バルサミ星人と失恋作戦
それから俺はタクシーに乗り込み、一度家に帰り再びタクシーに乗って店に戻った。
その間、約ニ〇分。
店に戻った俺は新品の軽自動車が買えそうなバルサミ星人の着ぐるみを購入した。
そんな金がどこにあるかだって?
あったんだよ。いつか澄花に貰った大金がそっくりそのまま。
カウンターに札束を置いた俺に店主は目を剥いていたが、札束が本物だとわかると動揺しながらも着ぐるみを俺たちに手渡した。
店主は配送しようかと聞いてきたが、俺は自分で持って帰ると言ってバルサミ星人を担いで店を出た。
その間、藤谷はあまりの出来事に呆然と立ち尽くしていた。
まあ、そりゃそうだよな……。
店を出るころにはすっかりあたりも暗くなっていたので俺はバルサミ星人を抱えたまま彼女を家まで送ることになった。
その間、藤谷は何度も俺にバルサミ星人を購入した理由を尋ねてきたが、俺はその都度適当に嘘を吐いたが、結局、最後まで彼女の疑念が解かれることはなかった。
※ ※ ※
とにもかくにも藤谷を送り届けた俺はその足でとある場所へと向かった。
「…………」
俺は買ったばかりのバルサミ星人の着ぐるみを首まで着用すると頭だけを出して澄花の家のインターホンを鳴らした。
そう。
これこそが俺が大金を叩いてまでこれを買った理由だ。
はっきり言おう。
俺は澄花ともう一度、師弟関係をやり直したかった。
確かに澄花の原稿は完成したけれど、俺は師匠として澄花の気持ちを全く理解していなかったし、澄花との間にも、しこりが残ったままだ。
初めは嫌々やっていた失恋作戦だったけど、今となっては俺は澄花の原稿の完成を素直に嬉しいと思うし、彼女にもこんな形で俺から巣立ちさせたくない。
そして俺は師匠として澄花をきちっとした形で巣立ちさせられなかった責任感もある。
例の『嘘から出たまこと作戦』で俺が採用するべきだったのは澄花の気持ちを全く考えていない俺のつまらない原稿じゃなくて、彼女の原稿だった。
だから俺はそこからやり直そうと思う。
そんでもって改めて彼女の失恋をプロデュースして、二人で笑顔で師弟関係を解消したいと思ったから俺はここに来た。
インターホンを押してしばらくすると澄花の母親の声が聞こえてきたので俺は「か、柄木田と言いますが澄花さんいらっしゃいますか?」と尋ねる。
顔から上は出しているから母親には着ぐるみの部分は見えていないはずだ。
俺は少し緊張しながらもじっとインターホンを見つめていると母親は「あら、澄花のお友達? 呼んでくるからちょっと待っててね」と警戒する様子もなくインターホンを切った。
俺は門の前に立つと慌ててバルサミ星人の着ぐるみを頭まで被る。
そこで気がついた。
一人だと背中のファスナーが閉められない。
が、今更、そんなことに気がついたところでどうしようもなく、俺は後ろのファスナーは諦めて着ぐるみを被った。
あ、暑い……。
着ぐるみの中はまるで蒸し風呂のように暑く、サウナが苦手な俺には地獄のような空間だった。
が、これもまた今更気がついたところでどうしようもない。
暑さに堪えつつもしばらく門の前に立っているとガチャっと鍵の開く音が聞こえ佐々木家のドアが開いた。
半分ほど開いたドアから見覚えのある顔がひょっこりと出てくる。
間違いない。
それは一週間ぶりに見る紗々木澄花の顔だった。
澄花はバルサミ星人と化した俺の姿を見て「ひゃっ!!」と短い悲鳴を上げた。
そんな彼女を見て、俺は少しやり過ぎたと思ったが、もうどうしようもない。
一度は驚きのあまりドアに顔を隠した澄花だったが、再び恐る恐る顔を出すと「ど、どうしてバルサミ星人さんがこんなところにいるんですか?」と小さく尋ねた。
そんな澄花に俺は「フォッフォッフォッ」と精いっぱいバルサミ星人の鳴き真似をしてから「お前を誘拐しに来た」と大きなハサミで澄花を指さす。
その声で着ぐるみを着ているのが俺だと気がついた澄花はハッとした表情を浮かべる。
澄花は「ししょ――」と俺のことを師匠と呼びかけるが、そこで言葉を切ると「柄木田さん、何の用ですか?」と俺に尋ねる。
「とりあえずこっちに来い」
そう言って大きなハサミで手招きをすると澄花は少し警戒しながらも門の方へとやって来た。
「ほらよ」
そんな澄花に俺はもう一方のハサミで掴んでいた紙の束を澄花に差し出す。
「なんですかこれ?」
「読めばわかる」
それはいつか澄花がデートの台本として書いてきたSF超大作だ。
澄花も数枚ぺらぺらと捲ってそれが何か気がついたようだ。
「あの時はこんなもん実現できるかって思ったけど気が変わったんだ。お前の書いた脚本でもう一回お前とデートがしてみたいんだ」
