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青春空手道部物語 ~悠久の拳~ 第1部  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第5章 大混戦模様!
40/80

40、女子個人形、決勝戦!

   ワアアアアアアアアアアアアアアアアア


「くすっ。勝ったのは、やっぱり森畑センパイか。あの等星の一年、キレだけに目が行った三十六歩だった。ものの本質、ワカってないなぁっ。所詮、競技スポーツだね、部活空手の考え方は。紛い物の形をやらないでほしぃんだよなぁ。イラつくしッ!」


 森畑がインターハイの出場権を勝ち得たあとに、いよいよ決勝戦が行われる。

 昨年のインターハイと国体を制した形の絶対女王こと諸岡里央 対 新進気鋭の若き彗星、末永小笹。

 両者の決勝戦は、柏沼高校としても目が離せない最後の一戦となった。


「ふぅぅっ・・・・・・、よかったぁ。終わったぁーっ・・・・・・」


 決定戦を終えて気を抜いた森畑に対し、決勝戦へ向かう小笹が一言、口を開く。


「オメデトウ。森畑セーンパイっ! くすくす。ま、このあとワタシは、消化試合だけどねー」

「なによ。決勝戦でしょうに! 消化試合なんて言わず、全力でやってきなさいよ」

「ま、言われずともですけど。じゃ、ワタシ本来の持ち形を、決勝で少し見せましょうか?」

「え? 本来の? じゃ、今まではなんだったのよ? あのパーチューも、本気じゃないわけ?」

「今まで? んー。練習試合みたいなお試しモン、ってとこですかねぇ? 正直ワタシは、等星潰して沖縄インターハイにさえ出られればいいんです。約束あるんで。ま、今日は遊びですかねー? くすっ!」


