第17話 ファンタジー世界の鬼ごっこって中々いかついもんだよなの話
26/06/16 改稿済
ユキとの修業を無事に終える。
今度はシルクさんと修業することになったのだが――。
「うぅーん! 僕と鬼ごっこしましょう!」
「はい?」
背筋が「ビシィッ!」と音を立てそうなほど大きく伸びをした後、シルクは念入りに準備体操を始めた。
ブンブンと腕を回し、脚を伸ばし、コミカルに軽く跳ねる。
そして何故か、そのままシャドウボクシングまで始める。
シュッシュッと鋭く拳を突き出しながら、一人で楽しそうにはしゃいでいた。
……この修業に何か意味があるのだろうか。
たしかに鬼ごっこなら走る機会は増えるし、成長スキルで素早さを鍛えるには悪くない。
だが、それにしても他に何かなかったのだろうか。
俺が首を傾げていると、シルクは満面の笑みを浮かべた。
「正直に言うと、僕が遊びたいだけですけどね!」
でしょうね!?
むしろ今ので確信しましたからね!?
だって修業というより、どう見ても遊びの提案だった。
「あ、でも!! よーくんにはハンデをあげます!」
「ハンデ?」
そう言って、
「んーしょっと!」
シルクは謎に宙へ浮かんでいる赤いマフラーの隙間へ手を突っ込み、大剣を引っ張り出した。
……いや待て、どこから出した?
そのマフラー、異空間にでも繋がってるのか?
もはやツッコミが追いつかない。
そんな俺を置き去りにしたまま、シルクは立っている場所を中心に、大剣で地面を削り始めた。
ギギギギギ――。
大剣の切っ先が火花を散らし地面を走り、綺麗な円を描いていく。
そして描き終えた瞬間。
「ウヒャアアア! できましたぁぁ!!」
何故かその場でぴょんぴょん跳ね始めた。
どうやら綺麗に描けたことが相当嬉しかったらしい。
「見てください! 見てください! 綺麗に削れました!」
「お、おう。良かったな」
俺が適当に相槌を打つと、
「むっふー!」
シルクは胸を張り、自慢げに鼻息を鳴らした。
……確かに綺麗な円ではある。
職人顔負けだ。
だが、そこまで大喜びすることなのだろうか。
本当にこの人はよく分からない…。
やがて満足したのか、大剣をマフラーの中へ仕舞う。
やっぱり異空間収納じゃねぇか。
そして仁王立ちになると、今回の修業――もとい遊びのルール説明を始めた。
「僕はこの丸の中でしか動きません! あ、もちろん! よーくん達は武器も投擲物も何でも使っていいですよ!」
「はい? 本当に言ってますか?」
「もちろんですよ! 後輩には優しくしろって、うーさんに言われてますからね!」
そう言いながら、自分に不利な条件ばかりを次々と追加していく。
それだけでも十分意味が分からないのに、
「別に爆発させてもいいですからね! ウヒャアア! 芸術だあああ!!」
などと、とんでもないことまで言い出した。
俺は思わず地面の円を見る。
半径数メートル程度、どう考えても逃げ場なんてない。
……いや。
そもそも、あの人は本当に避ける気あるのか?
