第23話 激突!VSシルク!(下)の話
黒杉の切り札、その三。
――【黒姫ノ炎】
――【黒姫ノ罪】
【黒姫ノ罪】。
短剣状態の黒姫ノ紅が変形し、長大な剣へと姿を変える。
刀身は黒く透き通り、蜃気楼のように揺らめいていた。
見えているはずなのに輪郭が曖昧で、どこまでが刃なのか判別できない。
そして――。
【黒姫ノ炎】。
その刃で傷つけた箇所へ炎を刻み込む能力。
炎は傷口から噴き出し、やがて爆ぜる。
さらに傷には回復阻害の呪いが残り続ける。
俺はゆっくりと剣を構えた。
ジリ――。
一歩、また一歩。
距離を詰め、周囲の喧騒が遠ざかる。
視界に映るのは、目の前のシルクさんだけだった。
そして刃を向ける。
「シルクさん――俺はこれで決めます」
するとシルクさんの猫耳がぴこんっと立った。
「よーくん! いいですねぇ!」
心底楽しそうに笑う。
「盛り上がってきました! なら僕も期待に応えるしかないですね!」
そう言って、いつもの赤い異次元マフラーへ手を突っ込んだ。
ズルリ。
巨大な何かが引き抜かれる。
現れたのは、一振りの大剣。
だが普通の剣じゃない。
刀身の内部を赫い光が脈打ち、
無数の鋸刃が唸りを上げて回転している。
――チェインソー型大剣。
ヴォォォォォォン……!!
重低音が訓練場に響いた。
回転する刃が火花を散らし、周囲の空気を震わせる。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
初めて出会った時の、あの大剣
どう見ても訓練用の武器じゃない。
完全に殺戮兵器だ。
しかしシルクさんは嬉しそうだった。
チェインソー大剣を肩へ担ぎ、
猫耳をぴこぴこ揺らしながら笑う。
「さあ! よーくん!」
赫く輝く刀身を向ける。
その瞬間、今までの軽い雰囲気が僅かに消えた。
超人ヒーローとしての圧力が滲み出る。
「クライマックスなんですから――」
シルクさんは満面の笑みで言った。
「がっかりさせないでくださいよ!!」
ヴォォォォォォン――!!
チェインソー大剣が唸りを上げる。
俺は黒姫ノ罪を握り直した。
――ここからが本番だ。
俺はシルクさんの得意分野――近接戦闘へ持ち込む。
正直、不利なのは分かっている。
【融魔制御】の修業によって、自分の身体の中を流れる魔力がはっきりと感じられるようになった。
どこへ流し、どう動かせばいいのか。
以前とは比べ物にならないほど理解できる。
だが、それでもシルクさんとの実力差が埋まったわけじゃない。
だからこそ――真正面からぶつかる。
俺は足へ魔力を集中させた。
筋肉へ流れ込む魔力。
地面を踏み締める感覚が鋭くなる。
「――【加速】!!」
瞬間、地面が爆ぜた。
ドンッ!!
姿勢を低く落とし、一気に踏み込むみ、風が頬を叩く
一直線。
ただひたすらシルクさんへ向かって駆ける。
「うひゃああっ!? さっきより速い!?」
シルクさんの猫耳がぴこんと跳ねた。
その反応に構わず、俺は黒姫ノ紅を突き出す。
「――スラッシュッ!!」
同時に【金剛】発動。
さらに【アタック・アップ】。
全身の力を刃へ乗せる。
渾身の一撃、
空気を裂きながら黒姫ノ紅が突き進む。
だが――。
「甘いですよ!」
ヴォォォォォン!!
シルクさんのチェインソー大剣が唸りを上げた。
たった一振り。
ギィィィンッ!!
