表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/56

第12話 一方その頃は・・・の話

26.06.09 改稿済

私はあれから、夢を見るようになった。


───楊一!!待って!!


一人の大切な親友を守る事が出来ない、最悪な悪夢。


───お願い!死なないで!!行かないで!!


私は、ただその夢を繰り返し見ていた。

顔の見えない、黒い鎧を着た男が、親友の胸に目掛けて剣を刺した。

助けようとしても、黒い何かに拘束されて身動きできず。

ただ、見る事しか出来なかった。


───待って!楊一!!どうするつもりなの!?放して!放してよ!!


そして彼は、血の涙を流しながら手を伸ばして助けを求める。


『届かない』


どれだけ手を伸ばしても。

どれだけ叫んでも。


『届かない……』


床には血の池が溜まり、不気味な笑い声が響き渡る。

そのまま胸に突き刺さった剣を抜いて、彼を引きずる。


───嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


徐々に奥へ引きずられ、黒騎士と彼は闇へと誘われる。


───動け動け動け動け!!!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!


身体強化しても、防御魔法も、攻撃技も、攻撃魔法も、全部全部全部発動しない。

体が動かない、身体機能が停止している。全てが止まっている。


助けたい――助けられない助けたい――助けられない……。


そんな思考と言葉が交互に連鎖するように繰り返し、追い付かなくなる。

足を動かそうとしても動かない、声を出そうとしても出ない、手を伸ばしても届かない。

何も出来ない、何も、本当に何も――。

間違っている、全てが間違っている。


夢だ。


これは悪い夢なんだ。

そう思っているのに、床に広がる血の匂いが、耳に響く笑い声が、楊一の苦しそうな表情が……。


『嫌になるほど鮮明だった』


汗が止まらない、嫌な予感がする。

悪い出来事が起こる気がする。

最悪な結末が頭をよぎる。


違う……違う違う!


そんな事になるはずがない。

楊一は大丈夫。

きっと助かる。帰ってくる。

そう自分に言い聞かせる。

それなのに、心の奥底ではもう二度と会えないのではないかと。

そんな考えが、消えてくれなかった。


そして彼は・・・。


───嫌ああああああああああああ!!!楊一!楊一ぃぃ!!!


奈落に落とされた。

途端に、周りの蒼い炎が消え、辺りが暗くなる。

光が消え、音も消える。

何も見えない、聞こえない。

世界から自分だけが取り残されたような静寂。

そして、何処からか声が聞こえる。


「守ると言ったのに」


───楊一!?何処!?何処なの!!


辺りを見渡す。

だが、何も見えない。

暗闇しかない。

その声が徐々に反響する。


「守ると言ったのに」


耳を塞ぎたくなるほど、その声が響く。


「嘘つき」


───楊一!違う・・・!違うの!


