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第39.5話 私は勇者になってしまったようです…えっ?私がW主人公役!?作者さんそんなの聞いてないよ!?(上)

改稿済



いきなりだけど、僕の……いや、私の名前は御剣正義みつるぎ まさよし


父は日本人。

厳格で、妥協を許さない人だ。


母はロシア人。

父とは正反対で、いつも優しく微笑んでくれる。


そして私は、世界三大企業の一つ――御剣グループを率いる御剣家の跡取り"息子"として育てられた。

幼い頃から、父には何度も同じ言葉を言い聞かされてきた。


「正義、お前は常に上を目指さなければならない。」


父は真っ直ぐ私を見据え、静かだが有無を言わせぬ口調で続ける。


「御剣家に生まれた以上、誇り高く、恥のない生き方をしろ。それがお前の義務だ。」


「……はい、父さん。」


私はそう答えるしかなかった。


その返事に父は満足そうに頷く。


「勉学も、武道も、人の上に立つ者として必要な教養だ。誰よりも努力し、誰よりも優秀であれ。」


そう言って、幼いころの私の頭を大きな手で優しく撫でた。


「期待している。」


その"期待"という言葉は、幼い私には励ましではなく、重い鎖のように感じられた。

だから私は努力した。

勉強はもちろん、剣道や武道、水泳、音楽。


父が「必要だ」と言ったものは全て身につけた。

成績は常に上位。

大会に出れば結果を残し、先生や周囲からは「完璧」と言われる。

自分で言うのもなんだけど、容姿だって悪くないと思う。

きっと、周りから見れば私は何不自由ない人生を送っているように見えるのだろう。


……だけど。


そんな私にも、誰にも言えない悩みがいくつかある。


一つ目は――


もう少し"可愛らしい名前"にしてほしかったことだ。

クラスメイトの美空さんとか、七海さんとか、可愛い名前の子が本当に羨ましい。

せめて「いさみ」とか「悠希」とか、中性的な名前でも良かったじゃないか。


なのに――


正義まさよしって何!?

いや、確かに立派そうな名前だけど!

現代につける名前じゃないでしょう!?

昭和生まれ感強くない!?


……そして、二つ目。


私は――"女"だ。


何度でも言う。


私は女だ。


なのに父は、会社を継がせるためという理由だけで、私を男として育てた。

男物の服。

男物の制服。

男らしい立ち振る舞い。

挙げ句の果てには名前まで男らしい。


「……っく。」


鏡に映った自分の胸元へ視線を落とし、小さく呟く。


「しかも、胸までないって……理不尽すぎる。うぅ……」


これじゃ、ますます男と間違えられるじゃないか。


いや、待て。

偉い人も言っていた。

貧乳はステータスだ、と。


そうだ!気にしてないぞ、私!

