バルサミ星人のお告げ
「柄木田くん、本当に大丈夫?」
それからの俺はなんというか、上の空でデートを続けていた。
いや、もちろん藤谷とのデートは心の底から嬉しいし楽しいとも思う。けれども、澄花の新刊のインパクトが大きすぎた。
「もう、柄木田くん、聞いてんの?」
心配そうに俺の顔を覗き込む藤谷に生返事をしていると、ついに藤谷はムッとしたように俺を睨む。
「え? あ、悪い、ちょっと考え事をしていた……」
慌ててそう謝ると藤谷はムッとしたまま「体調が悪いと思って心配したのに……」と小さく呟く。
そんな彼女の表情を見てこのままでは空気が悪くなると判断した俺は「こ、これからどうしようか……」と適当に話題を変えると藤谷は何やらそわそわした様子で少しだけ顔を赤くする。
「じ、実はちょっと行ってみたいところがあるんだけど……」
※ ※ ※
それから俺は藤谷に連れられてショッピングモールを出てしばらく街を歩いた。
藤谷にどこに行くのか聞いても「着いたらわかるから」とはぐらかされるので首を傾げていると藤谷はあろうことかホテル街の方へと歩いていくので焦った。
おいおい藤谷さん、ちょっと展開が早過ぎじゃないっすか? 俺まだ、こころの準備が……などと一人そわそわしながら藤谷についていったが、藤谷はホテル街を素通りしてその先にあった何やら怪しげな店の前で足を止めた。
「一人だと恥ずかしかったんだ……。一緒に入ってくれないかなあ……」
藤谷はもう百メートルほど手前で聞きたかったセリフを口にする。
「お、おう……いいけど……」
俺は目の前の怪しげな店を見やる。
店の中に入った俺は目の前に広がる異様な空間に気圧される。
そこに広がっていたのは数千はありそうな大小さまざまな怪獣の人形やぬいぐるみだった。
「わあ~可愛い……」
店に入った瞬間、藤谷は目をキラキラさせて店内を眺めまわすと、何かを見つけて駆け寄っていく。
何か見てはいけないものを見たような気がする。
俺は嫌な予感がしながら藤谷のもとへと歩み寄ると藤谷は手に持ったぬいぐるみを何やら幸せそうに抱きかかえていた。
「バルサミ星人かわいいなあ……」
そう言って藤谷はヌルットラマンに登場するバルサミ星人のぬいぐるみを愛くるしそうに頬に擦り付ける。
「ねえ、柄木田くんも可愛いって思うでしょ? バルサミ星人ってすっごく可愛いよね?」
藤谷はバルサミ星人を頬に擦り付けるだけでは飽き足らず俺に可愛さの同意を求めてくる。
「お、おう、そうだな……」
当然ながら俺はこの状況で可愛くないなどという返事をする勇気は持ち合わせてはおらず引きつった笑みを浮かべて同意すると藤谷は「だよね、だよねっ」と笑みを浮かべた。
「バルサミ星人はね、自分たちの星に女の人がいなくなったから地球にお嫁さんを探しにやってきたんだよ……」
よっぽどここにやって来たのが嬉しかったようで藤谷は聞いてもいないバルサミ星人情報を俺に聞かせてくれる。
「私もバルサミ星人みたいな男の人と結婚したいな……」
と、一ミリも同意できそうにないことを満足そうに口にする藤谷。
が、そんな藤谷を眺めているとふと俺の記憶の扉が開く。
そういや、以前に澄花も宇宙人とヒロインが恋に落ちる物語を書いていたっけ……。
そうだ。確か、あれは澄花にデートの脚本を書かせたときに、あいつが持ってきた作品だ。確かに中身は面白かったが、実写化不可能ということで俺が突き返した作品だ。
あのときはとんでもないと思っていたが、今思えば俺の書いたつまらない脚本なんかよりも何倍もあっちの方が楽しそうだった。
俺は大事なことを見落としていたのかもしれない。
澄花にとって大切なことは楽しいということだった。にもかかわらず、俺はロマンティックだのドキドキなどとわけのわからないものを追い求めていた。
俺が採用するべきだったのは澄花の脚本の方だったのかもな。
そんなことを思うが、今となって後の祭りだ。
俺は苦虫をつぶしていると藤谷はまた何かを見つけて「わあ~っ!!」と目をキラキラさせながら何かを見やる。
俺はふと我に返り藤谷の視線の先を見やった。
「なっ……」
そこにはバルサミ星人がいた。
「わあ~バルサミ星人だ~」
バルサミ星人を見つけるや否や藤谷はぬいぐるみを抱きかかえたままバルサミ星人の方へと駆け寄る。
とはいってももちろん本物のバルサミ星人など存在するはずはない。そこにあったのはバルサミ星人のリアルな着ぐるみだった。
そのあまりのリアルさに藤谷は言葉を失ってうっとりするように着ぐるみを見つめていた。
「これ売り物なのか?」
俺がそう尋ねると藤谷はこくりと頷いて星人の胸元を指さした。
そこには何やら小さな値札がくっついている。
値札に書かれた無数のゼロを数えて俺は軽く気絶しそうになる。
「これ、試着できるのかな……」
「いや、無理だろ……」
「だ、だよね……」
そう言って少し悲しげにバルサミ星人を眺める藤谷。
どうやら彼女の星人への愛は本物のようだ。
と、そのときだ。
『私を購入しなさい……』
そんな声がどこから聞こえた……ような気がした。
「なんか言ったか?」
一応、藤谷に尋ねてみるが藤谷はきょとんとしている。
そんな藤谷を見た後、俺はバルサミ星人を見つめる。
バルサミ星人は俺のことをじっと見つめていた……ような気がした。
もしかして今のはお前の言葉か?
俺は心の中でそう尋ねる。
すると、
『お前は私を必要としている……』
再び、そんな声が頭の中に響いた……気がした。
もちろんそんな気がしただけだ……。
けれど、俺は妙にそんな言葉が気になってバルサミ星人をじっと見つめる。
なんだよ。こいつ、俺に買って欲しいのか?
が、すぐにバカバカしくなって首を横に振る。
なんで俺にこいつが必要なんだ?
こいつを買って俺は何をしろって言うんだ?
が、そこで俺の頭にある光景がふと思い浮かぶ。
そして、俺は自分の中に突然こみ上げてくる衝動に気がついて慌てて首を横に振る。
い、いやいや、さすがにそれはないっ!!
だいたい考えてみろ。こんな高い物、俺に買えるはずがない。
そう。バイトもしていないような高校生には到底手出しのできないような大金……。
そう自分に言い聞かせて胸を落ち着かせようとする。がそんな最中、俺はふいにあることを思い出して心臓が止まりそうになった。
「か、買える……」
思わずそう呟くので藤谷は「どうしたの?」と首を傾げる。
俺はそんな彼女に返事をせずにバルサミ星人をしばらくじっと見つめた。
そして、
「なあ、藤谷……」
俺は藤谷を見やる。
「ちょっとこのバルサミ星人が売れないように見ていてくれないか?」
そう言うと俺はポカンと口を開く藤谷を置いて店を飛び出した。




