般若再来……
すみません。さぼってました……。
ここから四章突入です。
翌日の放課後、俺は藤谷のノートを手に校門前で澄花を待ち伏せすることにした。
校門から出てきたところで声を掛けると澄花は少し怪訝そうに俺の顔を見やった。
「な、何か用ですか……」
「用があるから話しかけてるんだよ」
「わ、私、今忙しいんです。手短にお願いしたいです……」
そう言って腕時計を指さす澄花。
そのわざとらしい仕草と目の泳ぎ方を見る限り、多分忙しいというのは嘘だ。
「小説は順調か?」
「師匠、いや、師匠でも何でもない人には関係ない話です……」
「その呼び方、呼びづらくないか?」
「そんなことないですっ!!」
と、ムッとしたように俺から顔を背ける澄花。
どうやら原稿もまだ書きあがっていないようだ。
まあ、ある程度予想はついていたが。
「なあ澄花、ちょっとゆっくり話したいことがあるんだけど」
「さっきも言ったけど私、忙しいんです……」
「もしかしたらお前の小説があっさり書きあがるかもしれない情報を手に入れたんだ」
そう言うと澄花は少し驚いたように目を見開いた。
が、すぐに元のムッとした表情に戻ると俺を睨む。
「そんなの嘘です。そうやって私を騙して、どこかに売り飛ばそうとしてるんです……」
「お前は俺をなんだと思っているんだよ……」
「何かの取り巻きです……」
「お、おう、そうか……」
とにもかくにも彼女の警戒心がマックスなのは分かった。
が、この程度の想定はとっくにしている。だから、俺はあらかじめ用意しておいた奥の手を出す。
「この間、隣町でめちゃくちゃ美味いクレープ屋を見つけたんだけど」
※ ※ ※
「師匠、私、幸せです~」
澄花は頬にホイップをつけながら満面の笑みでそう言う。右手には俺が買ってやったイチゴ大福クレープがしっかりと握られている。
相変わらずコスパの良い奴だ。
俺と澄花は隣町のクレープ屋にいた。
俺の澄花を呼び出す作戦はバッチリ成功した。
いや、むしろ想定以上に上手くいきすぎて、彼女が心配になるぐらいだ。
が、まあ、とりあえず成功したのだからよしとしよう。
あと、いつの間にか澄花は俺を師匠じゃない人と呼ぶのを忘れていつも通り師匠と呼んでいる。
まあ、どっちでもいいが。
「見て欲しい物がある」
俺はカバンの中から例のノートを取り出す。
「また、面白くないデートの台本ですか?」
澄花は眉を潜めて俺を見やった。
「今回は違う。あと、俺のデートの台本はつまらなくない」
俺はノートを澄花に押し付ける。
「とりあえず、全部読め」
「えぇ……」
澄花は嫌そうな顔をすると、クレープをトレイにおいてノートを受け取った。
それから彼女は一五分ほどでノートを読み終えた。
初めは渋々という感じでノートを読んでいた澄花だったが、中盤に差し掛かったころからは夢中になっていた。
「凄いですっ!! もしかしてこれ師匠が書いたんですかっ!?」
ノートをテーブルに置くと澄花は目を丸くして俺を見やる。
「いや、書いたのは俺じゃない」
「じゃあ、誰が書いたんですかっ!?」
食い入るように俺を見つめる澄花。
彼女の反応を見る限り、俺同様にこいつもこの同人誌の出来栄えに驚いているようだ。
俺はそんな澄花に指を三本立てる。
「お前の前に選択肢は三つだ」
「三つ?」
「そうだ、まず一つ目はこんなノートなんて見なかったことにして、また失恋をするために悪あがきするという選択肢だ」
そこで俺は指を一本折る。
「二つ目はこのノートを書いた作者に接触して何かしらの交渉をして自分の作品として世間に発表すること。その口利きは俺がやってやるよ」
「…………」
「そして、三つめはこのノートを参考にして自分のオリジナル小説として発表するという選択肢だ」
「盗むってことですか?」
「そうだな。まあ、これを書いた本人はまさかお前がこれを読んでいるだなんて思っていない。うまくアレンジすればパクったところで盗作がバレる確率は低い」
俺がそう言うと澄花は少し表情を暗くする。
そりゃそうだ。どこの世界にパクれと言って喜ぶ小説家がいるんだ。
とはいえ、俺だって彼女の小説を書くために奔走した身としてはこいつに小説を完成してもらいたいという気がないわけではない。
あとはこいつの意思次第だ。
澄花はしばらく悩むように黙り込んでいた。
が、
「やっぱり盗むのは良くないと思います……」
そう言って澄花はノートを俺に返す。
「大変ですけど、自分の力で残りの原稿を書ききりたいです」
そう言って俺にペコリと頭を下げる。
まあそうだよな。
俺は邪念を抱いた自分が少し恥ずかしくなった。
「あ、あの……師匠……」
と、そこで澄花は何やらそわそわした様子で俺を呼ぶ。
「なんだよ」
「私、自分の力で小説を書きたいです。だからなんというかその……また、師匠と一緒に――」
と、そこまで言ったところで澄花は言葉を切った。
どうした?
