吹き抜ける夕方の風に腰付近まで伸びた艶やかな黒髪が靡いている。
薫森響香。
我がクラスが誇る自慢の委員長である。
頬杖をつき、わたしはふっと鼻で笑って言い返した。
「聞いてるが?」
「めちゃくちゃ偉そう……。じゃこの三平方の定理を応用した問題も解けるよね?」
「もちもち」
コクコクと頷き、わたしは一直線に解答集に手を伸ばした。
「ずるはダメっ」
かるたでもしてんかって勢いで委員長は解答集を回収する。
「ずるじゃないよ。答えを写してから理解する方が効率いいってトトロン言ってたもん」
「トトロンはそんなこと言いません」
「へぇあの委員長でもトトロン知ってるんだ」
「日本に住んでる以上知らなきゃマズいよ。私をなんだと思ってるの?」
「上玄の鬼」
「じょうげんのおに?」
異国語と触れ合った時のように委員長は首を傾げる。これも知らない人の方が珍しい部類だと思うんだよなぁ。
「ところでとろろってむくみ解消効果があって健康にいいらしいよ。はい、雑学提供したから解答集返して」
「そんな取り引きしてません」
委員長はムッとした顔で腕組みする。
ぐぬぬぬ。今日の委員長は頑固ちゃんな日のようだ。甘ちゃんな日は、適当なことを言えば「しょうがないなぁ」って苦笑してわたしの我がままを許してくれるのに。
……こうなったら。
「むぅ!」
秘儀、膨れっ面。
委員長曰く、わたしはちっちゃくて可愛いとのことなので、その特徴を惜しみなく発揮していくことにする。
プライド? そんなものは遥か昔に枯れ果ててる。
「あざとく迫ってもダメなものはダメ。可愛いだけじゃ人生乗り越えていけないよ」
なおも事も無げな委員長である。あ~、こりゃ今日は詰みの日かも。
わたしは白々しくため息をついた。
「可愛くて頭も冴えるチートな委員長には頑張っても報われないからやむなく狡猾な手段に頼る底辺の気持ちはわからんでしょうよ」
「今回に関しては、ほたるちゃん言うほど頑張ってないじゃん」
委員長が呆れた顔をしている。わたしは呆れた顔に呆れた顔で応える。急に睨めっこをはじめたってわけじゃない。図星を突かれたからすっとぼけてるだけだ。てへ。
強張っていた委員長の頬がゆるんだ。
「ふふ、可愛い。今日はどうしたの? いつもならめんどくさそうにしつつも真面目に勉強してくれるのに」
「わたしがめんどくさそうにしてることに気づいてるなら勉強教えるのやめない?」
あと不意打ちで可愛いとか言わないで。ドキドキしちゃう。
「それはダメ。前期中間テストでGW明けのテストの時みたく赤点獲られたら一大事だからね」
という背景があって、委員長は前期中間テストが終わるまでわたしの勉強を見てくれているのである。
さては先生に頼まれてたりするのだろうか。なんにせよお給金が出るわけでもないのにご苦労なことだ。頑張り冷笑派のわたしだけど、頑張る人は尊敬しているし努力が報われればいいなぁと思っている。まぁ人生そんな甘くないんだけどさ。
わたしはグッと身体を伸ばし、ぱたんと教科書を閉じて言った。
「真面目な話、委員長に聞きたいことがあるから勉強に集中できないんよ」
「聞きたいこと?」
「うん」
少し溜めて訊ねる。
「委員長ってさ、YouTubeやってるでしょ」
し~んと沈黙が揺蕩う。
やがて委員長は、顔を真っ赤にしてぶんぶん手を振った。
「や、やってなぁあぁあぁあぁいけど?」
「動揺しすぎてVoundyみたくなってるし」
「ぼうんでぃってなに?」
目を点にしてオウム返ししてくる。高校二年生で虚滅の刃もVoundyも知らないとか冗談だろ委員長?
今さらな委員長の世間知らなすぎ問題はさておき。
どうやらYouTubeやってるのかって疑問に対する答えはYesみたいだ。まぁ疑問っていうか半ば確信してての確認作業なんだけど。
わたしは、スマホでYouTubeを立ち上げ、昨日見た動画を委員長に見せつける。
「昨日、教室で撮影してたティーバッグを表面で止めてから持ち上げるとポタポタしないって動画見たよ。普通に有益な雑学だったわ」
「なんで見てるの!? というか、どうやって特定したの!?」
「特定ってほどでもないよ。今伝えたように、たまたま委員長が放課後の教室で動画撮影してるのを見て、委員長真面目だから、さては薫森響香って本名でチャンネル開いてるんじゃないかなぁって思って検索かけたらビンゴだったってだけよ。ちなみにチャンネル登録しといたぜ」
グッとサムズアップする。委員長は、羞恥にわなわなと震えつつもどこか嬉しげな顔をしていた。控えめな笑顔もとってもかわいい。
「ちなみにこれって趣味でやってるの? それともガチでやってる系?」
「……ガチでやってる系です」
「ほーん」
ほな動画4本上げて総再生数20回の、チャンネル登録者数2人は大爆死ってわけか。あの委員長でもこんな盛大にずっこけることがあるんだなぁ。驚き桃の木一ニョッキ。
「しかしまぁどうして急にYouTuber目指そうと思ったのさ?」
「……すずりん杯でコラボ権を勝ち取りたくて」
「すずりん?」
わたしの頭の中に、電子世界に生きるひとりの少女が浮かび上がる。
「すずりんってあのVTuberのすずりん?」
「え、ほたるちゃん知ってるの?」
「そりゃあ知ってますとも」