「嘘つき」


その言葉が彼女の心に深く突き刺さり、抉った。

嘘つき――。裏切り者――。許さない――。

その言葉が繰り返し反響する。

逃げられない、消えてくれない。

まるで頭の中から直接聞こえてくるようだった。

守れなかったから、助けられなかったから。

その報いを受けているのだと、自然に思ってしまう。

違う、違うのに……私は助けたかった。


――ごめんなさ……い。


守りたかった。

それなのに、何も出来なかった。

だから、私は謝ることしかできない。


───許して・・・ごめんなさい・・・。


そして、目の前に人影が見えてくる。


───ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ひっぐ・・・ごめん・・・なさ・・・い


涙で滲む視界の中。

人影だけがゆっくりと近づいてくる。

そして、人影はゆっくりと顔を上げる。

人影の正体は、黒杉 楊一だった。

その目は、憎々しげにこちらを見つめていた。


「さようなら」


その言葉を残し、黒杉は再び闇の中へ消えようとした。

彼女は立ち上がる。

行かせたくない。

ただ、その一心で闇の中へ駆け出し、黒杉の肩を掴んだ。


ペチャ。


何か柔らかいものに触れた感触。


――生暖かい。


違和感を覚え、美空はゆっくりと自分の手を見る。

赤い液体がべっとりと付着していた。


──血だ。


「……え?」


慌てて手を振る。

服で拭う。

だが、視界に焼き付いた赤色は消えてくれない。

理解が追いつかない。

そんな彼女を見つめるように、黒杉が静かに振り返った。


「美空」


呼ばれた名前に、美空は顔を上げる。

そして、見てしまった。

右半身は潰れ、砕けた骨が剥き出しになり。

裂けた肉から血が溢れ。

全身が赤黒く染まっている。


そこに立っていたのは――


血まみれの黒杉だった。


「嫌ああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!」


美空は、勢いよくベッドから起き上がる。

今までにないほどの汗で、寝間着が雨に濡れたかのように肌へ張り付いていた。


「……また、あの夢」


荒い呼吸を繰り返しながら、自分の手に血が付着していないか確認する。

付着はしていなかった。

だが、手に雫が零れ落ちる。


「……っう……ひっぐ……ごめんなさい」


震える声が漏れる。

何に対して謝っているのか、自分でも分からない。

それでも、謝らずにはいられなかった。

ただ、涙を流し、あの日から、悪い夢を見るようになった。


右半身が潰れた黒杉。

血まみれになりながら、自分の名前を呼ぶ黒杉。

何度忘れようとしても、その光景だけは脳裏に焼き付いて離れない。

いや、前にも似たような夢を見ていた気がする。

それがいつのことなのかは、泡沫のように忘れていく。

けれど――失った時の痛みだけは残り続けていた。


「……訓練しなきゃ」


このまま泣いていても、何も変わらない。

気持ちを切り替え、濡れた寝間着を脱ぐ。

そのままシャワー室へ入り、身体を洗う。


熱い湯を浴びても、身体にこびり付いた嫌な感覚は落ちてくれない。

ふと、鏡を見た。


酷いクマだ。


以前の自分なら、きっと笑っていただろう。

だが今は、そんな余裕もない。

悪い夢を見ないようにと夜更かしをして、よく訓練をするようになったせいかもしれない。

眠れば、夢を見る。

夢を見れば、思い出す。

だから眠らないようにしていた。

少しでも強くなれれば、もう二度と、あの時みたいな後悔をしないために。


黒杉がいなくなってから、一ヶ月。


美空はシャワーを浴びた後、キャミソール姿でベランダの柵に寄りかかり、上を向いて青い空を眺めていた。

気分転換にぼーっとしているだけなのに、あの時の光景を思い出し、再び涙が零れる。

謎の黒騎士に黒杉が殺され、そのまま暗い闇の中へと落ちていく。

あの時、助けようとしても動けず、堕ちる瞬間――目が合った気がした。

その顔が、今でも脳裏に焼き付いている。

美空は涙を拭い、口を噛み締める。

血の味がした。


「繰り返さない……強くならなきゃ……」


もっと力が欲しい。

二度とあの悲劇を起こさないために。


「楊一……」


美空は黒杉の名前を呟き、部屋へ戻った。

そのまま訓練のために鎧へ着替え、椅子に掛けてある剣を手に取って部屋を出る。


「さて、やりますか……! 待ってて。絶対に助けに行くから……楊一」


自分の頬を手で叩き、気持ちをリセットする。

こうしないと、訓練に集中できないからだ。


「さて……訓練所は……」


広い廊下へ出て、私はそのまま訓練所へ向かう。

今日は一樹に戦闘訓練を手伝ってもらう約束をしている。

遅刻しないよう、十分前には行くようにしていた。

歩いていると、こちらへ向かって歩いてくる男がいた。


あの人は、板野だ。


楊一がいなくなってから、やたらと絡んでくるようになった。

私に気づいた彼は、手を振りながらやってくる。

口元が少しニヤついている。

その様子で近づいてくるのが、無性に腹立たしかった。


「晴渡さん!! 今から訓練ですか!?」

「ええ、まあ、そうだけど……」

「じゃあ、俺も一緒で良いっすか!!」


板野は、私が訓練へ行こうとすると、一緒について来ようとする。

だけど、何故なんだろう?