激しい火花が散る。
俺の突きは真正面から受け止められ、そのまま斜めへ流された。
「っ――!」
力が逃がされる。
踏み込みの勢いそのままに身体が前へ傾く。
低く構えていた姿勢はさらに崩れ、膝が地面につきそうになる。
なんとか踏み止まる。
だが分かる。
今の一撃は決して軽くなかった。
それでもシルクさんは受け切った。
いや――受けた上で余裕を持って受け流した。
圧倒的な技量5お経験。
俺が積み上げたものなど、まだ届かない。
その差はまるで天と地だった。
「っく……!」
「よーくん! 踏ん張りが足りないです!!」
踏ん張りって何だよ!!
思わず心の中で叫ぶ。
だが、シルクさんはそんな俺の内心などお構いなしだった。
余裕たっぷりにチェインソー大剣を肩へ担ぐ。
ヴォォォォォォン――。
不気味な駆動音が鳴り響く。
その音を聞きながら、俺は一度大きく後方へ飛び退いた。
「逃がしませんよー!」
シルクさんが地面を蹴る。、
俺は【収納】へ手を伸ばした。
次々と現れるナイフ。
それを躊躇なく放つ。
「――【極限投擲】!!」
ドンッ!!
投げ放たれた刃が赤い閃光となって空を裂く。
常人なら目で追うことすら出来ない速度。
だが――。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
ヴォォォォォォン!!!
シルクさんのチェインソー大剣が唸りを上げた。
火花が散る。
一投目を叩き折り、二投目を弾き、三投目を粉砕する。
まるで暴風だ。
高速で飛来するナイフが次々と砕け散っていく。
「ちょっと多くないですかぁ!?」
そう叫びながらも全て対応していた。
本当に化け物かこの人。
しかし、俺の狙いは最初から別にある。
ナイフの雨に紛れながら、一気に距離を詰める。
シルクさんの懐へ飛び込む。
「っ!」
気付いた時には遅い。
黒姫ノ紅を握り締め、そのまま斬りかかった。
シルクさんも即座に反応する。
チェインソー大剣が振り下ろされた。
まともに受ければ吹き飛ばされる一撃。
だが、その瞬間。
パキン――。
「えっ?」
乾いた音が響いた。
俺の手にあった黒姫ノ紅。
それが根元から砕け散ったのだ。
黒い破片が宙を舞う。
シルクさんの動きが止まる。
驚愕に目を見開く。
当然だ。
今まで散々猛威を振るっていた武器が、あまりにも呆気なく壊れたのだから。
「なっ――!?」
シルクさんの猫耳がぴこんと跳ねる。
その一瞬、ほんのコンマ数秒。
――戦いでは致命的な隙だった。
「――【黒姫ノ影】!!」
「なっ!?」
シルクの猫耳が跳ねた。
当然だ。
今、叩き割った短刀は偽物。
俺が【収納】から取り出した、ごく普通の短刀だ。
本物の黒姫ノ紅は違う。
先程の投擲に紛れさせて放っていた。
無数のナイフの中に一本だけ混ぜられた本命。
そして、その一本だけが折れていない。
シルクの背後。
訓練場の地面へ静かに突き刺さっていた。
俺の姿が掻き消える。
次の瞬間には――。
「ここだ!!」
シルクの背後へ出現する。
伸ばした手がその肩を捉えようと迫る。
「あまいですよ!!」
パシィッ!!
鋭い手刀が閃いた。
俺の腕が外側へ弾かれる。
「くっ!」
やはり速い。
転移を使ってなお反応される。
だけど、今回はそれで終わりじゃない。
弾かれたのは右手だけ。
左手はまだ空いている。
俺は即座に魔力を流し込んだ。
「――【黒姫ノ罪】」
黒姫ノ紅が変形する。
短刀の刀身から黒い靄のような刃が伸びる。
半透明の剣。
見えているはずなのに距離感が狂う、不気味な刃。
シルクの瞳が僅かに見開かれた。
「っ!?」
俺は身体を捻る。
だが手刀を受け流された反動で姿勢が大きく崩れていた。
このままでは振り切れない。
転ぶ、そう思った瞬間。
脳裏に先程の言葉が蘇る。
――踏ん張りが足りないです!!
