第44話 再び夢、そして班決め、頑張れ御剣さんの話
俺達はカマさんの宿へ戻ってきた。
外では相変わらず雪が降り続いている。
窓の向こうでは吹雪が白く渦巻き、夜だというのに空気そのものが薄暗く見えた。
「今日はもう休みましょうか」
カマさんはそう言いながら煙管を揺らす。
だが、その表情には疲労が滲んでいた。
無理もない。
あれだけの名状しがたい患者を相手にしているのだ。
「カマさんこそ、少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「んもぉー、優しいわねぇクロスギちゃん。でもアタシ、寝付き悪いのよぉ」
そう言って笑うが、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。
フェレシアさんは静かなままだった。
さっきまで泣いていたせいか、目元が少し赤い。
クレナも珍しく口数が少ない。
アイリスは不安そうに窓の外を見つめていた。
ファフニーは・・・・うん、既にソファーでぐっすり寝てる・・・。
「……ヨウイチ」
「ん?」
「この街、変」
小さな声だった。
「空気が……なんか、冷たいだけじゃない」
アイリスは自分の肩を抱くようにして言う。
「嫌な感じがする」
その言葉に、俺も頷いた。
俺も同じ感覚を抱いていたからだ。
スノーガーデンへ来てからずっと、胸の奥に小さな棘が刺さっているような感覚が消えない。
何かが起きている。
それだけは確かだった。
「……ヨウイチも、感じてる?」
「あぁ」
「やっぱり」
アイリスは窓の外を見る。
吹雪の向こう。
白い街並みは静かなはずなのに、どこか“死んでいる”ように見えた。
「街が息してない感じする」
「息?」
クレナが眉をひそめる。
「なによそれ。抽象的すぎて分かんないんだけど」
「……うまく言えない」
アイリスは困ったように首を振る。
「でも、この街……変な音する」
「音?」
今度はカマさんが反応した。
「アンタ、何か聞こえてるのぉ?」
「ん……時々」
アイリスは耳を押さえる。
「遠くで、泣いてるみたいな」
その瞬間。
部屋の空気が少しだけ重くなった。
フェレシアさんが肩を震わせる。
俺も嫌なものを感じた。
……泣き声。
患者達の“遠吠え”を思い出したからだ。
「……考え過ぎじゃない?」
クレナが口を開く。
だが、その声は少し硬かった。
「こんな吹雪なんだし、風の音とか色々混ざってるだけでしょ」
「……だといいけど」
アイリスは小さく呟いた。
すると、今まで黙っていたカマさんが煙を吐く。
「でもねぇ、実際この街、昔よりずっと静かなのよぉ」
「……?」
「スノーガーデンって本来、もっと騒がしい街なの」
カマさんはどこか懐かしそうに笑った。
「夜でも酒場は賑わってたし、雪祭りの時期なんて朝まで騒いでる馬鹿も沢山いたわぁ」
「今は違うんですか?」
俺が聞くと、カマさんは静かに頷く。
「皆、外へ出たがらないのよ」
煙管の先が小さく揺れる。
「誰かが発症するんじゃないかって、みんな怯えてる」
「……」
「患者の家の近くなんて、今じゃ誰も寄り付かないわぁ」
その言葉に、フェレシアさんが俯いた。
「そりゃ、そうですよね……」
小さな声だった。
「怖いですもん……」
カマさんはそんなフェレシアさんを見て、少しだけ目を細める。
「怖がるのは悪いことじゃないわよぉ」
「でも……」
「怖いのに前へ出るから、意味があるの」
その言葉に、フェレシアさんは目を見開いた。
「アンタ、ちゃんと患者の前へ立ってたじゃない」
「……っ」
「逃げたくても逃げなかった。それだけで十分偉いわよぉ」