澄花はそんな俺の言葉にじっと俺を見つめた。
が、すぐに顔を背けると「でも、私もう師匠の弟子じゃないです……」と答える。
「どうしてそう思う?」
「だって、私もう原稿書き上げましたし、本だって発売しました……」
そう言う澄花に俺は「お前は勘違いをしているっ!!」とハサミで澄花を指さす。
「か、勘違いですか?」
「そうだ。とっても重大な勘違いだ」
澄花は首を傾げる。
そう確かに澄花は原稿を完成させた。一見、これで澄花はミッションを達成して俺たちの師弟関係は解消されたように思える。
が、実は違う。
「俺はお前の失恋の師匠なんだ……。確かに原稿は完成したけど、俺はあくまで失恋の師匠なんだ。そこんとこ勘違いしていないか?」
そう、澄花が原稿を完成しようとしまいと本来、俺には関係がないのだ。俺は原稿の出来不出来に関係なく澄花の失恋の師匠なんだ。
原稿が出来たからと言って勝手に卒業をされては困る。
そう俺が言うと澄花はじっと俺の顔を見つめた。
「おい、澄花」
「は、はい、なんですか……」
「もしもお前が俺のことを好きだというのなら、今、この場でお前を振って免許皆伝をくれてやる。だが、そうでないのなら俺はこれからもお前の師匠として失恋ができるまで特訓を続けるつもりだ」
そう言うと澄花はまたまた驚いたように目を見開いた。
「どっちだ? お前は俺のことが好きなのか? それともまだ好きじゃないのか?」
俺はそう尋ねるとふぅ……と大きく息を吐いた。
俺のやるべきことはやった。後は澄花が決めることを受け入れるしかない。
そんな俺の言葉に澄花は俯いた。
そして「私はその……」と何やら小さく呟く。
「ああん? 聞こえないなあ?」
そう言うと澄花は黙ったまま俺の方へと一歩近寄った。
そして、
「なっ!!」
澄花は突然、着ぐるみの上から俺のことをぎゅっとハグした。
「お、おい、なんだよ突然っ!!」
「わ、私、師匠のことなんか好きじゃないですっ!! だから、これからも師匠の弟子でいたいですっ!!」
そういうと頭を俺の胸元に押し付けた。
そして、俺の胸に顔を埋めたまましくしくと泣き始める。
「私、本当は卒業なんてしたくなかったです……。本当は師匠と一緒に特訓するの凄く楽しくて、ずっとずっとこれからも師匠と特訓を続けたかったです……」
なんだよ。
嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。
俺は不覚にもほんの少しだけ感情がこみ上げてきたが必死にそれを抑えた。
「師匠、私のこと見捨てないでくださいっ!!」
そう言うと澄花はさらに俺を力強くはぐしてくる。
その力は予想以上に強く、ただでさえ暑くて苦しい俺の呼吸がさらに困難になる。
「お、お前の気持ちはわかったよ」
そう言って必死に澄花を体から離そうとする。
が、
「師匠っ!! 私、ずっと師匠についていきますっ!!」
と感極まった澄花は俺の言葉など耳に入らないようでどんどん俺の圧迫していく。
や、やばい気持ち悪い……。
俺は気絶寸前になりながら澄花の肩を掴むと力いっぱい押してようやく澄花の身体を引き離した。
「お前の気持ちはよくわかった。けど、これ以上圧迫されると俺が本気で死ぬ……」
そう言って澄花の顔を見やった。
澄花は涙と鼻水を流したせいで顔が悲惨なことになっていた。
さらに言えば、澄花の鼻から伸びた鼻水がバルサミ星人の胸との間に橋を架けていた。
「お、おい、これクソ高いんだぞっ!!」
俺は慌てて着ぐるみから顔を出すと着ぐるみに付着した澄花の鼻水を見やる。
そして、手で鼻水を拭いとるがまだ残っている。
そんな俺を見て澄花は「これはその……」と何か言い訳をしようとするが俺がそれを遮って「とにかくティッシュだっ!! ティッシュもってこいっ!!」と叫ぶと澄花は「は、はいっ!!」と慌てて家に入っていった。
なんだかぐだぐだだ……。
もう少し俺としてはロマンティックな奴を想像していたのだが、多分、澄花と俺の間にロマンティックな空気は似合わない。
俺は半泣きになりながらティッシュを片手にこっちに駆けてくる澄花をみやった。
そんな彼女を見て俺は急に笑いがこみ上げてきて口元を抑える。
かくして俺たちは再び師弟関係に戻ったのだった。
これで五章終了です。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。
色々展開させて混乱させてしまっていたら申し訳ありません、次回(六章)からまた日常回に戻ります。
やや空気になりつつある紗耶香さんも登場予定なのでこれからも本作をよろしくお願いします。
ブクマ評価等をいただけると大きなモチベーションになります。




