第八話 コラボ配信①
協会本部の地下訓練エリア。
その最奥にあるB級ダンジョン前は、朝から異様な熱気に包まれていた。
探索者、配信スタッフ、協会職員、スポンサー企業の担当者。
さらに許可を得た報道関係者までいる。
普通のダンジョン任務では絶対に見ない人数だった。
「……うるさ」
天城悠真はゲート前でそう呟いた。
今日は協会公式のコラボ配信。
探索者向け教育配信という建前だが、実際は“人気S級探索者の実戦公開イベント”みたいなものだ。
しかも今回のメインは、白銀レイナ。
日本に六人しか存在しないS級探索者の一人。
当然、注目度は桁違いだった。
「配信開始十分前で視聴者四十万人超えか……」
スタッフが青ざめた顔でモニターを見ている。
悠真はその数字を横目で見て、軽くため息を吐いた。
「そんな見るか普通」
「見ます」
横から即答。
白銀レイナだった。
いつもの黒い戦闘服姿。
長い銀髪を後ろでまとめ、表情は相変わらず薄い。
だが周囲の空気だけは、彼女が立った瞬間に少し張り詰める。
「S級探索者の配信は国家レベルの注目案件です」
「国家レベルって配信に使う言葉じゃないだろ」
「使います」
「断言された……」
悠真は改めて周囲を見る。
配信用ドローンが数機。
空中に浮かぶコメント表示用ホログラム。
魔力通信アンテナ。
戦闘ログ解析装置。
もはや配信というより、軍事演習に近い。
探索者という職業は、十年前とは大きく変わった。
昔はただの命懸けの仕事だった。
だが今は違う。
人気が金になる。
実力が数字になる。
そして数字が、そのままギルドの価値になる。
強い探索者が配信を行えば、スポンサーが付き、ギルドの知名度が上がり、人材が集まり、国家からの支援まで変わる。
だから今の時代、多くの探索者が配信を行う。
特に若い探索者ほど、その傾向は強い。
危険なRTA配信をする者。
未踏破ダンジョンに挑む者。
レアモンスター討伐専門の配信者。
中には命を落とす者もいる。
それでも配信文化は止まらなかった。
なぜなら、見られること”自体が力になる時代だからだ。
「天城さん、マイク確認お願いします!」
「はいはい」
スタッフに呼ばれ、悠真は胸元の小型通信機を触る。
「音声大丈夫です!」
「カメラ接続OK!」
「魔力反応同期完了!」
忙しなく動くスタッフたち。
その横で、レイナはいつも通り静かだった。
「お前、緊張しないの?」
「なぜですか?」
「いやこの人数」
「慣れています」
即答だった。
S級探索者って全員こんな感じなのか、と悠真は少しだけ思う。
その時、空中モニターにカウントダウンが表示された。
『配信開始まで 00:10』
一気に周囲の空気が変わる。
スタッフたちが最後の確認に走る。
コメント欄の流れも加速していた。
『きたあああ!!』
『レイナ配信!』
『今日のコラボ相手誰?』
『新人?』
『顔いいな』
悠真はコメントを見て微妙な顔をする。
「なんか勝手に品評会始まってない?」
「通常です」
「通常嫌すぎるだろ」
『3』
『2』
『1』
『配信開始』
視界の端に“LIVE”表示が浮かぶ。
同時にコメント欄が爆発した。
『レイナーー!!』
『待ってた!』
『S級きた!』
レイナは軽くカメラを見る。
「白銀レイナです。本日は協会訓練用B級ダンジョンの実戦配信を行います」
落ち着いた声。
それだけでコメント欄がさらに加速する。
『声良すぎ』
『安心感えぐい』
『もう強い』
続いて、カメラが悠真へ向く。
「……天城悠真です」
『新人だ!』
『一般人感ある』
『レイナの横だと余計普通に見える』
「そのコメント地味に傷つくな……」
「事実です」
「フォローしろよ」
ゲートがゆっくり開く。
瞬間。
空気が変わった。
重い。
魔力が濃い。
肺に入る空気そのものが、地上とは別物だった。
「……やっぱダンジョンって慣れないな」
「今回は特に濃いですね」
レイナが小さく呟く。
悠真はその言葉に少し引っかかった。
「特に?」