フェレシアさんは何か言いかけて、結局黙り込む。
目元が少し赤くなっていた。
「カマさん……」
「んもぉ、そんな顔しないの。美人が台無しよぉ?」
「び、美人っ!?」
フェレシアさんが慌てる。
クレナが呆れた顔をした。
「そこで照れるんだ……」
「だ、だって急にそんなこと言われたら……!」
「フェレシアは可愛いのだー!」
ソファーから急にファフニーが飛び起きた。
「うおっ!?」
「寝てたんじゃなかったのか!?」
俺が思わずツッコむ。
「ふふふ、ドラゴンは寝ながらでも会話できるのだ!」
「絶対今起きただろ」
「バレたのだ!」
胸を張るな。
少しだけ。
ほんの少しだけだが、空気が和らいだ。
「……明日、必ず原因を探ろう」
俺は改めてそう言った。
「このまま放っておく訳にはいかない」
すると、アクレアさんが静かに頷く。
「えぇ。私も協力します」
「私も」
「当然よ」
「任せるのだー!」
皆がそれぞれ頷く。
不安は消えていない。
この街の異常も、病気の正体も、何一つ分かっていない。
それでも。
一人じゃないだけで、少しだけ前を向ける気がした。
そして、それぞれ部屋へ戻っていく。
俺も自分の部屋へ戻った。
部屋の中は静かだった。
外の吹雪の音だけが微かに聞こえている。
ベッドへ腰を下ろす。
……一人で寝るのは久しぶりだな。
最近は誰かと一緒にいることが多かったせいか、妙に静かに感じる。
俺は剣を壁へ立て掛け、灯りを消した。
暗闇が広がる。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ――。
疲れていた。
頭も身体も。
目を閉じると、すぐに意識が沈んでいった。
――――――――
……ん?
この感覚。
久しぶりだな。
どうやら、俺は夢を見ているらしい。
だが、今までの夢とは明らかに違っていた。
まず景色。
今までは白と黒が混ざったような曖昧な世界だった。
だが今回は違う。
辺り一面、黒。
どこまでも黒かった。
空も。地面も。空間そのものも。
何もない。
だが、確かに自分は“立っている”。
奇妙な感覚だった。
地面がある感触はない。
それなのに落ちることもない。
空気は冷たい。
いや、冷たいというより――何も感じない。
風もない。音もない。
自分の呼吸音だけがやけに耳へ響いていた。
そして二つ目。
意識が異様に鮮明だった。
夢独特のぼやけた感覚がない。
思考もはっきりしている。
まるで現実みたいだった。
そして三つ目。
―いつもと違う人物が立っていた。
アイリスではない、見知らぬ誰か。
暗闇の向こうで、そいつは俺へ向かって手を振っていた。
「よぉ! やっと君と話せるようになったな! 黒杉っくん!」
妙に軽い声だった。
そいつは友達みたいなノリで近づいてくる。
だが――。
気味が悪かった。
近づいてくるのに、距離感がおかしい。
歩いているはずなのに、足音が聞こえない。
いや、それだけじゃない。
顔が見えない。
まるでモザイクでも掛かっているみたいに輪郭が曖昧だった。
しかも声まで変だった。
男の声に聞こえたと思えば、次の瞬間には女の声になる。
老人のようにも、子供のようにも聞こえる。
不快だが、不思議と身体の危険信号は鳴ってはいないかった。
警戒するには変わりないが。
「お前は誰だって顔してるなぁー。まぁ、“会う”のは初めてだし、無理もないか!」
“会う”。
その言い方が妙に引っ掛かった。
まるで以前から俺を知っているような口ぶりだった。
(……誰だ、お前)
「さぁ?」
男はケラケラと楽しそうに両手を広げた。
「誰だと思う?」
(質問を質問で返すな)