 小笹は、森畑に向かって常に笑顔でケラケラ笑って話しているが、その目だけは笑っていない。


「は、はぁーっ? な、何を言ってるのよ。これ、大会よ? 遊びなんて、そんなわけないんでしょ!?」

「くすっ。冗談ですよ。じゃ、決勝、さっさと終わらせてきまーす! バーイ! あははっ!」

「(ほんと、なんなのこの子・・・・・・。いまだ底が見えないんだから。でも、本当に強い!)」


 ついに、女子個人形の決勝戦が始まる。

 「実力的にはどちらが勝ってもおかしくない」と、前原はごくりと息を飲んだ。


   ~~~Bコート。女子個人形、決勝戦を行います!~~~


「陽二! あっちのコート、ついに女子の決勝だ。インターハイ女王 対 無名の新人 だなー」

「あの海月女学院の子、何だかんだで余裕の決勝進出か。こりゃ、目が離せないぞっ」

「俺らのコートは、試合回ってくるまでまだ時間がある。それまで見ていようぜっ!」


 別のコートから、井上と中村も見つめている。

 気合いの乗った諸岡に対し、気合いを見せない小笹。コートの両側に立ったそれぞれの選手は、どこをどう見ても対象的。いったい、二人は決勝戦でどんな形を演武するのだろうか。

 まず、赤の諸岡が入場し、先行で演武だ。


   スゥゥ・・・・・・ スッ   すぅぅぅぅっ・・・・・・


「スゥーパァー・・・・・・リィンペェェェェーーイッ!」


 諸岡の声は、先程の矢萩とは比べ物にならない貫禄を持っている。闘気漲る発声と、気迫の破裂。

 その一瞬で、コート全体の空気に衝撃波が走るほどの迫力だ。


   スゥゥ コォォハアアァーッ・・・・・・

   ギュキュッ シュパパァン ギュキュッ シュパパァン

   ギュキュッ シュパパァン! スウウーッ フアアアアーッ

   シュバッギュルウッ パシィ! シュバッギュルウッ パシィ!

   スゥ シュウゥッ

   シュバッギュルウッ パシィ! シュバッギュルウッ パシィ!

   スゥ シュウゥッ

   シュバッギュルウッ パシィ! シュバッギュルウッ パシィ!

   スゥ シュウゥッ

   シュバッギュルウッ パシィ! シュバッギュルウッ パシィ!

   スゥ シュゥッ・・・・・・


 諸岡の形は、自信とキャリアと稽古量の全てが滲み出ており、一年生エースである矢萩とは比べ物にならなかった。これが、全国頂点を獲った高校空手界女王の形。

 見ている者が気迫に飲みこまれそうな、鬼気迫る凄い演武だ。

 左右の掌が二つ巴を描くように回転する回し受けは、寸分違わぬ軌道を何度も描く。四方八方に、その渦は右に左にと放たれる。


   ・・・・・・ダダァン! パパパァン!

   ササァッ! ギュウン シュバァッ えあぁーいっ!

   クルウッ ヒュババアッ スウッ サアァッ・・・・・・


 まさに圧巻。貫禄のスーパーリンペイを演武し終え、余裕の表情で戻る諸岡里央。

 続く小笹は、これを見ても余裕の表情。これから見せる形は、何を演武するのだろう。


   ひた  ひた  ひた  ひた  ひた・・・・・・


 軽快な足取りで入場する小笹。

 柏沼陣営や等星陣営、それ以外の学校関係者もみな、ただ静かに息をするのも忘れるくらいに集中し、小笹へ注目している。

 本当に隣のコートで男子の試合も行われているのかと思うくらいに、会場内は女子個人形に視線が集まっていた。


「・・・・・・アーーーーーーナァンッ!」

「「「「「 な! 今度は、アーナンだと? 」」」」」

「(ア、アーナンですって? 県内に、こんな形をやるやつがいるとは!)」


 観衆も諸岡も、もう、彼女に驚かされすぎたのか、苦笑いすら浮かべている。

 小笹が最後にもってきた形は、安南(アーナン)。かつて昔、世界選手権でこの形を引っ提げて頂点に君臨した人がいる。通算十年、世界五連覇を成し遂げた伝説の王者である嘉手本佐久雄(かでもとさくお)氏が十八番としていた形だ。

 そんな形を、十七歳の女の子がどう演武するというのか。そして、どこで習ったというのか。


   スゥ ススッ ググウーッ・・・・・・

   スラアァァッ シュルシュルウゥゥッ・・・・・・


「か、川田先輩。また知らない形です。何ですか、あの形は? 見たことない構えです!」

「アタシは知ってる。・・・・・・アーナン。沖縄が輩出した、伝説の世界王者が得意とした形だよ」

「で、伝説の世界王者!?」 

「どういうことなの小娘! ・・・・・・アーナンなんて、どこでどう覚えたっていうの?」


 川田と阿部も、小笹が始めたアーナンには戦慄の表情。

 小笹はゆっくり呼吸を溜め込むように両拳を開き、右半身になり左右の掌をまるで蝶が舞うかのようにこめかみから頭上に柔らかくS字に回し、右脇に構えた。

 この系統の形のみにある、独特の構えと導入部だ。


   ググッ・・・・・・  すうぅ  クワアアッ!


 左掌を前へゆっくり突き出し、深く息を吸い、小笹の目付きがこれまでと違って野性味を帯びた鋭いものへ一気に変わった。


   シュバシィッ! シュババ シュバシィッ! シュババ シュバシィィッ!


 衝撃波が会場全体に伝わるかのごとき、力強い掌底突き三連打。

 彼女の道着の袖が空気を吸い、そして破裂するようにまた吹き出す。鋭く乾いた破裂音が、技ごとに響き渡った。


