第1話 ゴミギフト《浄化》
十五歳になった夜、ノアは教会の前に立っていた。昼間なら、この場所には貴族や商人、そのあとに街の普通の住民たちが並ぶ。だが、日が沈み、街の店が閉まり始めた頃になって、ようやくスラムの子供たちの番が回ってくる。ギフトの儀そのものは無料だ。生まれや身分に関係なく、十五歳になった者なら誰でも受けられる。ただし、同じ時間に受けられるとは誰も言っていなかった。教会の前には、ノアと同じくらいの年頃の少年少女が二十人ほど集まっていた。服は泥や煤で汚れ、風呂に何日も入っていない者も多い。列に並びながら喧嘩をしている奴もいれば、他人の腰袋を狙っている奴までいる。
「押すんじゃねえよ!」
「お前が割り込んできたんだろ!」
「静かにしろ!」
教会の扉の前に立っていた神父が怒鳴る。騒いでいた二人が舌打ちしながら離れた。
「中へ入ったら、壁や神像には触るな。祭壇の物にも手を出すな。儀式が終わった者からすぐに帰れ。喧嘩をした者は、その場で外へ出す」
「俺たちだけ説明なげえな」
誰かが小声で言った。神父はそちらを睨んだ。
「お前たちに詳しい説明をする必要はない」
誰も言い返さなかった。気分のいい言い方ではない。それでも、ノアは神父を責める気にはなれなかった。スラムの人間が教会に入れば、物がなくなることがある。酔った大人が神像の前で寝たり、祭壇の供物を盗んだりすることだってある。今日集まっている十五歳の中にも、人の財布を抜いたことがない奴の方が少ないかもしれない。ノア自身は盗みを好まなかった。悪いことだから、というだけではない。捕まった時の危険に対して、得られるものが少なすぎる。落ちている物なら拾う。捨てられている物なら持っていく。持ち主がいなくなり、誰も取りに来ない物なら使う。だが、生きている人間の懐へ手を突っ込んで、腕を折られたり衛兵へ突き出されたりするほど馬鹿ではなかった。
「順番に入れ」
扉が開かれ、スラムの子供たちが教会へ入っていく。中へ足を踏み入れた瞬間、ノアは思わず足を止めた。
「……明るいな」
天井からいくつもの魔石灯が吊るされ、夜だというのに教会の中は昼間のように明るかった。白い石で作られた床には泥一つなく、長椅子も綺麗に磨かれている。こんな場所へ入ること自体、ほとんどない。子供たちが歩いたあとには、泥の足跡が点々と残った。神父がそれを見て、また嫌そうな顔をする。
「そこに並べ。椅子には座るな」
「なんでだよ」
「汚れるからだ」
さすがに何人かが神父を睨んだ。だが、儀式を受けられなくなれば困る。結局、誰もそれ以上は言わなかった。祭壇の中央には、人の頭ほどの大きさをした透明な石が置かれている。《神授石》。十五歳になった者が触れることで、その者に宿った才能という《ギフト》が表示される。ノアも幼い頃から、その話だけは何度も聞いてきた。スラムでは、ギフト一つで人生が変わる。《怪力》なら荷運びで普通の人間より稼げる。《鍛冶》なら職人に弟子入りできるかもしれない。《短剣術》や《剣術》なら、冒険者になる道が開ける。そして《火魔法》や《雷魔法》のような珍しい戦闘系ギフトを得れば、本当にスラムから抜け出せる可能性だってある。だから誰もが、今日の一回に賭けていた。
「一人目。前へ」
儀式が始まった。最初は、ノアと同じように痩せた少年だった。恐る恐る神授石へ手を置く。淡い光が広がった。
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《怪力Ⅰ》
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「おお!」
後ろから歓声が上がった。
「当たりじゃねえか!」
「荷運びでも稼げるぞ!」
少年自身も嬉しそうだった。神父も、先ほどまでよりいくらか穏やかな表情になる。
「《怪力Ⅰ》だ。身体能力、特に腕力が強化される。鍛えれば上位へ成長する可能性もある」
「はい!」
少年は何度も頷き、笑顔のまま列を離れた。次。
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《裁縫Ⅰ》
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「女みてえ!」
「服でも縫ってろ!」
笑い声が起きた。ギフトを得た少年が顔を赤くする。だが、ノアは悪くないと思った。裁縫なら仕事になる。戦闘系ほど大金を稼ぐのは難しいかもしれないが、少なくとも食べる方法には困りにくい。次は《俊足Ⅰ》。その次は《短剣術Ⅰ》。《短剣術Ⅰ》を得た少年は、教会の外で列へ割り込もうとしていた奴だった。
