美少女と二人三脚
まずい状況になった……。
藤谷の原稿を澄花の担当編集結城富美加に奪われてしまった。このままだと澄花は盗作作家の汚名を着せられることになる。
俺は放心状態の澄花の身体を揺すって彼女を起こすと、結城富美加に会ってからの記憶を失っている彼女に事情を説明する。
「大変ですっ!! ノートを奪い返さないとまずいですっ!!」
事態を理解した澄花は慌てた様子で俺を見やる。
「な、なあ澄花、編集の電話番号はわからないのか?」
とにかく、担当編集に全てを説明してノートを取り返さなければならない。
澄花は慌ててケータイを取り出すと編集に電話を掛ける。
が、
「で、出ないです……」
なんとなく予想はしていたが、結城富美加は電話に出ない。
俺は立ち上がる。
再びつま先に激痛が走るがさっきよりは少しマシになっていた。
「おい、澄花行くぞっ!!」
「行くって……どこにですか?」
「決まってんだろ。出版社だよ。何が何でもノートを取り返さないとまずいっ!!」
そう言って歩き出そうとするが、やっぱりつま先に激痛が走る。歩くのは厳しいそうだ。
「し、師匠、大丈夫ですかっ!?」
そう言って澄花が慌てて俺の元に駆け寄ってくる。
「事の発端は俺がノートを持ってきたことなんだ。何が何でも俺がノートを取り返す」
「師匠……」
※ ※ ※
それから俺と澄花はタクシーに乗って出版社へ向かった。
もちろん俺はタクシーに乗るお金など持ち合わせていなかったが、澄花が「私が出します」とタクシー代を出してくれた。
タクシーの中で俺は自分の軽率な行動に猛省していた。
俺はとんでもないことをしてしまった。
このままあのノートが出版されたら、澄花は盗作作家になり、藤谷だってショックを受けるに違いない。
「師匠……」
そんな俺の顔を澄花は心配げに覗き込む。
「悪い。俺のせいでお前の作家人生を台無しにするかもしれない……」
澄花には申し訳なさしかなかった。
俺が素直にそう謝ると澄花は俺の手を取った。
「師匠、そんなに落ち込まないでください……」
「でも俺がノートを持ってこなければ」
と、そこで澄花は首を横に振る。
「私、実はノートを読んだ瞬間、ほんの少しだけ盗んじゃえば楽だろうなって思いました……」
そう言って澄花は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「きっと、そんな風に考えた私に罰が当たったんです。だから、罰の半分は私が背負います……」
「…………」
俺は初めて目の前の少女が頼もしく見えた。
もちろん、澄花がそう言ったところで俺が全部悪いことにか変わりはない。けど、澄花がそう言ってくれるだけで俺は救われる思いがした。
澄花は俺の手を小さな手でぎゅっと握ったまま相変わらず俺の顔を覗き込む。
そして、
「私、師匠が好きです……」
澄花は不意にそんなことを言う。
「は、はあっ!?」
澄花の口からあまりにも予想外な言葉が飛び出すので俺は目を丸くする。
「お、おい、突然何大胆なことを言ってるんだよ」
澄花は俺に言われて初めて自分の大胆発言に気がつき顔を赤くする。
「あ、あわわっ!! って言ってもそれは師匠としてで、男の人としては好きかどうかはまだよくわかんないです……」
「そ、それぐらいわかってるよ……」
「で、でも、やっぱり私、男の人としても師匠のことが好きになりたいです。だから、これからもまた私に失恋の特訓をして欲しいです……」
どうやら澄花は彼女なりに俺のことを励ましてくれているらしい。
そんな彼女の気遣いに俺は少し目頭が熱くなる。
が、死んでも澄花に涙を流すところなんて見られたくない。だから、俺は必死に涙を抑えると笑みを浮かべる。
「特訓をするにはまずはノートを奪い返さなくちゃな……」
「はいっ!!」
澄花はそう言って俺に微笑みかけた。
そうだ。俺は何が何でもノートを奪い返す。そんでもって意地でも彼女の原稿を完成させる。
※ ※ ※
タクシーが出版社に着くころには足の痛みは幾分かマシになっていたが、自力で歩くには痛みが酷く、やむなく俺は澄花の肩を借りた。
「ここが出版社か……」
俺は目の前に鎮座するビルに軽く眩暈がした。
バカでかいビルだ……。
「師匠……歩けますか?」
と、そこで澄花は俺を心配そうに眺める。
「お、おう……何とかな……」
何をビビっているんだ柄木田二郎。こんなことじゃノートは奪い返せないぞ。
俺は自分にそう言い聞かせて何とかビルへと歩いていく。
さすがは業界を牛耳っている巨大会社だ。
玄関ホールは俺の一軒家がすっぽり収まりそうなほどに広く、床一面にはピカピカの大理石が敷き詰められていた。
俺は巨大なホールにまた眩暈がしながらもゆっくりと受付へと歩いていく。
「あの……私、澄木紗々って言います。結城富美加さんに会いたいんですが……」
受付で澄花がそう言うと、受付のおねえさんは受付の電話を手に取ると内線でどこかに電話を掛け始めた。
そんなおねえさんを見てふと思う。
普通に考えて澄花の電話すら出ないような奴が俺たちと面会をするのだろうか?
いや、あの女のことだ。アポがどうこうとか適当な言い訳を並べて面会拒絶をする可能性が高い。
このままじゃまずい。そう思った俺はやや強引におねえさんから受話器を奪い取る。
「あっ、ちょっと……」
慌てた様子でおねえさんは俺を眺めるが、俺はそれを無視すると「どうも澄木紗々の付き添いのものです。あ、そうですか、それじゃあ今からエレベータで向かいます」と一方的に言って受話器をおねえさんに返した。
「大丈夫なようなので」
そう言うと俺は澄花を見やって二人でエレベータへと向かう。
向こうも強引に俺からノートを奪ったのだ。
こっちだって少々強引なことをしても怒られないはずだ。エレベータに乗り込むと澄花は編集部のある四階のボタンを押した。
そして、ほどなくして俺たちは四階フロアへと降り立った。
おぉ……これが本物のラノベの編集部か……。
目の前にはテレビで見たことのあるパーテーションで区切られた如何にもといような編集部の光景が広がっていて、俺は一瞬、自分の使命も忘れて目の前の光景に見入ってた。
「師匠、こっちです……」
が、澄花にそう言われて俺はすぐに我に戻り、彼女の肩を借りながら歩き出す。
そして、しばらく歩いていると目線の先にデスクが一つ見えた。
「…………」
そこには見覚えのある女が座っている。
俺たちはそのままデスクの前まで歩み寄ると、そこに座る女を見下ろした。
「その気になれば警備員に言ってつまみ出すことも出来るのよ」
結城澄花は俺たちの顔を交互に見やると何やら不敵な笑みを浮かべる。
「あなたに話したいことがある」
俺は結城富美加をじっと見つめる。
そんな俺を彼女もじっと見つめていた。
「まあ話ぐらいは聞いてあげないこともないわよ」
そう言うと俺の後方にある応接用のソファを指さした。




