第26話 血の契約と大聖女は肉弾戦がお得意ですの話
26/06/22
三姉妹に地面へクレーターを刻まれ、丸太を投げつけられ、何度も吹き飛ばされた末。
俺は何とか【黒姫ノ影】を使い、危機的状況から脱出することに成功した。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸を抑えながら、深い茂みの中へ身を潜める。
心臓は未だに激しく脈打ち、全身から嫌な汗が流れていた。
とりあえず撒いた。
そう思いたかった。
だが、どうにも引っ掛かる。
開始から僅か三十分。
それだけで三姉妹全員に発見されたのだ。
しかも一度や二度ではない。
【黒姫ノ影】で距離を取っても、隠れても、気付けばすぐ背後にいる。
魔力感知が使えるならまだ分かる。
しかし、雷嘉の口ぶりからすると、あいつらは魔力感知なしでも俺を見つけているらしい。
「どうやって見つけてるんだよ……」
思わず小さく呟く。
こんな鬱蒼とした森だ。
視界は悪いし、気配だって消している。
普通なら見つかるはずがない。
それなのに、まるで俺の居場所を知っているかのように追い掛けてくる。
あの三姉妹、本当に人間か?
そんな疑問が頭を過った――その時だった。
「おーい、どこだー?」
森の奥から、聞き覚えのある声が響く。
俺の背筋がぴくりと震えた。
紅嘉だ。
クレナを【極限投擲】で発動し、遥か彼方へ吹き飛ばしたというのに、声の位置からしてかなり近い。
どうなっているんだ。
ここは木々が鬱蒼と生い茂る森の中だ。
視界も悪く、そう簡単に人を見つけられる環境ではない。
それなのに――。
「おーい、どこだー?」
紅嘉は呑気な声を上げながら森の中を歩いていた。
ただし、その探索方法は全く呑気ではない。
ブンッ――ザンッ!!
振るわれたナイフが草木をまとめて切り裂く。
ブンッ!! ザシュッ!!
また一振り。
木の枝が宙を舞い、茂みが吹き飛ぶ。
まるで森そのものを伐採しながら進んでいるようだった。
徐々に近付いてくる足音。
その度に隠れ場所が削られていく。
いやだから、剣を使えよ!
剣聖なんだろ!?
なんでナイフの方が馴染んでいるんだよ!!
そんな心の叫びも虚しく、紅嘉は一直線にこちらへ近付いてくる。
そして――。
「ん?」
紅嘉が足を止めた。
嫌な予感がした。
「そこか?」
ヒュンッ!!
反射的に身体が強張る。
次の瞬間、銀色の閃光が茂みを突き抜けた。
「っ!?」
ナイフが頬を掠める。
ひりり、と焼けるような痛み。
遅れて赤い血が頬を伝い落ちた。
叫びそうになる。
だが、俺は慌てて自分の口を押さえた。
今ここで声を出したら終わりだ。
心臓が壊れそうなほど暴れている。
頼む……気付くな……気付くなよ。
「……気のせいか」
紅嘉はしばらく周囲を見回した後、興味を失ったように肩を竦めた。
そして何処からともなく新しいナイフを取り出すと、再び草木を切り裂きながら森の奥へ進んでいく。
ザシュッ――。
ザンッ――。
木々を薙ぎ倒す音が徐々に遠ざかっていく。
「…………」
俺は息を殺したまま動かない。
心臓だけが異様なほど騒がしかった。
頼むから、そのまま行ってくれ。
振り返るな。二度とこっちを見んな。
そんな願いが通じたのか、紅嘉の気配は次第に遠ざかっていった。
やがて完全に姿が見えなくなる。
