美少女の驚くべき肩書
たった今、フラれたばかりの俺の前に突然現れた謎の美少女、紗々木澄花。
俺はそんな彼女の登場についさっき自分が失恋したことすら忘れそうになっていた。
「なあ、一つ確認してもいいか?」
「はいっ」
「お前は、失恋がしたいんだな」
「はいっ」
「恋がしたいんじゃないんだよな? 失恋がしたいんだよな?」
「はいっ」
「なるほど、わかった」
「本当ですかっ!?」
彼女は嬉しそうな顔をした。
「ああ、わかった。誰に頼まれたか知らないけど、お前が俺をからかっていることがわかった」
そう言うと、俺は踵を返して歩き出す。
そうだ。
きっと、そうに違いない。 こいつは失恋した俺をからかって俺の反応を楽しんでいるのだ。そうでなければ筋が通らない。
いったい犯人は誰だ?
誰がこんな美少女を掴まえて俺にこんなくだらないドッキリを仕掛けているんだ?
だいたいなんだよ。失恋がしたいって……。
ドッキリだとわかると急に怒りがこみ上げてきた。
が、しばらく歩いたところで後ろから紗々木澄花が駆けてくる音が聞こえた。
「待ってくださいっ!!」
「待たない」
「信じてください。私、あなたを騙すつもりじゃないんです」
「はははっ、なるほど、じゃあなっ!!」
一体全体、少女はどうしてこんなにも必死に俺を引き留めようとしてくるんだ?
俺を騙さないと何か痛い目にでも遭うのか?
もしそうだとしたら俺は少女に同情すら覚える。
そして、こんな天然美少女に酷い命令をした黒幕にさらに怒りがこみ上げてくる。
「本気なんですっ!! 私、本気であなたの弟子になりたいんですっ!!」
と、少女はそこで大声で叫んだ。
その声の大きさに俺は思わず、足を止めて振り返る。
「だったら答えてみろ。どうしてお前は俺にそんなことを頼む。失恋がしたい? 何がどうなればそんな欲望を抱くんだよっ!!」
多分、この怒りの言葉の中にはほんの少しフラれたことに対する苛立ちが混じっている。
けど、この際だから一緒に発散しておく。
いったい、どんな言い訳を口にするのか楽しみだ。
「それは……」
俺の質問に紗々木澄花は少し困ったように黙り込む。
おいおい、せめて言い訳ぐらい考えて来いよ。
「やっぱり答えられないじゃねえか……」
呆れた目で少女をしばらく見つめたが、これ以上会話をしても意味がないことを悟り俺は再び踵を返そうとした。
が、
「私、ライトノベルを書いているんですっ!!」
彼女が俺の予想の斜め上をいく言葉を口にするので俺は思わず中断した。
ライトノベル……。
今、確かにこいつはそう言ったよな……。
俺は彼女の口から飛び出したライトノベルという単語に胸騒ぎを覚えた。
「今、ヒロインが失恋するシーンを書いているんですが、どうしてもヒロインの気持ちをうまく表現することができなくて、それで私、実際に失恋をして彼女の気持ちを理解したいんです……」
そう言うと少女は少し表情を曇らせた。
「それを俺に信じろっていうのか?」
俺はなんとかそう答える。
なんとかと言ったのは、俺自身彼女の言葉に少し動揺していたからだ。
俺がそう言うと紗々木澄花は「ちょっと待ってください」と言い、背負っていたリュックを下ろす。
「これ……」
そう言うとリュックに手を突っ込むと何かを取り出して俺に差し出した。
俺は彼女からそれを受け取ってそれが何かを理解する。
それはライトノベルだった。
しかも、俺の知っている作品。
いや、俺が愛読している作品だ。
ってか、それなりにラノベを読む人間なら読んだことはなくてもタイトルぐらいは絶対に聞いたことがあるぐらいの有名作品。
現に帯には『累計200万部突破の大ヒット作』という煽り文句が書かれていた。
でも、どうしてこいつはこんなものを俺に渡すんだ……。
俺はざわつく胸を抑えながら紗々木澄花の顔を見た。
「これ、私が書いた本です……」
「はぁっ!?」
思わず大声で叫んでしまった。
ちょっと待て、こいつ何言ってんのっ!?
「この作品の由美って子が主人公に告白してフラれるんです。けれど、由美の気持ちがよくわからなくて、この先どうやって話を進めればいいかわかんなくなっちゃったんです……」
と、何やらぶつぶつと紗々木澄花はつぶやいていたが俺の頭には入ってこない。
俺にとって、今は彼女が俺に弟子入りしたいと志願してきたことよりも、その理由よりも、この目の前の天然にしか見えない美少女が俺の愛読しているライトノベルの作者だったという事実の方が衝撃的すぎた。
俺はしばらく言葉を失ったままラノベの表紙と少女の顔を何度も交互に見やっていた。
いや、
が、すぐに俺は我に返ると激しく首を横に振る。
そうだ。俺は何で彼女の言葉を鵜呑みにしているんだ?
失恋したいってのが嘘なのだとしたら、ラノベの作者だってのも嘘に決まっている。
だいたい、こんなバカな子にこの最高傑作が書けるわけがないじゃねえかっ!?
いや、書けてたまるかっ!!
「こ、この程度の嘘、誰にだってつけるだろ。これをお前が書いたっていう証拠はあるのかよっ!!」
俺はそう言うと持っていたラノベを少女に突き返す。
そんな俺の言葉に少女は「それはその……」と、困った表情を浮かべていたが、すぐにハッとした顔をして何やら表紙を指さした。
「作者の名前を見てください。このペンネームは私の本名をもじったものです」
そこには澄木紗々と書かれていた。
たしかにアナグラムではないものの彼女の名前によく似ていた。
「それに」
とそこで少女は表紙を捲って作者プロフィールの欄を指さした。
「ここを読んでください」
「はあ?」
俺は言われるがままに作者プロフィールの欄を読む。
『澄木紗々 H県K市の高校に通う現役女子高生ラノベ作家。趣味は苔を眺めること』
と、書かれていた。
H県K市というのは俺の住む町のイニシャルと一致している。
そして、目の前にはその H県K市の高校に通う女子高生が立っていた。
と、そこで少女は何かを思い出したようにスカートのポケットに手を突っ込むとスマホを取り出した。
そして、
「見てください。これっ!!」
そう言って画面を見せるとそこには、スマホで撮影したらしい川や土手の苔の画像がずらっと並んでいた。
「…………」
俺はその画像を眺めえてしばらく放心状態で突っ立っていたが我に返ると少女の肩を掴む。
「おいっ!!」
突然、肩を掴まれた少女は「な、なんですかっ!?」と少し恥ずかしそうに顔を赤くして俺を見つめた。
「本当にお前がこのラノベを書いたのか?」
「はいっ」
「本当に本当か?」
「本当に本当です」
「本当に本当に本当か?」
「本当に本当に本当です」
「っ…………」
どうやら彼女は本当にライトノベル作家らしい。