「だったら……!!」
右足を大きく踏み出した。
地面を抉る勢いで踏み締める。
膝が悲鳴を上げる。
倒れない。身体を無理やり支える。
そして――。
「うおおおおおおっ!!」
黒姫ノ罪を横薙ぎに振り抜いた。
空気が裂ける。
半透明の刃がシルクへ襲い掛かる。
だがシルクもまた超人だった。
咄嗟にチェインソー大剣を割り込ませる。
ギィィィィンッ!!!
耳をつんざく金属音。
火花が散る。
大剣が悲鳴を上げるように震えた。
表面に――。
一本の『傷』が刻まれていたからだ。
「まだまだぁぁぁ!!」
「盛り上がってきましたねぇ!!」
俺はそのまま攻撃の手を緩めない。
止まらない連撃が、大剣が傷がつけていく。。
黒姫ノ罪を振り抜いた勢いのまま、今度は斜めへ斬り上げる。
ギィィン!!
火花が散る。
しかし防がれる。
ならばもう一撃、さらにもう一撃、連続して叩き込む。
だが、その全てをシルクさんは受け止めた。
流石だ。
普通なら対応できるはずがない。
それでも――。
俺は口元を吊り上げた。
「……?」
シルクさんの猫耳がぴくりと動く。
その表情に違和感を覚えたのだろう。
攻撃は全て防いだはずなのに。
何故そんな顔をしている?
そんな疑問が浮かんだ瞬間だった。
俺は全身の力を込める。
魔力を腕へ集中。
足を踏み込み――。
「うおおおおおおおおっ!!」
渾身の一撃を叩き込んだ。
───キィィィィィン!!!
耳をつんざくような甲高い金属音。
衝撃が周囲へ広がる。
ミシッ――。
小さな音が響いた。
「……え?」
シルクさんが目を瞬かせる。
大剣から聞こえた音だった。
刃の表面、今まで俺が斬りつけ続けていた場所。
そこに刻まれた傷が、赤黒く輝いていた。
次の瞬間――
ボォォォォォォッ!!
大剣の今までの傷口から炎が噴き上がった。
「うひゃあああああっ!?」
シルクさんが素で悲鳴を上げる。
チェインソー大剣が燃えていた。
刀身を這うように黒い炎が広がる。
まるで傷口そのものが燃料になったかのように。
「な、なんですかこれぇぇぇ!?」
慌てて大剣を振る。
だが炎は消えない。
むしろ傷口を中心に勢いを増していく。
そこでシルクさんは気付いた。
大剣に刻まれた無数の傷。
俺が連続で叩き込んだ攻撃。
あれは全て意味があった。
「ま、まさか……!」
猫耳がぴんっと立つ。
俺はニヤリと笑った。
「気付くのが遅いですよ」
黒姫ノ罪を肩に担ぐ。
「俺の狙いは最初からそこだ」
傷を付ける。
ただそれだけ。
斬る必要もない。
深く傷付ける必要もない。
傷さえ刻めば――。
「【黒姫ノ炎】」
俺がそう呟いた瞬間。
ボボボンッ!!
連鎖するように炎が炸裂する。
「うひゃああああああっ!?」
シルクさんは慌てて後方へ飛び退いた。
爆炎が大剣を包み込む。
今までの余裕そうな顔はない。
そこにいたのは、本気で驚いているシルクさんだった。
「ま、まさか!?」
シルクさんが大きく目を見開く。
俺は口元を吊り上げた。
「シルクさんの予想通りですよ!!」
燃え盛る大剣を指差す。
「傷つけた場所なら、どこだって燃やせます!!」
爆炎の正体。
それこそが【黒姫ノ炎】。
傷口を起点に炎を発生させ、爆発させる俺の切り札だ。
「うひゃああああっ!?」
シルクさんは慌てて後方へ飛び退く。
チェインソー大剣をぶんぶん振り回し、燃え上がる炎を無理やり振り払った。
火の粉が宙へ舞う。
だが、その程度で逃がすつもりはない。
「逃がすかぁぁぁぁぁ!!」
地面を蹴る。
一気に距離を詰める。
同時に【収納】へ手を伸ばした。
現れたのは一本の刀。
黒い鞘に納められた漆黒の刃。
俺はその刀を空中へ放り投げる。
刀はくるりと回転した。
そして、鞘だけを【収納】へ戻す。
「――っ!?」
シルクさんの猫耳が跳ねた。
次の瞬間。
キィンッ!!