「通常のB級より魔力濃度が高いです」
「それ先に言えよ」
内部は洞窟型だった。
壁面には青白い魔力結晶が埋まり、淡く発光している。
水滴の音。
岩肌を流れる微かな魔力。
そして奥から漂う“気配”。
ダンジョンは生きている。
そう感じさせる空間だった。
「ちなみに皆さん」
レイナが配信向けに話し始める。
「ダンジョン内のモンスターは、討伐しても一定期間で復活します」
『きた講座枠』
『初心者助かる』
「内部には大量の魔力が循環しており、その魔力によってモンスターが再構築されるためです」
悠真も聞きながら歩く。
「基本的には同じモンスターが復活しますが、稀に特殊個体が発生します」
「イレギュラーってやつか」
「はい」
その時だった。
奥の暗闇が揺れる。
気配。
複数。
「来ます」
レイナが言った瞬間、影が飛び出した。
狼型魔獣。
B級モンスター《ガルム》。
通常個体よりやや大型。
『きた!』
『ガルムだ!』
一体目がレイナへ飛びかかる。
だが次の瞬間。
レイナが消えた。
正確には、“見えない速度で移動した”。
拳。
衝撃。
ガルムが吹き飛ぶ。
一撃。
終わり。
『はっや』
『見えなかった』
『S級やば』
二体目。
三体目。
連続で襲いかかる。
だがレイナは表情一つ変えずに迎撃する。
最小動作。
最短距離。
まるで“結果だけ”が残っているような戦い方だった。
「……相変わらずめちゃくちゃだな」
「通常です」
「その通常怖いんだよ」
だがその時。
悠真は違和感を覚えた。
(少し多いな)
ガルムの数。
そして気配。
B級にしては魔力の流れが妙に乱れている。
さらに奥。
暗闇の中から、もう一体現れる。
だが今度は違った。
通常個体より遥かに大きい。
全身の毛が黒く変色し、目が赤く光っている。
「特殊個体……?」
悠真が呟く。
レイナが目を細めた。
「《黒牙ガルム》です」
コメント欄が一気に加速する。
『黒牙!?』
『B級で出るのかよ』
『レア個体じゃん!』
黒牙ガルムが咆哮する。
空気が震える。
普通のB級探索者なら、それだけで足が止まる圧。
だが悠真は普通に前へ出た。
「これ、俺やっていい?」
レイナが少しだけ悠真を見る。
「……壊しすぎないでください」
「それ許可なのか?」
次の瞬間。
黒牙ガルムが突進する。
速い。
だが悠真は避けない。
踏み込み。
拳。
轟音。
空気が爆ぜる。
黒牙ガルムの巨体が横へ吹き飛び、岩壁に激突した。
洞窟全体が揺れる。
一瞬、コメント欄が止まった。
『……は?』
『今の新人?』
『ガルム吹っ飛んだんだけど』
『火力おかしくね?』
悠真は軽く拳を振る。
「思ったより硬いな」
「それB級特殊個体です」
「いやでも倒しきれてないし」
「普通は今ので終わっています」
黒牙ガルムが再び立ち上がる。
怒り狂ったように咆哮。
黒牙ガルムが地面を砕きながら突進する。
先ほどより明らかに速い。
特殊個体特有の“怒りによる魔力増幅”。
周囲の岩壁にヒビが走り、洞窟内の魔力が荒れ始める。
『うわ速っ!?』
『B級じゃねえ』
『新人避けろ!!』
だが悠真は動かなかった。
正確には、“必要以上に動く気がなかった”。
迫る黒牙ガルムを正面から見据えたまま、ほんのわずかに重心を落とす。
それだけ。
レイナが横で小さく呟く。
「……また雑ですね」
「何が?」
「出力調整です」
「そんなのしてないぞ」
「してないのが問題なんです」
次の瞬間。
黒牙ガルムの爪が振り下ろされる。
普通の探索者なら防御ごと身体を持っていかれる一撃。
だが悠真はその腕を片手で受け止めた。
轟音。
衝撃波。
地面が砕け、周囲の岩が吹き飛ぶ。
『!?!?』
『片手!?』
『今受け止めた!?』
悠真自身は少しだけ眉をひそめる。
「……重いな」
「B級特殊個体ですから」
「いや、そういう問題か?」
黒牙ガルムがさらに力を込める。
筋肉が膨張し、魔力が噴き出す。
だが悠真の腕は微動だにしない。
まるで大型機械に固定されたみたいに、そこから全く動かなかった。
