藤谷美沙と楽しいこと
「わ、私もこの小説の主人公みたいに楽しませて欲しいな……」
そんなことを可愛い女の子から言われてなんとも思わない男子高校生などいるのだろうか……。
楽しませて欲しいな……。
家に帰った後も俺の脳内では藤谷のそんな言葉がぐるぐると回り、最終的には『私、柄木田くんと楽しいこといっぱいしたいな……』という口にしてもいない言葉がリピート再生され続けていた。
自分で言うのもあれだが思春期の男子高校生ほど単純な思考回路を持つ者はいない。
そんな藤谷の言葉に悶えていると朝になっていた。
「柄木田くん……大丈夫?」
そして朝、待ち合わせ場所へとやってきた藤谷は俺の顔を見るなり心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「おう、ばっちりだ」
俺が渾身の力を込めて笑みを浮かべると藤谷は「な、ならいいけど……」とややひきつった笑みを浮かべた。
昨日の夜に藤谷から楽しませて欲しいと言われた俺は、ならばと勇気を振り絞って彼女に一緒に遊びに行こうと誘ってみたのだ。
すると彼女は明日なら大丈夫だよと言うので、急遽、今日遊ぶことになった。
休日はさすがにバイトはないのかなと思ったが、彼女曰く、早朝にコンビニのレジを打っていたらしく仕事上がりにそのまま来たのだという。
さすがは藤谷美沙だ……。
とはいっても彼女も俺も大したお金を持っていないので、ショッピングモールでウィンドウショッピングを楽しむことになった。
「わぁ……これ美味しいなあ……」
ショッピングモールの大きな通路を歩きながら手に持ったフタバのフラペチーノを飲んで藤谷は笑みをこぼす。
なんでも彼女にとってフタバのフラペチーノは高価すぎて手が伸びなかったらしい。
さっき他の女子高生が飲んでいるのを羨ましそうに眺めていたのを見て、たまらず俺が彼女に奢ってあげた。
トッピングを足して八〇〇円以上したが、彼女の嬉しそうな顔が見られたからとりあえず満足だ。
藤谷と俺は仲良く二人でフラペチーノを飲みながらショッピングモールを歩いていく。
が、ふと足を止める。
「…………」
藤谷は洋服店のマネキンをじっと眺めていた。
「どうかしたのか?」
「え? あ、いや、可愛いワンピースだなと思って……」
俺はマネキンが着用したワンピースを見やる。
正直なところ俺には洋服の良し悪しはわからない。が、藤谷が着ているところを見てみたいと思った。
藤谷は「ちょっと待ってて」とマネキンの方と歩いていくと、値札へと手を伸ばす。そして、苦笑いを浮かべると俺のもとに戻ってくる。
「えへへっ……ちょっと手が出ないよ……」
どうやら思っていた以上のお値段だったようだ。
「行こっか」
そう言って藤谷は少しだけ名残惜しそうにワンピースを眺めると歩き出す。
そんな彼女を見た俺は彼女にワンピースを買ってあげたい衝動に襲われたが、さすがに手の出る値段ではなさそうだ。
が、二人が歩き出した直後、背後から「あの~」と声が聞こえて俺たちは足を止める。
振り返るとそこにはショップの店員さんが立っていた。
「よろしければ試着してみませんか?」
※ ※ ※
「ど、どうかな……」
試着室から出てきた藤谷は抜群に可愛かった。
少しスカートの丈が短めなせいか、少し恥ずかしそうにスカートの裾を掴む仕草を含めて可愛すぎる。
が、面と向かって可愛いって言う勇気が俺にはなく「似合ってると思うぞ」と控えめに言うと藤谷は「あ、ありがとう……」と小さく答えた。
と、そこで藤谷はなにやら不安げにレジの方を見やる。
「どうかしたのか?」
「お金持ってないに試着なんてして大丈夫なのかな……」
「店員さんが試着をしていいって言ったんだ。胸を張って試着をすればいいさ」
俺がそう言ってグーサインを出すと藤谷は「そ、そうだよね」と少し安心したように笑みを浮かべた。
「わ、私、お金を貯めていつかこの服買おうかな……」
藤谷はそう言って俺の顔を見やった。
「それがいいよ。俺もまたそのワンピースをきた藤谷が見てみたい」
「え?」
そんな俺の言葉に少し驚いたように目を見開く藤谷。
どうやら俺は何気なく大胆なことを言ってしまったらしい。
「い、いや、なんというかそれは……」
そのことに気がついた俺が少しあたふたしていると藤谷はクスッと笑った。
そして、
「じゃあ、このワンピースを買ったら柄木田くんに一番に見せるからね」
と、少し頬を紅潮させながら言った。
※ ※ ※
それから俺たちはフードコートで昼飯を食べて自然と本屋へと向かった。
特に何も言っていないのに気がつくとラノベコーナーの前にいた。
平積みされた新刊の棚を眺めながら藤谷が不意に声を上げる。
「わあ、新刊だっ!!」
そう言って藤谷はとあるラノベを指さす。
俺もつられてそのラノベに目を落とす。そして、度肝を抜かれた。
何故ならばそのラノベは我が澄木紗々大先生の新刊だったからだ。