全然気にしてない。

気にしてない……気にしてない……。


「はぁ……。」


私は深いため息をつき、頭を抱えた。


「父さんはアホなの? 馬鹿なの? 死ぬの? それとも娘を男として育てるのが趣味なの?」

「制服まで男子用に変えさせるって何!?」

「学校も学校で、普通に許可しないでよ!!」


ここまで徹底するくらいなら、いっそ最初から男として生まれたかったよ……。

そう思ってしまうくらいには、この生活は息苦しかった。


本当は、私は可愛い服も好きだし。

可愛い雑貨も好きだし。

普通の女の子みたいに笑って、恋をして、自由に生きたいだけなのに。


私は思わず、その場で地団駄を踏んだ。

誕生日に贈られるものは、いつも男物ばかり。

腕時計、ネクタイ、革靴、万年筆。

可愛いぬいぐるみやアクセサリーなんて、一度ももらったことがない。

それどころか、私がこっそり集めた女の子向けの服や小物を父に見つけられれば、問答無用で処分された。

酷い時には、目の前で燃やされたことさえある。


「私の物なのに……」


思い出しただけで、胸の奥が重くなる。

正直に言えば、会社なんて継ぎたくない。

御剣家の跡取りとして生きるより、もっと自由に、気楽に暮らしたい。

私は可愛いものが好きで、恋にも憧れる、どこにでもいる普通の女の子なのに。


……けれど、そんな私にも救いはあった。


それが、ライトノベルとアニメだった。

ライトノベルなら、父には「文学作品だ」と言って誤魔化せる。


自分の部屋にはテレビもあるし、さすがの父も深夜には眠っている。

だから私は、家中が静まり返った頃を見計らって、こっそり深夜アニメを見るようになった。

気がつけば、立派な隠れオタクである。

本当はもっと堂々と楽しみたい。

好きな作品について誰かと語りたいし、部屋にグッズだって飾ってみたい。

だけど、父にバレればどうなるか。


……考えるまでもない。


きっと、全て燃やされる。

だから私は、本もグッズも目立たない場所へ隠し、視聴履歴まで念入りに消していた。

私にとって、ライトノベルとアニメは、ただの娯楽ではない。

窮屈な現実から逃れられる、唯一の居場所。


そして――


私が自由になれる、たった一つの時間だった。

これ以上、自分の大切なものを失わないためにも、慎重に行動しなければならない。


そんなある日。

私はいつものように、深夜一時から放送されるアニメを見ていた。


静まり返った家。

リビングの時計が時を刻む音だけが、小さく響いている。


そんな中、ふと一つの言葉が頭に浮かんだ。


――非日常。


それは、今の私とは最も縁のない言葉だった。

決められた時間に起き、決められた勉強をして、決められた人生を歩く。


自由なんてない。

……まあ、こんな生活そのものが、ある意味では普通じゃないのかもしれないけど。


私は小さく苦笑する。

だからこそ、ライトノベルやアニメに惹かれたのかもしれない。


異世界転移。

異能バトル。

剣と魔法の世界。

仲間との熱い友情。

命を懸けた冒険。

そして――好きな人との恋愛。


現実では絶対に味わえない、胸が熱くなるような物語がそこにはあった。

もちろん、中には難しい作品もある。

伏線が何重にも張り巡らされていて、考察が止まらないような作品も好きだ。

だけど、私が特に好きなのは、単純で分かりやすい物語。


主人公が仲間を守って。

努力して強くなって。

最後は笑って終われる。

そんな王道の物語を見るたびに、胸が少しだけ温かくなるのだった。


私は、その物語を読むたび、いつも同じことを口にしてしまう。


「いいなぁ……」


自由という名の"非日常"が、とてつもなく羨ましい。

だって、何回も言うけど羨ましいじゃん!


異世界転生とか!

異能バトルとか!


「バァァン!! ズガガガッ!! ドッカーーーン!!」みたいな超能力とか!!


私だって、自分だけの異能能力が欲しいよ!

炎を出したり、雷を操ったり、時間を止めたり!

もし私に能力があったら、一体どんな力なんだろうって考えるだけでワクワクする。

それに、七人の従者を召喚して英霊戦争に巻き込まれるとか!

歴史上の英雄たちと肩を並べて戦うとか!


めちゃくちゃ格好良くない!?


よくない!?


逆に、自分が英雄として召喚されたら、どんな職業になるんだろうとか。


勇者?剣士?魔法使い?

それとも、まさかのラスボス?

