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tomari〜私の時計は進まない〜  作者: 七瀬渚
第6章/想いを聞かせて(Tomari Katsuragi)
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104.意地悪な熱と優しい陽だまり(☆)



挿絵(By みてみん)



 車内アナウンスが次の停車駅を知らせる。聞こえてはいるのに斜めを見上げた私は、横長の電光掲示板を眺めていよいよだという実感に浸っていた。


 もう一度、スマホの画面を横スクロール。やっぱり綺麗なグラデーションになってる。

 ホームページ全体の背景も青みがかった白で清涼感のある雰囲気に。季節の風景写真も和洋折衷の内装の写真も、しっとりと馴染んで奥ゆかしくも何処かスタイリッシュな雰囲気を醸し出している。

 古き良きおもむきの中にひと匙の近代的要素を溶かし込むとエモーショナルに映ると私は思っている。これはだいぶ良い塩梅あんばいに調合ができたのではないだろうか。


 パソコンとスマホ、両方で確認済みだ。大石さんを含めた旅館の従業員たちはこの出来上がりに満足してくれたとのこと。

 支配人である兄ももちろん見ているが、特に大きなリアクションをすることはなく「いいんじゃないか」と淡白なコメントをしていた。なんというか実に兄らしい。


 私ができることはひと通り終えた。後は大石さんが上手くやってくれるだろう。やはりしっくりこないなどのことがあれば、遠慮なく編集してほしいと伝えておいた。


 車内中央の通路に人が並び始めているのに気が付いて私も席を立った。新幹線はほどほどの混み具合で快適だった。ここから先は座れないだろうがな。


 降車口を出ると冷たい風が髪をなびかせる。地元とはまた違う懐かしさを覚える。これだ、私が知ってる都会の匂い。


 三階くらいあろうかというほどの長いエスカレーターや、通路を飾る大きな広告などに時折目を奪われる。


 乗り換え用の改札を抜けると、思い思いの装いで行き交う人々。どんなに尖ったファッションの人でも、目立つのに浮かないという不思議。


 天高く伸びるビルのダイヤモンドのような輝きが眩しい。急行の列車の窓から見える景色はどれもこれも遠くて近い。


 会いたい人たちもきっと近い。あとわずかで辿り着く。


 駅前のカフェもケーキ屋も小さなコンビニも、一週間やそこらで変わるはずのないものでさえ、まだ変わらずあってほしいなんて思う。

 そうなるとあちらとこちら、どっちが私にとって非日常だったのだろうな。


 キャリーケースの重みが増したような気がする。身体は前に進みたがっているのに。

 顔が熱を帯びていく。気が早くないか。いくら待ち侘びていたからって。


「おーい! トマリ!」


 改札を出た先のところ、大きく手を振ってくれているのに気付いて私はそちらへ吸い寄せられた。

 呼吸が途切れ途切れになる。ちょっと早足になっただけなのにな。


「和希……」


 久しぶりに見る親友の姿。なんだか視界が滲んでいるけど満面の笑みが咲いているのがわかる。温かな安心感が胸に満ちていく。


 その隣で優しい微笑みを浮かべている人。昨日まで一緒にいたとは思えないくらい恋しくてたまらなかった人。


「カケルさん……」


 やっと確信が持てた。今度こそ同じ世界で生きていけるのだと。同じ空に見守られながら、同じ景色の中を並んで歩ける。


 そうして迎える至福のとき。

 今日、私は再び、彼の腕に包まれるのだ。



 ピピッ、ピピッと、高い電子音が遠く聞こえる。エアコンの音も二人の話し声も、水の中から聞いてるみたいに揺らいでる。

 ひやりと冷たい感触を額に受けて、やっと少しだけ意識が覚めた。


「あ〜、やっぱ上がってるな。37.7℃だってよ」


「トマリ、確か平熱低いんじゃなかったっけ? これじゃだいぶつらいよね。喉が渇いたら教えてね。さっき途中でスポーツドリンク買っておいたから」


「……すまない、二人とも」


 為す術もなくベッドに身体を預ける私は、力の入らない声で詫びるだけだ。実に不甲斐ない。


 私が何度か咳をすると、和希は「台所借りるぞ」と言って立ち上がり、入れ替わるようにしてカケルさんがベッドの横でしゃがんだ。


 淡い色の瞳が心配そうにこちらを見つめている。布団の上から優しくさすったりなんてしてくれるから、幼い子どもに戻ったみたいにどんどん無防備になってしまいそうだ。


 その手はやがて私の汗ばんだ手をそっと握った。身体ごと包まれる至福のときはしばらくおあずけになりそうだが、これはこれで……なんて思ってしまうのだから、私はなかなか能天気なのかも知れないな。


 駅での待ち合わせのとき、二人はすぐ私の異変に気付いたそうだ。朦朧もうろうとしていたところをカケルさんが素早く支え、和希が速攻でタクシーを呼び止めるという見事な連携プレー。