「はぁぁぁぁぁ……」
そこでようやく張り詰めていた息を吐き出した。
生きた心地がしない……なんで俺だけホラーゲームしてるんだよ。
頬を掠めたナイフを思い出し、思わず傷口へ触れる。
ひりりとした痛みが走った。
すると――。
「ご主人様、大丈夫?」
俺の影の中からクレナが姿を現した。
短刀状態を解除したクレナは、心配そうな表情でこちらを見上げている。
「ああ……何とか生きてる」
「何とかじゃ駄目!」
クレナは少し頬を膨らませながら懐からハンカチを取り出した。
クレナは懐からハンカチを取り出すと、そっと俺の頬へ手を伸ばした。
「じっとしてて」
柔らかな声と共に、白く細い指が傷口へ触れる。
ハンカチが血を拭い取り、頬を伝っていた赤い雫が少しずつ消えていった。
「悪いな」
「ううん」
クレナは小さく首を振る。
その時だった。ふと違和感を覚える。
ハンカチで拭い取った筈の血が、クレナの指先へ付着していた。
白磁のように綺麗な肌に浮かぶ鮮やかな赤。
妙に目を引く光景だった。
だが――。
「ん?」
次の瞬間、その血がゆっくりとクレナの肌へ吸い込まれていく。
まるで乾いた砂が水を吸うように。
跡形もなく消える。
赤かった筈の血は完全に消え去っていた。
「今の……」
思わず呟く。
クレナ本人も気付いていないのか、不思議そうに首を傾げていた。
妖刀だからなのか。
それとも別の理由があるのか。
ただ、どこか不思議で――少しだけ神秘的な光景だった。
そんなことを考えていると。
突然、腰に下げていた軌光石が淡い光を放ち始める。
「ん?」
光は徐々に強さを増していく。
見慣れた現象だった。
スキルを習得した時に起きる反応だ。
「まさか……」
軌光石へ視線を落とす。
そこには見覚えのない文字が浮かび上がっていた。
どうやら、新しいスキルを覚えたらしい。
『黒姫ノ契』
───黒姫ノ紅と契約した事によって、以下の効果が付与される。
・黒姫ノ紅が自立した戦闘が可能になる。
・黒姫ノ紅との視覚共有が可能になる。
・黒姫ノ紅が強化されると、自身の身体能力が向上する。
「……契?」
思わず呟く。
『契約』その文字を見た瞬間だった。
ブワッ――。
俺とクレナの身体から蒼い光が溢れ出した。
光は粒子となって宙を漂い、淡く輝きながら俺たちを包み込む。
まるで夜空に散る星屑のようだった。
「わぁ……」
クレナが目を輝かせる。
気付けば俺の身体も蒼いオーラに覆われていた。
クレナの身体から溢れる光と共鳴するように揺らめいている。
不思議と嫌な感じはしない。
むしろ身体が軽くなったような感覚すらあった。
「これが身体能力向上の効果か……?」
拳を握ってみる。
だが、劇的な変化がある訳ではない。
力が増したような気もするし、気のせいのような気もする。
正直よく分からなかった。
それでも、クレナと俺を繋ぐ蒼い光だけは確かに存在している。
契約が成立した。
そんな実感だけが、不思議と胸の中に残っていた。
「綺麗……」
クレナが小さく呟く。
俺も同意するように頷いた。
戦闘中だというのに、一瞬だけ周囲の危険を忘れてしまうほど、その蒼い光は幻想的だった。
次に気になったのは【視覚共有】だった。
クレナと視界を共有できるらしいが、一体どういう原理なのだろうか。
そもそも視界を共有するとは何だ。
他人の目を借りるということか?