「じゃあヒント!」
男は指を一本立てる。
「君、昔どこかでボクと会ってる」
(会ってない)
「会ってるよぉ」
フフンと得意げに、男はけらけら笑う。
「たぶんね!」
(……なんだこいつ)
「ひどっ!?」
男は胸を押さえて仰け反り、ハンカチを取り出して、涙を拭いた。
「今のちょっと傷付いたんだけど!?しくしく・・・」
その声音は大袈裟だった。
だが次の瞬間。
彼はメガホンを取り出す。
「まぁ、君がそういう顔するのも分かるけど」
すっと笑みが薄れる。
「普通、“知らないモノ”は怖いよねぇ」
男は笑う。
その直後だった。
「……でも君は、ちゃんと覚えてる」
声色が変わる。
空気が凍ったような感覚がした。
その言葉を聞いて、頭痛がした。
見知らぬ人物は大袈裟に肩を落とす。
だが、その動きすらどこか現実感がない。
見ているだけで頭が痛くなる。
(何がしたい)
「いやぁ、ちょっと話したくてさ!」
(なら普通に話せ。顔も声も滅茶苦茶で気持ち悪い、不快過ぎて相手する気にもならない。)
「ごめんてぇ!! ちょっとした悪戯だって!」
すると、手に持っていたメガホンを捨てて、そいつの姿が変わった。
輪郭が定まり始める。
ぼやけていた顔が、徐々に一つの形を取っていく。
現れたのは一人の男だった。
夕暮れを連想させるような赤毛、澄み渡る碧眼。
背が高く、姿勢も綺麗だ。
顔立ちも整っている。
正直、"現実離れした"かなりの美形だった。
だが――。
口を開くと胡散臭い。
「やぁ! これが俺の姿だよ!」
そう言ってくるりと一回転する。
(……イケメンだな)
「だろぉ!?」
(だが腹立つ)
「なんで!?」
男は本気でショックを受けたように肩を落とす。
だが俺は気づいていた。
……おかしい。
さっきから妙にイライラする。
理由がない。
だが、こいつを見ていると無性に殴りたくなる。
胸の奥がざわつく。
呼吸が荒くなり、頭が熱い。
視界が狭まる。
殺意に近い感情が湧き上がっていた。
気づけば拳を握っていた。
「あ、いけないいけない」
男は額へ手を当てる。
「君達ってすぐ怒るから、つい味付け濃くしちゃった」
パチンッ。
男が指を鳴らした瞬間だった。
頭に掛かっていた靄が晴れる。
さっきまでの激情が、嘘みたいに消え去った。
「……は?」
「いやぁ、人間って面白いよねぇ」
男は笑う。
「ほんの少し感情を揺らすだけで、すぐ牙を剥く」
その碧眼が細くなる。
「まるで、昔の狼みたいに」
何を言っているのか分からない。
訳の分からない、状況で一人手で会話が勝手に進んでいく。
「ちょっと君の感情、混ぜすぎちゃった。そうだなー、君に分かりやすく説明したら、私に対して敵意抱きやすくなるスキル使っていたってことー☆」
(お前……)
「ごめんて!」
(殴っていいか?)
「それはやめよう!?」
俺は反射的に殴りかかった。
だが、男はひらりと避けれ、自分の手にはいつの間にか"アイリス"の花を持っていた。
「ひえー、急に殴り掛かるなんて・・・怖いなぁ!」
(お前が悪いだろ)
「それは本当にそう。あっ、その花はプレゼント☆」
妙に素直だった、余計腹立つ。
何故、このタイミングでアイリスの花をわたされたのか。
俺はその花を捨てることは"できなかった"。
「まぁまぁ、今日はちゃんと用事あるからさ!」
(用事?俺にはそんな予定がないんだが)
「それはごもっとも!でも・・・」
そう言って笑った瞬間だった。
男が急に目の前へ現れる。
距離が一瞬で消えた。
「――っ!?」
気づく間もなく、男は俺の手を掴んだ。
「僕自身、勝手に用事を取り付けちゃった☆」
その瞬間。
バチィッ!!