まるで底の見えない暗い穴を覗き込んでいるような、何だか嫌な予感がした。

だから、私は適当に言い訳をして、断ることにした。


「ごめんなさい……今日は友達と訓練する予定だから、また今度にしてほしい」

「あぁ、そうですか……それは残念だ」


断ると、彼はすごく残念そうな顔になる。

気のせいだろうか。

僅かに彼の口角が上がっていた気がした。

目を擦って再び顔を見るけど、先ほどと同じ、残念そうな表情だった。

正直、鬱々としていた。


クラスメイトが一人いなくなったのに、彼がいつも通り平気でいるのが腹立たしかった。

その腹立たしい気持ちは何処にもぶつけることができず、心の中にため込んでいた。

なんで、平気なの?どうして?


楊一にいつもちょっかいを出していることは知っていた。

それを見ているだけでも嫌なのに、さらに気分が悪くなる。

これ以上、自分が嫌な気分になる前に、板野から離れようとした。

立ち去ろうとすると、後ろから「次は絶対ですよー!」と聞こえたが、無視することにした。

気分を紛らわすために、廊下から見える景色を眺めることにした。

高いところから見える町は綺麗だ。

この景色は、私にとってお気に入りでもある。

あちらこちらに人が見える。とても活気のある国だ。

下を見ると、今から向かう訓練所が見え、兵士達が訓練している姿も見えた。

訓練所の近くには町が見えるが、少し殺風景だ。

だが、良くも悪くも自然豊かで、空気が綺麗でもある。

私は景色を眺めながら歩いていると、城の鐘が鳴った。


『嘘つき』

「……!?」


背筋が凍る。

声が聞こえた瞬間、振り返る。

そこには誰もいない。

ただ、廊下を風が吹き抜けていくだけだった。


「……誰?」


返事はない。

聞き間違い。

そう思うことにした。

だが――。

胸の奥がざわつく。

まるで、その言葉に心当たりがあるみたいに。


「流石に……休まなさすぎるのかな」


そう呟いてみても、不安は消えなかった。


―――ゴーン、ゴーン、ゴーン……。


「いけない! 遅れる!」


景色を長く眺め過ぎたせいで、約束の時間が過ぎてしまった。

普段は遅刻しないのだが……この日は嫌なことが重なり過ぎて、行動が遅れてしまった。


「っく……! 仕方ない! 奥の手!!」


私は近道を使うべく、スキルを発動する!

足に魔力を込め、そして窓から飛び出した。


「『跳躍』!!」


ドンッ!!

床を蹴った瞬間、身体が一気に空へと押し上げられる。

私は高く、高く飛んだ。

眼下に広がる城、遠くに見える街並み、風景がみるみる小さくなっていく。

このまま訓練所へ向かう。


スカート?どうでもいい!

私のを見たって何の得にもならないし、超スピードで降りているから見られるわけがないからね。

高く飛んだ私は、風を感じる。

髪を揺らしながら吹き抜けていく風。

肌を撫でる心地良い空気。


「気持ちが良い……」


思わず頬が緩む。

胸の奥に溜まっていた重苦しいものが、少しずつ風に溶けていくようだった。

さっきまでの嫌な気分が吹き飛ばされるような気がした。


空を飛ぶのは好きだ。

何もかも忘れられる気がするから。

跳躍で飛んでいると、一樹達の姿が見えてきた。

それに気づいた一樹が、周りの人達に退避するよう合図を送っているのが見えた。


あ、やばい。

思ったより飛び過ぎたかもしれない。

訓練所への着地まであと少し。

私はスキルを唱える。

そして、ギリギリのところで地面に向けてスキルを発動させた。


「『風圧』」


ボォォォォォッ!!


足元で圧縮された風が炸裂する。

衝撃を相殺しながら、私は地面へと降り立った。


ドォンッ!!