 そのまま私の暮らすアパートへ向かい、カケルさんにおぶられてこの部屋まで辿り着いた。

 そこかしこに転がった生活感を整える余裕など当然なく、顔を洗って着替えてベッドに入るのがやっとだった。


 カケルさんはもう部屋の中。時すでに遅し。

 交際三日目にして汚部屋を見られることになろうとは……。


「なぁ千秋さん。あんたお粥って作ったことあるか? このパックご飯で作れないかと思ったんだけど、水はどれくらい入れんの? 全部鍋に入れていいのかこれ」


「僕も手伝うよ。卵か梅干しは置いてるかな。あれば簡単なんだけど」


「それが冷蔵庫の中身すっからかんでよ。やっぱ材料揃えた方がいいよな。ちょっとコンビニ行ってくるわ。他になんか必要なもんあるか?」


「あとはここにある調味料でできるから大丈夫だけど、買い物なら僕が行くよ。槇村さんはトマリの傍にいてあげて」


「あんたなぁ。こういうときこそ……」


 二人が何やら声を潜めて喋っているような気がする。

 食事のことまで気を使わせて申し訳ない。食器棚の下の引き出しにゼリー飲料がいくつかあるはずだ。私ならそれで充分……と伝えたいところなのだか、身体が怠くて動けないし声は掠れた息にしかならなそう。あと少し眠くなってきたような……。


 バタン、とドアが閉まる音で再び目が覚めた。だけどすぐにまた熱っぽい微睡みに誘われる。


 そんな中でも気配を感じ取ることはできた。すぐ傍に戻ってきて私を見つめている。とても切ない目をして。

 本当は万全の状態で会いたかった。何故彼には情けないところばかり見られてしまうのだ。そんな悔しさやいたたまれなさはあるけれど、それでもやっぱりこの陽だまりのような慈しみが嬉しい。


「早く元気になってね、トマリ」


「カケルさん、ごめんなさい」


「どうして謝るの。トマリはすっごく頑張ったでしょ。長い距離を移動して、仕事や家の手伝いもして。あっちとこっちでは気温差もある。気が張ってたんだろうね。忙しいときに僕にまで付き合わせちゃってごめんね。今は何も気にせずゆっくり休んで」


 優しい言葉をかけてくれる彼の姿が滲んだ。

 顔の中央に集まった潤いが熱されていく。たらりと先に鼻から出てしまう。恥ずかしいのにどうしようもなくて、目尻から溢れた方はこめかみを伝って髪を濡らした。


「部屋、片付いてなくて……」


「気にしないよ」


「カケルさんとくっつきたかったのに」


「ふふ、素直だね」


 ティッシュでそっと涙と鼻水を拭われる。いよいよもうカッコつけようがない。

 彼はやがて私の髪に指を絡ませた。泣きぼくろが寄り添う目元をじんわり細めると、ベッドの淵で頬杖をつき艶やかな微笑みを浮かべた。



「トマリが元気になったらさ、沢山甘えさせて」


「…………っ」



 囁くように言われると脈が跳ね上がってしまう。甘ったるい響きの鼓動が空気にまで伝わりそうだ。


 目の前の彼の表情が悪戯いたずらな笑みに見えてきた。嗅覚は鈍っているはずなのに、ウッディノートの香りを肌で感じる。大人の男。今更ながらそう強く意識してしまう。頭がゆで卵になりそうだ。


「カケルさん……熱のある人間にそれは刺激が強すぎます」


「えっ、僕何か変なこと言った?」


「無自覚ですか。タチが悪いですね。あとその表情もあまり外で振り撒かないでくださいね。あなたはもう少し自分の妖艶さを自覚するべきだ。魅力の過剰摂取で理性を見失うこともあるんですよ。今の私のように」


「トマリ、なんか言ってること変だけど大丈夫!? 熱上がったんじゃない?」


 そうだろうな。熱は確実に上がっただろう。あなたのせいでな。


 体温計を差し出してくるその手をいっそ掴んで引き寄せてしまおうか。そんなふうに魔が差すのも無理はないんじゃなかろうか。


 ……いや、それは甘えというものだろうか。



 ぴちゃん、と水の滴る音が聞こえた。波紋が私の朧げな意識に重なる。

 うっすら瞼を開けると、さっきより天井が遠くなっていることに気付いた。


「トマリ……」


 血管の浮かび上がった大きな手。程良い硬さの細い腕。あまり厚みのない繊細な肩。


 私の大好きな青紫のハイライトが入った長い髪。哀愁を帯びた優しい声色も。


 いつの間にか私を包んでくれていた。いつの間にかベッドから落ちてて。なんでこうなったんだっけ。よく覚えていない。

 ただ肩をゆっくりさすられながらその広い胸元で呼吸するのは、熱に浮かされてなお安らぎを得られる心地の良いものだ。


「もう、急に起き上がったら危ないじゃない。トマリが怪我したら嫌だよ」


「面目ない」


「謝らないの。もっと楽にしてて。落ち着くまでこうしてるから……ね」


 もういくらか落ち着いてきてるけど、それを言うのは惜しく感じてしまう。ときめきから安らぎまで、全部この人の手の中だと思うとちょっとばかり悔しいのだがな。


 今まで散々振り回したのだ。こういう日があってもきっと良い。そう思ったら自然と今の素直な望みが浮かんできた。



「ありがとう、カケルさん。今日はもうしばらくここにいてほしい」


「そうだね。よくできました」



 満足気な彼の声には相変わらず色気を感じるのに、今度は私を夢の深みへと緩やかに導いていった。


 少し怖い夢を見た気がする。だけどなんとなく大丈夫と思えた。

 悪いことだって永遠には続かないのだ。いつかはきっと目が覚めて、大きな光に受け止められるときが来る。以前は綺麗事だと思っていたけど、今は信じてみても良い気がしている。


 きっと何度でも手を差し伸べてくれる、愛しいぬくもりがいてくれるからだ。


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