美少女たちと下山
山中で遭難しかけていた俺たちの前に現れたのは熊ではなく藤谷美沙だった。
なんで藤谷美沙がっ!?
これは俺にとっては熊に出会う以上の驚きだった。
が、結果的に彼女と出会ったことによって、俺たちは山で遭難するという最悪の事態からは逃れることができた。
「どうして柄木田くんって、いつもいつも女の子と一緒にいるわけ……」
俺たちは藤谷の先導のもと山道を下っていく。
「それもこんな山奥で……」
どうやら俺はまた藤谷から良からぬ誤解をされているようである。
藤谷の言葉に俺は「これはなんていうかだな……」と必死に言い訳を考えようとしどろもどろになる。
「まあ、どっちでもいいけどね……」
だが、藤谷は意外にもそう言うとあっさり勘ぐるのをやめた。
「え?」
前は女たらしだ最低だなどと色々文句を言われただけに、そんな反応に少し拍子抜けしてしまう。
「なんか、ここ最近、柄木田くんと話すようになって、だんだん柄木田くんの性格がわかってきたんだよね……」
「性格?」
「うん、柄木田くんには女たらしになれるような度胸も器もないってこと。よくわかんないけど、きっとその子からも異性として扱われてないんでしょ?」
そう言って藤谷が澄花を見やると澄花は笑みを浮かべて「はい、師匠はあくまで師匠ですから」と返事をする。
「誤解が解けてなによりです……」
どうやら藤谷はようやく恋愛という意味では全く女の子と縁のない地味な高校生だということを理解し始めたようだ。
でも、全然素直に喜べない……。
「ところで藤谷さんはこんなところで何をやっていたんですか?」
と、そこで俺の隣を歩いていた澄花が藤谷にそう尋ねた。
「仕事が休みの日は時々こうやってここに山菜を採りにくるの……」
藤谷は背負った籠に手を突っ込むと俺と澄花に山菜を見せた。
なるほど。
確かに籠の中には山菜やキノコが大量に入っていた。
キノコなんて採って大丈夫なのかと少し心配にならなくもないが、きっと彼女は山菜採りに慣れているのであろうことは容易に想像ができた。
彼女の籠も鎌も明らかに使い込まれている汚れ方をしている。
それにしても……。
俺はそんな彼女を見ていて思う。
「休みの日ぐらい家でゆっくりすればいいのに……」
ウェイトレスをしたり秘宝館のスタッフをしたりと本当に彼女は働き者だ。
それでいて学校にも通っているとなると俺は彼女が本気で過労で倒れるんじゃないかと心配になってくる。
「慣れれば案外大丈夫だよ」
そう言って藤谷は白くて細い右腕に力こぶを作って見せた。
「お前って、本当に凄い奴だよな……」
思わず口からそんな言葉がこぼれてしまう。
「は、はあ? 何よ、急に……」
「だって、毎日家族のためにバイトをして休日は山菜取りだろ? 帰宅部のくせに放課後は遊び回って、休日も一日中家でゴロゴロしてる自分が恥ずかしくなるよ」
藤谷は少しむず痒そうに顔を赤らめて頬を掻いた。
そんな藤谷に俺は調子に乗ってさらに言葉を続ける。
「藤谷はたくましいよ。そのもんぺ姿もすげえ似合ってるし」
もちろん、俺は一〇〇パーセント褒めるつもりで言っただけだ。
が、俺が、そう言った瞬間、さっきまで照れ笑いを浮かべていた彼女の表情が少し歪んだ。
「ねえ、柄木田くんなんか一言余計じゃないかな……」
気がつくと藤谷は鎌を振り上げていた。
「は、はあ? 俺、今なんかまずいこと言ったか?」
「柄木田くんはこのご時世にもんぺが似合うって言われて喜ぶ女の子がいると本気で思っているの?」
そう言うと、藤谷は鎌を振り上げたまま俺のもとへと歩みよってくる。
が、
「きゃっ!!」
藤谷は突然悲鳴を上げるとその場に倒れこんだ。