正直、想像がつかない。
「どうやって使うんだ?」
俺が尋ねると、クレナは少し考えるように首を傾げた。
「うーん……」
そして目を閉じる。
その瞬間だった。
ふわり、と目の奥に奇妙な違和感が走る。
「ん?」
視界が僅かに揺れた。
焦点がぶれるような、不思議な感覚。
まるで自分以外の誰かの視線が流れ込んできたような――。
「あっ!」
クレナが声を上げる。
「私の顔が見えます!」
「は?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
クレナは嬉しそうに自分の頬を触る。
「見えます見えます!ちゃんと見えてます!」
「どういうことだ?」
「えっと……私にもよく分からないけど……」
クレナは首を傾げながら答える。
「何となく目に魔力を集めたら出来ました!」
クレナが言うには、目に魔力を集中させると発動できるらしい。
「そんな簡単な感じでいいのか?」
「たぶん!」
「たぶんかよ……」
若干の不安を覚えながらも試してみる。
ゆっくりと目へ魔力を流し込む。
「おっ?」
視界の端に別の景色が映り込んだ。
最初はぼやけていたが、徐々に輪郭がはっきりしていく。
そこに映っていたのは――。
俺自身だった。
「おお……」
思わず声が漏れる。
自分を第三者視点で見るという不思議な感覚。
まるで誰かに観察されているようだった。
「見えた?」
「見えた」
クレナはどこか誇らしげに胸を張った。
試しに片目だけで共有状態にしてみる。
結果は――。
「うわっ」
気持ち悪い。
右目には自分の視界。
左目にはクレナの視界。
脳が処理しきれず、軽く目眩がした。
出来なくはない。
だが慣れが必要そうだった。
そんな中、クレナ越しに見えた俺の姿に違和感を覚える。
「ん?」
よく見ると、俺の瞳が淡い蒼色に輝いていた。
どうやら共有状態になると目の色が変化するらしい。
逆にクレナを見ると、こちらは紅い瞳が妖しく輝いていた。
「なるほどな」
見た目で判別できるってことか。
強化効果についても気になるが、今は後回しだ。
どうせ三ヶ月ある。
その辺は追々調べればいいだろう。
そんなことを考えていた――その時だった。
「ふぇええええぇぇぇぇぇ、どこに行ったんですかぁぁぁ」
森の奥から聞こえてきた気の弱そうな声。
俺とクレナの動きが同時に止まる。
「……」
「……」
互いに顔を見合わせる。
声だけ聞けば迷子の少女である。
だが、俺は知っていた。
あれは違う。
決して近付いてはいけない存在だ。
なぜなら、あの少女は拳一発で地形を書き換えるからである。
「戦わないの?」
クレナが不思議そうに首を傾げる。
馬鹿を言うな。
普通のパンチでクレーターを作る奴と正面から戦うなんて、自殺行為以外の何物でもない。
命がいくつあっても足りないわ。
あれは大聖女じゃない。
歩く災害だ……。
そんなことを考えていた、その時だった。
ゾクリ――。
背筋を冷たい何かが這い上がる。
全身の産毛が一斉に逆立った。
「……?」
嫌な予感がした。
理由は分からない。
だが、本能が警鐘を鳴らしている。
振り返れ、と。
ゆっくりと後ろを向く。
そして――。
「みーつけた」
「うぉあああっ!?」
思わず悲鳴が漏れた。
茂みの隙間から、ひょこりと雷嘉が顔を覗かせていたのだ。
あまりにも突然だった。
まるで最初からそこにいたかのように自然だった。
心臓が跳ね上がる。
驚きのあまり尻もちをつき、そのまま後ずさる。
「な、ななななっ!?」
なんでいるんだ!?
いや、それ以前に――
「近すぎるだろ!!」
さっきまで気配なんて一切なかったぞ!?
あの重量級の鎧を着込んでいる癖に、どうして音もなく接近できるんだ!
忍者か!?いや、忍者でももう少し音を立てるだろ!?
雷嘉は容赦なく剣を振り下ろした。
完全な不意打ち。
今から避けるのは流石に無理だ。
――終わった。
そう思った瞬間。
───キィィィィィンッ!!!
