俺の心に悪魔が囁く
「わ、私、澄木先生の大ファンなのっ!!」
藤谷美沙が澄花の大ファンだとっ!?
その真実はあまりにも衝撃的すぎた。
驚きのあまり、俺はその場で硬直してしまう。
「私、澄木先生の小説は全部持ってるの。特にこの作品がお気に入りでもう十回以上は読み直したの。でも、まさか柄木田くんが澄木先生のこと知ってるなんてびっくりしたな……」
藤谷は何やら吹っ切れたように澄木紗々大先生の作品への愛を俺に訴える。
が、残念ながら藤谷の言葉は全く俺の耳には入らなかった。
とんでもないところで藤谷と澄花が結びついてしまった。
「柄木田……くん?」
と、そこで俺の異変に気がついた藤谷が首を傾げる。
「え? あ、うん、なんでもない……」
「ねえ、柄木田くんはこの作品読んだことある?」
そう言って藤谷はラノベを俺に差し出す。
それは今まさに澄花が書きあぐねているシリーズの一巻だった。
「い、一応読んだことは……あるかな……」
藤谷の言葉に何とかそう答える。
すると藤谷は驚いたように目を見開く。
「そうなのっ!? まさか柄木田くんもこれ読んでたなんてホントびっくりかも」
いやいや、こっちの方が数千倍あなたよりもびっくりしてますよ……。
ってか、あんたついこの間まで俺と澄木大先生が付き合っていると勘違いしていたんですよ?
そうツッコみたかったが、澄木大先生の正体をバラすのは何というか藤谷に悪いような気がして何も言えなかった。
俺は気持ちを落ち着けながら本棚を眺めやる。
確かに彼女の言うように澄花のラノベは全作品揃っているようだった。
「ん?」
と、その時、ふと俺は気がつく。
澄木大先生の作品群の右隣になにやら不自然に文庫サイズの大学ノートが数冊並べられていたからだ。
俺は何気なくノートを手に取った。
ノートを開く。
「なっ……」
ノートを開くと、そこには「」で閉じられたいくつものセリフのようなものが書かれていた。
「ダメっ!!」
と、そこで俺が大学ノートを開いたことに気がついた藤谷が血相を変えてノートを取り上げる。
「こ、これは見ちゃダメ……」
ノートを背中に隠すと顔を真っ赤にしてそう言った。
間違いない。
あれは藤谷の自作小説だ。
次々に露わになる藤谷の真実に俺の脳はオーバーフローを起こしそうだった。
藤谷はどんな小説を書いているんだ……。
藤谷が小説を書いているということを知ると、俺は急激に彼女がどんな小説を書くのか気になって仕方がなくなってくる。
が、彼女の反応を見る限り到底、彼女は俺に小説を見せてくれそうになかった。
何としても彼女をその気にさせなくては……。
「奇遇だな。実は俺も小説を書いてるんだよ……」
俺がそう呟くと藤谷は「え?」と驚いたようにそう言った。
「なんというか……あれだ。もしよければお互いの小説を読んで感想を言い合うってのは、どうだ?」
「そ、それは……」
そんな俺の提案に藤谷は動揺したように目をきょろきょろさせる。
「で、でも、なんというか恥ずかしいし……」
「それは俺も一緒だ。けど、お互いにとって有意義だと思うぞ……」
とか勢いで言ってみるが、冷静に考えてみると自分の小説を好きな女の子に読ませるってのは色々とまずいような気がする。
が、もう遅い。
「そ、そういうことなら……」
と、藤谷は恐る恐る後ろ手に回した大学ノートを俺に差し出した。
※ ※ ※
「なんじゃこりゃ……」
帰宅後、藤谷のノートを読み終えた俺は驚愕のあまりしばらくリビングのソファから動くことができなかった。
大好きな女子がどんな小説を書くのかという好奇心だけで小説を交換することにした俺だったが、ノートを読み始めて半分もしないうちに、そんな好奇心など完全に吹き飛んでいた。
藤谷が書いていたのはいわゆる二次創作というものだ。
具体的に言うと、澄花の小説のキャラクターを使ってオリジナル小説を書いているようだった。
それ自体はある程度予想が出来たことなのだが、驚いたのはその内容だ。
藤谷はまだ発売されていない物語の続きの部分を自分で書いていたのだが、その展開がまさに今、澄花が悩んでいる失恋シーンを先回りして書いているのだ。
しかもかなりのクオリティだ。
というかこれをこのまま書籍化して販売しても誰も別の人間が書いたなどと疑わないほどのクオリティだ。何せ、藤谷は文体まで澄花を見事に模倣していた。
「…………」
俺はとんでもない物を見つけてしまったかもしれない。
そして、このノートを読み終えたとき、俺の心の中にとても邪悪な考えが浮かんでいた。
それは……。
俺は思わず息を飲んだ。
もしも、このノートを澄花に読ませてみたらどうなるだろうか……。
読んでいただきありがとうございます。
次話から4章に入ります。