砂煙が大きく舞い上がる。

その砂煙が二人へ向かって降りかかった。


「げほっ! げほっ!」

「ごほっ、ごほっ!」


一樹と佐野の咳払いをする声が聞こえる。


……あ。

ちょっとやり過ぎたかも。


「ごめん!」


煙が晴れると、一樹と七海の姿があった。

二人とも砂まみれになっている。

一樹は額を押さえながら、少し叱るような口調で言った。


「おいおい! あぶねえだろうが!!」

「ごめんごめん! 遅れそうになったからさ!」

「軌光石で念話すればいいだろ!」


正論である。

っく……言い返せない!

思わず視線を逸らした。


「あー……ごめんね?」

「ったく、気をつけろよな」


一樹は呆れたように肩を竦める。


「本当だよー。気づかなかったら大惨事だったんだよー?」


七海も頬を膨らませながら抗議する。

だが、その表情に本気で怒っている様子はない。

そのことに少しだけ安心した。


「次から気をつけます……」

「よし」

「うんうん」


二人は満足そうに頷く。

思わず苦笑が漏れた。

こんなやり取りをしたのは、いつぶりだろう。

黒杉がいなくなってから、笑うことさえ減っていた気がする。

一樹と七海はそう言うと、そのまま三人で訓練を始める。

剣を振り、走り、また剣を振るう。

身体が悲鳴を上げても止まらない、止まれば、また考えてしまうから。

次は約束したことを守れるように、がむしゃらに頑張ることしかできない。

まだ足りない、もっと強くならないと。


「待っててね、楊一」


青空を見上げながら、胸の奥でそっと呟く。

必ず、迎えに行くから。

今度は絶対に一人にしない。


――――― 「板野の部屋」


板野は自分の部屋に戻る。

扉を閉めた瞬間、堪えていた笑みが零れそうになる。

美空に会えて興奮する気持ちを抑え、笑いをこらえた。

その場で襲っても良かったが、今はその時ではないと、その欲望を抑える。

まだ早い、もっと完璧な形で手に入れなければならない。

不気味に口角を上げ、呟く。


「イヒッ、ヒヒ……美空さン……は僕の物に……」


目ざわりの、アイツが消えたんだ。


「時間がかかってしまったヨ……それも全部アイツのせいだ!!オレハ悪くない」


そうだ、全てはアイツだ。

アイツのせいで振り向いてくれなかった!

アイツのせいで邪魔された!

だから、排除しなければならなかったんだ。


「でも……今はアイツはいない、そうだッ!!いないッ!!」


アイツはこの剣で刺して、殺したんだ。

奈落の底に落ちたんだ!生きてるはずがない!


板野は、自分の剣を取り出し、恍惚とした目で黒い剣を見つめる。

その剣は、血がべっとりとついていた。

乾いた血が黒く変色し、刃にこびり付いている。

あの日から洗っておらず、記念品として保管していた。


「運が良かったよ……皆、ケルベロスに夢中で、どんどん魔力を消費しちゃってさあ……ヒヒッ、簡単に拘束が出来たよ……バカダナぁ」


誰も気付かなかったし、誰も疑わなかった。

だから成功した。

運は僕に味方してくれたんだ!


"あの人"のおかげで、ボクの願いが叶ったんだ!


「あぁ~!晴渡さん!美空さん……!ハァ……ハァ……」


そう言って、ポケットから何かを取り出す。

美空の写真だ。

何度も取り出したせいか、端の方は少し折れていた。

板野は、その写真を舐めながら、自分の唾液で美空に直接触れ合っていることを想像して興奮する。

歪んだ顔が、さらに恍惚とした顔になる。


「もう少し……もう少しだからネェ……」


部屋の中に、湿った笑い声だけが響いていた。


「ヒヒッ……ヒヒヒヒヒ……」

「もう少し、僕のモノになるんだね……あぁあああああ!」


なんて、素晴らしいんだ!!

きっと、次は僕に振り向いてくれる筈!