「勝利条件は、僕にタッチしたら勝ちでふ!」
そう言って、自信満々に手をクイクイと手招きするように挑発する。
流石に、ここまで煽られたら乗らないわけにはいかない。
「後悔しないでくださいね…融魔制御!!」
「むっふー! もちろんですよ!」
【融魔制御】を発動。
魔力と魔素が全身へと浸透し、筋肉の一本一本に力が宿る。
もう村を追い出された頃の俺じゃない。
今の俺がどこまで通用するのか、見せてやる。
「加速…スピードアップ…!」
更に脚にパワーアップと【魔術執印】で【風圧】の呪文を刻む。
クラウチングスタートをする。
「よーい…ドンッ!」
その瞬間、蹴った地面が割れ、初級風魔法が身体をグングンと押しのけるように加速する。
周りの視界が流れ、一瞬で間合いを詰める。
確実に捕まえるために、最小限の動きでシルクへ向かって手を伸ばした。
――捕まえた。
そう思った瞬間だった。
「……え?」
目の前からシルクの姿が消える。
空を切った手だけが虚しく伸びた。
「僕はここですよー」
背後から聞こえてくる間延びした声。
慌てて振り返る。
すると、そこには片足をトントンと鳴らしながら"円"の中で待っているシルクの姿があった。
まるで俺が振り向くのを最初から分かっていたかのように。
自分の位置を見れば、いつの間にかシルクがいた場所がよりも前に踏み出していた。
「このッ……!」
今度こそ、そう思って飛びかかる。
だが、また消えた。
「なっ!?」
視界から消失、気配もない、足音も聞こえない。
見えているはずなのに、次の瞬間どこに現れるのか分からない。
まるで"観測するたびに位置が書き換わっている"ような感覚だった。
「むっふー! よーくんはまだまだですねぇ!」
再び背後。
俺は反射的に振り向く。
だが、そこには余裕たっぷりの笑みを浮かべるシルクが立っているだけだった。
……速い、速すぎる。
そもそも、早さだけで説明できるのか?
今思えば、初めて助けてもらった時もそうだった。
あの時も動きなんて全く見えなかった。
まるで瞬間移動でもしているかのようだった。
だが、今回は違う。
シルクは自ら「この円の中から出ない」と宣言している。
半径数メートル程度の狭い空間。
逃げ場なんてほとんどないはずだ。
だからこそ、簡単に捕まえられると思っていた。
――その考えが甘かった。
掠りもしない。
視界に捉えたと思った瞬間には、もう別の場所にいる。
まるで子供が大人に翻弄されるような感覚だった。
「い、いつの間に……」
「僕は移動しただけですよー」
「移動だと? アイリス、魔力を使った形跡はあるか?」
瞬間移動の間違いじゃないのか?
そう思い、アイリスへ視線を向ける。
すると彼女は紅く輝く魔眼でシルクを見つめたまま、すぐに答えを返した。
「ヨウイチ……シルクが言ってることは本当……。しいて言うなら、魔力で身体能力を向上させてるだけ」
「……本当に?」
思わず聞き返してしまう。
だがアイリスは小さく頷いた。
「嘘じゃない……」
つまり――。
シルクは瞬間移動なんてしていない。
ただ『走っただけ』
ただそれだけで、俺には全く見えなかったということだ。
「むっふふー! アイリスさん! 流石ですね! その通りです! 僕は魔力で身体能力を向上させてるだけなのですよ!」
シルクは得意げに胸を張る。
これが第二関門――"ガチ鬼"ごっこってことか…。
「魔素は纏わないのか?」
俺がそう尋ねると、シルクはブンブンと首を横に振った。
「ダメですよ!? そんなことしたら、よーくんがバラバラになって死んじゃいます!!」
「はい!?」
あまりにも物騒な言葉に思わず声が裏返る。
シルクさんの説明によると、魔素を纏った者同士がぶつかると、お互いの魔素が激しく反発し合い、強烈な衝撃波が発生するらしい。
つまり、さっきみたいな速度で移動するだけで、人が吹き飛ぶ。
下手をすれば肉片になる。
「いや怖ぇよ……」
