三章・真実って残酷だ・5
「ねえ――ちょっと、イズ?」
肩をゆすられて、イズは我に返った。目の前には銀髪をお下げにした幼い少女……にしか見えない女性。
「あ、レナフレアさん? お、あれ?」
「エリオスは?」
訊かれてさっきまで少年剣士が座っていただろう席を見る。空だった。
テーブルには果汁の入っていたグラスもない。かなり前に少年は立ち去ったらしい。鍵がないところを見ると二階に借りた部屋に行ったのか。
「あー、部屋に行ったみたいだ」
「そう。何か言っていた?」
「いろいろと。バーミリアスってヤツのことを」
レナはため息をついた。しょうがない子とでも言いたげだ。
「……セーナちゃんはどうしてます?」
ここにいるのはレナだけだ。セーナは部屋なのだろう。まだ、話す覚悟がつかないのかもしれない。重大な話だ。そう簡単に決断は出来なくても無理はない。
「先に休んでいるように言ってきたわ。あたしも寝る前にエリオスの様子だけは見ておこうと思ったのだけれど」
「あれ、もうそんな時間か」
窓を見るとすでに日が暮れて、外は真っ暗。イズはかなり長い間壊れていたらしい。もう眠っていてもおかしくない時間だ。そんな時間になるまで煙の出たイズは放っておかれたようである。
「もう寝てしまっているかもしれないわね。部屋に行くのもかえって刺激してしまいそうだから、やめておくわ」
下手につついて藪から蛇を出すのはまずい。そう判断し、部屋に戻ろうとしたレナを、イズが止めた。
「バーミリアスというのは、どんな男だったんだ? 教えてほしい」
エリオスにも訊いたことだが、レナは違う見方をしているかもしれない。
「? エリオスから聞いたのではないの?」
「や、なんかよく覚えていないとか言ってた。とにかく目立たない男だって」
「その通りよ。他に特徴はないわね」
レナまで断言している。バーミリアスという男、筋金入りだ。
「レナフレアさんもそいつの顔覚えてないのか?」
「まさか。長く旅していた仲間よ? 覚えていないわけないでしょう」
きょとんとする彼女に、エリオスは覚えていないようだと説明すると、苦笑した。
「あの子はセーズ馬鹿だからね。セーズが幸せならそれで自分も幸せになってしまうくらいセーズになついていたから。バーミリアスと仲が悪かったし」
興味がない相手は即座に記憶から消すらしい。やはり好き嫌いがはっきりしすぎている。
そんな少年になつかれていたセーズはたいした人物だと思う。
「で、どんなヤツなんだ」
「性格? 容姿? 性格はあたしにも答えられないわね。はっきり言って、あたしもアイツはどうでもよかったから」
彼女もひどい、とイズはひきつり笑った。憧れていた勇者のパーティーは、案外ギスギスした人間関係だったようだ。
セーズが中心にいなかったら成り立たない信頼関係の気がする。
そんな人たちをまとめていたセーズは、やはり勇者と呼ばれるにふさわしい人物なのかもしれない……そんなことをぼんやり考えたイズである。
「とりあえず、容姿は答えられるわよ。背たけはアナタとセーナのちょうど中間くらいの高さで、髪は紫の長髪。目は青。年齢は二十二歳。体型は太っても痩せてもいない。顔は崩れてもいないけれど整ってもいない」
どこにでもいそうな特徴だ。おまけにクラスは魔導師。
「ね? 特徴が薄いのよ」
「ふーん、実力は? エリオスはあまり強くないようなことを言ってたが」
「強いわよ」
けろりとレナは言い切った。
「え」
「当然でしょう。生半可な実力じゃ魔王に敵うわけがないもの。高いレベルの魔法をがんがん使える男よ。エリオスはセーズの背を見て前線で戦っていたから、あまり印象に残っていないのね」
「そんなに高レベルの魔導師なのに、覚えられていないのか……」
聞けば聞くほど彼が哀れになってきたイズだ。考えてみれば魔王に対抗するようなパーティーに入っているのに、弱いわけがない。そこまで高レベルの魔導師なのに、世間に認識されてもいない。しかも、仲間にもどうでもいいとまで言われる始末。