電撃みたいな痛みが走った。
「ぐあっ……!?」
夢のはずなのに。
現実みたいな痛みだった。
熱い。焼けるように熱い。
黒い何かが腕を這う感覚。
神経を直接掴まれているみたいだった。
視界が歪む。
その瞬間――。
遠くで、狼の遠吠えが聞こえた気がした。
アオォオオオオオン――
ぞわり、と背筋が震える。
俺は慌てて男の手を振り払い、手を見る。
そこには黒い痣だった。
まるで、焼き付いた指跡みたいに。
生きているみたいに脈動している。
「……なんだ、これ」
「おぉ〜〜〜〜!!」
男は拍手しながら目を輝かせた。
「成功成功、大成功〜☆」
ぴょん、とその場で飛び跳ねる。
「いやぁ、ごめんね? ちょぉっとだけ痛かったでしょ?」
男は悪びれもなく笑った。
「でもでも安心して! 爆発したりはしないから! たぶん!」
(たぶんってなんだ)
「細かいこと気にするとハゲるよ?」
男は俺の手の痣を指差す。
「それ、ボクからのプレゼント」
そう言って笑う。
子供みたいに。
道化みたいに。
なのに、その碧眼だけは妙に優しかった。
「精々、使いこなしてくれよ」
(待て、お前――)
「ん?」
(お前は敵か味方か、せめてそれだけでも教えろ)
男は少しだけ黙った。
そして――。
どこか寂しそうに笑った。
「それは、いつか分かるさ―――"執行者"くん☆」
男の身体が虹色の紙吹雪になり、深い闇に吸い込れていった。
俺は手を伸ばした。
だが届かない。
どれだけ走っても距離が縮まらない。
暗闇だけが広がっていく。
そして最後に、男の声だけが響いた。
――――――嫌でもね。
そこで、俺は目を覚ました。
息が荒く、心臓が激しく鳴っていた。
部屋は暗い。
だが朝日はまだ差し込んでいなかった。
夢……だったはずだ。
なのに、手の痛みだけが妙にリアルだった。
俺はゆっくり右手を見る。
紋章はない。
やっぱり夢だったのか――。
そう思った束の間。
よく見てみると手の甲に、小さな黒い痣があることに気づいた。
「……は?」
見覚えのない痣だった。
嫌な汗が流れる。
だが、今は皆を待たせている。
俺は深く息を吐き、制服へ着替えた。
――――――――
下へ降りる途中、フェレシアさんと出会った。
「フェレシアさん」
声を掛けた瞬間、フェレシアさんは勢いよく頭を下げた。
「昨日はごめんなさい!」
かなり強い声だった。
「いきなり飛び出したりして……その、私……」
言葉が続かない。
フェレシアさんは俯いたまま、ぎゅっと自分の服の裾を握り締めていた。
俺は昨日の事を責めるつもりなんてなかった。
むしろ普通なら耐えられない。
あの病室の光景は、それほど異常だった。
「気にしてないですよ」
「でも……!」
フェレシアさんは顔を上げる。
その目には、まだ昨日の恐怖が残っていた。
「私、何も出来なかったんです」
ぽつり、と零れた声は震えていた。
「苦しんでる人を前にして……怖くて、逃げちゃった」
階段横の窓から、白い雪明かりが差し込む。
フェレシアさんはその光を見つめたまま、静かに続けた。
「患者さんの家族が笑うんです」
「……」
「“きっと治る”って」
その言葉だけで十分だった。
フェレシアさんが何を見てきたのか。
どんな顔を向けられてきたのか。
どんな気持ちで患者と向き合ってきたのか。
痛いほど伝わってきた。
「でも、本当は分かってるんです」
フェレシアさんは俯く。
長い睫毛が影を落とした。
「誰も助からないって」
静かな沈黙が落ちる。
遠くで吹雪の音が聞こえた。
宿全体が軋むような風の音。
その中で、フェレシアさんだけが取り残されているように見えた。