そんなことを考えているだけで、時間なんてあっという間に過ぎてしまう。


「……はっ。」


ふと我に返る。

私は机へ突っ伏し、ぷくっと頬を膨らませながら唇を尖らせた。


「今の私、絶対に脳みそ溶けてた……。偏差値十以下だわぁ……。」


私は机に突っ伏したまま、小さくため息をつく。


「……でも、羨ましいものは羨ましいんだもん。」


フィクションだって分かっている。

現実には、そんな世界なんて存在しない。


それでも――


どこかに、本当にそんな世界があるんじゃないかって。

そう信じてみたくなるじゃないか。

私はそれ以上考えるのをやめ、明日の学校に備えて寝る支度を始めた。

明日は、楽しみにしていた好きな作家さんの新刊ライトノベルの発売日だ。

学校が終わったら、真っ先に本屋へ行かなきゃ。

そんなことを考えながら布団へ潜り込む。


「おやすみ……。」


ゆっくりと瞼を閉じると、意識は静かに眠りへ沈んでいった。


――その夜、夢を見た。


……だけど、内容は何一つ思い出せない。

ただ、一つだけ分かることがある。

決して、気持ちのいい夢ではなかった。


まるで――


大切な何かを失う夢。


苦しい。

辛い。

悲しい。


どうして、こんなことになったのか。

答えのない問いだけが頭の中を巡り、先の見えない深い闇が私を飲み込んでいく。


嫌だ、嫌だ、嫌だ――。


「はっ……!」


私は息を切らしながら飛び起きた。

気づけば、パジャマは嫌な汗でぐっしょりと濡れている。

胸の鼓動だけが、まだ夢の続きを見ているように激しく鳴り響いていた。


「……着替えるか。」


私は濡れたパジャマを脱ぎ、その場へ放り投げる。

肌には嫌な汗が張り付き、まだ胸の鼓動も少し速い。

洗面所で冷たい水を顔にかけると、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。


「……夢、か。」


そう呟いてみても、胸の奥に残る嫌な感覚だけは消えてくれない。

私は気持ちを切り替えるように息を吐き、いつもの男子制服へ袖を通した。

鏡に映る自分は、今日も"御剣家の跡取り息子"だった。


「……行ってきます。」


玄関へ向かうと、朝食の準備をしていた母が心配そうな顔で振り向く。


「まさちゃん、大丈夫? 顔色が少し悪いわよ。」

「うん……ちょっと嫌な夢を見ただけ。心配しないで。」


ママは少し考えるように私を見つめる。


「学校まで送ろうか?」


私は首を横に振った。


「ありがとう。でも、一人で行けるから大丈夫。」

「……そう。無理だけはしないでね。」

「うん、行ってきます。」


ママに見送られながら家を出る。

朝の冷たい空気を吸い込んでも、胸の奥に残る嫌な予感だけは消えなかった。



――――学校・教室


学校へ着き、自分の席で鞄の中身を整理していた時だった。


ところで、先ほど私は悩みがいくつかあると言ったけど、実はまだもう一つある。

それは――。


ガラッ。


教室のドアが開く音が聞こえ、私は反射的に振り向く。

少しだけ寝ぐせの残った髪。

眠たそうなのに、どこか優しい目。

いつもと変わらない、その姿。


「おはよう」


その一言だけで、胸が少しだけ温かくなる。

そこにいたのは、黒杉 楊一。


……そう。


彼こそが、私の"最後"の悩みの相手だ。

何が悩みなのかって?

そ、それは……。


しかし、私の考えを遮るように"いつも"の問題が起きた。


「――よぉ!! 黒杉くぅ〜ん!!」


教室中に響く大きな声。

私は思わず肩を震わせる。


板野正和。

黒杉くんへ何かと突っかかってくる、私の苦手な人だ。


「今日も辛気くせぇ顔してんなぁ〜?」

「寝不足かぁ? それとも人生そのものがつまんねぇのか?」


取り巻き達の笑い声が教室に広がる。

板野くんは黒杉くんの机へ腰掛けると、見下すような笑みを浮かべた。


「なぁ黒杉。お前ってさぁ、“いる意味薄い”よな?」


教室の空気が少しずつ重くなっていく。

笑っている人もいる。

困ったように目を逸らす人もいる。


でも、誰も止めようとはしない。


「……。」


黒杉くんも、何も言い返さなかった。

ただ黙って、その言葉を受け止めている。


(やめて……。)


私は思わず立ち上がりかける。


……でも、足を止めた。


私が止めれば、板野くんは大人しくなるかもしれない。

御剣の名前を出せば、それだけで終わる話だ。

でも、それは違う。

父は厳しい人だけど、一つだけ何度も言っていた。


『権力とは、人を従わせるための道具ではない。』


私情で御剣家の力を使えば、それはただの権力の乱用だ。

それに、私が迂闊に動けば、御剣家の名前まで巻き込んでしまう。


(だからって……。)


何もしない理由には、ならないのに。

私は拳を握り締めることしかできなかった。


板野くんはさらに黒杉くんの肩へ腕を回し、美空さんの名前まで持ち出してからかい始める。

教室の空気は、さっきよりもずっと重かった。


その時だった。


「教室入る前にトイレ寄ってたら、何やってんだよ。板野。」


低い声が響く。

振り向くと、そこには山崎くん――いや、一樹くんが立っていた。


黒杉くんを庇うように、板野くんの腕を掴む。


一瞬で教室の空気が張り詰めた。

二人は昔から犬猿の仲だ。


睨み合うだけで、今にも殴り合いが始まりそうなほど険悪な空気になる。

私は息を呑み、その様子を見守ることしかできなかった。


(……羨ましいな。)