哀れすぎる。
「ひどいなぁ、俺の知っている魔導師も結構高レベルだったけど……そこまでは影が薄くなかったような、気が……する?」
いいながらイズは首をひねった。
高レベルの魔導師。
年はイズとそう変わらず、背丈はイズより低くセーナより高い。
紫の長髪。
青い目。
太っても痩せてもおらず、崩れても整ってもいない顔。
そして何より、目立たない。
「あれ?」
なんだか心当たりがあるような、ないような。
「どうかした?」
「いや、あれ? そんな奴を知っているような」
「え!?」
名前は知らない。だが、今言っていた特徴のない特徴に一致する男をイズは知っていた。
この町に来てセーナたちに会う前に、少し滞在していた町、ノセナールの近くで塔を建てて住んでいた男だ。近くに怪しげな塔を建てているにもかかわらず、町の住人の間でも気にされていなかった。何やらいろいろ実験をしていて、魔法の材料を取りに行ってくれと町の酒場に依頼を出したりしていて、その依頼を受けたのだ。
材料からして高レベルの魔法を扱えるのは間違いないと、そのときパーティーを組んでいた魔導師が言っていたので覚えている。
「どこで!?」
「や、えっと……でも本人かどうかは分からない。名前も知らない男だ、大体そんなに都合のいい事あるわけないだろうし」
大体あんなに怪しげな男が、かつての勇者の仲間なのだろうか。
「分からないわよ。聖天の王様かジルゼ様のお導きかもしれないわ!なんたってこっちにはセー」
言いかけてレナは一度口ごもり、言い直した。
「……ナがいるのだから。セーズの妹の」
「? ああ、そうかな、そうかもしれないな」
ジルゼの導きを受けた勇者の妹がいるのならば、これは偶然ではないのかもしれない。
必然、あるいは――運命か。
「どのみち何の手がかりもないの。似ている『かも』でかまわないわ。行って確かめれば分かるでしょう」
レナはすでに行く気である。言われてみれば何の手がかりもないのは確かなのだ。少しでもそれらしい情報があるのならば行くしかないのだろう。
ワラにもすがるというやつだ。
「わかった。案内するよ」
「……情報だけでいいのよ?」
にっこりと、レナは笑う。
「いやいやいや、案内するよ。俺も気になるし」
これから先もセーナと行動できる理由が出来たので、イズとしては万々歳。それが嫌だったレナとしてはなんとかして別行動をとりたかったのだが、情報をつかんでいるのがイズだけでは、抵抗も出来ない。
穏やかに、そしてにこやかにプレッシャーをかけるだけだ。
「もしバーミリアスだったら、セーナはきっと喜ぶわね。うふふ」
「そ、ソウデスネ。喜ンデイタダケレバ何ヨリデス」
怖い。
***
ノセナールまでは平穏無事な旅だった。エリオスもセーズのことで頭がいっぱいらしく、あれ以上セーナを問い詰める真似もしてこない。途中幾度か魔物に遭遇することはあったが、そこは魔王を倒したパーティーのうちの二人と勇者の妹である。単語で表すならばひとこと、『瞬殺』だ。ほとんどがエリオスの魔法ひとつで一掃された。
イズなど剣を抜く機会もなかった。すっかりただの案内役だ。
旅の途中でセーナにいいところを見せたくとも、全てエリオスに奪われ、レナには威嚇され……なによりも、セーナ自身がイズを意識していなかった。
「あの男、かなり馬鹿だろう」
旅の途中でエリオスはレナに言ったものだ。
「そうね、その上お人好しよ」
レナはあっさりと肯定し、聞いていたセーナは苦笑するしかない。イズが案内してくれるのは助かるが、できれば直前で別れたかった。
もし、目的の場所にいるのがバーミリアス本人なら、イズは間違いなく足手まといなのである。イズ本人はセーナの盾になるとかっこよく宣言したつもりだが、盾にすらならない可能性がある。高位の魔導師にかかれば、人の身体など紙っぺらも同然だ。
