第十話 巌に囲まれた町にて(中編)
がやがやと、小さな街にも関わらず賑わっているハルジオンは平和そのものだった。
「やはり、いいな。この町は」
「ん?何か言ったかい?」
「いえ、なんでもありません。ただ、思っていたよりも盛況だったので驚いていたのです。今の時代にしてみれば、珍しいので」
素直な感想が口から出たが、どうやら聞こえていなかったらしい。
視線をアルターから反らし、町の中でも一層盛り上がっている場所に目を向ける。
「あぁ。言われてみれば、ハルジオンはきれいに繁栄しているね。こちらでの生活が基盤になっているせいで気が付かなかった。確かに、王都は少し物静かで『灰色』という表現がしっくりくる雰囲気になっているからね。やっぱり雲の量が関係しているのかなぁ」
空を覆う雲の量に差はない。
それが魔術師であるカナタの見解だった。しかし、エビデンスはない。件の魔術を完全に理解することができていないからだ。魔術に精通しているカナタですら確信が持てない内容なのだから非魔術師は、カナタ以上に雲への理解が皆無だ。
それもあってか、一般的に空の雲は王都に行けば行くほど分厚く、濃くなるのだという考えが主流だ。
「…そう、かもしれませんね」
王都での生活を思い出しているのか、二人には哀愁が漂う。
「……さ。暗い話は終わりにして、これからの話をしよう。カナタの嬢ちゃんはこれからどうする感じなんだい?」
「あ、わたしはアビゲイル・ルージュフォードさんに届け物があって…」
「アビゲイルさんか、場所は分かっていると思うけど……私とはここでお別れになりそうだな。アビゲイルさんの家とは離れたところに用がある。できれば案内でもしようかと思っていたのだが…無理そうだ」
「いえいえ、無理なさらずとも大丈夫ですよ。住所の方も記載がありましたから」
「…わかりました。それでは、契約の方も終了ですな」
「はい、そうですね。ありがとうございました」
カナタは手を差し出す。
「こちらこそですよ。ありがとうございました」
答えるようにアルターも手を差し出し、軽く握手を交わした。
昼のピークの時間を過ぎても、目の前に広がる出店の商店街はその賑わいを保っていた。
アルターの背中が見えなくなるまでは見送りをしてから、改めてハルジオンを見ていると少しばかり圧倒されていたらしい。門から外れた完璧に寄りかかり、これまでの旅の疲れと圧倒された心の休憩を挟んでいた。
「——よしっ」
軽く足を叩きながら歩き始める。
暖かい雰囲気を全面に出ている商店街は新しく来たお客にも無理強いはしない。
ただ、
「お、旅の人かい?うちでとれた新鮮の野菜だよ。生でもおいしいからお一つどうだい?」
「お嬢ちゃんは、野菜よりもこっちのほうが興味あるだろう。石細工。王都の方でも売られているものだけど、お安くなっているよ」
「疲れてそうだな、良かったら串焼きなんてどうだ。おいしいぞ」
熱意はすごいことになっている。
ハルジオンは辺境に位置する。しかし、その辺境であるという点、岩壁や‟春呼びの風‟等の観光資材が存在する点、何より、雲が少ないと信じられている点で実は訪れる人が一定数いたりする。珍しい人種もいたものだ。というか、本当の辺境は辺境だなんて言われていない。誰もツッコムことはしないが、辺境なら場所も特徴も、名前すらも知られないだろう。
(それこそ、あそこの方が辺境だよなぁ。……えぇっと、なんだっけ、あそこの町は………花の名前みたいな感じだったんだけど……まぁいいか)
パッ、と周りを見てもカナタ以外に外部の人がいない。
それもそのはず、今はどちらかと言えば閑散期である。‟春呼びの風‟を感じることができるが、ローリエ山脈を超えることが困難なのだ。
串焼きを片手にそのようなことを考えながら、カナタは順調に町の中心部へと進んでいく。
観光が少々話題に上がる町だが、とても小さいこともあり、中心部にはものの数分もしないうちに到着してしまった。
ハルジオンは大きく分けて三つの区分に分けることができる。
住民の家が多い居住スペース
石細工が主である工業スペース
畑が大半を占める農業スペース
中心部である現在地は居住スペースではあるのだが、その他の二つのスペースへの距離がとても短い場所だ。つまり、ハルジオン内でもお金を持っている人達が住んでいる。
「えぇっと。……お、あった」