部屋には美空の写真がびっしりと貼られていた。

壁も、机も、天井でさえも。

視界のどこを向いても、美空の姿がある。


「俺は忘れないよ……?君は私を助けてくれたんだ!」


写真には色々あった。

笑っている顔や、怒っている顔。

入浴している姿や、下着姿……。

今まで彼が撮った写真だった。


「我は君の事、何でも知ってるんだ。ヒヒ、イヒヒッ!」


板野は既に壊れていた。

愛し過ぎるあまり、その愛は狂気に染まっていた。

もう、戻れないだろう。


「あぁ、綺麗だなぁ……いっそのこと、絶望させて、私の物に……、いやアイツの死体を取りに行って、その前で……。ああ、興奮してきた」


最初に汚すなら、俺が汚したい!

二度と逆らわないように、絶望を与えて、僕が希望を与えなきゃいけない。

そうすれば分かってくれる。

そうすれば愛してくれる。

そうすれば――。


「いや、私にはまだ早いだろう!もうちょっと距離を詰めてだな……」


そうだ、時間ならまだたっぷりあるんだ。

どうせ、この世界は……出られないんだから。


「それからじっくりと愛を育むんだ。君と板野でね……」


きっと、伝わる筈、理解してくれる筈。


「ボクは美空ちゃんを壊したい。彼女のもがき、泣き、そして堕ちて行く姿を……!」


あぁ、想像するだけでも興奮する!


「ねぇ、見せてよ、俺達に……。目、口、白い肌、髪、耳、足……。まとめて愛してあげるからさ……」


そう言って、壁に張り付いた写真を舐める。

その瞳には理性の欠片も残っていない。

一人、その部屋でブツブツと話す。

誰もいない、返事をする者もいない。

それでも板野は、そこに美空がいるかのように語り続ける。


「ヒヒッ……ヒヒヒヒヒ……」


部屋の奥で、湿った笑い声だけがいつまでも響いていた。


――――――訓練所


「ハァアアアアア!!!! 雷閃光らいせんこう!!」


美空の剣が閃光の如く駆け抜ける。

空気を切り裂きながら放たれた一撃は、一樹の首元へと一直線に迫った。

その剣は、殺す勢いで一樹に向けて振るわれる。


「遅い!!」


ガキィンッ!!