チャンネル登録者数30万人超えの人気VTuberである。ゲームの実況配信やアニメの感想配信といった二次元コンテンツの分野で人気を博している。それとはべつに油断したらす~ぐリアルお姉ちゃんのこと話し出すのが面白くて可愛いんだよなぁ。
わたしはチャンネル登録してて、新着動画が上がったらすぐ通知が入るようにしてる。なにを隠そうすべての動画に目を通している小鈴(すずりんリスナーの愛称である)なので、すずりん杯のことも当然知っている。
「すずりん杯。#すずりん杯がついた動画の中からすずりんが興味を持った動画をピックアップしてコラボ配信をするって企画」
「急に解説がはじまった」
「実写でもVでも誰でも参加可ってのが画期的だよねぇ。てか委員長VTuberとか興味あったんだ。虚滅すら知らんのに」
「ま、まぁね」
そっぽを向いて煮え切らない返事をする。
な~んか動機があるんだろうけど、そこにはツッコまないで話を進める。
誰にだって話したくないことはある。この一か月でグッと距離が縮まったとはいえ、その線引きはしなければならぬ。友達でもないんだしわたしたち。
「しっかし、すずりん杯でコラボ権獲得かぁ。……うぅむ、動画の再生数とかチャンネル登録者数は選考に関わらないとは言ってたけど、やっぱり数ある方が目につきやすいのは事実だし、今の動画はくそおもんないからなぁ」
「うぅ精いっぱい考えたんだけどなぁ」
と、いかんいかん。本音が漏れて委員長が涙目になってる。
委員長が挙げた動画にはコメントがいくつか届いている。
撮影のノウハウから学べとか、そんなの誰でも知ってますとか、心無い暴言コメントが二件。
『指先が綺麗でお美しい方だと確信しました。応援しています』とセクハラ臭が凄まじいコメントが一件。
「……」
これがわたしの非難だったら特になんとも思わなかっただろうさ。あっそって流して、気にせず過ごすことができる。わたしを愛せるのはわたしだけって思ってるかんね。
けど、今は嘲笑の矛先がわたしじゃなく委員長に向いてる。
「顔が見えないからってみんなグサグサ思ってること言ってくるよね。まぁ実際企画も撮影もダメダメだから、言ってることはごもっともで反論できないんだけどね」
困ったように委員長は笑っている。ちなみにアンチコメントには、精進しますだのつまらなくてごめんなさいだの、律儀にリプライがされていた。
……腹立つなぁ。
見返してやりたい。このアンチコメントを送ってきたやつらどもを。わたしの自慢の委員長はすげぇやつなんだぞ、お前らネット弁慶とは違うんだぞって、証明してやりたい。
この際、暴露してしまうがわたしは委員長のことが大好きなのである。
だって、日陰にいるわたしにすごく話しかけてくれるし、優しいし、可愛いもん。ぼっち陰キャ特有のチョロい女でごめん。彼氏とか一生できなさそうだから委員長と結婚したいです。ダメならペットでもいいです。
……話が逸れた。
委員長の企画力や撮影スキルが乏しいことは投稿された8本の動画に目を通せば明らかで、逆に言えばそこさえ改善すればまだまだ浮上の可能性は残っているとわたしは思っている。
焼け石に水ってほどに絶望的な状況ってわけじゃないと思うのだ。素体はSSSの特上ものなんだし。
「ま、やりたいこともないしな」
この一か月、委員長にはお世話になり続けた。そろそろなにか恩返ししなきゃなぁと思ってたから、まぁいい機会ではある。
……たまには本気出すとするかぁ。
ぐるぐる肩をまわして決意を固め、わたしは手のひらで委員長の頬を挟んだ。
「わたしが委員長をガチプロデュースしたげる」
「プロデュース?」
「そ。わたしがPで、委員長がタレント。勉強はクソ雑魚なわたしだけど、YouTubeとかVTuberとかエンタメコンテンツはつよつよだから任せて。委員長アンチしたヤツらをぶっ殺してやる」
「こ、殺すだなんて口が悪いよほたるちゃん」
「じゃあお殺して差し上げますわって言い換える」
委員長はぷっと吹き出し、おなかを抱えて笑いはじめた。
「そういう問題じゃないでしょ。……けどそうだね、私ひとりじゃすずりん杯勝てなさそうだし、ほたるちゃんにはバレちゃってるし。プロデュース、お願いしてもいい?」
「おうとも。ほたるの恩返しのはじまりはじまり~。はい、ここでOP」
「ふふ、ほたるちゃんってたまに変なこと言うよね」
たまにじゃないと思うけどね。まぁ基本脳内でひとり会話してるから誰もわたしが変なやつだって知らんけど。
そんなわたしから距離を置かずに受け入れてくれる委員長はほんと良い人が過ぎると思うよ。……いつもありがと。
「じゃ早速企画会議しようか」
「その前に勉強」
「この真面目ちゃんめっ」
この日はみっちり勉強してお開きになった。
その夜、委員長がアップした新しい動画には早速アンチコメントがついていた。その暴言にま~た委員長は律儀に返信していた。
「まずはネットリテラシーってのを教えるところからかなぁ」
椅子をくるくる回しつつ天井を見上げ、げんなりと息をつく。こりゃ頑張るどころか、超頑張ることになる毎日が待ち受けていそうだ。
カップラーメンで夕飯を済ませた後、わたしはすずりんの動画を流し見しつつ、委員長から出された明日の課題に取りかかった。勉強してから動画撮影するってんじゃ確実に時間が足りなくなるのが目に見えているからだ。
……さてはわたし早速超頑張ってる?
無気力に過ごす日々が遠ざかる予感がした。