扉の脇にアビゲイルと書かれた札を見つける。お金持ちであることの証明か、周りの家々と違い、石細工の要領で作り上げられている。レンガをきれいに積み上げ作られた住宅は、さながら小さなお城のようだった。ついジロジロと見ていると、偶然後ろ通ったお爺ちゃんから訝しんでいるような視線を感じた。
慌てて、目的地である住家に近づいていく。
コンコンコン、と扉をノックすると扉の向こう側から「はーい」とかすかに声が聞こえた。
「アビゲイルさーん。王都からのお届け物でーす」
一瞬返事をするべきか迷ったが、一応することにする。住民にも聞こえたのか、「あぁ、ハイハイ」と納得のいったような声が再び聞こえた。
徐々に近づきつつあるのを扉越しに感じながら、扉の開けるスペース確保のために一歩後ろに引き下がる。すると、ちょうどカナタの居た位置に勢いよく扉が開かれる。不意に対面することになり、微妙な空気が漂う。
「……あ、すいません。最近、扉の建付けが悪いのか、うまく開かなくて。思いきり開けてみたのですが、考えていたよりも簡単に開いてしまって……」
紫に染まった長い髪の毛を上下に振り、謝罪する女性はカナタの目に留まる。
(珍しいな、紫なんて)
大きめの丸眼鏡をしているその女性は、カナタの反応が無いことに不安を覚えてか顔を上げてカナタの顔色を窺う。
「あ、大丈夫ですよ。ちょうど当たらない位置にいたので、かすりもしませんでしたから」
それを察して、少し早口で返事をする。
「それは、良かったです」
社交辞令である挨拶を済ませ、カナタは手荷物の中に仕舞っていた小包を取りだす。依頼された際、中身を確認させてもらったがとても珍しいものが入っていた。
「中身の確認をお願いします」
確認を急かされて、アビゲイルは慌てて小包を開ける。
中には魔力の籠った岩石である、魔光石が入っていた。石細工を生業とするならこの岩石も使用するのかと勝手に納得し確認の完了を待つ。
アビゲイルは魔光石を袋から取り出し、自前のライトやルーペを用いて状態を確認する。先ほどのオドオドした態度とは打って変わって、とても真剣な表情をしていた。
大陸には、仕事を斡旋してくれる斡旋屋というものがある。
太陽のない世界を快適に生きるために、設立された斡旋屋はどんな人でも依頼をすること、依頼を受けること、依頼を探すことのすべてができる。その代わりに依頼によって発生した利益の約一割を斡旋屋に寄付する必要がある。
基本的に斡旋屋は大きな町にしかない。しかし、ハルジオンのような一定数の観光が見込める町や、山間部の小さな集落軍のような場所には特別支部が設置され、半年に一度依頼を王都などの主要都市に流すことができる。
『快適には程遠いこの世界に小さな快適を』という謎のスローガンを掲げ、今日も斡旋屋は拡大を続けている。
いくつかあった魔光石は最後の一つになり、確認作業も同様にラストになっていた。紫の髪の毛をぼさぼさにしながら一心不乱に魔光石を見ているアビゲイルは、普段何をやっているのか疑問にもなったが邪魔をするのは良くないと質問するのは踏みとどまる。
ぼーっとアビゲイルを見ていると、初めてルーペから目を離した。
「ふぅ。確認終わりました」
「そうですか。…どうでしたか?品質は」
あそこまで本気で確認してくるとは思わず、つい不安になり聞いてしまう。
「大丈夫でした。よくここまで状態の良いままで運べましたね。何かコツでもあるんですか?」
魔術に頼っていましたとは言えない。
どうしたものかと悩んでいると、
「あ、もしかして、これが普通なのですか?実はいつもなら私自身で運んでいるのですがどうしてもうまくいかなくて…」
「そう、なのかもしれません。正直、今回運んだものは見たことのない鉱物だったので、もしかしたら特別慎重になっていたのかも」
ハハハと愛想笑いを浮かべながら勘違いしてくれた内容に乗っかる。魔光石を知っていても魔術を知らない者はごまんといる。きっとアビゲイルもそうなのだろう。
そのままの流れで、依頼料の受け渡しを済ませると、辺りが暗くなっていた。具体的に夜を告げるモノは無いが、直感的に黄昏の時間帯であることを察する。
「やば、急がないと」
焦り、斡旋屋ハルジオン特別支部へと走り出すカナタを、より急かすように賑わっていた商店街は静けさを思い出したかのように閑散としていた。