「見ろよ!」
少年が振り返り、得意そうに胸を張る。
「俺、冒険者になるわ!」
「いいな!」
「ゴブリンくらいならすぐ殺せんじゃねえ?」
周囲が騒ぐ。ノアは黙って自分の手を見た。何でもいい。仕事になるもの。できれば、戦えるもの。十五歳になるまで、まともな未来なんて考えたことはなかった。明日食べる物があるか。冬までに穴の空いていない靴を手に入れられるか。寝床を他の浮浪者に取られないか。考えるのは、そんなことばかりだった。でも、もし戦闘系のギフトを得られれば。冒険者になれる。魔物を倒せば、スラムの雑用よりずっと金になる。いつか、この街を出られるかもしれない。
「次」
神父が名簿を見る。
「ノア」
一瞬、自分の名前だと気づかなかった。
「ノア。いないのか?」
「あ、はい」
前へ出る。何人かが笑った。
「ぼーっとしてんなよ」
「緊張してんじゃね?」
「ゴミギフトだったら笑ってやるよ」
無視した。祭壇まで歩く。近くで見る神授石は、本当に透き通っていた。
「手を置け」
「はい」
右手を置く。冷たい。一秒。二秒。石の内部に白い光が生まれる。胸の鼓動が少しだけ速くなった。頼む。何でもいい。稼げるもの。戦えるもの。ここから抜け出せるもの。光が集まり、文字へ変わった。
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《浄化Ⅰ》
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「……」
ノアは文字を見つめた。浄化。名前だけでは何をするものなのか分からない。響きだけなら、少し強そうにも聞こえる。
「神父様」
「何だ」
「これは、どういうギフトですか?」
神父は神授石へ触れ、表示された情報を確認した。少しだけ沈黙する。
「汚れを落とすギフトだ」
「……汚れ?」
「ああ。泥、埃、垢、臭い。それから水などに混じった不純物。そういったものを除去するらしい」
後ろから笑い声が聞こえた。
「掃除じゃねえか!」
「はははっ!」
「ノア、お前にぴったりだぞ!」
「まず自分を浄化しろよ! くせえから!」
笑いが広がった。ノアは何も言わなかった。
「戦闘には使えますか?」
一応、聞いてみる。神父は首を振った。
「少なくとも、ここにそういった説明は出ていない」
「……そうですか」
「清掃の仕事なら役立つだろう。普通より早く終わるはずだ」
慰めているつもりなのかもしれない。だが、まったく慰めにはならなかった。
「次」
それで終わりだった。十五歳。今日、人生が変わるかもしれないと思っていた。手に入ったのは掃除のギフト。
「おい、掃除屋」
列へ戻る途中、《短剣術Ⅰ》を得た少年が笑った。
「明日から便所でも洗ってろよ」
ノアは黙って通り過ぎようとした。
「冒険者ギルドの便所なら、冒険者気分も味わえるぜ」
また笑い声が起こる。腹は立った。だが殴らない。殴れば負ける。向こうには《短剣術Ⅰ》まである。悔しいから殴る。そんなことで腹が膨れるなら、いくらでも喧嘩をすればいい。現実は違う。
「終わった奴はさっさと帰れ!」
神父に追い立てられ、ノアは教会を出た。
◇
夜風は冷たかった。教会前の大通りは石畳で舗装されている。魔石灯も一定間隔で設置され、こんな時間でも足元がよく見える。そこからスラムへ近づくほど道は狭くなった。石畳が途切れ、土がむき出しになる。魔石灯の間隔も広がり、最後には完全になくなった。
「《浄化Ⅰ》か」
歩きながら呟く。せっかく手に入れたのだから、使わない理由はない。ノアは自分の袖へ右手を向けた。
「《浄化》」
淡い白い光が広がる。
「お?」
泥が消えた。黒ずんでいた布が、少しだけ元の灰色へ戻っている。臭いも消えていた。
「本当に掃除だ」
今度は靴へ使ってみる。
「《浄化》」
泥が綺麗に消えた。ただし、靴底の穴はそのまま。裂けた革も直らない。
「修理は無理か」
便利ではある。でも、これでどうやって金を稼ぐ?掃除夫。洗濯。井戸の清掃。仕事はあるかもしれない。ただ、それだけでスラムを出られるほど稼げるとは思えなかった。
「……腹減った」
今日食べたのは、昼前の硬いパン一つだけだった。儀式へ行くために夕方の仕事には入れなかった。手持ちは銅貨二枚。今からパンを買えば、ほとんど残らない。ノアは少し考え、大通りから外れた。向かう場所は決まっていた。廃品置き場。
◇