「……延命できたじゃないですか」
俺は静かに言った。
フェレシアさんが小さく目を見開く。
「まだ終わってない」
「……っ」
「原因さえ分かれば、助けられるかもしれない」
それは楽観じゃない。
希望を捨てたくなかっただけだ。
ここで諦めたら、本当に終わる気がした。
「クロスギさん……」
フェレシアさんの声が少しだけ揺れる。
「だから今は、諦めるより動きましょう」
しばらく沈黙が続いた。
やがてフェレシアさんは、小さく息を吐く。
そして――。
「……はい!」
弱々しいながらも、ちゃんと前を向いた声だった。
昨日より、少しだけ。
本当に少しだけだが、彼女の表情は明るくなっていた。
こうして、俺達は下へ降りて行った。
どうやら俺が一番最後だったらしい。
食堂へ入ると、皆すでに席へ着いていた。
テーブルの上には簡単な朝食と、湯気の立つ温かい飲み物。
外の吹雪とは違い、宿の中だけは少し穏やかな空気が流れていた。
すると、ファフニーが勢いよく手を振る。
「主人! ここですぞぉー!」
「ヨウイチ、お寝坊過ぎるわよ」
クレナが呆れたように頬杖をつく。
「悪いな」
「悪いと思うなら、次からもっと早く起きなさい」
「善処する」
「絶対しないやつね、それ」
クレナは溜息を吐いた。
その隣で、アイリスがじっとこちらを見る。
「……ちゃんと寝れた?」
「あぁ、一応な」
夢の事を思い出しかけ、俺は言葉を濁した。
右手へ視線が落ちる。
痣は制服の袖で隠れていた。
「クロスギちゃん、朝から難しい顔してるわよぉ?」
カマさんが煙管を揺らしながら笑う。
「まぁ、考え事です」
「若い子は悩んで強くなるものねぇ」
意味深に微笑むカマさん。
……なんか見透かされてる気がする。もしかして、俗にいうオカマパワーっていう奴か?
「それで、今日の予定なんだが」
空気を切り替えるように、俺は席へ座った。
皆の視線が集まる。
「今日はカマさんと一緒に、最初の患者の家へ向かう」
「ふむ」
アクレアさんが静かに頷く。
「そこで色々話を聞いて、発症前の状況とか共通点を探るつもりだ」
「確かに、原因を探るなら必要なことね」
クレナが腕を組む。
「だけど時間が惜しい。だから二手に分かれて、別方向から情報を集めたい」
「分かった。因みに班分けは決まっているのか?」
アクレアさんが尋ねる。
「勿論です、アクレアさん」
俺は収納から紙を取り出し、テーブルへ広げた。
簡単な地図と、昨日カマさんから聞いた情報を書き込んでいく。
「まず第一患者の調査班」
ペン先で地図の一点を叩く。
「俺、カマさん、フェレシアさん。それとクレナに同行してもらう」
「了解」
クレナは即答した。
「フェレシアさんは患者の状態を見れば、何か気付けるかもしれないし、カマさんは現地の事情に詳しい」
「わ、私……頑張ります!」
フェレシアさんは少し緊張した様子で頷いた。
「クレナは?」
「護衛兼ツッコミ役」
「誰がツッコミ役よ!!」
即座に怒鳴ってくる。
「でも護衛としては頼りにしてる」
「……っ」
クレナは一瞬言葉に詰まり、そっぽを向いた。
「ま、まぁ? 当然よね!」
「照れてるのだー!」
「うっさい!!」
ファフニーがケラケラ笑う。
騒がしい空気になったところで、俺はもう一つの班へ視線を向けた。
「情報収集班はアクレアさん、アイリス、ファフニー」
「私達ですね」
「アイリスの魔眼と、ファフニーの感知能力は探索向きだと思う」
「わかった・・・」
アイリスは静かに頷いた。
「ファフニーは魔力や気配に敏感だから、普通じゃない場所とか反応があればすぐ分かるはずだ」
「任せるのだ!」