鋭い抜刀音が響く。
黒い閃光が空気を裂くような一撃がシルクさんへ襲い掛かった。
「に、二刀流ぅぅぅ!?」
危険を察知したのか。
シルクさんは反射的に大剣を盾にする。
ガギィィィィン!!
激しい火花が散る。
防御には成功した。
だが――刀傷が残る。
横一直線、まるで紙を切ったかのような鋭い斬り跡。
そこへ。
「まだ終わりじゃねぇ!!」
黒姫ノ紅を突き出した。
傷口へ正確に突き刺す。
「【黒姫ノ炎】!!」
ボォォォォォッ!!
斬り跡から炎が爆ぜるように噴き上がる。
その衝撃は僅かに後退させる。
「うひゃああああっ!?」
シルクさんが悲鳴を上げながら飛び退いた。
しかし、その顔は何故か楽しそうだった。
むしろ目が輝いている。
「かっこいい!!」
猫耳がぴこんっと立つ。
「刀ですね!? 刀ですよね!?」
「おう!」
俺は刀を肩へ担いだ。
「ハグレシリーズの傑作の一品だってよ!!」
するとシルクさんが羨ましそうに叫ぶ。
「うひゃああああ!! ずるいです!!」
チェインソー大剣を指差した。
「オリハルコン製の大剣に簡単に傷を付けるとか反則ですよぉ!!」
「知らねぇよ!」
「しかもかっこいいですし!!」
「そこは否定しない!!」
思わず言い返す。
実際、黒煉丸は格好良い。
軽い、斬れる、扱いやすいし最高だ。
するとシルクさんは悔しそうに頬を膨らませた。
「僕も欲しいですぅぅぅ!!」
「ハグレに言え!!」
切り札、その四。
ハグレから託された一振り。
妖刀――【黒煉丸】。
黒姫ノ紅ほどの異能は持たない。
だが、その代わり純粋な斬れ味に特化した業物だ。
月ノ城の妖刀を超えるために造られた試作品。
黒き刀身は鈍く輝き、握れば羽のように軽い。
長年使い続けた相棒だからこそ、手足のように扱える。
俺は右手に黒姫ノ紅。
左手に黒煉丸。
二振りを交差させる。
「行くぞォォォ!!」
地面を蹴る。
爆発的な加速。
一瞬でシルクの懐へ潜り込むと、二本の刃を同時に振るった。
ギィィィンッ!!
火花が散る。
シルクは咄嗟に大剣で受け止める。
だが、それで終わりじゃない。
右から一閃、左から一閃。
十字を描くように刃が走った。
――ザンッ!!
オリハルコン製の大剣に、深々と傷が刻まれる。
「うひゃっ!?」
シルクの目が見開かれる。
大剣の表面に刻まれた十字傷。
その中心へ。
俺は黒姫ノ紅の切っ先を突き付けた。
「燃えろッ!!」
瞬間。
傷口が赤く輝いた。
次の瞬間――
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい爆発が炸裂した。
十字傷を起点に紅蓮の炎が噴き上がる。
まるで大剣そのものが火山になったかのようだった。
「うひゃああああああああっ!?」
シルクの身体が吹き飛ぶ。
両足で踏ん張るが止まらない。
ギギギギギギギッ――!!