突然言葉を切ると、硬直したように動かなくなる澄花の俺は首を傾げる。
が、
「あれ? もしかして澄木先生じゃないですか?」
そんな声が聞こえて後ろを振り返るとそこには見覚えのある女の顔があった。
「なっ……」
俺もまた女の顔を見て澄花同様に身体が硬直して動けなくなった。
忘れもしない。こいつは原稿を手に入れるためなら平気で人だって殺す冷酷の編集者結城富美加だ。
俺たちの怯えっぷりに気がついているのかいないのか、結城富美加は空いていた俺の隣の椅子に腰を下ろした。
「こんなところで会うなんて奇遇ねえ」
「そ、そうっすね……」
奇遇?
本当にこの出会いは奇遇なのか?
俺には彼女の目が『逃げ回っても無駄だぞ』と言っているようにしか見えなかった。
澄花を見やる。
澄花は顔中に汗を浮かべながらブルブルと震えていた。
結城富美加は澄花を見やると彼女に微笑みかける。
「澄木先生、原稿の進行状況はどうですか?」
きっと澄花には『てめえ、覚悟はできてるだろうな?』と聞こえているに違いない。すくなくとも俺にはそうとしか聞こえない。
「はわわっ……」
澄花はすっかり怯えてしまい返事が出来そうな状態ではなかった。
そんな澄花に無慈悲な結城富美加はさらに目で圧を掛ける。
が、
「おや、それは何かしら?」
結城富美加は俺の手に握られたノートに気がつくと、笑顔のまま有無を言わさず俺の手からノートを奪い取るとぱらぱらとノートをめくる。
まずいっ!?
俺はすぐにノートを取り返そうと腕を伸ばすが、その前に結城富美加は俺の足をピンヒールで踏みつける。
「ぎゃああああっ!!」
指先に激痛が走る。
が、結城富美加はそんな俺に構う様子もなく立ち上がる。
そして、
「さすがは澄木先生、やればできるじゃないですかっ!! 赤を入れたらまたメールを送りますね」
そう言うと逃げるようにその場から立ち去った。
このままじゃまずいと悟った俺は立ち上がろうとするが、激痛でうまくいかない。
澄花を見るが澄花は相変わらず硬直していて戦力になりそうにない。
そうこうしている間に結城富美加の姿は見えなくなってしまった。
と、そこで澄花は我に返る。
「し、師匠、あの女はどこですか?」
どうやら澄花は少し記憶が飛んでいるようで、慌てた様子できょろきょろとあたりを見渡す。
と、そこで澄花は俺の手に握られていたノートがなくなっていることに気がつく。
「し、師匠……」
澄花は恐る恐る俺を呼ぶ。
「なんだ」
「の、ノートはどこですか?」
「お前の担当編集が持って行った」
澄花はそんな俺の言葉に「そうですか、それなら安心です」と何故か笑顔で答えるとしばらくして意識を失うように椅子から崩れ落ちた。
まずいことになった……。