その拍子に藤谷の鎌が俺の顔のすぐ前をかすめ一瞬、心臓が止まりそうになったが「お、おい、大丈夫かっ!?」としゃがみ込んで彼女に声を掛ける。
「いてててて……」
藤谷は眉を潜めて右足首を摩る。
どうやら、ねん挫してしまったようだ。
「立てるか?」
俺がそう尋ねると藤谷は「だ、大丈夫よ。これくらい……」と強引に立ち上がろうとする。
が、すぐに足に激痛が走ったようで藤谷は顔を歪めた。
「お、おい、無理すんなよっ!!」
どうやら自力で歩くことは無理なようだ。
「師匠、どうしましょう……」
そんな様子を見て澄花が不安げに俺の顔を見やった。
「どうもこうもねえだろ。ほら、掴まれ」
そう言ってしゃがんだまま藤谷に背中を向ける。
そんな俺を見て藤谷は目を丸くする。
「つ、掴まれって、どういうことっ!?」
「決まってんだろ。お前を背負って下山するんだよ」
当然だ。この状況で俺以外に彼女を背負うべき人間はいない。
が、藤谷はそんな俺の言葉に顔を真っ赤にする。
「お、おんぶって……柄木田くんが私を?」
「それ以外に誰がいるんだよ……」
どうやら俺におんぶされることを躊躇っているようである。
「ほら、早く掴まれ」
藤谷はしばらく、黙ったまま恥ずかしそうに俺から目を逸らしていたが、これ以外に方法がないことも理解しているようでなんとか身体を起こすと俺の首に両手を回した。
「よっこらしょっ!!」
とは言ったものの、運動不足の俺にとって女の子とはいえ人を背負うというのは中々の重労働だ。
俺は何とか藤谷を背負ったまま立ち上がることには成功したものの、思わずまた余計な一言を口にしてしまう。
「重っ……」
その直後、俺の首に鎌の先端が突きつけられていた。
「お、おい、なんだよ。これは……」
「重いんじゃなくて柄木田くんが非力なんでしょ?」
藤谷は笑顔で俺にそう尋ねるが目は全く笑っていなかった。
彼女の言葉を否定した場合、俺の頸動脈から血しぶきが噴き出すにちがいない。
俺が「そ、その通りでございます……」と返事をすると藤谷は「ならよろしい」と鎌を下ろした。
※ ※ ※
それから約三〇分ほどで俺たちはなんとか山道を抜けた。
大通りに出たところで藤谷は俺の耳元で「こ、ここで大丈夫だよ……」と少し恥ずかしそうに囁いた。
「大丈夫ってまだバス停までは」
「こ、ここで大丈夫だからっ」
バス停まではまだ少し歩かなければならないのだが、藤谷がそう言って強引に俺の背中から降りようとするので俺は慌ててしゃがみ込む。
「おんぶされているところをクラスの誰かに見られたりなんかしたら私、一生学校行けなくなるから……」
そう言って手をもじもじさせる藤谷。
まあ、気持ちはわからなくもない。
だが、現実問題は別である。
「その足で本当にバス停まで歩けるのか?」
俺が尋ねると藤谷は「それなら心配いらないわ」と答える。
「あと一〇分ほどで、お父さんが車で迎えに来てくれることになってるから」
それなら安心だ。
俺が安堵の表情を浮かべていると、藤谷は何やら籠に手を突っ込むと、山菜をいくつか取り出して俺と澄花に差し出した。
「大したお礼はできないけど……」
どうやら、背負ってくれたお礼のようだ。
俺と澄花が山菜を受け取ると「天ぷらにしたら美味しいよ」と調理法を教えてくれた。
「それじゃあ」
ということで俺と澄花は藤谷に別れを告げるとバス停へと歩き始める。
が、少し歩いたところで「柄木田くんっ!!」と藤谷が俺を呼ぶので振り返る。
「おんぶしてくれてありがとう。柄木田くんのことちょっと見直したよ……」
藤谷はそう言って恥ずかしそうに俯いた。




