三度目の失恋……
食堂にひと気はなかった。
というか、この秘宝館に入って俺は他の客をほとんど見ていない……。
藤谷に連れられて食堂へとやってきた俺と紗耶香は、彼女の言葉通りうどんを一杯ずつ奢って貰い食堂の長机に腰を下ろした。
俺と紗耶香はさっそくうどんを啜ったが、藤谷の方は自分のうどんを取り皿に分けると、先に瑠々にうどんを食べさせる。
まるで母親だな……。
そんな藤谷の姿を眺めていると藤谷は妹にうどんを食べさせながら「ねえ、一つ聞いてもいい?」と俺に尋ねてきた。
「なんだ?」
「私と柄木田くんって今までほとんど話もしたことなかったよね?」
「そうだな」
「話もしたことのないような私のことをどうして……好きになるわけ?」
藤谷はそう言って少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「それは……」
突然ド直球にそう尋ねてくる藤谷に俺は思わず躊躇ってしまう。
が、藤谷は相変わらずじっと俺を見つめていた。
答えるしかないみたいだ。
「一目惚れだよ……」
勇気を振り絞ってそう答えると藤谷は「っ……」と驚いた目を大きく見開いて、さらに顔を赤くした。
「いつだったか、学校の帰りに、駅前で雨の中ティッシュ配りをしている藤谷を見たんだ」
「ティッシュ配りっ!? 柄木田くん、私がティッシュ配りしてるの見てたの?」
「たまたま通りかかったんだよ」
「そ、そんなので一目惚れしないでよ……」
確かにそう思うだろうなあ。
けど、これにはそれなりの理由がある。
「俺の目には雨に濡れながらも一生懸命ティッシュを配る藤谷の姿がすげえ綺麗に見えたんだ」
これは本当だ。
俺は藤谷のそんな一生懸命な姿に心を打たれたのだ。
その時はまだ同じ学校の生徒だってことすら知らなかったんだけど……。
そう素直に答えると藤谷は恥ずかしそうに「そ、そう……」と小さく答えた。
「そ、そういえば、私、柄木田くんの告白を断った理由、話してなかったよね?」
「え? ま、まあ、そう言われれば確かに……」
確かに俺は告白したあの日、藤谷から「ごめんなさい」以外の言葉を貰っていない気がする。
「私の家はなんていうかその……貧乏なんだよね。その癖、兄弟がこの子以外にまだ五人もいるんだ」
ご、五人っ!?
俺は思わず耳を疑ったが、今、そこを深く追求するのは止めた方がよさそうだ。
「だからね、お父さんとお母さんの稼ぎだけじゃ学費も払えないんだ。だから、学校にいるとき以外はこうやってバイトをしているの」
バイトもせずに親から学費を出してもらっている俺には彼女の苦労は想像もできなかった。
だから俺は藤谷のそんな言葉を聞いても「大変なんだ……」というちんけな言葉しか出てこなくて本当に自分が嫌になった。
「えへへ、まあね。正直に言うと、下校中に遊んでいるクラスメイトとか見かけると、どうして私は働かなきゃなんないんだろうって嫌になることもあるよ」
そう言って藤谷は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
が、しばらくすると笑みは消えて彼女の表情は少し暗くなる。
「だからね、私は恋愛なんてしちゃダメなの……」
俺はそれでも藤谷と付き合いたいと思った。
けど、それを今、口にしても何の意味もないとも思った。
「柄木田くん、さっきは変な勘違いしちゃってごめんね。だけど、ごめん。今はやっぱり私は恋愛をしている場合じゃないの……」
だから、押し黙っていると藤谷は俺に向かって頭を下げた。
藤谷にそう言われ黙り込む俺。
と、そこで隣でうどんを啜っていた紗耶香はようやく口を開いた。
「二郎って失恋の天才ね」
そんな紗耶香の言葉が俺の心を無情にもぼきっと折る。
俺は澄花だけでなく、紗耶香にまで失恋の天才認定された。
どうやら俺の実力は折り紙付きらしい……。
※ ※ ※
数日が経った。
俺と澄花の失恋作戦は相変わらず続いていた。
ある日はショッピングモールをぶらぶらしたり、またある日はゲーセンで遊んだりと様々だ。そして、今日は放課後、駅前のクレープショップのオープンテラスでクレープを食べていた。
「美味しいです……」
イチゴ大福クレープを頬張りながら澄花はご満悦そうに笑みを浮かべていた。
「師匠、一口あげるんで、師匠のも一口ください」
澄花はイチゴ大福クレープを俺の方へと差し出すので、俺はそれにかぶり付く。
うん、なかなかの美味だ。
俺もお返しにチョコバナナクレープを掴んだ右手を澄花の方へと伸ばすと、彼女もまたパフェにかぶり付く。
「はぁ~こっちも美味しいです。私、今とっても幸せです~」
「幸せのコスパ良すぎだろ……」
俺たちは相変わらずだ。
相変わらず仲良くやってはいるが、それ以上でも以下でもない。
「いい加減、俺のことは好きになれそうか?」
俺が澄花にそう尋ねると澄花は「はい、私、師匠大好きですっ!! 師匠としてっ!!」と元気のいい返事が返ってくる。
「お前、本気で失恋する気あんのか?」
俺が呆れたようにそう言うと澄花は「そ、そんなこと言われても……」と困ったように口ごもる。
つまり、こいつは俺に懐いてはいるものの、男として好きになる気配が全くない。
おそらくこのまま、一緒に遊んでいてもこいつは俺にどんどん懐きはしても、本来の目的である失恋はいつまでたっても出来そうになかった。
「…………」
このままではまずい……。
何かもっと有効な手を打たなければならない。
「とはいってもなあ……」
目の前の美少女を好きにさせる方法なんてそう簡単に思いつくはずがない。
そもそもそれができるなら俺は失恋なんてしていないのだ。
俺は頭を抱える。
と、そんなとき、近くの街路樹が大きくなびくのが見えた。
急に強い風が吹いたのだ。
テーブルの上の紙ナプキンが吹き飛びそうになり俺は慌てて手で押さえる。
と、そのときだ。
「なっ!!」
俺は突然、何かに視線を遮られた。
俺はすぐに顔に何かの紙が貼りついていることに気がつき、それを掴んで顔から剥がす。
どうやら風で飛ばされてきたようだ。
俺は何気なくその紙に目を落とす。
そこにはでかでかと『ロミオとジュリエット』と書かれていた。
どうやらどこかの劇団か何かのチラシのようだ。
どこの劇団か知らないが、俺に不愉快な思いをさせた罪は重い。
俺は風が止むのを待つとチラシをくしゃくしゃに丸めて、近くの屑カゴに放り投げようとする。
が、その直前に、ふと、その手を止めた。
ちょっと待てよ……。
俺は思い直し、一度丸めたチラシを広げる。
そして、チラシを眺めると今度は目の前でのん気にパフェを食っている馬鹿に目をやる。
「おい」
「なんですか?」
首を傾げる澄花。
そんな澄花に俺は新たな失恋作戦の指令を出す。
「今週末までに、死ぬ気でデートの脚本を書いてこい」




