狂った王都と学校【アリエスside】
「……大体分かった。あとは俺に任せてくれ」
そう言ってくれたバンを信じて、しばらくアリエスは普通の学園生活を送っていた。
が、それも長くは続かなかった。
「…………アリエス・アルハード」
「ヘイデル殿下? あの、何か……?」
廊下で出会ったのは、アリエスの一応の婚約者であるヘイデルだ。
彼の態度が悪いのはいつものことだが、その日は特別に機嫌を損ねているようだった。
「……自分の胸に聞いたらどうだ?」
悪女が。
そう吐き捨てたヘイデルは、アリエスの顔も見たくないと言わんばかりに、すぐにその場から去っていった。
「悪女……? 私が……?」
何のことなのか検討もつかず、すぐに義弟に相談しようとすると……。
「すまない、義姉さん。今は忙しいからまた今度にしてくれないか」
「う、うん……分かった。ごめんね、バン」
バンはアリエスを一瞥すると、ろくに視線も合わせずにそう言った。
その態度は、まるで昔の記憶のようにとても冷たいものだった。
そして、ある日アリエスは信じがたい光景を目撃する。
「バン様っ! 昨日はありがとうございましたぁ♡ おかげであたし、と~っても助かりましたわ!」
それは、聖女――いや、魅了の魔法使いであるケミィ・ロッソと並んで歩く義弟の姿だった。
ケミィはしきりにバンへ話しかけ、時おり肩や腕に触れたりもしている。とても親密な関係のように見えて、目を疑ってしまった。
バンの声はよく聞こえないが、何か相槌を打っているようだ。
そして、ケミィもアリエスの視線に気付いたのか、こちらを向くと――歯を剥き出して、ニィッと醜悪に嗤った。
「…………ッ!!」
あまりの出来事に耐えられず、アリエスはその場から逃げ出してしまった。
(嘘、うそだっ……! バンが……っ!)
自分は、何故バンだけは魅了の魔法にかからないと思い込んでいたんだろう。
自室で恐怖に震えながら、己の浅はかさを呪った。
いくらアリエスから事前に情報を聞いていたとしても、あんなに可愛らしい女生徒に慕われたら心が傾くのも当然だ。
「ば、バンが……ケミィさんを……?」
嫌だ。
そう考えた自分に対して、一番驚いた。
何故? 自分は今、何を…………。
「……私は、バンのことを…………」
いつからだろう。
優秀で美しく、誰よりも優しい心を持ったバン。
そんな彼に、義弟以上の感情を抱いてしまったのは。
「違う……! わ、私はっ……!」
本当に自分は愚かだ。
失って初めて、一番大事なものに気付くなんて。
「バン……っ!!」
こんな恋心を、見つけたくなかった。
かつての義弟と同じ想いを抱えながら、アリエスは自室で泣き続けた。
◇◇◇
「……ふぅ」
パキン、と小さな音を立てて、結界を張り終える。
心が不安定になっているせいか、いつもより時間がかかってしまった。
ようやく少し落ち着いたアリエスはなんとか立ち上がり、日課となっていた王都の結界を修復していた。
ケミィ・ロッソが派手に魅了の魔法を使い出してから、何故か王都に張られている結界が弱まっていたのだ。
先生や他の貴族に進言しても、ならお前が張り直せと言われただけ。
(そこまで重要な結界じゃないのかな……? でも、念のため)
強化魔法も使い、入念に結界を張り直す。これで一年ほどは壊れないだろう。
――何か別のことをしていないと、常に弟のことを考えてしまう。
もう誰も、アリエスの味方はいなくなってしまった。
これからは自分の気持ちに蓋をして……たった一人で、現状を変えるために懸命に抗うだけだ。
いずれ迎える、卒業の日まで。
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