胸を張るファフニー。
「交渉や聞き込みはアクレアさんが一番適任だと思うので、まとめ役をお願いします」
「了解した。責任を持って動こう」
やはりアクレアさんがいると安心感が違う。
「あと、危険だと思ったら無理はしないでください」
俺がそう言うと、アクレアさんは小さく笑った。
「それはこちらの台詞ですよ、黒杉さん」
「……気を付けます」
「よろしい」
まるで先生みたいだった。
「じゃあ、準備が出来次第出発しよう」
そう言って席を立つ。
明るい空の下では相変わらず吹雪が続いていた。
白く閉ざされた街。
その中で何が起きているのか。
それを知る為に――。
俺達は、それぞれの目的地へ向かって動き出した。
―――――― 一方その頃。
「……そろそろ、スノーガーデンに着きそうだな」
白い息を吐きながら、私は雪道を進んでいた。
周囲には一面の銀世界。
吹雪こそ弱いが、視界は決して良くない。
足を踏み出す度、雪がぎゅっ、と音を立てる。
私は現在、スノーガーデンへ向かっていた。
理由は単純。
大規模な結婚式の護衛依頼。
「結婚式、かぁ……」
自然と空を見上げる。
真っ白な空だった。
「……私に、できるのかな」
ぽつりと呟く。
結婚。
昔の自分なら、多分考えもしなかった。
男として振る舞う事しか知らなかったし、それ以外の生き方なんて想像した事もない。
だけど――。
私は、変わった。
……少しだけ。
「あはは……」
思い出す。
皆へ、自分が女性だと打ち明けた日の事を。
正直、かなり怖かった。
どう思われるか分からなかったからだ。
けれど、クラスメイトの反応は思ってた以上に盛り上がっていた。
『まぁ! 御剣さんは御剣さんなので!』
『キャー!! ミツルギさん!! 私女だけど結婚しよ!!』
『「ミッツルギー!! ミッツルギー!!」』
「……今思い返しても凄い反応だったなぁ」
思わず苦笑する。
皆、驚いてはいた。
でも――誰も離れなかった。
むしろ以前より騒がしくなった気さえする。
「一部、変な人もいたけど……」
あれはなんだったんだろう。
今でもよく分からない。
「……まぁ、皆らしかったけど」
少しだけ頬が緩む。
雪道を歩きながら、自分の髪へ触れた。
最近は切っていなかったせいで、かなり伸びている。
邪魔にならないよう、後ろで軽く結んでいた。
風が吹く度、結んだ髪が肩越しに揺れる。
「……少しは、女性らしくなったのかな」
念のため、昔みたいな男装用の服も持ってきてはいる。
あの日、皆に打ち明けた後が問題だった。
『駄目です』
『いや、何がですか!?』
『御剣さんは、もっと自分の顔面偏差値を自覚するべきです』
いつの間にか現れたミハエルさんが真顔でそう言った瞬間、周囲の女子達が一斉に頷いた。
『分かる!!』
『絶対こっちの方が似合うって!!』
『髪も伸ばしましょう!!』
そこからは地獄だった。
騒ぐ女子達を横目に、私は必死に逃げようとしていた。
だが。
『――いえ、彼女達の言う通りですね』
後ろから聞こえた声に、私は固まった。
振り返ると、ミハエルさんが腕を組みながら真顔で頷いている。
『御剣様。あなたはもう少し、自分の容姿を自覚した方がいい』
『ミハエルさんまで!?』
『客観的な事実を述べているだけです』
冷静な声だった。
だからこそ逃げ場がない。
しかもミハエルさんは腕を組みながら、
『えぇ、非常に似合っていますね』
などと満足げに頷いているのだから、本当に意味が分からない。
気付けば椅子へ座らされ、髪を弄られ、服を選ばれ、化粧までされた。
『ほら見てください。完璧です』