地面を削りながら後退。
石畳が砕け、土煙が舞い上がる。
訓練場に一本の溝が刻まれていく。
あと数歩、あと数歩で場外。
その寸前で、ようやくシルクは停止した。
「ぐっ……!」
息を飲む。
大剣は炎を纏いながら軋んでいた。
ミシッ――ミシミシッ――
限界を迎えた金属が悲鳴を上げる。
シルクは信じられないものを見るように大剣を見下ろした。
「お、オリハルコンですよ……!?」
猫耳がぴんと立つ。
「オリハルコンなのに傷が増えてるんですけどぉ!?」
「そりゃそうだろ」
俺は肩で息をしながら笑う。
「黒煉丸は伊達じゃねぇ」
炎に照らされた黒刀が鈍く輝いた。
そして再び構える。
シルクも大剣を握り直す。
だがその表情には、先程までの余裕だけではない。
興奮、歓喜。
そして戦士としての高揚。
「ふふっ……!」
シルクが笑った。
「最高ですよ、よーくん!」
猫耳がぴこんっと跳ねる。
「僕、本気で楽しくなってきました!!」
「まだまだぁ!!!!」
五撃目。
俺は踏み込み、さらに速度を上げて連続で斬りつける。
刃が空気を裂く音が途切れず重なり、視界に残像が走る。
「うひゃっ、ちょちょちょ、忙しいですねこれぇ!!」
シルクは大剣でなんとか受け流していたが、さっきまでのような真正面受けではない。
刃の重さをいなし、耐久を気にし始めているのが分かる。
(まずい)
このままだと慣れられる。
シルクの“戦闘美学”は、相手の動きに適応した瞬間に完成する。
ここで決める。
六撃目。
「スキル、『スピード・アップ』」
身体が一段階跳ねる。
斬撃の速度がさらに加速し、間合いが消える。
「うひゃああっ!?まだ速くなるんですか!?」
シルクが慌てて距離を取る。
だがその顔は、恐怖じゃない。完全に楽しんでいる。
七撃目。
「スキル、『アタック・アップ』」
今度は重さ。
一振りごとに空気が潰れ、床が悲鳴を上げる。
「重っ……!これさすがに効きますってぇ!!」
シルクの足がわずかにズレる。
受け流しが崩れ始める。
「でもまだいけますよぉ!!」
叫びながらも、目は死んでいない。
八撃目。
俺は一歩下がる。
黒煉丸を静かに納め、呼吸を整える。
空気が変わる。
「スキル――『一刀両断』」
踏み込みと同時に、世界が線になる。
ただの斬撃ではない。
“通過したものを断つ”一撃。
シルクは即座に大剣を構える。
「うひゃっ、来たぁ!!」
だが――遅い。
今までの連撃の負荷が、動きを一瞬だけ鈍らせる。
次の瞬間。
――ギィンッ!!
甲高い破断音。
「えっ――うわぁぁっ!?」
大剣が、真っ二つに折れた。
シルクは後方へ跳ぶ。
折れた剣をポイッと捨てるように離す。
「うぁぁぁっ!?僕の大剣ぇぇぇ!!」
叫びながらも、着地は軽い。
スーツの胸元が裂け、白い肌が一瞬だけ覗く。
「……あっぶな!!今のはほんとギリギリです!!」
すぐに顔を上げる。
「でも今の一撃、すごいですねぇ!!」
目がキラキラしている。
恐怖より先に、興奮が来ている顔だった。
「すんません!後でハグレさんに言ってください!」
俺が言うと、シルクは一瞬固まる。
「えっ」
そして次の瞬間――
「ハグレさぁぁぁぁん!!?」
空に向かって叫んだ。
「僕の大剣壊れましたぁぁぁ!!あとで謝ってくださいねぇぇぇ!!」
(ハグレ、ごめん)
俺は心の中で手を合わせる。
シルクは一度大きく息を吐くと、腰へ手を伸ばした。
「……じゃあ、仕方ないですね」
そこから取り出したのは――筒状の武器。
金属の無機質な光。
あの時、助けられたときに見たものと同じ形。
「これ、使います」
シルクの声が少しだけ低くなる。