スラムの端には、街で使えなくなった物を集める場所がある。正式なゴミ捨て場は別にあるが、金属や木材など、まだ使える可能性があるものはいったんここへ運び込まれる。廃品商が価値のある物を先に抜き、その残りは放置される。だから夜になれば、スラムの住人が漁りに来る。ノアも何度も来ていた。鉄片でも見つければ銅貨になる。壊れた鍋も穴が小さければ売れる。片方だけの靴だって、自分の足に合えば役に立つ。今日は人が少なかった。
「何かないかな」
月明かりを頼りに、山積みになった廃品を探す。割れた木箱。底の抜けた鍋。錆びきった鎖。片方しかない車輪。刃が折れた包丁。
「これ……駄目か」
小さな鉄片を拾う。銅貨一枚にもならないかもしれない。それでも袋へ入れた。次に見つけたのは、泥まみれの革靴。穴が空いているようにも見えるが、汚れがひどくてよく分からない。
「《浄化》」
白い光が革靴を包む。泥と臭いが消えた。その結果、底に空いた大穴がはっきり見えるようになった。
「……綺麗な穴だらけの靴になっただけか」
思わず笑った。でも、すぐに気づく。今までなら汚れを落とし、使えるかどうか確認するだけでも時間がかかった。水も必要だった。《浄化》なら一瞬だ。
「廃品探しには使えるな」
少なくとも、汚れの下に何が隠れているかはすぐ分かる。ノアは次々と目についた物へ《浄化》を使った。錆だと思った黒ずみは、本当に錆だった。泥まみれの革袋は、綺麗にしたら底が破れていた。金属製の皿は意外と状態がよく、銅貨数枚にはなりそうだった。
「これなら夕飯くらいにはなるか」
少しだけ気分が戻った。ゴミギフトでも。まったく役に立たないわけではない。その時だった。
「……何だ、これ」
廃品の山。壊れた木材の下から、細長い物が突き出していた。柄。剣だ。ノアは周囲を確認した。誰もいない。木材をどける。一本の剣が現れた。
「ひどいな」
真っ黒だった。刃だけではない。鍔も柄も、粘ついた泥のような黒いものに覆われている。錆びているのかと思ったが、どこか違う。剣の形そのものは悪くない。少なくとも、折れてはいない。
「鉄としてなら売れるか?」
ノアは手を伸ばした。途中で止める。
「……」
寒い。夜風ではない。指先から腕にかけて、急に冷たくなった。嫌な感じがする。スラムで生きていると、理屈では説明できなくても近づかない方がいいものが分かることがある。酒に酔って刃物を握っている男。目が合っただけで殴ってくる奴。口から泡を吹いている野犬。理由を考える前に離れた方がいい。目の前の剣からも、それと似た感覚がした。
「触らない方がいいな」
普段なら、それで終わる。だが今日は違った。手に入れたばかりの力がある。ノアは剣から二歩離れ、右手を向けた。
「……《浄化》」
白い光が黒い剣を包む。
「え?」
変化した。剣を覆っていた黒いものが、ほんの少しだけ剥がれた。その下から現れたのは、錆びた鉄ではなかった。銀色。ノアは思わずしゃがみ込む。ただし、まだ触らない。
「もう一回」
「《浄化》」
今度は先ほどより強く意識する。白い光が剣全体へ広がった。直後。黒い靄が勢いよく噴き出した。
「うわっ!」
ノアは尻餅をつき、そのまま後ろへ下がった。黒いものは煙のように宙へ漂い、やがて空気へ溶けるように消えていく。
「何だよ、これ……」
泥ではない。錆でもない。普通の汚れなら、《浄化》を受けてこんな反応をするはずがない。それでも、消えている。
「……呪い?」
聞いたことならある。冒険者が遺跡やダンジョンから持ち帰る品の中には、呪われたものが混じっていることがある。持てば身体を壊す。夜ごと悪夢を見る。手から離れなくなる。ひどいものなら、そのまま死ぬ。だから元は価値のある武器でも、呪われれば誰も買わず、捨てられることがあるという。
「これが……?」
ノアは黒い剣を見る。もし本当に呪いなら。今、《浄化》で。消えている。
「呪いも浄化できるのか?」
分からない。神父もそんなことは言っていなかった。だが、目の前で起きていることは確かだった。
「もう一回」
右手を向ける。
「《浄化》」
白い光。黒い靄がまた剥がれる。剣身の銀色が増えた。
「……いける」
胸が高鳴る。さらに《浄化》。今度は黒い靄が蛇のようにうねり、ノアの方へ伸びてきた。
「っ!」
慌てて後ろへ下がる。黒い靄はノアへ届く前に白い光へ触れ、弾けるように消えた。
「危な……」
やはり普通の汚れではない。触らなくて正解だった。ノアは距離をさらに取った。右手を向ける。
「《浄化》」
少しずつ。少しずつ。黒いものが削れていく。だが、それに比例するように頭が重くなった。
「……使いすぎか?」