思わず本音が漏れた。
流石に修業中に死ぬのは御免なので、その案は却下することにした。
そんな俺を見て、シルクはケラケラと笑う。
「まぁー、少し技術は必要ですけどね!」
そして人差し指を立てながら続けた。
「でも、よーくんでもできますよ!」
「……俺でも?」
「できますできます! だって僕、能力なんて使ってませんから!」
まるで大したことではないと言わんばかりの口調だった。
だが俺には到底そうは思えない。
目で追えない速度に気配すら捉えられない移動。
それを『誰でもできる技術』と言い切るのだから、この人はやっぱりどこかおかしい。
けれど、逆に言えば。
特殊な才能でもなければ、超常的な能力でもない。
努力と技術で辿り着ける領域だということだ。
「むっふー! では続けていきましょうか!」
シルクは満面の笑みを浮かべながら手を叩く。
「わかりました」
俺は気持ちを切り替え、再び地面を踏みしめた。
その後――。
六時間ほど鬼ごっこを続けたのだが。
結果から言えば、一度も捕まえられなかった。
「くっそぉ……! 捕まんねぇ……!」
肩で息をしながら地面に手をつく。
全身が鉛のように重く、魔力もほとんど底を尽きていた。
「まだまだですねー!」
当のシルクはケロッとしていた。
どころか、元気が有り余っている。
その場で軽々とスクワットを始めたかと思えば、いつもの奇妙な踊りまで披露している始末だ。
六時間も走り続けたというのに、息一つ乱れていない。
改めて実力差を思い知らされる。
「僕は思うんですけどー」
奇妙なステップを踏みながら、シルクが首を傾げた。
「なんでしょうか?」
「せっかく転職の加護があるのに、なぜ有効活用しないのでふか?」
「……え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
だが、その一言で気付かされた。
俺はずっと"捕まえること"しか考えていなかった。
速く走ること、追いつくこと。
そればかりに意識を向けていた。
だからスキルも使っていない。
加護の力も活かしていない、自分が持っている武器を、自分で縛っていたのだ。
「僕は、これが本当に殺し合いでしたら、使えるものは全部使いますけどねー」
シルクは笑顔のまま、とんでもないことを口にする。
だが、その言葉は妙に胸に刺さった。
使えるものは全部使う。
それは卑怯でも何でもない。
生き残るための当然の選択だ。
それでどころか、あの時…"最初に自分が決めたこと"じゃないか。
まして相手は、自分より遥か格上なのだから。
正面から挑んで勝てる相手ではない。
ならば、考えろ。
持っているものを全部使え、スキル、武器、環境、人物でもいい。
勝つためなら何でもやるんだ!
「どうでしょうか? ヒントにはなりましたかね?」
「はい。むしろ答えなのでは?」
「むっふー! そこは気にしない!」
シルクは楽しそうに笑う。
だが、その言葉は確かに俺へ届いていた。
――そうだ。
「本当にいいんですか…?全部使っても」
これは遊びじゃない。
「良いですよぉ~!先輩の胸を借りちゃってください!」
殺し合いだ。
もし本当に命の奪い合いなら、俺はどうする?
答えは決まっている。
躊躇してはいけない、使えるものは全部使う。
手段も選ばない、相手が誰だろうと関係ない。
その瞬間だった。
胸の奥で、あの黒い感情が蠢いた。
忘れてた。押し込めた。
ドロリとした何かが、ゆっくりと心を侵食していく。
――アイツ。
脳裏に浮かぶ。
裏切り全てを奪った男。
今、目の前にいるのはシルクさんじゃない。
違う、そこにいるのは――アイツ(板野)だ。
復讐対象であり、殺害対象…抹殺対象……処刑対象!
殺す…殺す……。
殺す殺す殺す殺す殺す――。
逃がさない…許さない。
視界がゆっくりと狭まっていく。
耳に入る音が消え、ドクンドクンと心臓の鼓動だけがやけに鮮明だった。
今なら油断している。
どこを狙う?