「こっからは、“本当にやばい方”です」
猫耳がぴくりと揺れた。
「これだけは使いたくなかったですが……」
シルクは筒のスイッチを押した。
カチッ――ブオォン。
次の瞬間――赤い光が棒のように伸びる。
「うーにゃん・ソード!!」
「だからその名前なんだよそれ!!」
思わずツッコむ。
シルクは満足げにポーズを決める。
猫耳がぴこぴこと揺れていた。
だが、その刃は確かに“本物”だった。
九撃目。
再び踏み込む。
激突、刃と刃がぶつかり、火花が散る。
「うひゃあっ!?熱いですねこれ!!」
シルクは叫びながらも、笑っている。
だがそのスーツは、確実に削れていく。
裂け、焦げ、少しずつ崩れていく。
「くっ……くぅ、あつい!!」
「まだだ!」
俺は刃を押し込む。
(いい……この感じだ)
追い詰めている感覚。
ギリギリで崩れない相手。
思わず、笑っていた。
「ククク……」
「えっ、今笑いました!?」
「気にすんな」
そして――
十撃目。
条件は満たされた。
俺は黒煉丸を一度、鞘へ納めた。
空気が変わる。
戦場の音が、少しだけ遠のく。
「これで――終わりだ!」
静かに呟く。
黒姫ノ紅へ、全ての魔力を込める。
そして解き放つ。
「――黒姫『蒼炎ノ刻』」
その瞬間、シルクが装着している鉄騎装甲の“傷”が、反応した。
「……え?」
ボッ。
蒼い炎が噴き上がる。
「うひゃああああっ!?今度は青!?青いのぉ!?」
炎はただ燃えるだけじゃない。
形を持つ、蛇だった。
蒼い炎の蛇が、シルクの身体へ絡みつく。
「ぐっ……う、動けない……!」
シルクが力を込める。
だが――ほどけない。
絡みついた瞬間から、もう“固定”されている。
まるで獲物に巻き付いた大蛇のように。
締め上げるでもなく、逃がすこともなく。
ただ確実に、動きを奪っていく。
「これが俺の――正真正銘の切り札だ!」
俺は刃を構えたまま言う。
シルクは必死にもがく。
「う、うわぁぁ……これやばいやつですぅ!!ぐぬぬー!うーごーけー!!」
だが、蒼炎の蛇は離れない。
一度捕らえた獲物は、逃がさない。
ゆっくりと、確実に。
戦場の空気が、静かに収束していく。
この技は、一定以上の攻撃を当てなければ発動しない。
つまり――シルクさんとの近接戦を避けていたら、絶対に成立しない。
真正面からぶつかり続けたからこそ、掴めた勝機だった。
(今回は、うまくいったな)
ほんのわずかに息を吐く。
もしこの戦いが“攻撃を受け流すだけの戦い”だったなら、この切り札は一生出なかっただろう。
それでも、シルクさんは逃げなかった。
だからこそ届いた。
俺は一歩、また一歩と距離を詰める。
土を踏む音だけがやけに大きく響いた。
そして、シルクさんの前に立つ。
「シルクさん、俺の勝ちだ」
「……あう」
シルクさんの猫耳が、ぴくりと小さく揺れた。
俺は軽く手を伸ばし、その額に指を当てる。
トン。
ほんの一瞬のタッチ。
それだけで、戦いは終わった。
「ふぅー……第二関門突破だ!」
「ヨウイチおめでとう」
「ご主人様!おめでとう!」
「よーくん!! おめでとうございます!!」
アイリスは優しく微笑み、クレナは人型に戻って、いつの間にか紙吹雪用を用意して、祝福する。
クレナよ……どこから持ってきたんだ……。
一瞬遅れて、シルクさんの声が弾ける。
「鬼ごっこでここまで追い詰められるとは思いませんでした!」
「鬼ごっこ扱いすんな」
思わず苦笑する。
俺は【拘束】を解除した。
すると、張り詰めていた空気が一気にほどける。
シルクさんはその場で大きく背伸びをした。
「はぁぁ……やっと自由です……」