魔法を使える人間から聞いたことがある。魔力を使いすぎれば、頭痛や吐き気が起こる。ギフトも似たようなものなのかもしれない。ノアは一度やめた。その場に座り込み、呼吸を整える。腹が減っている。喉も乾いた。こんな状態で倒れれば、誰かに剣を持っていかれる。
「焦るな」
自分に言い聞かせる。黒い剣は逃げない。誰かが来れば、その時は諦めればいい。頭痛が少し弱くなるまで待った。それから立ち上がる。
「もう少し」
《浄化》。白い光が黒い靄を削る。《浄化》。銀色が広がる。黒いものは、もう剣の根元にわずかに残るだけだった。ノアの額から汗が落ちる。
「あと一回……」
右手を上げる。
「《浄化》!」
白い光が剣全体を包んだ。最後まで残っていた黒い靄が大きく膨らむ。まるで消されることを嫌がるように暴れた。白い光がさらに強くなる。やがて黒い靄は細かく裂け、夜空へ散った。静かになった。
「……」
廃品の山の中に、一本の剣が横たわっている。もう黒くない。細身の銀色の剣。月明かりを受けた刃は、青白く光っている。鍔には三日月のような意匠があり、柄には黒い革が丁寧に巻かれていた。
「これが……あれ?」
さっきまで、誰も見向きもしないゴミだった。ノアはすぐには近づかなかった。しばらく待つ。黒い靄は出ない。近くに落ちていた木片で剣をつつく。反応なし。念のため、もう一度だけ《浄化》を使う。白い光が剣を通り抜けた。今度は何も起こらなかった。
「……大丈夫そうだな」
古い布切れを手に巻き、柄を掴む。何もない。そこで初めて布を外した。素手で握る。冷たい。普通の剣と同じ金属の冷たさ。嫌な寒気は消えていた。その瞬間。ノアの目の前に文字が浮かんだ。
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《月銀の剣》
等級:希少級
攻撃力:+12
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「……希少級?」
ノアでも聞いたことがある。街で普通に売られている武器の大半は《一般級》。少し金を持った冒険者が買うような上等な装備でも《良質級》。そのさらに上が《希少級》。
「嘘だろ……」
いくらになる?売ったら何日食える?いや。何か月?その考えが頭へ浮かんだ直後、さらに文字が現れた。
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《月銀の剣》に残された技能を継承しました。
《剣術Ⅰ》を獲得しました。
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「……え?」
ノアは目を見開いた。
「《剣術Ⅰ》?」
ついさっき。教会で欲しいと思っていた。戦闘系の技能。これがあれば、冒険者になれるかもしれない。でも。
「剣から……?」
月銀の剣を持ち上げる。その瞬間だった。どう握ればいいか分かる。足をどこへ置けばいい。腰をどれくらい落とす。肩から余計な力を抜き、刃先を相手へ向ける。誰にも教わっていない。剣なんて、まともに握ったことすらない。それなのに身体が理解している。ノアはゆっくり剣を構えた。自然だった。軽く振る。銀色の刃が夜気を切った。もう一度。今度は少し速く。
「……はは」
思わず笑いが漏れた。教会では笑われた。掃除屋。便所でも洗ってろ。ゴミギフト。神父ですら、清掃なら役立つと言った。でも今、ノアの手には希少級の剣がある。そして、自分の中には二つの力があった。
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《浄化Ⅰ》
《剣術Ⅰ》
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「これ……ゴミギフトじゃないだろ」
そこでノアは少し考え、首を傾げた。
「いや」
もしかすると。本当にゴミのためのギフトなのかもしれない。誰も欲しがらない物。捨てられた物。呪われて、本来の価値を失った物。そんなものを元へ戻せる。ノアは周囲を見渡した。壊れた鍋。錆びた武器。破れた服。捨てられた大量の廃品。ついさっきまで、ただのゴミの山だった。今は違って見える。この中に。まだ誰にも気づかれていない物があるかもしれない。ノアは《月銀の剣》を握り直した。腹は減っている。金もない。まともな家もない。明日になれば、また食べ物を探さなければならない。何一つ解決してはいない。それでも。教会へ向かった時の自分とは、もう違う。ノアは月明かりを反射する銀色の剣を見つめた。
「……これなら、生きていけるかもしれない」
初めて。明日が、少しだけ楽しみになった。




