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学園一の美少女が失恋したいと泣きついてくるので困っています……  作者: 田奈から来た使者
俺と彼女の失恋作戦
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美少女と般若

「こんなところで澄木先生に会うなんて、すごい偶然だと思わない?」


「あぁ……うぅ……」


 十分後。


 俺たち三人はショッピングモール近くの喫茶店にいた。


 俺と澄花は並んで座り対面に女性が座っていたのだが、椅子に座ってから澄花は俺の袖を掴んだまま動こうとはせず、女性の質問にもわずかにうめき声を漏らすだけだ。


 澄花は明らかに女性に怯えているようだった。


 そんな澄花を見て俺は根本的な質問を女性に投げかける。


「あの……澄花とはいったいどういったご関係なんですか?」


 俺がそう尋ねると女性はハッとしたような顔をしてカバンから名刺を取り出して俺に差し出した。


「自己紹介がまだだったわね。私、澄木紗々先生の担当編集の結城富美加ゆうきふみかって言います。よろしくね」


 受け取った名刺を眺めると確かにそこには澄花が出している文庫本の出版会社の名前が印字されていた。


 なるほど、これで澄花のことを澄木紗々と呼ぶ理由が理解できた。

 一通り名刺を眺めると俺は顔を上げて再び女性、いや結城さんを眺める。


 結城さんは見たところ二〇代前半から後半ぐらいで、なんというか全体的に毛並みがいいというか清楚な雰囲気を漂わせた美人だった。


 ついでに言うと胸も大きい。


 俺もラノベ作家になったらこんな編集さんがいいな。


 と、密かに澄花を羨みつつも澄花を見やる。


 澄花は相変わらず俺の袖を掴んだままブルブル震えていた。


 俺には彼女がここまで結城さんを怖がる理由が理解できなかった。


 はっきり言って結城さんはかなり感じのいい、優しそうなおねえさんだ。


 できるならばその胸に今すぐにでも飛び込みたいくらいだ。


 と、そこで結城さんはティーカップを置くと笑顔のまま澄花を見やった。


「ところで、原稿の進みの方はどうですか?」


 そう、柔和な表情で尋ねる結城さんだが、澄花はそんな質問にびくっと身体を震わせる。


 そして、


「は、半分ぐらい……」


 と弱々しい声で答えた。


 が、その時だった。


 それまで柔和な表情を浮かべていた結城さんの眉間にほんの一瞬だけ、彫刻刀で掘ったような深い皺が入り、まるで般若のようなおぞましい表情になった。


 ……ような気がした。


 気がしたというのはそれがあまりに一瞬だったことと、そもそもこの温厚そうな結城さんがそんなおぞましい表情を浮かべるわけがないと俺が確信していたからだ。


 が、同じように結城さんを見ていた澄花の表情から血の気が引いた。


「おや? まだ原稿があまり進んでいないようですね?」


「それはその……」


「原稿はいつごろ上がりそうですか?」


「えぇ……うぅ……」


「先生。言葉にしないと想いは伝わりませんよ」


 すっかり委縮する澄花。


 そんな二人のやり取りを眺め愕然とする俺。


 それはまるで取調室の尋問のようだった。


 結城さんはその表情こそ柔和だが、言葉の節々に尋常じゃない威圧感がある。


 なんとなく澄花が彼女に怯える理由がわかるような気がした。


 ってか、そもそも俺たちと彼女が出会ったのも本当に偶然なのか疑わしくなってきた。


 と、そこで、テーブルの上の結城さんのスマホがブルブルと震えた。


 どうやら着信のようだ。


 結城さんは「ちょっとごめんね」とスマホを持つと店の隅へと駆けて行った。


「師匠……」


 と、俺の袖をぐいぐいと引っ張ると目に大粒の涙を浮かべながら俺を見やった。


 そして、


「私たち、このままだと殺されちゃいます……」


