美少女との見解の違い
「俺たちって……今日は台本通りにデートする予定だったよな」
「はいっ!!」
「台本には夜の港で肩を寄せ合うって書いてあったよな?」
「はいっ!!」
「それなのにどうして俺たちはファミレスで山菜を片手にドリンクバーを飲んでるんだ?」
「う~ん……多分それはメロンソーダが飲みたかったからです……」
夜。
俺たちは何故か最寄り駅のファミレスにいた。
窓の外を眺める。
夕方から降り始めた雨はまだ止みそうになかった。
「なんでこんなことになってるんだよ……」
バスで寝過ごしたところから大幅な路線変更を余儀なくされた『嘘から出たまこと作戦』だったが、夜になっても軌道修正は全くできそうになかった。
「師匠、元気出してください……山菜、美味しいですよ?」
澄花は藤谷から貰った山菜を俺の口元へと伸ばす。
何の葉っぱか知らないがとりあえずかじってみる。
「苦い……」
思わずうな垂れる。
うな垂れると自然と気持ちも落ち込んでいく。
俺たちの失恋作戦は足踏みを続けていた。俺たちはこのところずっとだらだらと一緒に時間を過ごしているだけだ。
「やっぱ俺たちこのまんまじゃダメだと思うんだ……」
「そうですか? 師匠と一緒にドリンクバー飲むの楽しいですよ?」
のん気な奴だ。
彼女はうな垂れる俺とは対照的に、たった二六〇円のドリンクバーを満喫していた。
ホント、幸せのコスパの良い女だ。
俺は顔を上げて、相変わらずご機嫌そうにメロンソーダを飲む澄花を見やる。
「じゃあ聞こう。お前は今日一日俺とデート(笑)をして俺のことを少しでも男として好きになったか?」
すると澄花「それは……」と伏し目がちになり「よくわかんないです……」と小さく呟いた。
どうやら、今日のデートも成果はゼロのようだ。
俺はため息を吐く。
「それじゃあダメなのっ!! 俺たちの目的は失恋なのっ!! お前が俺のこと好きになってくれなきゃ話になんないのっ!!」
「そんなこと言われても……」
澄花は少し困ったようにそう答えるとストローに息を吹きかけてメロンソーダをぶくぶくさせる。
「おい、お行儀が悪いぞ……」
注意をすると澄花はストローから口を放す。
「だいたい師匠の書いた台本、なんか昭和のメロドラマみたいで寒いです……」
「そ、そういうことはもっと早く言えよ……」
「だって、師匠が頑張って書いたのに、正直に言ったら可哀そうだし……」
どうやら、俺の台本はダメダメだったようだ。
売れっ子作家から台本をダメだしされ俺は軽く心が折れそうになったが、今大事なのは俺の台本の出来ではないと自分に言い聞かせて首を横に振る。
大事なのは澄花が失恋できるかどうかなのだ。
俺たちの行動は全てそのための手段だ。
「そもそも俺を好きになるってのに無理があるんだ。今からでも遅くないから運動部のイケメンとかにしておけって」
そもそもこんな取り柄も何もない地味な男子高校生の俺のことを澄花が好きになるに無理がある。
が、
「それは嫌です……」
澄花は不満げに首を横に振る。
「なんでだよ」
「嫌だから嫌です。私、師匠とじゃなきゃ嫌です……」
「我がまま言うなよ……」
どうして澄花は頑なに俺のことを好きになろうとするんだ?
俺には彼女が俺にこだわる理由が理解できなかった。
どうも彼女の行動は非効率に思える。
「あのなあ。俺はお前が失恋をしなきゃ原稿が書けないって泣きついてくるから協力してやってんだぞ?」
「わかってます。私だって早く失恋をして原稿を書きたいです……。けど、師匠と一緒にデートするのは楽しいですし、それはそれでいい気もします……」
と、そんなことを言う始末だ。
これじゃ本末転倒だ。
「よくないな」
俺は彼女に喝を入れようとわざと彼女を睨む。
「なんでですか?」
「俺は何の見返りもなくお前に協力しているんだ。とっととお前に失恋をさせて解放されたいんだ」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか……」
「俺だっていつまでもお前と一緒に恋人ごっこをしているほど暇じゃないんだよ」
よくよく考えてみれば俺は彼女の失恋に協力しているのに何の見返りを得ていない。
そう、これは完全なる善意の行動だ。
俺だっていつまでも彼女の言いなりなるのはごめんだ。
一刻も早く彼女には失恋をしてもらわなきゃ困る。
俺は至極真っ当なことを言ったつもりだ。
「そんなに迷惑なら、無理に協力してもらわなくても大丈夫です……」
が、そう言うと澄花はむっとした表情を浮かべて立ち上がる。
そして、突然、俺に頭を下げた。
「なんだよ急に……」
「師匠、短い間でしたけど、小説のお手伝いをしてくれてありがとうございました。これは私からの感謝の気持ちです」
そう言うと澄花はリュックを手に取ると中に手を突っ込む。そして、中から何かを取り出すとテーブルの上に置いた。
「お、おい、なんだよこれっ!?」
それは万札の束だった。
ってか、なんちゅう物持ち歩いてんだよ……。
「印税の一部です。どうせ、たくさんお金持っていても使い道がないのであげます」
「あげますじゃねえよ。こんな大金渡されても俺だって困る」
「じゃあ、賽銭箱にでも投げておいてください」
そう言うと澄花はリュックを背負い「それでは」とぺこりとお辞儀をすると出口へと歩いていく。
が、すぐに足を止めると振り返ると少し寂しそうに俺を見つめる。
「なんだよ……」
「師匠とのデート楽しかったです……」
そう言い残すと逃げるように店から出て行ってしまった。
※ ※ ※
結局、澄花はファミレスに戻ってこなかった。
本当にマイペースな奴だ。突然の師弟関係解消に俺は少し動揺しながらも店を出た。
幸いなことに店を出る頃には雨は上がっていたので、俺は濡れることなく家路につくことができた。
それにしても……。
夜道を一人歩きながら俺は考える。
どうして澄花はどうしてあんなに怒っていたのだろう。
だいたい、俺と澄花は初めから失恋をするという目的のために二人三脚で頑張ってきたはずだ。
俺たちの関係はそれ以上でも以下でもない。
だったら俺と同じように澄花だって失恋という目的を達成するための行動だけをすればいいはずだ。
だって一番大切なのは彼女の小説を成功させることだろ?
それ以外のことはただの時間の無駄だ。
それなのにどうして澄花は俺にもっと協力してくれないんだ? だらだらと一緒に過ごしたところで何も得なことはないことぐらい澄花だってわかっているはずだ。
「なんなんだよ……ったく……」
俺には澄花の考えていることがよくわからない。
気がつくと、俺は家の前までたどり着いていた。
家の門を開きながら俺はため息を吐く。
これ以上考えても無駄だ。だいたい俺は単に善意で澄花の手伝いをしていただけなんだ。彼女がもう協力しなくていいと言っているのに無理に彼女のことで気を病むのはバカバカしい。
家に入って暖かい風呂に浸かろう。
そう考えながら家のドアを開ける。
が、
「うわっ!!」
ドアを開けた瞬間、目の前に人影が現れ思わずそんな声が漏れる。
そこに立っていたのは幼馴染、磯崎紗耶香だった。