「邪魔よね」
塔が見えてきたころ、男の純情をバッキリと蹴っ飛ばす発言をしたのはレナフレアだった。
「そうだな。邪魔だ」
ねじねじとねじ潰すようにエリオスが畳み掛ける。
「まぁ、あたしがついているから死ぬことはないけれど、はっきり言って、邪魔だわ」
「う、うう、俺はそれでもセーナちゃんの盾になりたい!」
「セーナ、ここでいりませんって言えばいいのよ。トドメを刺してあげなさい」
「そうだ、セーナ。要らないと言え」
「え、ええっと、えっと」
どういえば角が立たないだろうかとセーナはおろおろ。もっとも彼女のフォローひとつではどうにもならないくらい、レナとエリオスが角を立てまくっているのだが。
「足手まといなのよね?」
「無駄死にだ。そんな命をセーナに背負わせるな」
「ひでぇ! あんたたちほんとに勇者の一行だったのか!?」
「おほほほ、知りたい?」
「ふっ、ぼくの実力をその身を持って知りたいというのなら思い知らせてやるぞ」
「いえ、結構です。目ガ本気デスヨ? オ二人トモ」
本気で武器を抜きそうな勢いを、セーナがため息混じりに止めた。
「いいよ、ここまで案内してくれたんだし、イズさんだって気になるだろうし」
「……本当に、いいの?セーナ」
レナが最後の確認をする。セーナは彼らに背を向けて塔を眺め、頷いた。
「……いいんだ、もう」
ここまでエリオスがついてきた時点でいろいろとあきらめた彼女である。イズ一人増えたところでたいして差はない。防御に長けたレナフレアがいるので死人が出ることはないだろう。
そして、エリオスに『自分と同じ思い』をさせないという決心もしている。
……『ひらきなおった』とも、言う。
「アナタがいいなら、いいわ」
「? どういう意味だ、レナ」
「あそこにバーミリアスがいれば分かることよ、エリオス」
背中の会話を聞きながら、セーナは足を踏み出した。進むたび、塔が近付く。
それほど高い塔ではない。だが一日二日で出来るようなものでもない。ノセナールの住民はいつの間にかこの塔が出来ていたといった。住民に気が付かれないような速さか、あるいは――主と同じように塔まで影が薄かったのか。
四人は扉の前に立った。ぴりぴりと肌を刺す魔力を感じる。かなり高位の魔導師がいるのだろう。
「ここにいるのか、バーミリアス」
呟いたセーナに、応える声があった。
[久しぶりだ、三人とも。よく来てくれた]
響く声にイズ以外の三人がハッとする。間違いない。
「バーミリアス!」
顔も覚えていなかったエリオスも、一応声は覚えていたようだ。確信を持ってその名を呼ぶ。魔法で塔の中からこちらを見ているだろうバーミリアスに向かって。
「答えろ。どうしてセーズを殺した!!」
[は?]
返ってきた声は間が抜けていた。
「『は』ってなんだ、『は』って。お前がセーズを殺したんだろう!?」
[なにいってんだエリオス?]
本気で何を言われているのか分かっていないような声だ。勢いを殺されてエリオスが眉を寄せる。その前でセーナが肩を震わせており、横ではレナが苦笑している。
「なにって……? セーズの行方不明にお前が関わっているんだろ、だからレナとセーナは」
[セーズが行方不明ぃ? いるだろ、そこに]
「は?」
[セーズ。いるだろうが]
誰のことを指してそう言っているのか。分からないエリオスの横でレナが笑いをこらえている。ふるふると身体を震わせていたセーナがようやく声を出した。
「……バーミリアス……!」
[はっはっは、可愛いよセーズ。女にした甲斐があったなぁ。おれのハーレムに入る気になったかい?]
「そんなわけあるかッ! 僕を男に戻せーーーッ!!」
心から絶叫した彼女――セーナ改め、勇者セーズ。
エリオスとイズの目が、点になった。
はい、そういうわけでセーナ=セーズです。
どうしてこうなったのかは、最終章であきらかに!(注・これはアホ話です)