甲高い金属音が森へ響き渡る。
「……え?」
目の前には銀色の火花。
雷嘉の剣は俺に届いていなかった。
何故なら――。
「ご主人様に手を出さないで!!」
クレナが腕を刀身へと変形させ、その一撃を真正面から受け止めていたからだ。
「ぬっ!?」
雷嘉が目を見開く。
そして次の瞬間。
「貴方はクロスギさんと一緒に下着姿で寝ていた痴女!!」
「誰が痴女よ!!」
クレナが即座に怒鳴り返す。
「ヨウイチは私のご主人様なの! 一緒に寝るのは当たり前でしょ!!」
「やめろォォォォォォォォ!!!」
俺の絶叫が森に響いた。
違う!!色々違う!!
言っていることは事実なのだが、言い方が最悪だった。
誤解しか生まない。
それどころか余計な誤解を量産している。
というか――。
「なんでその話を知ってるんだ!?」
俺は雷嘉を指差した。
「まさか疾嘉さんか!?」
あの人だ……絶対あの人だ。
他に犯人が思い付かない。
くっそぉぉぉぉ……!三ヶ月後覚えてろよ……!
絶対に何かしら仕返ししてやるからな……!
俺が心の中で復讐を誓っていると、クレナが胸を張る。
「夜のお世話だってしてるし!」
「お前は黙れぇぇ!!」
「事実じゃない!」
「言い方ってもんがあるだろうが!!」
その瞬間。
雷嘉が一歩引いた。
そして、まるで危険人物を見るような目で俺を見た。
「……最低ですね」
「違うからな!?」
即座に否定する。
だが遅かった。
完全に誤解されている。
というか、この反応を見る限り百パーセント変態扱いされている。
俺は頭を抱えた。
もう嫌だ……この修業が終わったら最優先で誤解を解こう。
本気でそう決意した。
「嘘つき! 私をあんな所や、こんな所を見ようとしてた癖に!」
「バカ野郎! 誤解を招くような発言をするな! あれは解析と分析しただけだろ!!」
俺は全力で否定した。
事実だ……見たのは事実だが、それはスキルの能力による解析のためであって、やましい理由など一切ない。
断じてない、決してない……ないったらない。
「……」
雷嘉は無言だった。
ただ、その目だけが語っている。
『この人、本当に最低ですね』と。
「なんで引いてるんだよ!?」
思わず叫ぶ。
俺、何か間違ったこと言ったか?
解析だぞ?分析だぞ?
むしろ真面目な理由しかないだろ。
だが、雷嘉の視線はますます冷たくなっていく。
まるで汚れた何かを見るような目だった。
やめてくれ、心が傷付く。
そんな俺をよそに、雷嘉は軽くため息を吐いた。
「まぁ、クロスギさんが変態という事はどうでもいいので」
「良くねぇよ!!」
即座にツッコむ。
どうでもよくない、むしろ今の話の一番重要な部分だろうが。
俺の名誉が盛大に損なわれているんだぞ。
しかし雷嘉は本当にどうでもよさそうだった。
「どちらにせよ捕まえますし」
「そういう問題じゃねぇ!!」
「違うんですか?」
「違うわ!!」
何故か俺の方がおかしいみたいな空気になっていた。
理不尽である。
あまりにも理不尽である。
俺は頭を抱えた。
この修業が終わったら絶対に誤解を解こう。
そうしなければ、十三課の中で俺の評価が『変態』で固定されかねない。
いや、もう手遅れな気もするが。
考えれば考えるほど胃が痛くなる黒杉だった。
「しかし、貴方も戦えたのですね。正直、予想外でした」
雷嘉は感心したように目を細める。
「はい! ご主人様の新しいスキルです!」
クレナはどこか誇らしげに胸を張った。
その間にも剣撃は止まらない。
キィン! キィンッ!!
