第10話 交渉後の反応
外務省の交渉専門官の中村とその護衛の2人が帰った後、ようやく俺達は一息ついた。
「はぁ~、なんとか交渉は上手くいったか?」
「どうでしょう? 少々こちらが多く提供していて下手に出ている印象がありましたが、大丈夫でしょうか?」
「それは分からん。ただ、まともに話し合いができるのは今回限りになるんだし、どうせ時間が経てば人類も解明できる情報も多かったから、今のうちに提供しておいた方が利用価値のある存在だと認識してもらえるだろ」
というか、そうでなかったら今回の交渉は何のためにやったんだという話になってしまう。
「情報もそうですが、お土産まで渡してしまったじゃないですか。しかも1つしかないアレを」
マルティアは渋い顔をしてるが、アレはこういう使い方をする方が効果的だろうが。
「セオリー通りなら強力な魔物を倒した際のドロップ品にして、入ってくる人間の射幸心を煽るのに使うんだろうが、どうせ1つしかないし、まだ魔物もろくにいないなら妥当な使い方だろう。それに……」
「それに?」
「人間は形のある物の方が弱いからな」
◆
≪三人称視点≫
首相官邸地下の会議室。
厚い防音扉が閉じられ、長机の周囲には外務省、防衛省、厚生労働省、内閣官房の幹部、そして与党の一部幹部議員が集まっていた。
議題はただ一つ――「唯一交渉可能なダンジョン、ナオト(仮)への対応」である。
その場には当然外務省の交渉専門官・中村もおり、緊張した面持ちで交渉時の話を語っていた。
「……以上が、ナオト(仮)との交渉内容です。
彼は人類との共存共栄を望み、自身のダンジョンコアの破壊を避けること、そして人間が定期的にダンジョンへ入ること、もしくはダンジョンの入口前を横切ることを要望しました。
交渉の証として、これまでどのダンジョンからも出ていなかった〝ポーション(中)〟を提供しております。
これは骨折やステージⅢまでのガンを完治させる効果を持つらしいです。1本だけのため安易に試すこともできず効果は未確認ですが」
会議室にざわめきが走る。
そんな中、すぐに厚労省の医務技監が身を乗り出す。
「ステージⅢのガンまで完治できる薬など、現代医学では存在しません。これは人類にとって革命的な資源です。
しかし供給がランダムである以上、医療制度に組み込むのは困難です。
国家管理の下で研究機関に提供し、効果を検証すべきです」
防衛省の幹部が眉をひそめる。
「それよりも問題は安全保障です。負の感情エネルギーを回収されても人間側に害はないとのことですが、万が一魔物が外へ出れば国民生活に直結する脅威となります。入口の封鎖を禁じる以上、ナオト(仮)のダンジョンのみならず、他のダンジョンの監視の配置は不可欠です」
内閣官房副長官が冷静に応じ、手を静かに上げる。
「確かにダンジョンの監視は必要でしょう。
ただ、ナオト(仮)のダンジョンは都市部のオフィス街にあり、入口を横切るだけでもエネルギー供給になると聞いています。ならば入口付近に労働者向けの休憩所や宿泊施設を設け、自然に通過してもらえる仕組みを作れば双方に利益があるでしょう。
その上で、希望者のみがダンジョンに入れる制度を政府が整える必要があります」
与党幹部議員が机を叩いた。
「結論として、ナオト(仮)との交渉は継続すべきです。
ダンジョンコアの破壊は行わず、政府が管理する形で人員を定期的に送り込む。〝ポーション(中)〟は国家管理のもと医療研究機関に提供し、効果を検証する。
国民に無秩序に流通させれば混乱を招くが、国家資源として扱えば医療の飛躍的進歩につながるでしょう。安全保障上の懸念は残るが、現状唯一の交渉可能なダンジョンを敵に回すことは得策ではない」
野党から招かれた議員が皮肉を込めて言う。
「結局、人間をダンジョンに捧げる仕組みを政府が公認するということですか。国民の疲労を利用してエネルギーを得る存在と共存するなど前代未聞です。
しかし、〝ポーション(中)〟の価値を考えれば他にも得られる資源を考えると国民も納得せざるを得ないでしょう」
会議室は苦い沈黙に包まれる。
普段よりも遥かに長く白熱した会議が続き、最終的に政府は以下の方針を決定した。
・ナオト(仮)のダンジョンは破壊せず、共存関係を維持する
・〝ポーション(中)〟は国家管理のもと医療研究機関に提供し、効果を検証する
・ダンジョンへの入場は政府が管理し、希望する市民に対しては、一階層の魔物が存在しない範囲に限り探索を認めることとする。
・ナオト(仮)のダンジョンコアの破壊行為は厳禁とし、違反者には無期懲役を科す。
・安全保障上の監視体制を強化し、他のダンジョンとの関係悪化に備える
・〝ポーション(中)〟以外の資源についても有用な物品の提供をダンジョンマスターに要請する。ただし過度な要求により関係を損なうことのないよう、慎重に対応すること。
・ダンジョンに対しては入口の完全封鎖を禁止し、その旨を定める法律を速やかに制定すること。
それらの方針が決まり、総理が最後に口を開く。
「……人類が未知の存在と共存するか否か、その選択を迫られている。
だが、唯一交渉可能なダンジョンを敵に回すことは愚策だ。国民の安全を守りつつ、この存在を国家資源として活用する。それが現実的な選択だろう」
こうして、日本政府は「唯一交渉可能なダンジョン」との共存政策を選択した。
ダンジョンマスターの思惑通りに。
数日後、国会での議論を経て承認され、政府は唯一交渉可能なダンジョンについて破壊せず共存関係を維持する方針を正式に国民へ通達した。
その結果、ナオト(仮)のダンジョンに希望者は安全な範囲で探索を認め、精神的に疲労している労働者には、ダンジョン入口前さえ通れば無料で利用できる専用の休憩所や宿泊施設を設けられることになる。