肩を回し、首を鳴らしながら息を吐く。
「さすがに、疲れました……」
そう言って、シルクさんの身体から、ふっと力が抜ける。
猫耳がゆっくりと揺れ、光がほどけるように消えていく。
異次元マフラーが静かに沈み、装備の輝きが薄れていく。
変身解除、その瞬間、訓練場の空気が完全に“日常側”へ戻った。
「……負けちゃいましたねぇ」
少しだけ悔しそうに、でもどこか楽しそうに笑った。
「あのー、シルクさん」
「よーくん、なんでしょう?」
俺は少し視線を逸らしながら、ローブを取り出した。
「すみません、これ渡すので……その、隠してください」
「へ?」
シルクさんが首を傾げる。
その瞬間、ようやく自分の状態に気づいたのか――
「……あ」
小さく声を漏らした。
黒姫ノ炎の影響で、回復が完全に阻害されている。
スーツは再生せず、ところどころが焼け落ちたまま。
布はボロボロに裂け、下には桃色の下着が見え隠れしていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
ようやく悲鳴、遅れて来る羞恥心。
シルクさんは慌ててその場にしゃがみ込み、両腕で身体を隠した。
耳まで真っ赤だ。
さっきまでの戦闘狂じみた余裕はどこにもない。
「み、見ました!? 見てましたよね今!?」
「見てない見てない」
「絶対見てましたぁ!!」
完全にテンションが崩壊していた。
俺は視線をそらしたまま、そっとローブを差し出す。
「とりあえず、それ着てください……」
「ありがとうございますー……!」
ローブを受け取った瞬間、シルクさんはそれをバッと羽織る。
ようやく最低限の体裁が整った。
「いや……こちらこそ、すまない……」
思わず謝る。
すると、その背後で――
ぐいっ。
「いったぁっ!?」
耳を引っ張られる感覚。
「ヨウイチ」
アイリスが無表情のまま、俺の耳をつまんでいた。
「何見てるの?」
「いや不可抗力だろこれ!!」
「見てたでしょ」
「見てないって!!」
「ふーん」
ぎゅっ。
さらに強く引っ張られる。
「痛い痛い痛い!!」
そのやり取りを見ていたシルクさんは、ローブの隙間からひょこっと顔を出す。
「やーい!ご主人様怒られてやんのー!」
「クレナ!!おまえ!!」
「仲良しですねぇ……」
「違う!!」
即答だった。
訓練場に、ようやく“いつもの空気”が戻っていった。
「おぉー、いいもん見せてもらったわ!」
「ハグレじゃないか!」
そう言って、俺たちは拳を軽くぶつけ合った。衝撃というほどのものじゃない。ただの挨拶みたいなものだ。
「しかし、派手にやってくれたなぁ」
ハグレが周囲を見回す。
視線の先には、真っ二つに折れた大剣。焼け焦げた地面。削れた訓練場の石床。そして、まだ煙を上げている残骸。
さっきまでの戦闘の余韻が、そのまま惨状として残っていた。
「ハグレさん、すみません……壊してしまいました」
シルクがしゅんと肩を落とす。耳も心なしか元気がない。
「おぉ、いいよいいよ! むしろ想定内だ!」
ハグレは豪快に笑ったあと、親指を立てる。
「ちょうどシルクの装備も更新しようと思ってたとこだしな!」
「うひゃああああ! 本当ですか!」
一瞬で顔がぱっと明るくなり、シルクはその場で小さく跳ねた。
危ない。跳ね方が本気で危ない。さっきまでの戦闘よりよっぽど緊張する。
俺は慌てて視線を逸らした。
――その瞬間。
じっと、視線を感じる。
アイリスが無言でこちらを見ていた。
さらにクレナも、武器状態を解除したまま腕を組み、じっと俺を見ている。
……いや、違うだろ!? 俺は何も見てないからな!?