誰かが傷つけば、本気で怒ってくれる人がいる。

迷わず助けに入ってくれる人がいる。

そんな関係が、少しだけ眩しく見えた。


やがて教室へ戻ってきた美空さんが二人を止め、板野くんは不機嫌そうに自分の席へ戻っていった。

美空さんと一樹くんは、黒杉くんの身体を心配している。


私はまた、その輪の外から見つめることしかできなかった。


(……今回も助けられなかった。)


胸の奥が少しだけ痛む。


そんな時だった。


「御剣、おはよう。」


不意に後ろから声を掛けられる。


「あぁっ、お、おはよう!?」


思わず変な声が出てしまった。

しまった。

またやってしまった……。

振り返ると、そこには黒杉くんが立っていた。

さっきまで板野くんに絡まれていたとは思えないくらい、いつも通りの穏やかな表情をしている。


「変な空気にしちゃったな。ごめん。」

「え……?」


私は慌てて首を横に振った。


「あ、いや……その……。」


言葉が出てこない。

何を言えばいいんだろう。

頭の中が真っ白になる。


「……ぶ、無事で良かった。」


ようやく絞り出せたのは、その一言だけだった。


「……?」


黒杉くんは少し驚いたような顔をしたあと、優しく笑う。


「あぁ、気にしてくれてたんだ。ありがとな。」

「~~~っ!!」


だ、駄目だ。

やっぱりこの人と話すと、調子が狂う。

いつも向こうから挨拶してくれるのに、私は未だにまともに返すことすらできない。


……情けない。


(やっばぁぁぁ……。絶対に変だと思われた!!絶対に思われたよね!?)


恥ずかしさのあまり、私は机へ突っ伏した。


「あぁぁぁぁ……。」


声にならない声を漏らしながら、小さく足をじたばたさせる。

もう嫌だ。

なんで私は、あの人を前にすると毎回こうなるんだろう。

まともに挨拶くらい返せるようになりたいのに。

それなのに――。


「おはよう。」


その一言を掛けてもらえただけで、嬉しくなってしまう。

たったそれだけで、一日中幸せな気分になってしまう。

毎日、この小さな幸せが続けばいい。

そう願ってしまう自分がいる。


……そう。


これが、私の最後の悩み。


私は――


黒杉楊一に、恋をしている。

どうして好きになったのかって?

詳しく話すと長くなるから、そこは省略するけど。


あれは、私が小学二年生の頃だった。


父に内緒で、こっそり女の子の服を着て遊びに出かけた日のこと。

浮かれていた私は、そのまま誘拐されてしまった。

今思えば、本当に危なかったと思う。


そして――


そんな私を助けに来てくれたのが、黒杉くんだった。

もちろん、彼は私が御剣正義だなんて気づいていない。

でも、私は今でもあの日のことをはっきり覚えている。


必死になって私を守ってくれたこと。

怖がる私に「もう大丈夫」って声を掛けてくれたこと。

あの時の黒杉くんは、本当に格好良かった。


「あぁ……。」


本当に、王子様っているんだな。

幼い私は、心の底からそう思った。


……いや、待って。


冷静に考えたら、小学二年生の身体能力じゃなかったような……。

誘拐犯を相手にあんな動きする普通の小学生なんている?


……まぁ、そこはそれとして。

格好良かったのは間違いない。


(もう九年間も、追いかけてるのになぁ……。結局、一度もまともに話しかけられてないや。これじゃあ、ただのストーカーじゃないか……。)


「はぁ……。」


私は小さくため息をつく。

そして、制服のポケットへそっと手を入れた。

指先が触れたのは、小さな髪飾り。

私は誰にも見られないように取り出し、そっと手のひらへ乗せる。

今でも、大切なお守りのように持ち歩いている。


(……あの時、黒杉くんがくれたんだよね。「目印になるように」って。)


あの日の私は、泣いてばかりだった。

そんな私を安心させるように、この髪飾りを手渡してくれた。

だから、これは私にとって世界で一番大切な宝物。

それから私は、ずっと彼を追いかけてきた。


中学校でも、高校でも。

何度も「今日は話しかけよう」と決意した。

でも、そのたびに緊張してしまって、結局何も言えないまま終わる。


……情けない。


今さら話しかけたところで、黒杉くんはきっと覚えていない。

あの日助けた女の子が、目の前にいるなんて思うはずもない。


「……悲しいな。」


髪飾りをそっと握り締め、小さく微笑んだ。


私は机へ突っ伏したまま、小さく息を吐く。

もうすぐホームルームが始まる時間だ。

ふと、教室の時計へ目を向ける。


九時十三分。


その瞬間だった。


チッ……チッ……チッ……


秒針の音が、妙にはっきりと耳へ届く。


「……ん?」


私は思わず顔を上げた。


(何だろう……。こんなに時計の音、大きかったっけ?)