『「「「うおおおおおお!!!」」」』
クラス全体が心を一つにして盛り上がっているのだから、本当に意味が分からない。
結局その日、私は半日掛けて見た目を魔改造された。
「……あれは、本当に酷かった……」
思い出しただけで顔が熱くなる。
誰に見られている訳でもないのに、少しだけ頬が赤くなった。
雪風を誤魔化すように、私は結んだ髪をぎゅっと握った。
「うーん……」
以前の自分は、完全に“戦闘優先”だった。
服なんて動ければ十分。
髪も邪魔にならなければそれで良かった。
見た目? 知らない。
そんな感じだった。
……なのに最近は、鏡を見る回数が少し増えた気がする。
『鏡を見るんです。鏡を……』
と、ずっと言ってくるミハエルさんのせいかもしれない。
「でも、似合ってるとは言われたし……」
それにクラスメイトの皆とミハエルさんの墨付きダシ……。
それに、皆あれだけ似合うって言ってくれタシ……。
少しだけ嬉しかった。
そんな事を考えていると――。
「アオォオオオオオオオン!!」
遠くから遠吠えが響いた。
「……ん?」
気配。
しかも複数。
雪の向こうから、赤い目が浮かび上がる。
狼型の魔物だった。
十匹以上。獰猛で鋭い牙、分厚い筋肉。スノーガーデンの白狼だった。
「なんだ、狼か……」
私は小さく息を吐く。
正直、あまり戦いたくない。
寒いし、早く街へ入りたいし。
それでも敵は待ってくれない。
狼達は獲物を見つけたように、じりじり距離を詰めてきた。
一匹が低く唸る。
それを合図にしたように、一斉に飛び掛かってきた。
「はぁ……」
私は腰の剣を抜く。
使うのは聖剣ではない、いつもの訓練用の剣。
刃こぼれだらけの、見た目だけなら完全にボロ剣だった。
「本当に、戦いたくないんだけどなぁ……」
次の瞬間。
一匹目の狼が、空中で真っ二つになった。
遅れて、雪へ血飛沫が散る。
「ギャウッ!?」
二匹目。
三匹目。
狼達は次々と襲い掛かってくる。
だが、私は歩く速度すら変えなかった。
剣を軽く振る。
それだけ。
まるで目の前にある木の枝を払うみたいに。
狼達が次々と倒れていく。
「うーん……」
私は剣を眺める。
「やっぱり、こっちの方がしっくり来るなぁ」
聖剣は強い。
間違いなく最強格の武器だ。
でも――軽すぎる。
力が逃げる感覚がある。
「なんかこう……聖剣って繊細なんだよね」
私は訓練用の剣を肩へ担ぐ。
「その点、この子は雑に振れるから好き」
ボロ剣だけど、もう身体の一部みたいに馴染んでいる
……いや、断じてイキってる訳じゃないからな!?
本当だからな!?
心の中で慌てて弁解する。
ミハエルさんとの地獄みたいな特訓。
あれで延々と訓練用の剣を使わされ続けた結果、完全に身体へ馴染んでしまった。
むしろ聖剣の扱いの方が難しいし、おかげで聖剣に頼ることが殆どなくなっただけなんです。
「……絶対、誰も信じてくれないけど」
私は遠い目になった。
雪へ倒れ伏す狼達を横目に、そのまま歩き続ける。
しばらく進むと。
吹雪の向こうに、大きな城壁が見え始めた。
白銀の街――スノーガーデン。
だが。
その街を見た瞬間。
「……?」
私は足を止めた。
空気が、おかしい。
冷たい。
いや――それだけじゃない。
肌へ纏わりつくような、嫌な感覚。
まるで街全体が、何か巨大な“異物”を抱えているみたいだった。
「……なんだろう、この感じ」
自然と眉が寄る。
勇者としての勘が、静かに警鐘を鳴らしていた。
「結婚式の護衛、だけじゃ済まない気がするなぁ……」
雪風が吹く。
その先で、スノーガーデンは静かに佇んでいた。
御剣、頑張ってクレメンス