心の中で叫んだが、当然届くわけもない。
「ヨウイチ……あとで話がある」
アイリスの声は静かだった。静かすぎて逆に怖い。
「ご主人様、私もお話があります」
クレナまで淡々と続く。
「はい」
返事が反射になっていた。逃げ道はもうどこにもない。
横ではハグレが、なぜか少しだけ気の毒そうな顔をしている。
「……お前もそんな目で見るなよ」
「いやぁ……まあ、頑張れ」
完全に他人事のテンションだった。
助ける気はゼロらしい。
訓練場の喧騒だけが、やけに遠く響いていた。
「黒杉の武器の状態を見てやるから、その黒煉丸を渡してくれ」
「ああ、頼む」
俺は迷いなく黒煉丸を差し出した。戦いの熱がまだ刃に残っている気がする。
ハグレは受け取ると、軽く重さを確かめるように刀身を持ち上げる。
「ふむ……やっぱりいい刀だな。ちょい無茶させてるが、まだいける」
そう言いながら、あっさりとした調子で頷いた。
「とりあえず明日には直してやる。終わったら取りに来い」
「おう。じゃ、また明日な」
軽く手を振ると、ハグレも片手を上げて応じる。
それで、この場の戦いは終わった。
訓練場に残っていた熱気が、ゆっくりと冷えていく。
砕けた地面も、焼け跡も、まだ現実感を失わないままそこにあった。
それでも――確かに終わった。
シルクさんとの修業は、これで完了だ。
「……終わったんだな」
誰に言うでもなく呟く。
あの一撃一撃、あのやり取り、あの笑い声。
全部が一瞬のようで、妙に長かった。
そして気づけば、俺の手の中に残っていたものはひとつだけだった。
“勝った”という事実。
だがそれは単なる結果じゃない。
積み重ねた攻防の先に、ようやく掴んだものだ。
俺は拳を軽く握る。
――俺は、強くなった。
まだ届かない相手はいる。
まだ足りないものも山ほどある。
それでも、確かに一歩は進んだ。
「よし……帰るか……二人とも飯食べにいくぞー」
「わかった」
「やったー!ご飯だ!」
そう呟いて、俺たちは訓練場に背を向けた。
――――――――――???
意識は、まだ辛うじて繋がっていた。
(くそっ……ヨハン……面倒なことをしてくれるな……)
月ノ城は、かすれた思考の中でそう吐き捨てた。
だがすぐに理解する。
これは他者のせいではない。
――油断したのは、自分だ。
体の奥から、ゆっくりと“何か”が崩してくる。
痛みではない。
熱でも冷たさでもない。
ただ、自分という存在の境界が、静かに剥がされていく感覚。
(戻れない……か)
呼吸をするたびに、意識が薄くなる。
視線を落とす。
そこにあったのは、血に濡れた自分の手だった。
この手を見るたびに、記憶が蘇る。
――殺した。
かつて、仲間だった者を。
救うべきだった命を理由はあった。正しさもあった。
だが、結果だけが残っている。
この手が終わらせた。
その事実だけが、消えない。
なのに――
月ノ城は、自分でも理解できない違和感に眉をひそめた。
(……なんだ、この感覚は)
罪悪感ではない。
後悔でもない。
もっと、生々しい何か。
手のひらに残る“感触”が、まだ消えていない。
あの瞬間の重さ。
あの終わりの抵抗。
そして――確かにそこにあった“生”。
それが、記憶の奥で熱を持っている。
吐き気と同じ場所で、それは静かに息をしていた。
(やめろ……思い出すな)
理性が警鐘を鳴らす。
だが、止まらない。
体が、少しずつ“月ノ城ではない何か”へと塗り替えられていく。
思考が濁り視界が、遠のく。
世界そのものが、薄く剥がれていく。
(……そうか)
月ノ城は、静かに理解した。
これは罰ではない、これは――“代償”だ。
あるいは、自分が踏み越えた境界の、その先。
男は、崩れていく意識の中で静かに目を閉じた。
そしてそのまま――
月光の届かぬ深い闇へと沈んでいった。