コメント欄が一気に荒れる。
『意味分からん』
『新人の方が化け物では?』
『いや何だ今の』
悠真は黒牙ガルムを見ながら、少しだけ考える。
(確かに強いな)
普通のB級探索者なら危険だろう。
A級でも油断すれば死ぬ。
だが――。
(俺には、そこまででもない)
その感覚が自然にある。
昔からそうだった。
力加減だけが分からない。
次の瞬間。
悠真は黒牙ガルムの腕を掴んだまま、強引に身体を捻る。
巨大な魔獣の身体が浮く。
「うおっ……!?」
そのまま地面へ叩きつけた。
轟音。
衝撃で岩盤が陥没する。
『は!?』
『投げた!?』
『いや待て待て待て』
黒牙ガルムが苦しそうに暴れる。
だが悠真はそこでようやく気づいた。
「あ、配信中だった」
「今さらですか」
レイナの声はいつも通り冷静だった。
「少し抑えてください」
「いや抑えてるぞ?」
「その状態でですか」
「?」
会話が成立していない。
その時だった。
洞窟奥の魔力が、突然大きく揺れる。
空気が変わる。
悠真もレイナも同時に奥を見る。
「……まだいるな」
「はい」
レイナの声がわずかに低くなる。
そして。
暗闇の中で、複数の赤い光が灯った。
目だ。
一つではない。
二つでもない。
十。
二十。
さらに増える。
『え、嘘だろ』
『群れ!?』
『こんな発生ある!?』
ガルムの群れ。
しかも通常個体ではない。
全て黒く変色している。
特殊個体化。
異常発生だった。
レイナが静かに前へ出る。
「通常の発生率ではありません」
「だろうな」
「ダンジョン内部の魔力循環が乱れています」
「簡単に言うと?」
「嫌な状態です」
「雑だな説明」
だが悠真は少しだけ笑っていた。
恐怖ではない。
むしろ逆。
(ようやく少し面白くなってきた)
そんな感覚だった。
次の瞬間。
群れが一斉に動く。
黒い影が洞窟内を埋め尽くす。
普通なら絶望する光景。
だが。
悠真は前に出た。
「レイナ」
「はい」
「どこまで壊していい?」
一瞬だけ沈黙。
そしてレイナは小さく息を吐いた。
「……配信が止まらない程度でお願いします」
「難しい注文だな」
悠真が地面を踏み込む。
その瞬間。
空気が震えた。
配信用ドローンの映像が一瞬乱れる。
『え?』
『今なんかノイズ走った?』
『魔力反応跳ね上がってる!?』
悠真はそのまま群れへ突っ込む。
速い。
だがレイナの“見えない速さ”とは違う。
もっと荒々しい。
純粋な身体能力で空間を押し切るような動き。
一体目。
拳。
頭部粉砕。
二体目。
蹴り。
壁ごと吹き飛ぶ。
三体目。
掴む。
そのまま別個体へ叩きつける。
衝撃。
轟音。
洞窟が揺れる。
『いや火力!!!!』
『新人の戦い方怖すぎる』
『人型の災害だろこれ』
レイナはその様子を見ながら、小さく目を細める。
(やはり制御していない)
しかも本人は無自覚。
それが一番危険だった。
悠真自身は、そこまで力を入れている感覚がない。
ただ普通に殴っているだけ。
だがその“普通”が、周囲と噛み合っていない。
最後の一体。
最も巨大な黒牙ガルムが咆哮する。
洞窟全体が震える。
B級の枠を超えた圧力。
だが悠真は真正面から歩いていく。
「お前、ちょっとうるさいな」
黒牙ガルムが飛びかかる。
その瞬間。
悠真は拳を振った。
轟音。
衝撃波。
巨大な黒牙ガルムの身体が空中で止まり、そのまま後方へ吹き飛ぶ。
岩壁を何枚も突き破り、奥の空間まで消えていった。
静寂。
『…………』
『今の何?』
『え?』
『B級ダンジョンだよなここ』
悠真は拳を見ながら首を傾げる。
「……あれ?」
「壊しすぎです」
レイナが即答した。
「いや今のは向こうが勝手に飛んだだろ」
「飛ばしました」
「言い方」
その時。
洞窟奥から、わずかに“別の魔力”が流れた。
レイナの表情が変わる。
初めてだった。
「……悠真」
「ん?」
「まだ終わっていません」
洞窟のさらに奥。
本来存在しないはずの暗闇が、静かに蠢いていた。