「いや、ちょっと待て。あれはお前の担当編集なんだよな」


「ですが、彼女は原稿を上げるためなら平気で人を殺す恐ろしい担当編集です……」


「いや、どんな担当編集だよ……」


 が、澄花の目は本気だ。


 と、その時だった。


「おい、ごらぁっ!! 舐めてんのかてめえっ!!」


 そんな怒号が店内に響き俺と澄花、いや、店の中にいる全ての人間が一斉に店の隅へと顔を向ける。


 そして、俺たちはそれこそトラウマレベルなものを見た。


 それは、さっき一瞬だけ俺たちの前に姿を現せた般若がスマホに向かって怒号を浴びせていたからだ。


「はわわっ!!」


 そんな般若こと結城さんを見た澄花は俺の腕にしがみついてブルブルと震えた。


「先生に逃げられただとっ!? おい、てめえ、あの原稿が今日中に上がらねえと全ての予定が狂うことを知ってるよな? 知っていててめえは先生を逃したのか? ああ?」


 と、結城さんは周りの目などお構いなしの様子で絶叫していた。


 気がつくと俺の身体も澄花同様にブルブルと震えていた。


「おい? 何が何でも今日中に原稿を手に入れるんだぞ? 多少、血生臭いことになっても絶対に原稿を上げさせろ。それが無理ならお前が原稿を書き上げろ。わかったな?」


 おい、血生臭いことになってもってなんだよ。


 俺には原稿を上げろという言葉が弾を取れという言葉に聞こえてくる。


「師匠……」


 再び澄花が俺の袖をぐいぐい引っ張った。


「なんだよ……」


「師匠、逃げましょう」


「は、はあ? 逃げるって……どこに?」


「どこでもいいです。ですができるだけ遠くに。奴らの手が回らないところまで逃げましょう」


「なんだよ奴らって……」


 が、確かにこのままだと本気であの般若に殺されかねない気がしてきた。


 俺は般若を見やる。


 幸いなことに般若は会話に夢中で、俺たちを見ていない。


 俺たちは音がしないようにそっと立ち上がると顔を合わせて頷き合った。


 そして、


「今だっ!!」


 俺たちは手を繋ぐと出口の方向を目指して全速力で駆けた。


 直後、それに気づいた般若は「おい、どこに行くっ!!」と叫んだが俺たちは構わず全力で走る。


 俺は走りながら一度だけ後ろを振り返った。すると、そこには俺たちを鬼の形相で見つめながらも店員に会計を求められる結城さんの姿があった。


 なんじゃこりゃ……。


 俺は不意に昔読んだ三枚のお札の話を思い出した。


※ ※ ※


 それからのことはよく覚えていない。


 俺たちはその後、例の喫茶店から二駅ほど離れたファミレスで、息を殺すように夜まで過ごして帰路に着いた。


 さすがに澄花も俺に悪いと思ったようで俺に昼飯と夕飯を奢ってくれた。


 よくよく考えてみれば彼女は売れっ子ラノベ作家なのだ。この程度のことは造作ないようだ。


「師匠、今日はなんだかごめんなさい……」


 澄花の家の近くまでやってくると澄花はそう言って頭を下げた。


「まあ、こういうのも、たまにはいいんじゃね……」


 そう言って澄花の頭の上に手を置くと澄花は少しだけほっとしたように笑みを浮かべた。


「それよりも……俺のこと好きになれそうか?」


 デートの目的は彼女が俺を好きになることだ。


 俺がそう尋ねると澄花は「う~ん……」と少し悩んだ顔をする。


「正直、よくわかんないです……」


「まあ、それもそうか……」


「でもっ!!」


 と、そこで澄花は顔を上げて俺を見つめた。


「今日のデートでもっと師匠のことを好きになりたいと思いましたっ!! だから、デートができてよかったです」


 そう言うと澄花は少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめた。


 そんな彼女を見て俺も少し恥ずかしくなった。



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