金属音が森の中へ響き渡る。
雷嘉の鋭い斬撃を、クレナは的確に受け流し、時には正面から弾き返していた。
俺は思わず目を見開く。
「普通に戦えてる……」
いや、戦えてるどころじゃない。
互角だ……あの雷嘉と互角に打ち合っている。
正直、ここまで戦えるとは思っていなかった。
というか――。
「俺、いらなくね?」
思わず本音が漏れた。
さっきから俺、逃げてるだけである。
クレナの方がよっぽど活躍していた。
そんな悲しい現実を噛み締めていると――。
「ふぇええええええええ!! みつけましたぁぁぁぁぁ!!」
背後から聞き覚えのある悲鳴のような声が響いた。
「げっ」
反射的に振り返る。
そこには両拳を振り上げながら、こちらへ向かって飛び込んでくる水嘉の姿があった。
いや、なんで飛んでるんだ?
大聖女って空から降ってくる職業だったか?
嫌な予感しかしない。
俺は即座に横へ飛び退いた。
次の瞬間――
ズドォォォォォォォォォンッ!!!
轟音と共に大地が揺れる。
衝撃波が吹き荒れ、周囲の木々が大きくしなる。
砂煙が舞い上がり、地面が陥没する。
やがて視界が晴れると――。
そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。
「やっぱりな!!」
思わず叫ぶ。
避けて正解だった。
もし直撃していたら間違いなく人間の形を保てていない。
俺はクレーターと水嘉を交互に見比べる。
そして心の底から思った。
「こいつ、大聖女より武術家になった方が良くないか?」
回復役とは一体何なのか。
最近、俺の中の大聖女という概念が音を立てて崩壊していた。
むしろ今の光景だけ見れば、拳聖とか格闘王とか、そういう職業の方が百倍納得できる。
大聖女要素がどこにも見当たらない。
本当にこの人、回復魔法使えるんだよな?
俺は少しだけ不安になった。
「ふえぇ、もう逃げられませんよぉ……【魔神拳】ッ!!」
「ちょっと待て!! 大聖女が魔神って単語を使うのはどうなんだよ!?」
聖女だろ!?
せめて【聖神拳】とか【慈愛拳】とか、もっとこう……それっぽい名前があるだろうが!!
俺のツッコミなど意にも介さず、水嘉は両手にはめた鮮血のグローブを握り締める。
ぎゅっ、と拳を固めた瞬間。
周囲の空気が震えた。
紫色の魔力が拳へ収束していく。
嫌な予感しかしない。
というか今まで嫌な予感が当たらなかったことがない。
「ふぇぇぇ……」
数十メートル先。
水嘉は小さく息を吐いた。
そして、拳を突き出す。
ドォォォォォォンッ!!!
空気が爆ぜ、濃紫色の極太の魔力が地面を抉りながら一直線に襲い掛かってくる。
もはや拳ではない。
どう見ても極太レーザーだった。
「拳って何だっけぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「ただの拳圧ですぅ……ふええぇええ」
「こんな、拳圧あってたまるかあぁぁ!!!!」
俺は叫びながら横へ飛び込む。
クレナは雷嘉との戦闘中。
黒姫ノ影は使えない。
つまり避けるしかない、ギリギリのところで身を投げ出した直後――。
ゴォォォォォォォォンッ!!!
紫の奔流が俺の横を通過する。
熱風が肌を焼く。
衝撃だけで身体が吹き飛びそうになる。
そして、そのまま森の奥へと突き進み――。
ドガガガガガガガガガッ!!!
木々を薙ぎ倒しながら消えていった。
「はぁ……はぁ……」
何とか回避成功。
だが安心する暇はない。
恐る恐る着弾地点を見る。
抉り取られた大地も粉々になった木々。
そして一直線に刻まれた巨大な破壊痕。
まるで巨大な魔獣が通った後のような惨状だった。
「お前、本当に大聖女か……?」
思わず呟く。
回復魔法使いとは何だったのか。
俺の知っている大聖女は怪我を治したり、祝福を掛けたりする職業だったはずだ。
決して拳圧で森林伐採する職業ではない。
むしろ今の攻撃だけ見れば、
【大聖女】より【拳聖】いや、【破壊神】とかの方がしっくりくる。
そんなことを考えていると――。
「水嘉を普通の大聖女と一緒にしてはいけませんよ」
不意に雷嘉の声が聞こえた。
剣を振るいながら、どこか呆れたように肩を竦める。
「水嘉は大聖女だけど、回復とかあまりできないのよ。できないわけじゃないけど」
「ここの大聖女という概念が分からなくなるんだが……いったい何なんだ……」
「でも、水嘉の強いところは身体強化と自己回復力よ。『大聖女だから動きは鈍いだろう』なんて思ったら――死ぬわ」
雷嘉がさらりと言い放つ。
全然さらりと言う内容じゃなかった。
大聖女ってもっとこう、後方で祈ったり回復したりする職業じゃないのか?