首か、心臓か、脳か。
人の反応速度には限界がある。
平均で〇・二秒。
それより速ければ、防御も回避も間に合わない。
なら、黒杉は何気ない動作でズボンの裏に隠していた短刀へ手を伸ばした。
気配を殺し、殺意を沈め、呼吸を消す。
動作を日常として、徐々に溶け込ませる
そして、音もなく踏み込む。
「――――ッ!」
刹那。
閃くような速度で短刀を抜き放ち、シルクの首筋へ向かって振り抜いた。
「!?」
シルクは大きく目を見開く。
その場に座っていた筈だがいつの間にかいなくなっていた。
、
「ウッヒャアア! 今の惜しかったですね!」
「チッ……これも当たらなかったか」
「ですねー! ナイフどころか、よーくんから殺意がビンビン伝わってきましたからね!」
少し驚いた顔をしていたが、そのあとすぐにシルクは楽しそうに笑う。
その笑顔すら、今の俺には癪に障った。
俺は間髪入れずにスキルを発動する。
「石投げ…ピンポイント…ショット」
短刀を指先で弾くように投擲した。
空気が裂ける。
音を置き去りにする速度で飛んだ刃は、真っ直ぐシルクの顔面へ向かう。
だが――。
「むっふー」
シルクは首を少し傾けただけだった。
刃は頬を掠ることすらなく通り過ぎる。
まるで飛んでくる軌道が最初から見えていたかのように。
「よーくん! さっきよりいい感じです!」
「ありがとうございます」
礼を返しながらも、内心では舌打ちする。
やはり当たらない、まるで話にならない。
そうだ、使えるものは全部使う。
俺にはスキル、武器、魔法、仲間もいる。
何も体ひとつで戦えなんて誰も言っていない。
そもそも、そんな戦い方ができるのは一部の化け物だけだ。
俺は違う。
修業し、努力もした。
強くなったつもりだった。
だが現実はどうだ。
目の前の少女には掠りもしない。
圧倒的だった。
相手は超人で人の枠を踏み越えた存在。
対して俺は村人、どこまで行っても凡人だ。
なら、そんな超人を上回れるものは何だ?
力か?
――違う。
魔力か?
――それも違う。
速度か?
――論外だ。
真正面からぶつかって勝てる要素なんて一つもない。
答えは全部――NO。
なら逆に考えろ。
俺が持っていて、あいつらが持っていないものは何だ?
その答えは、意外なほど単純だった。
「……量だ」
一人で勝てないなら増やせばいい。
質で負けるなら数で押し潰せばいい。
一撃で届かないなら百発撃てばいい。
百で足りないなら千発だ。
俺が超人に勝てるとしたら、そこしかない。
そして、幸いなことに。
俺には、そのための仲間がいた。
「アイリス」
俺は視線だけで隣を見る。
アイリスはすぐに意図を理解したようにこちらを見返した。
そして俺は口元を吊り上げる。
「手伝え。数で押し潰すぞ!」
「……!わかった!」
俺はアイリスへ視線を向けた。
「アイリス! 地面を抉らない程度に魔法を撃ち続けろ! 俺を巻き込まない範囲でな! できるか?」
「了解、楽勝」
「え、え!? ちょっと待って!?」
途端にシルクの表情が引き攣った。
「さっき言いましたよね」
俺はニヤリと口元を歪める。
「“殺し合いなら使えるものは全部使う”って」
「た、確かに言いましたけども……!」
シルクが言い終わるより早く、アイリスが指先を向けた。
「――【過炎】」
次の瞬間。
無数の火球が空中に現れ、一斉にシルクへ襲い掛かる。
轟ッ――!
