美少女と遭難
こうして始まった俺と澄花の失恋作戦その二は一歩目から大いに躓いた。
まあ、このあほの子が台本をしっかり覚えられるわけがないことに気づかなかった俺にも非はあるのだが……。
結局、俺たちはセリフ通り行動するのは諦め、いつどこに行く程度の大まかな台本通りに行動することに決まった。
早速、街に出るためにバスに乗り込んだ俺と澄花だったが、どうやら、澄花は睡眠不足だったようで、バスが発車して数分も経たないうちに寝息を立て始めた。
無防備にも俺に寄りかかるように眠る澄花は時々ぼそぼそと寝言を言う。
「師匠、それはドロップじゃないです。おはじきです……」
こいつ何の夢を見てんだよ……。
どこまでも自由すぎる少女だ。
が、最近は彼女のそんなマイペースに慣れてきて心地よくすら感じてくる。
そんな彼女を見ていてたら俺まで眠くなってきた。
※ ※ ※
やらかした。
「おい澄花、起きろっ!!」
気がついたら俺は眠りに落ちていた。
俺は運転手から終点であることを告げられ、慌てて澄花を叩き起こすと運賃を払ってバスから飛び降りた。
「師匠、ここどこですか……」
澄花は寝ぼけ眼を擦りながら俺に尋ねる。
よくわからないが、どこかの山中だということはわかった。
とりあえず、再びバスに乗って市街地に戻らなければ……。
俺は発車するバスを見送ると俺はバス停の時刻表を見やる。そして、絶句した……。
「おいおい、あと、三時間は来ないぞ……」
「師匠、大変ですっ!! あと、三時間は来ないですっ!!」
「お、おう、今、俺がそれ言ったよな……」
「言いました……」
どうやら澄花はまだ寝ぼけているようである。
と、そこで俺は少しずつ自分の置かれた状況が理解できてくる。
俺の記憶が正しければ、ここは椎の木山の山頂近くだ。確か、市街地に行くバスの一〇本に一本ぐらいの割合でこの山に行くバスが混じっていたような気がするが、どうやら俺たちはそれに乗り込んでしまったらしい。
確かこの山は小学生の頃、遠足で一度上ったことがあるような気がする。
「師匠……」
と、そこで澄花は俺の服の袖をぐいぐいと引くと何かを指さした。
指さす方を見やると、そこには下山ルートと書かれた道しるべが立っていた。
※ ※ ※
再び俺たちはやらかした。
「おいおい、本当にこの道であってんのかよ……」
「なんか、道が狭くなってきました……」
下山ルートと書かれた道しるべを頼りに歩いて下山を開始した俺たちだったが、舗装された道が砂利道に変わり、さらには獣道に変わったところで急に不安になってきた。
俺たちは気がつくと肩幅ほどもない細い道を歩いていた。
「なっ!!」
と、そこで俺は足を滑らし、斜面をずり落ちそうになるが、寸でのところで木の枝を掴み何とか事なきを得る。
断言できる。
俺が小学生の頃に通った道は間違いなくこんな危険な道ではなかった。
「師匠、大丈夫ですか?」
俺は澄花の手を借りてなんとか立ち上がる。
擦りむいた肘を見て思わずため息が漏れた。
「こんなはずじゃなかったのになぁ……」
俺の台本には獣道を歩くなんて書いていなかった。
「今頃、海辺のカフェでシフォンケーキを食べていたのに……」
冷静に考えてみれば「なんだその台本……」と思わなくもないが、こんな獣道を歩くよりは数千倍マシだ……。
うな垂れる俺を澄花は心配そうに眺める。
「師匠、元気出してください……」
「おう……」
残念ながら元気は出そうにない。
そんな俺を見た澄花は、俺を勇気づけようと微笑みかけてくる。
「師匠、ファイトです」
「なんか、励まし方が漠然としてるなあ……」
「そんなことないです。ほら、こう考えてください。もしも、あのままバスを降りていたら私たち、不運にも熊に遭遇して大変なことになってたかもしれないですよ? むしろ、寝過ごしてラッキーです」
「断然、今の方が熊に遭遇しそうなんだけど……」
「はわわっ、師匠、怖いこと言わないでくださいよぅ……」
「いや、お前が言いだしたんだろうがよっ!!」
澄花は俺を勇気づけるどころか、俺の腕にしがみついてくる。
「いかんいかん、話題を変えよう……」
「そ、そうですよ……暗い話題は良くないです。そうだ、歌を歌いましょうよ?」
「そうだな。おい、澄花、何でもいいから歌を歌え」
気持ちを暗くしていても事態は改善しない。
俺は澄花の提案に乗ることにした。
澄花は「二人が知っていて明るい曲はないですかねえ……」と頭を抱えていたがすぐにハッとしたような顔をしてリズムに乗り始めた。
「♪ある日~森の中~」
「てめえ、喧嘩売ってんのか。ごらぁっ!!」
よりにもよってこいつは一番歌ってはいけない歌を歌いやがった。
俺の怒号に澄花は「はわわっ!! ごめんなさいっ!! 適当な童謡を歌おうと思ったら、つい……」と泣きそうな目で俺を見つめる。
いや、むしろ、こいつに過度な期待をした俺の方が悪かったのかもしれない。
何せ、こいつは失恋がしたいと俺に泣きついてくるような少女だ。
ここは変なことをするよりも体力を減らさないように黙々と下山する方がいい。
そう思い、俺は再び歩き出す。
が、
ガサッ!!
突然、茂みからそんな音がして俺と澄花は同時に足を止める。
「し、し、師匠、今の何の音ですか?」
「さ、さあな……」
「も、もしかして、熊……」
「おい、縁起でもないこと言ってんじゃねえっ!!」
そう言いつつも、俺は澄花を背中に隠すと、落ちていた太めの枝を掴んだ。
ゴクリ……。
唾を飲み込んでいる間にもガサガサと言う足音はこちらへと近づいてくる。
澄花が、俺の服をぎゅっと強く掴んだ。
そして、それは姿を現した。
「なっ……」
それは熊ではなかった。
というか人間だった。
その人間は俺たちの姿に気がつき驚いたように身を引いたが、再度、俺たちをじっと見やるとこう尋ねる。
「柄木田……くん?」
「はえっ!?」
突然、名前を呼ばれた俺は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。
が、すぐにそれが誰なのかに気がつき愕然とする。
「おい、なんで藤谷がこんなところにいるんだよ……」
それは大きな籠を背負って鎌を右手に掴んだ藤谷美沙だった。
おい、なんで俺はこいつとこんな変な会い方しかしないんだよ……。