一樹は身体強化を纏った肘と膝で、その一撃を挟み込むように受け止めた。

そのまま、お互いに近接戦へと持ち込む。

文武両道の彼女は、元の世界では格闘技も嗜んでいた。

一樹程ではないが、身体強化で能力を向上させながら応戦する。


蹴り、拳、そして剣。


互いの攻撃が絶え間なくぶつかり合う。

一樹は剣を抑えている為、片手しか使えない状態だったが、それでも絶妙な体捌きで攻撃を捌いた。


「やるわね……!」

「お前もな!」


二人は互いを突き放し、距離を取る。

土煙が舞う。

美空は剣を再び構えた。


その時だった。


ゾクッ――。


背中を冷たいものが這い上がる。

全身の毛穴が開くような感覚。

思わず息が止まった。


「……っ」


背筋が凍る。

そして、その嫌な感覚のした方向を見る。

そこには、高くそびえ立つ城があった。

何も変わらない、いつも見慣れた城だ。

だというのに、まるで何かに見られているような錯覚を覚えた。

その様子に気付いた七海が、不思議そうに声を掛ける。


「美空ちゃん、どうしたの?」

「いや、何でもないわ」


そう答える。

だが、胸の奥に残った不快感は消えない。

僅かに感じた悪寒が気持ち悪い。

何かの予兆だろうか、どうにも嫌な予感がした。

悪寒を抱えたまま、訓練を続ける。

美空は二人を心配させまいと、いつも通り振る舞った。


「さあ! 続きよ! 私たちはもっと強くならなきゃいけないんだからね!」

「おう! そうだな! 強くなって早くアイツの所に迎えに行こうぜ!」


その言葉に、美空は小さく頷いた。

そうだ、立ち止まっている暇なんてない。

楊一を迎えに行く為にも、もっと強くならなければならない。

そう言って、今日も剣を振る。


汗を流し、傷を負い、何度でも立ち上がる。


――――――訓練後


気が付けば空は赤く染まっていた。

何時間剣を振っていたのか分からない。

地面には無数の足跡が刻まれ、訓練用の木人も傷だらけになっている。


「今日はここまでにするか」


一樹が鉄鋼腕を外しながら言った。


「賛成~。もう腕が上がらないよ~」


七海は傷だらけの二人をひたすら回復してたせいなのか、その場に座り込み、両手をぶらぶらと振る。

美空も息を整えながら剣を鞘へ収めた。

身体は重い、腕も足も悲鳴を上げている。

だが、それでも足りない気がした。


「美空?」

「え?」

「終わりだぞ?」


一樹が不思議そうな顔をする。

どうやら無意識に剣を抜こうとしていたらしい。


「ご、ごめん」


慌てて手を離す。

そんな美空の様子に、一樹と七海は顔を見合わせた。


「最近、訓練し過ぎじゃない?」


七海が心配そうに聞く。


「そんなことないわよ」


即答だった。

だが二人は納得していない。


「いや、してるだろ」


一樹は呆れたように言う。


「朝から晩まで訓練してるじゃねえか」

「普通よ」

「普通じゃねえ」


即座に否定された。

美空は少しだけ視線を逸らす。

分かっている、無理をしていることくらい。

だけど、止まれなかった。

止まれば考えてしまう。

考えれば思い出してしまう。

あの日のことを、奈落へ落ちていく黒杉の姿を。


「……」


美空は黙り込む。

その様子を見て、七海が小さく息を吐いた。


「美空ちゃん」


優しい声だった。


「ちゃんと寝てる?」


その言葉に、美空の肩が僅かに震える。

図星だった。


「寝てるわよ」

「嘘」


また即答だった。


「目の下すごいもん」


七海に言われ、思わず目を逸らした。

一樹も腕を組む。


「最近ずっとクマあるしな」

「別に平気だから」

「なんども言わせんな、平気じゃねえだろ」


一樹の声は少しだけ強かった。

その言葉に、美空は何も返せなくなる。

沈黙が落ちた。

風だけが吹き抜けていく。

やがて七海が空を見上げながら呟いた。


「楊一くんならさ」


その名前に、美空の心臓が僅かに跳ねた。


「きっと怒ると思うよ?」

「え?」

「無理し過ぎだーって」


七海は苦笑する。

その姿が少しだけ黒杉と重なった。


「あー!確かに」


一樹も笑う。


「あいつ、自分のこと棚に上げて言いそうだな」

「絶対言う」

「言うわね」


三人の間に小さな笑いが生まれた。


久しぶりだった。

こんな風に笑ったのは。

だが、その笑いは長く続かない。

すぐに静寂が戻る。

夕焼けが訓練場を赤く染めていた。


「……なあ」


一樹が空を見ながら呟く。


「生きてると思うか?」


その言葉に二人は黙った。

凄惨な別れをしてから、一度も話題にしなかった。


黒杉楊一の生存


誰も答えない、答えられない。


「生きてる」


最初に口を開いたのは美空だった。


「絶対に生きてる」


自分に言い聞かせるような声だった。


「じゃないと困るの」


ボロボロで豆だらけになった拳を握る。

爪が食い込む。


「まだ謝れてないから」


あの日。

何も出来なかった。


「それに……」


守れなかった。


「しぶといのは、楊一の"特権"でしょ?」


その言葉に、一樹と佐野は目を大きくする。

そう、黒杉がいつも言っていたこと。

口にしている姿を想像すると、二人は自然に笑みが零れた。


「だな」

「そうだね!美空ちゃん!」


あの人は……絶対、諦めない。

だから、だからこそ……。


「絶対に迎えに行く」


夕日に照らされたその横顔は、どこか痛々しかった。

一樹と七海は何も言わない。

ただ静かに頷く。

三人はしばらく赤く染まる空を見上げていた。

それぞれが、それぞれの想いを胸に抱きながら。


だが、美空は知らない。


その平穏が、静かに終わりへ向かっていることを。


そして――。


自分のすぐ傍に、危険が迫っていることを……。


ヒロインの一人をちょっと曇らせるのも、また栄養が高い

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