燃え盛る炎が連続して空気を焼き、爆ぜるような音を響かせる。
「わわわっ!? ちょっ、ちょっと多くないですかぁ!?」
シルクは悲鳴を上げながら飛び退く。
そして何故か、奇妙な踊りから一転。
プロのダンサー顔負けのブレイクダンスを披露しながら火球を回避し始めた。
「何で避け方まで芸術的なんだよ……」
思わずツッコミたくなる。
だが、そんなことはどうでもいい。
今は攻め続けるだけだ。
「……クックック」
自然と笑みが零れる。
自分でも分かる。
今の顔はかなり悪人面だ。
「ヨウイチがすごく悪い顔してる…【過炎】」
アイリスが呆れたように呟きながらも、両手を同時に動かした。
【高速詠唱】発動。
魔術執印が残像を描くほどの速度で刻まれていく。
「【過炎】」
「【過炎】」
「【過炎】」
次々と生み出される火球。
まるで砲撃のような連続攻撃がシルクへ降り注いだ。
その隙に俺は【収納】へ手を突っ込む。
取り出したのは霊水だ。
蓋を開け、そのまま喉へ流し込む。
ゴクッ――。
枯渇していた魔力が身体へ染み渡る。
よし、戻った。
「あっ! ずるいです!」
「うっせぇ!」
俺は空になった瓶を放り投げる。
「使えるものは全部使うんだろ!? だったら遠慮なんてするかよ!」
そして両手を地面へ向けた。
「【鍛冶】!【錬成】!錬成錬成錬成ィ!」
魔力が流れ込む。
地面から次々と金属が生まれ、無数の短刀へ姿を変えていく。
だが完成した刃は歪だった。
刃先も不揃い、重心も滅茶苦茶。
職人が見れば卒倒する出来栄えだろう。
それでも構わない、どうせ投げるし刺されば十分だ。
俺は生み出した短刀を片っ端から【収納】へ放り込んだ。
一本、二本、十本、百本。
際限なく詰め込んでいく。
そして、口元を吊り上げた。
「――行くぞ」
収納へ手を突っ込む。取り出す。投げる。
また取り出し、投げる。
「オラオラオラオラオラァ!!!」
取り出しては投げる。
取り出しては投げる。
まるで弾切れを知らない砲台のように。
俺は無数の刃をシルクへ向けて解き放った。
【ショット】【ピンポイント】【スローイングダガー】【石投げEX】発動。
俺は収納から短刀を取り出しては投げ、取り出しては投げる。
まるで弾切れを知らない砲台のように。
「うおぉおおおおおお!! オラァ!! オラオラオラオラオラァァァッ!!」
雨のように降り注ぐ刃。
空気を裂く音が絶え間なく響く。
「ま、待って!? むっひゃああああああ!?」
シルクは悲鳴を上げながらも、それら全てを避けていく。
華麗に身を捻り、華麗に跳び、華麗に回転し、時には短刀を弾きながら。
まるで踊るように攻撃を凌いでいた。
だが、完全には余裕がなくなっていた。
徐々に、本当に少しずつだが、シルクの動きが追い詰められていく。
そして、気付けば五時間が経過していた。
周囲の光景は酷い有様だった。
地面には無数の短刀が突き刺さり、踏み場もない。
砕け散った刃、折れ曲がった刃。
原型を留めていないものまで転がっている。
まるで戦場跡だった。
「くっそぉぉぉ!! 魔力お化けぇぇぇ!!」
「よーくん!? 僕はお化けじゃないですよ!?」
叫びながら、俺は霊水を一気に飲み干す。
空になった瓶を放り捨てた瞬間だった。
ピロリン。
聞き慣れた電子音が鳴り響く。
軌光石が淡く輝いた。
――霊水を極限まで飲み続けたことにより、以下の能力を習得しました。
・MP自動回復
「は?」
思わず声が漏れる。
しかし表示は終わらない。
――対象スキルが極限へ到達しました。
――統合条件を達成。
――新スキルを習得しました。
対象スキル:
・石投げEX
・ショットEX
・スローイングダガーEX
・ピンポイントEX
習得スキル:
・極限砲撃
・極限投擲
「新スキル……!」
思わず口元が吊り上がる。
好都合だ。
こんなもの……。
「使えと言っているようなものじゃないか」
俺はその辺に転がっていた石を拾い上げた。
そして――投げる。
「極限砲撃!!」
瞬間、石が眩く輝いた。
次の瞬間には膨大なエネルギーへ変換され、一条の極太光線となって射出される。
轟ッ――!!