なんで『近付いたら死ぬ』みたいな説明になっているんだ。
俺が頭を抱えていると、水嘉が再び腰を落とした。
その細い腕を引き絞り、静かに拳を握る。
しかし、その姿勢とは裏腹に周囲の空気が重く沈んでいく。
拳の周囲へ濃紫色の魔力が集まり始め、地面の小石がガタガタと震えた。
嫌な予感しかしない。
「ふえええ……【流星殺法・五月雨血拳】」
「ちょっと待て! 本当に大聖女なのか!? その物騒なネーミングセンスは何なんだよ!?」
次の瞬間。
ドドドドドドドドドドッ!!!
水嘉が空中へ大きく跳躍した。
そして――。
「ふええええええ!!」
大地に向けて拳を連続で突き出す。
そのたびに紫色の拳圧が放たれ、豪雨のように降り注いだ。
先ほどの【魔神拳】ほどの威力はない。
だが、その代わり数が異常だった。
まるで大地に降り注ぐ流星群。
「うおおおおおおおっ!?」
俺は木々の間を縫うように駆け抜ける。
紫の拳圧が次々と地面へ突き刺さり、
「ふえええ……オラオラオラオラオラオラオラァッ!! ふえええええ!!」
「ちょっと待てぇぇぇ!! 幼女になるか某不良になるかどっちかにしませんかね!? 人格が迷子になってるぞ!? うおっ!?」
ドドドドドドドドッ!!
。
一本避けたと思えば、その隣を別の拳圧が通り過ぎる。
もはや隕石群の中を走っている気分だ。
「何を言ってるか分からないですぅ……ふえええ……」
本人は本気で困惑しているらしい。
だが、その両腕だけは全く困惑していなかった。
ドゴォッ!!
ズガァン!!
バゴォォン!!
爆発音が連続して響き渡った。
木々が吹き飛び、大地が抉れ、土砂が舞い上がる。
どう見ても戦場である。
「ふえええ……当たってくださぁい……」
「バッキャロー!こんなの喰らいたいバカがいるもんか!?」
涙目で言いながらとんでもない技を撃ってくるな!
拳圧が通り過ぎた地面を見る。
そこには三十センチほどの穴が無数に空いていた。
しかもよく見ると、その全てが綺麗な拳の形をしている。
「やっば……」
背筋が寒くなった。
「あれ絶対、喰らったら身体に穴が開くやつだろ……」
冗談抜きで風穴が開く。
回復魔法がどうこう以前の問題だ。
そんなことを考えている間にも、
ドドドドドドドッ!!
紫の流星は容赦なく降り注ぐ。
空を見上げれば、そこには拳を乱打する水嘉の姿。
あまりの速度に腕が残像を生み出し、まるで八本腕の怪物に見えた。
「阿修羅かお前はぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴混じりに叫びながら森を駆け抜ける。
やはり、この世界は俺の知る常識と何かが違う。
肉弾戦主体の大聖女。
剣よりナイフの方が活躍している剣聖。
ビームを叩き斬る騎士王。
そして、それを当たり前のように受け入れているフヴェズルング十三課。
――改めて思う。
この組織、頭がおかしい。
ふえぇぇぇ……