   シュパパァンッ! シュパパァンッ! シュバッ パパパァン!

   シュバシィッ! シュババ シュバシィッ! シュババ シュバシィィッ!

   スウゥー ババッ! スウゥー ババッ!  ヒュウンッ パアァァァン!

   シュシュッ シャッ シャシャッ パァン! つあぁぁーーーいっ!

   クルゥ シュシュッ シャッ シャシャッ パァン! つあぁぁーーーいっ!


「す、すごっ! 完全に、アーナンの技を使いこなしてる。ど、どういうことなの?」


 決定戦を終え、フロア入り口近くで川田と阿部に合流寸前の森畑も、振り返って決勝戦に魅入っている。諸岡のスーパーリンペイを眺めていたときよりも、食い入るように。


   シュゥゥ ザシュッ ダダァン シュババァッ! パパァン! ググウゥッ

   シュゥゥ ザシュッ ダダァン シュババァッ! パパァン! ググウゥッ


 小笹はどんどんキレを増し、演武を続ける。

 人差し指を立ててそこから大地を踏み割るかのごとき四股立ちの踏み込みと共に肘当てをし、また力強く握り戻す。ここで体の軸をまったく歪ませず、バランス感覚も見事としか言いようがない。


   シュパアァァッ・・・・・・  ギュッ シュバシュウッ!

   クルゥ シュパパッ ザッ スパァァァン!

   フワアァッ・・・・・・ ザシュッ! ダダン!

   ダァァァン! グイッ クルッ バアアン!

   スウゥ シュバシュウッ! パパァン ザザッ ザザッ ギュゥゥ・・・・・・

 

 相手をつかみ、後ろへ投げ飛ばすかのような技を出し、すかさず強烈な下段足刀蹴り。

 そしてまた正面へ向き直し、凄まじい掌底突きを繰り出す小笹。


「(な、何者なんだ末永小笹! この形・・・・・・森畑以上っ。技の精度が、す、すごい!)」


 諸岡も赤サイドで直立して待機しているが、その表情に余裕はない。蒼白した戦慄の表情だ。


   パアアン! パアン!  ザシュゥ ドドンッ!

   つぇあああーぃっ!  スウゥッ

   スラアァァッ シュルシュルウゥゥッ・・・・・・


 開始と同じく優雅な構えに戻り、一礼して小笹は形を演武し終えた。

 礼をして顔を上げてくるときの表情は、気迫を抜かない残心を残した目と、やや笑った口元が印象的だ。


「す、すごい形だったね田村君! でも、諸岡さんの形もすごかったけど・・・・・・」

「前原! これ、どうなっかわかんねぇぞ! もしかすると、もしかするかもねぇー!!」

「前ちゃん! 尚ちゃん! こ、こりゃあ、もしかして・・・・・・」


 諸岡がコートに並び立ち、いよいよ注目の判定となる。決勝戦は主審含め、七人の審判が判定する。


「判定っ!」


   ピィーーッ!  ピッ!

   バッ!  ババッ!  バッ!  バッ!  ババッ!  ババッ!  ババッ!


   ワワアアアアアアアアーッ!  ワアアアアアアアアアアアッ!

   ざわわわわわわわ!  ざわわわわわわわっ!!


「恭子、見える? アタシんとこからじゃよく見えん! どっち? どっちだ?」

「わたしも数えてます。ええと、ええと! 赤が・・・・・・青がぁ・・・・・・」


 騒然とする館内。川田と阿部は、旗の数を必死に数えようときょろきょろ頭を動かしている。


   ざわざわざわざわ がやがやがやがやがや ざわざわ がやがや


「な、なんてやつだ、あの子! これは、おれの知る県内レベルの試合じゃない!」

「ま、まじかよ! 諸岡って、インターハイと国体の二冠女王だぜぇ・・・・・・っ」


 中村と井上も、動揺を隠せない。


「うそ・・・・・・やっぱり? 私が見ても、そうだと思ったけど・・・・・・」


 森畑も、結果の予想はできていたようだが、目を何度もぱちくりとさせ、驚いたままの様子。


「や、やはり、すごい勝負だったと言うことか、尚ちゃん。な、なんてやつらだ!」

「・・・・・・やっぱりねぇー。俺も思ったとおり。・・・・・・そーなるよねぇー」

「や、やっぱり、とんでもないことだよこれ!」


   どよどよ どよどよ がやがや がやがや


 騒然としてはいるが、誰もが一瞬、時間が止まったようになった。

 その判定による衝撃は、会場内の観衆全員を貫いていたようだ。


「「「「「 インターハイ女王が・・・・・・敗れたっ! 」」」」」


 赤旗三本。青旗四本。計七本。どう見ても、見紛う事なき、計七本。


「「「「「 (今日の予選大会はいったいどうなってるんだ! 大波乱の連続だぞ!) 」」」」」

「「「「「 (これはとんでもないことだよ! あの子、しかもまだ二年でしょう?) 」」」」」


   ざわざわざわざわ! ざわざわざわざわ!


「やったぁ。あっはははっ! ワタシ勝ったのねー。ま、こーんなもんよねっ!」

「し・・・・・・信じられない・・・・・・。県内戦で、私が、負けるなんて・・・・・・っ」


 屈託のない笑顔ではしゃぐ小笹。無表情で膝から崩れ落ちる諸岡。

 館内のざわめきとともに、天国と地獄を真っ二つに切り分けた決勝戦を終え、こうして女子個人形の全試合が終了した。


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