大気を焼きながら一直線にシルクへ襲い掛かった。
「ちょちょちょちょっとぉぉぉぉ!? そんなの聞いてないですぅぅぅ!!」
「そりゃそうだ!! 今覚えたからなぁぁぁぁ!!」
シルクは反射的に空へ跳ぶ。
だが、俺はその瞬間を待っていた。
逃がさない、今度は収納から短刀を引き抜き、狙いを定める。
そして、投げた。
「極限投擲!!」
刹那。
短刀が消えた。
いや、速すぎて見えなくなった。
光そのものとなった刃が、シルクへ向かって一直線に突き進む。
「ぐぅぅぅ!? 今度は光速ですかぁぁぁ!? 進化しすぎじゃないですかぁぁぁ!?」
一閃、二閃、三閃の光が徐々に無数の光が空間を埋め尽くす。
閃光の刃が視界を覆い隠し、回避経路を奪っていく。
シルクは身体を大きく捻りながら辛うじて躱した。
だが、その一瞬だった。
視界を確保しようと顔を上げたシルクの瞳が見開かれる。
目の前にいた。
「そこだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
【跳躍】【加速】【スピードアップ】【風圧】全力発動。
俺は弾丸のような勢いで距離を詰める。
シルクの意識は光速の刃へ向いていた。
だからこそ生まれた一瞬の隙。
逃さない……絶対に、あと少し……。
あと少しで届く――!
「しまっ……!」
───残り5cm。
近い、届く、確実に届く距離だ。
───残り4cm。
指先が震える。
あと少し、あと少しで終わる。
───残り3cm。
シルクの表情が見える。
驚きに目を見開いている。
捉えた。
そう確信した。
───残り2cm。
届け……届け届け届け届け届け――!!
全身の力を指先へ込める。
ここまで積み上げてきた全てを、この一瞬へ叩き込む。
───残り1cm。
勝っ――。
その瞬間だった。
シルクの身体が眩く発光した。
「――え?」
次の瞬間。
ドオオンッ――!!
目に見えない衝撃が爆発する。
まるで巨大な壁が突如現れたかのような圧力。
いや、違う……『ダンプカーが全速力で突っ込んできたような』衝撃だった。
身体が宙へ浮く、何が起きたのか理解する暇もない。
空が見える、地面が見える。
そして――。
ドガァァァンッ!!
背中から壁へ叩き付けられた。
肺の中の空気が一瞬で押し出される。
「がっ……!」
息ができない。
全身が軋む。
骨が悲鳴を上げている。
霞む視界の中で、ゆっくりと顔を上げた。
そこに立っていたのは、光を纏った猫耳鉄騎姿のシルクだった。
先ほどまでとは明らかに違う。
圧倒的な存在感。
それでいて本人だけは、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
「むっふうー! 流石に危なかったです!」
シルクは胸を撫で下ろしながら言う。
「よーくんは成長が早すぎます!」
どうやら本当に焦っていたらしい。
だが、そんなことを考える余裕はなかった。
「僕を変身させたのは褒めるところですよ!」
「ぐ……う……」
身体が動かない。
指一本すら持ち上がらない。
今まで無理やり動かしていた疲労が、一気に押し寄せてきたのだ。
魔力も、体力も、精神力も、全部使い切った。
「あ、無理はしないでください! たぶん今の吹き飛ばされたダメージが大きいと思いますので!」
シルクの声が聞こえる。
「って聞いてまふか!? もしもーし!? よーくーん!?」
だが、その声も徐々に遠ざかっていく。
視界が滲み、意識が沈む。
結局、あと一歩届かなかった。
ここまで追い詰めたのに、あと1cmだったのに……全部振り出しだ。
「ヨウイチ!」
聞こえた。
アイリスの声だ。
心配そうな声だった。
……大丈夫だ。
少しだけ。
少しだけ休ませてくれ。
そう思った瞬間。
ふわりと何かに抱き寄せられるような温もりを感じた。
暖かい、不思議と安心する。
そのまま俺の意識は、ゆっくりと暖かな闇の中へ沈んでいった。