教室はいつも通り騒がしい。

誰かが笑っていて。

誰かが話していて。

本当なら時計の音なんて聞こえるはずがない。


それなのに――。


チッ…チッ……チッ………


秒針が進むたびに、その音だけが少しずつ大きくなっていく。

胸の奥がざわついた。

理由なんて分からない。

でも、どうしようもなく嫌な予感がする。

私は時計から目を離せなくなっていた。


九時十四分。


あと、一分。

その一分が、とてつもなく長く感じる。


「黒杉!!」


先生の声が聞こえた。

返事をしない黒杉くんが気になって視線を向けようとする。


……でも、できない。


時計から目が離れない。

頭の中が混乱する。

落ち着こう。

深呼吸しよう。

そう思えば思うほど、心臓だけが早鐘のように鳴り響いていた。


「おい、黒杉!!」


――九時十五分。


その瞬間だった。


ゴゴゴゴゴッ!!


教室全体が大きく揺れる。


「きゃあああっ!?」

「な、何だ!?」


悲鳴が一斉に響き渡る。

机の下へ潜る人。

立ち尽くす人。

混乱で動けなくなる人。

誰もが突然の出来事に戸惑っていた。

すると、教室の床いっぱいに、真っ赤な魔法陣がゆっくりと浮かび上がる。


「え……?」


見たこともない光景だった。

私は反射的に黒杉くんの方を振り向く。


「黒杉く――」


声を掛けようとして、止まる。

……もう遅かった。

黒杉くんの視線は、真っ直ぐ二人へ向けられていた。


「「楊一!!」」


晴渡さん。

そして、山崎くん。

二人もまた、必死に黒杉くんへ手を伸ばしている。

黒杉くんも迷うことなく、その手を伸ばした。

その姿を見た瞬間。

胸の奥が、少しだけ痛んだ。


(……羨ましいな。)


あんな風に、真っ先に名前を呼び合える人がいて。

迷わず手を伸ばせる相手がいて。

手を伸ばしてもらえる人がいる。


私は――。

ただ、その光景を見つめていることしかできなかった。


私には、あんな親しい仲間はいなかった。

どれだけ成績が良くても。

どれだけ結果を残しても。


御剣家の娘――いや、"息子"として見られる私は、どこか遠い存在だった。

近づいてくる人はいても、それは私自身ではなく、御剣家という名前に惹かれている人ばかり。

だから私は、本当の意味で友達と呼べる相手を作れなかった。

ただ、あの三人を遠くから眺めることしかできない。


笑い合って。支え合って。

当たり前のように手を差し伸べ合える関係。


……酷く羨ましかった。


その瞬間――


私の意識は、途切れた。




「……ん。」


ゆっくりと瞼を開く。

最初に目へ飛び込んできたのは、見覚えのない高い天井だった。


「ここ……どこ?」


慌てて身体を起こし、周囲を見渡す。

そこには鎧を身にまとった騎士達。

そして、その中央には堂々と立つ渋い雰囲気のおじ様がいた。

まるで映画やゲームのワンシーンみたいな光景。


「……え?」


状況が理解できない。

辺りを見回すと、黒杉くんはもう目を覚ましていた。

他のクラスメイト達も次々と起き上がり、周囲を見渡して混乱している。

そんな私達を見渡しながら、おじ様はゆっくりと一歩前へ出た。

そして、両手を広げる。


「ようこそ、勇者殿!」


その声は広い空間によく響いた。

「我らは、貴方達が来る日を待っていた!」


「…………は?」


勇者?何のこと?


頭の中が真っ白になる。

ついさっきまで学校にいたはずなのに。

目の前に広がるのは、どう見ても日本ではない景色。


私はただ、そのあまりにも現実離れした"非日常"を前に、立ち尽くすことしかできなかった。







がんばれ、みっちゃん!!お前も主人公だ!

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