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学園一の美少女が失恋したいと泣きついてくるので困っています……  作者: 田奈から来た使者
俺と彼女の失恋作戦4
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楽しいだけじゃダメなの?

 冷静に考えれば恐ろしい話だ。


 何せ、澄花が原稿を仕上げたのは一週間と少し前だ。にもかかわらずもう既に澄花の新刊は本屋に並んでいた。


 そう言えば澄花の担当編集、結城富美加は一週間以内に原稿を仕上げなければあのノートをそのまま出版すると言っていたが、原稿が仕上がろうとしまいと出版できるようにことを進めていたようだ。


 俺は結城富美加という女の執念に軽く寒気がした。


 二人仲良く澄木先生の新作をお買い上げした俺たちは近くの喫茶店に入った。


 理由はもちろん、俺も藤谷も澄花の新刊が早く読みたくて仕方がなかったからだ。


 俺も藤谷も一時間あれば読了できるということで、読んで感想を話し合うことになった。


 のだが、


「なんじゃこりゃ……」


 興味津々で作品を読み進めていた俺だったが読み進めるにつれ、作品の異様さに気がついてくる。


 思わず、文庫本を机に置く俺に藤谷は文庫本から顔を上げる。


「どうしたの?」


 動揺する俺を心配そうに眺める藤谷。


「…………」


 きっとこの異様さを藤谷に口にしても理解してもらえないだろう。いや、俺以外の読者には誰一人してこの異様さに気がつくことはないはずだ。


 登場人物たちの行動のひとつひとつに俺は既視感がある。


 山で遭難しかけたり、遊園地に行ってゴリラにリンゴをぶつけたり、俺と澄花が体験したことがほぼそのままこの小説には描写されていた。


 俺にはこの小説が小説のようには思えない、日記か何かを呼んでいるような錯覚を覚えた。


 なんなんだ。この小説は……。


「やっぱり澄木先生の書く恋愛小説が一番だな……」


 藤谷はうっとりするように目で文字を追っている。


「恋愛小説……」


 そんな藤谷の言葉が俺には引っかかる。


 俺は藤谷の言う恋愛小説という言葉にどうしても違和感が拭えない。


 いや、もちろん澄花の書くラノベにジャンルをつけるとしたら恋愛小説だ。


 そんなことは前から知っている。にもかかわらず、俺はそんな当たり前のことを口にする藤谷の言葉に疑問を抱いた。


「これは恋愛なのか?」


 俺がそう尋ねると藤谷はさらに首を傾げる。


「私は素敵な恋愛小説だと思うけど……柄木田君はそう思わないの?」


「それは……」


 俺は何も答えられなかった。


 俺が一人頭を悩ませていると藤谷は心配そうに俺の顔を覗き込む。


「柄木田くん?」


「な、なんでもない……」


 心配する藤谷に気がついた俺はそう言って藤谷を安心させようとするが、藤谷はますます心配そうな顔で俺を見た。


「なんだか柄木田くん、本を読み始めてから様子が変だよ? 具合でも悪いの?」


 そう言って藤谷は手を伸ばすと俺の額に手を当てる。


 藤谷の白い掌が額に触れた瞬間少しドキッとした。


「熱はないみたいだね……」


 と、俺の異変の理由がわからず首を傾げる藤谷。


「なあ、藤谷……」


 額に藤谷の手のひらのぬくもりを感じながら彼女の名前を呼ぶ。


「ど、どうしたの?」


「この小説に出てくる奴らがやっているのは本当に恋愛なのか?」


「え、ええ?」


 予想はしていたけど、俺のそんな質問に藤谷はポカンとする。


 そりゃそうだ。そんなことを突然聞かれたって声に困るに決まっている。


 けど、この質問は俺にとってわりと切実な問題だ。


 俺の真剣さに気がついたのだろうか、藤谷は動揺しながらも「私には素敵な恋愛描写だと思うけど……」と小さく答える。


「この作品の主人公はヒロインをその気にさせるために試行錯誤をしているのに、全然うまくいっていない。海に行くつもりが山で遭難したり、お化け屋敷に行くつもりがゴリラにリンゴをぶつけたり、全部裏目に出てるじゃないか……」


「でも、トラブルがあったからこそ二人の関係はより親密になったんじゃないかな……」


 藤谷は少し不安げに小さくそう呟いた。


「確かに、主人公の作戦はことごとく失敗しているけど、私は主人公もヒロインもトラブルを楽しんでいるように感じたよ」


 主人公がトラブルを楽しんでいる?


 そうなのか?


 主人公は本当にトラブルを楽しんでいるのか?


「で、でも……こんなデート全然ロマンティックでもないしドキドキもしない。恋愛の駆け引きだってないし……」


 俺は何故か焦りながらそう尋ねていた。


 単なる小説の内容の話だ。


 この小説の登場人物がこれを恋愛だと感じようがいまいが、俺にとって大した問題ではないはずだ。それなのに、俺はこの小説の登場人物を単なる架空の存在だと思えなくなっていた。


「恋愛ってそんなにドキドキしなきゃいけないのかな……」


 そんな俺に藤谷はぽつりと呟いた。


「確かに澄木先生の小説はドキドキしたり駆け引きがあったりするわけじゃないけど、みんな凄く楽しそうだよ……。それだけじゃ恋愛って言わないのかな……」


「それは……」


「私も誰かとこんな恋愛がしてみたいなって思うよ……」


 藤谷はそう言って少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。


 そんな藤谷を見つめながら俺は思う。


 どうして俺は頑なに藤谷の言葉に抵抗しているのだろう……。


 藤谷の言うように恋愛ってのは何もドキドキしたり駆け引きが必ずなくてはならないってもんじゃない。


 そんなの頭ではわかっている。


 けれど、もしも藤谷の言葉が正しいのだとしたら、俺がこれまで失敗だと思い込んでいた澄花との数々の失恋作戦が本当に失敗だったのか自信が持てなくなってくる。


 もしかしたら俺と澄花の失恋作戦はこの上なく順調に進んでいたのかもしれない……。


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